20.合宿



冬休みに入ると、すぐに宝蔵院に呼び出され、道場に泊まり込んでの合宿に参加させられた。
天照郷に身を預けていた月詠のメンバーはその呼び出しをうまく逃れ、結局捕まったのは飛鳥と誠の2人だけだった。
女子である伽月は、道場に泊まり込ませるわけにもいかず、それを理由にさっさと逃げてしまったし。
もともと、宝蔵院の元で修行をしていた2人だから、その延長と思えばそれほど苦痛でもなかったが。
でも、せっかくの冬休みなのに…と、少しは残念な気持ちもある。


あの人の行方は未だに知れず、自分達の力の未熟さを痛感していた2人は、自然と修行にも力が入る。
琴音が道場に飛び込んで来たのは、そんな時だった。

 「マコちゃん!飛鳥ちゃん!クリスマスだよっ!」

顔を見合わせて首を傾げる2人に、琴音は焦れたように頬を膨らます。

 「んもぅ!クリスマスなんだってば!紫陽花で、パーティーをするのだ!」
 「でも、俺達、合宿中だし…一応、宝蔵院先輩に聞いてから……。」
 「いいのっ!ぼーぼーいんは、アルが説得してるから。だから、行くのだっ!」

足元で吼えるアルに、顔を引き攣らせる宝蔵院の姿を思い浮かべて、飛鳥と誠は苦笑した。
琴音には、汗を流してから合流すると伝え、2人は久しぶりに自分の部屋へと戻ることにした。


 「遅いですわ!若林!」

紫陽花に顔を出した途端の美沙紀の第一声に、その場にいた者はともかく、誠は引き攣った笑みを浮かべた。
店内は、壁中にオーナメントが飾り付けられ、すっかりクリスマスの雰囲気に包まれている。
中央に置かれた小振りのツリーには、色とりどりの電飾が明滅していた。
どうやら、こっそりと東京から調達したものらしい。
月詠のメンバーも交え、和やかな空気の中に、誠は誰かが足りないことに気が付いた。

 「あの…飛鳥くんは、まだ来てないんですか?」
 「そういえば、そやなぁ…まだ、見てへんで。」
 「まこっちゃん、一緒じゃなかったの?」

晃も伽月も、まだ飛鳥の姿を見ていないらしい。
道場を出てから、もうかなり時間が経っている。
いくら寮から来るとしても、これほど時間がかかることはないだろう。

 「じゃあ…僕、少しその辺りを探してきますね。」

もうすっかり陽も暮れていて、外は気温が徐々に下がっている。
風呂上りで、湯冷めでもして風邪をひいたりしたら…そう思い、誠はしっかりと身支度をして外へ出た。
ひんやりとした空気に包まれて、空にはさえざえと星が煌いていた。


寮は、殆どの人が帰省しているため、ひっそりとしていた。
人が残っている気配もなく、誠は飛鳥の行きそうなところを思い浮かべる。
彼なら、きっと…。

郷をグルリと取り囲む塀を抜けて、暗い山道を歩く。
富士の麓に位置しているため、流石に山頂へ向かうにつれて、道は白い雪に覆われていく。
キュッキュッと軋む音を響かせて、登っていく誠の視界が、急に開けた。
そこは、郷を一望することの出来る、高い丘―藍碧台。
自分達が憧れていた彼が、好んでよく訪れていた所。
そして、彼が姿を消してから、飛鳥が度々訪れていたのを、誠は気付いていた。

 「どうしました?飛鳥くん…。」

誠は、郷を見下ろしている後姿に、声をかけた。
特に驚いた様子もなく、飛鳥はゆっくりと顔を向ける。

 「きれいだな、と…思ってさ。」

郷は、興津小路を真っ直ぐに続く道に、周りの家々の明かりがポツポツと灯り、空からは溢れるほどの星達が降ってくる。
少ない明かりではあるけれど、誠はさっきのクリスマスツリーのようだとも思った。
明滅する光に包まれた、暖かさを感じた。

 「あの人はずっと、ここからこの景色を見てたよな。」
 「…そうですね。」

あれ以来、あの人の名前を口にすることが出来ずにいた。
あの人の名を口にした途端に、辛い現実に捕らわれてしまいそうだったから。
認めてしまうようで、怖かったから。
言葉と一緒に白い息が、風に乗って散っていく。
コートを羽織っただけの飛鳥が、郷の明かりを見つめたまま、微かに身震いした。

 「守らなければ、いけませんね。」
 「…うん……そうだな…。」
 「まずは、飛鳥くんが風邪をひいてしまわないように。」

誠は、自分の首元に巻いていたマフラーを解き、飛鳥の首に巻き付けた。
流石にこれには驚いたようで、飛鳥は瞳を見開いて誠を見つめた。

 「誠…?」
 「君が郷を守ろうとするなら、僕は君を守りたいと思います。」
 「……。」
 「今のところは、飛鳥くんの風邪の心配と、美沙紀さんのお小言から…でしょうか?」

飛鳥は、マフラーに顔を埋めると、クスリと笑った。
その瞳が潤んでいたのは、冷たい空気が染みたからだと思うことにして。

 「頼りにしてるよ。」
 「出来るだけ、頑張りますね。」

2人はもう一度郷を見渡すと、そのまま藍碧台を後にした。
満天の星空の下、足音だけが、静かに残された。


END

<2006/12/24>

誠と飛鳥の、クリスマス。
どことなく、マコっちゃんが強気な気がする。
ぼーぼーいん先輩は、きっとアルに説得されたままに違いない(笑)
冬休み合宿っていうのは、すっごいこじ付けだと思うけどね。
お正月には宝蔵院流狸汁が、振舞われる予定です(^_^;)

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