卒業式の約束



(机の上にはまだ一文字も書かれていない便箋が置いてある。
その真っ白い便箋をしばらく眺めていたが、大きく息を吐いてペンを握った。
やっと、気持ちを綴る決心がついたから。)


鈴鹿 和馬 さまへ

前略

お元気ですか?
和馬君の活躍は、こちらにも届いています。
本場のプロ選手達の中でも、退くことなく頑張っているのですね。
和馬君の目標でもある、アメリカでバスケのプロ選手になる事、達成されたのが自分のことのように嬉しいです。
でも、いつも前向きな和馬君のことだから、まだまだ上を目指しているのでしょうね。

今更ですが、『和馬君』と呼ぶことを許してください。
自分でも虫のいい話だと解っているのですが、私にとって和馬君は、いつまでも和馬君だから。

この間、奈津実ちゃんに会いました。
バイトしていたファーストフード店に、正式に社員として就職したみたいです。
バイトを扱う方になって、悪戦苦闘しているみたい。
「最近のバイトったら〜!」なんて、ぼやいてたから。
まどか君ともいい感じらしいです。
そういえば、よく赤点取って一緒に補習受けてたよね。
珠美ちゃんは、栄養士の資格を取って、今、実業団チームのマネージャーをしてるそうです。
第2の鈴鹿和馬を世界に送り出すためのサポートするんだって、食事の管理とか徹底してるみたい。
みんな、夢を叶えるために頑張ってるんだよね。

卒業式の日のこと、珠美ちゃんにすごく怒られました。
どうして和馬君を一人きりで行かせてしまったのかって。
どうしてそばにいてあげないのかって。
泣きながら、怒ってました。
「私なら、一緒に行ってあげるのに。」って。



(ここまで書いて、一度ペンを置く。
あの時の珠美ちゃんの事、思い出した。
そうだよね、珠美ちゃんも和馬君のことが大好きだから。
和馬君を傷つけた私のこと、許せないんだね。
目にいっぱい涙をためて、和馬君が可哀想だって。
でも……。)


これから書くことは、あの日の言い訳です。
言い訳なんて聞きたくないと思ったら、このまま破り捨ててください。

あの日、ついて来い!って言ってくれた事、私のこと好きでいてくれたこと、すごく嬉しかった。
いつも一緒に出掛けたりしてたけど、お互いに気持ちは伝えて無かったね。
私は、和馬君が「オレ達、気が合うよな。」って言ってくれるたびに、嬉しくて、不安だった。
変な人に声掛けられて「俺の彼女にちょっかい出すな。」って言ってくれた後、謝る和馬君が大好きで、寂しかった。
本当はただの仲のいい女友達で、全部和馬君の優しさからの言葉なのかと疑った。
珠美ちゃんと一緒にいる和馬君があまりにもお似合いで、珠美ちゃんのことちょっと嫉妬した。
だから、あの日はっきりと気持ちを伝えてくれた和馬君に、私はついていけなかった。
こんな私では、和馬君をダメにしてしまうと思ったから。
ついて行きたい、そばで応援したい、ずっとそう思ってた。
でもね、あのままの私では和馬君の重荷になってしまう。
和馬君は、頼りない私のこときっと守ってくれるから、それじゃ負担になるだけだから。
邪魔になる自分が嫌いだから、一緒に行けなかった。


私はバスケ雑誌の編集部に就職して、記者の見習をしてます。
語学が赤点ばっかりだった私がだよ?ウソみたいだね。
でも、だいぶマシに書けるようになったみたいです。
こんど記事を任せてもらえる事になりました。
私が一番最初に書きたい記事、それは和馬君の事。
今、本場でプロの選手として活躍している和馬君が、どれほど努力してきたか。
強い目標を持てば和馬君のようになれること、これからの子供達に教えてあげたい。
そんなことを書いてみては、厳しいチェックされてるけどね。
少しずつだけど、物になってきたみたい。
(余談ですが、編集長が氷室先生並にキツイです。)
それと、和馬君が公園で教えてた子供達と一緒にバスケやってます。
みんな、和馬君が有名になって鼻が高いって。
この子達の中から、次の鈴鹿和馬が出てくるのかもね。
これが私なりの、和馬君の応援です。
遠く離れても、いつでも和馬君のこと思ってるから。

これからの和馬君の活躍を、心から期待しています。
それでは、この辺で。

                                                      草々
           20××.3.1



(たった一言『元気か?』とだけ書かれた和馬君からの絵ハガキ。
アメリカへ渡ってから、たった1度だけ送られてきたハガキの宛先への手紙。
でもまだ、封を出来ずにいる。
封をしてしまうと、和馬君への気持ちごと閉じ込めてしまいそうだから。
和馬君のこと、まだ大好きな自分がいる。
この手紙を書いている間、あの頃の事をずっと思い出している。
わざわざこの日にこれを書いているなんて、日付を入れるまで気が付かなかった。
もう、夕暮れ。
生徒は残ってはいないだろうな。
……行って、みようかな…あの場所へ……。)



卒業式の余韻を残した、私の母校。
門扉は、私を迎え入れるように驚くほど簡単に開いてしまった。
そのまま裏手にあるあの場所へ…あの日の思い出の場所へ。
夕日を浴びて、ほんのりと赤く染まる教会。
その扉はあの日のように、微かに開いていた。
躊躇せずに中に入ると、まるで何もかもあの日に戻ってしまったような、変わらない風景。

ふいに、扉が開かれた。
夕日の逆光と、ステンドグラスから溢れる様々な色達に交差され、長身のシルエットが浮かび上がる。
「ゴメンなさい、勝手に入り込んでしまって!」
無断で入り込んでしまったことをとがめられるのではと咄嗟に謝罪したが、返ってきた言葉は叱責ではなくて……。
「…俺、お前が入っていくのが、見えたから……。」
一瞬、時間が遡ってしまったような感覚。
懐かしい、優しい、一番聞きたかった声。
「か…ずま…くん…?」
ゆっくりと近付いてくるそのシルエットは、少し大人びたあの日の彼。
「久し振り…だな。」
「…うん。」
聞きたいこと、言いたいこと、たくさんあるはずなのに、言葉が出てこない。
「元気、そうだな。」
「和馬君も…逞しくなった…。」
「おう、向こうは食いもんがいいのかもな…。」
(ドキン)
「身長も、少し伸びた、ね。」
「あぁ、毎日牛乳は、欠かせないぜ。」
(ドキン)
「…おいしい、手料理…作ってもらってたりして…。」
「トレーナーの奥さん、うまいんだ……でも、お前のカレーの方が、うまいぜ。」
(ドキン)
「グ、グラマーなおねーさん達が、いっぱいで、嬉しいんじゃない?」
「ば、ばかやろう…俺は、スレンダーが、好みだ。」
(ドキン)
「…………。」
「…俺、あせってたんだ……。」
「…え?」
和馬君が、私を見る。
まぶしそうに見つめる視線は、あの時と同じ真っ直ぐなまま。
「修学旅行ン時かな?…お前と話してる、葉月の顔つきが、違うのに気付いた。あの…仏頂面の、葉月が…だぜ。
 それ見たとき、なんか知らねえけど…すげー、あせった。たぶん…あいつも俺とおんなじ…気持ちなんだって…。
 あれから、休みになると…その…いっつも声かけてた、だろ?いつ誘っても、お前、来てくれた…けど…
 帰り際に携帯鳴るたびに…不安になった。俺、お前のダチの中の、一人…なのか、って…。
 キチンと自分の気持ち、伝えてないくせに…お前の気持ちばかり、気になった……俺のこと…どう、思ってんのか、って…。
 卑怯だよな……ガキだったんだ、俺……。」
和馬君は、私の横をすり抜けて十字架の前に歩み寄り、ステンドガラスを見上げる。
私は、動けずにいた。
「3年の正月に、初詣、行ったよな…あん時、自分で言ったこと…水、ぶっ掛けられた気分だった…。
 あと何回…こうやって、一緒に、出かけられっかな、なんて…。そうだよな…卒業したら、すぐ向こうに渡るの、決まってたし……。
 これで、もう会えなくなるかも、しれない…マジで、あせったぜ。…だから、あの日…お前の気持ち、無視して…俺だけで決めた…。
 お前を、連れて行く!」
そこで和馬君は、言葉を止めた。
あの日の和馬君の真剣な眼差し、落胆した表情、まだはっきりと覚えている。
和馬君の優しい声が、私を静かに責めているような気がした。
「……ごめん…なさい……私…。」
「ばーか、そんな顔、するなって!俺さ、本当に、お前に感謝してんだぜ!……あの日、断ってくれたこと。
 はっきり言って、向こうに渡ってからは、俺、自分のことで精一杯だった…他の事に、気ぃ取られると、すぐに蹴落とされちまう
 …ずっと、張り詰めてた……。もしお前を連れて行ってたら、きっとお前に辛い思いさせてた……守ってやるつもりが、
 逆にダメにしちまうところだった。そんなことしたら、自分を一生許せない……本当に、考え無しのガキだったぜ…俺。
 だから、あの日言った事、俺の目標にした。絶対に、あきらめない。もっと実力つけて……迎えに行く。お前が何言ったって、
 聞かない。かっさらっていく!」
(ドキンドキン)
心臓のリズムが早まる。
「本当は…空港からまっすぐお前のとこに行って……そのままかっさらってこうかと思ってた。…でも…近付いてくうちに…
 だんだん、決心が…鈍った。だから…気合入れなおそうと思って、ここに来たら……お前が、見えた……。」
(あれは、私を気遣って言った言葉じゃなくて…約束だったんだ…!)
「もう、あの日のことなんて、忘れちまったか…?」
「まだ…覚えてる…。」
「今さら…迷惑…だった、か…?」
「……………ばか…。」
「……へ…?」
「…和馬君の…口癖…。」
「そ、そうか…?」
「もう、待っちゃったよ…。」
「悪ぃ、寝過ごしちまった…。」
「他の人について行ってたら、どうするつもり…?」
「俺、あきらめが悪いって…知ってたろ……取り返す…!」
「和馬君…らしいね……。」
「そろそろ、行こうぜ。そ、その…手…洗ってあるから、さ…。」
そう言って、右手をそっと差し出した。
促されるように、手を添える。
ステンドグラスから伸びる光に囲まれて、和馬君が静かに微笑む。
「俺、お前が好きだ。ずっと、俺の側にいろ!幸せに、してやる…絶対。」
その時、この教会の伝説を思い出した。


―この教会は、はなればなれになった恋人と再会する場所なんだって。
ここで再会した2人は、いつまでも一緒に幸せに暮らすことが 出来るんだって―




END

<2004/3/11>

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい
和馬君振っちゃって○年後…なんて設定です。
別名「かっさらいに来てみろ編」ですかね。
今更、このゲームに手を出してしまい、
こんな話を妄想してしまいました。
本当に、エンディングの後の勢いだけで
書いてしまってます。
こんなラストも、ありかなぁ…なんてね。
ないか…(汗)


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