公園の横、俯き加減に歩いているまだ幼さの残る面持の少年。
そのブレザーの胸に付いているエンブレムが、はばたき学園の生徒であることを示している。
彼の目の前に、ポーンと軽やかな音を立ててボールが弾む。
体勢を崩しながらも辛うじてそれを受け止め、辺りに視線をめぐらすと公園の中央広場で手を振っている同じ制服を着た少年の姿。
「おーい!そこの人ー!そのボール、投げてくれよー!」
大きく手を振りながら、彼に呼びかける。
手にしたボールと、その少年との距離を測り、ちょっと困った顔をして、彼はボールを投げた。
――ポーン・ポーン…コロコロコロ……。
ボールは少年の遥か手前で失速し、その動きを止めた。
ボールの方へ駆け寄る少年の後方で、子供達の笑い声が響いた。
「…ったく、しっかり投げてくれ……って、守村か?」
気まずい顔で苦笑する彼に、同じように苦笑いを浮かべながら少年は駆け寄る。
「お前なら、仕方ない、か」
守村桜弥は、彼、鈴鹿和馬の言葉に、さっきまで考えていた想いが蘇り、深いため息を一つ。
「そうですね…僕なら仕方ない、ですね…。」
「お、おい!…悪ぃ、そんなつもりじゃなかったんだ。」
そんなことは、守村にもわかっていた。
彼は、悪意で言ったのではないし、自分でも認めていることだから。
―ボールすら満足に投げられないなんて…。
そしてまた、ため息を一つ。
鈴鹿はそんな守村に問い掛ける。
「なぁ、お前…なんか、あったのかよ?」
「え?」
「いや…なんか、どんよりしてねぇか?」
「……いえ…ボールも投げられない自分の情けなさに、呆れていたんです。」
そう言うと、また俯いてそこを離れようとする守村に、鈴鹿が言った。
「ボールが投げられないぐらいで、くよくよすんなって!…そうだ!俺が特訓してやろうか?」
「はい?」
鈴鹿の申し出に、守村はちょっと困惑して…。
それから2人の奇妙な特訓が始まった。
「まずは、筋トレだよな!」
昼休みの屋上、ここ数日の日課となっている2人のトレーニング。
腕立てふせ10回と言ってはみたが、守村の細腕では10回どころか1・2回がやっとで。
「本当に、お前ってヤワだよな…なぁ、でも、なんで急に、体育会系目指そうと思ったわけ?
お前なら頭良いんだしよぉ、
別にスポーツぐらいできなくても良いんじゃねえの?」
「え!そ…それは……。」
口ごもる守村を鈴鹿は怪訝そうに見ている。
すると、微かに頬を染めて小さな声で呟いた。
「僕はただ…すこしでもあの人と釣り合うようになりたいんです…。」
「ええーっ!も、も、もしかして、それって…女…とか…。」
一層赤面する守村と、同じぐらい赤面している鈴鹿。
鈴鹿は、自分と同じぐらい恋愛に疎いと思っていた守村に先を越された気がしたが、そのために頑張っている姿を見ていると
やっぱり応援してやりたいと思った。
「ま、相手が誰だか知らねえけどさ、うまくいくといいよな。」
「鈴鹿くん…ありがとう。」
嬉しそうに微笑む守村が眩しく見えた。
午後の授業開始を告げるチャイムが鳴り、2人はあたふたと屋上を後にした。
部活が休みになり、久し振りに公園のガキ共の練習に付き合ってやろうと校門を抜けた所で、鈴鹿は彼女の後姿を見つけた。
「よぉ、橋本。今帰りか?」
彼女は、バスケ部のマネージャーである紺野の友達で、たまに試合の手伝いに来ていた、橋本あきら。
いつも元気で、いつも笑顔で、ちょっと天然なところもあるがサッパリとした性格で、鈴鹿が唯一付き合いやすい奴だと思っている少女。
「あ、鈴鹿くん。今日は部活は休み?」
「あぁ…な、一緒に帰らねえ?」
「うん、いいよ!」
満面の笑顔を向ける彼女につられて、思わず顔がほころぶ。
部活休みで、ラッキーだったな!
そんな事を考えながら、彼女と並んで歩いていると、後ろから彼女を呼ぶ声が聞こえた。
同時に振り返ったそこには、守村の姿があった。
「あきらさん、あの……!…す…ずか…くん……!」
「守村…!」
守村の表情が、引きつっているのがわかる。
多分、自分もそうだろう。
「桜弥くん、もう帰れるの?よかったら、一緒に帰らない?」
そんな2人のことなど知らない彼女が、笑顔で話し掛ける。
「……いえ、僕は…まだ…。では、失礼します…。」
「桜弥くん!何か用事じゃ…!」
それには答えずに、守村は校門の中へと駆けて行った。
「どうしたんだろ…変な桜弥くん…?」
こんな時は、彼女の天然さがもどかしい。
鈴鹿は、さっきの守村の表情で気が付いた。
守村があれほど頑張っていたのは、彼女のためなのだと。
気まずい雰囲気のまま、彼女と並んで歩いた。
―守村の相手って、こいつ…。俺は言ったんだ…うまくいくといいよな、って…。でも…。
鈴鹿は、罪悪感と焦燥感に襲われていた。
鈴鹿と並ぶ彼女を見てから、守村は焦っていた。
彼女と少しでも釣り合うように…そう思っていたところに鈴鹿と会った。
彼はスポーツマンで、快活で、気のいい人で、男らしい部分をしっかりと持っている。
自分はそんな彼が少し羨ましくて、少し憧れていた。
彼女も運動神経はいいし、明るくて、彼のような男とならお似合いだろうと…。
でも、僕は彼女と知り合ってしまった。
僕は花達のことばかり話して、彼女はそれを興味深そうに聞いてくれる。
それが、とても嬉しかった。
僕は欲張りなんだろうか。
昼休みの屋上トレーニングの甲斐あってか、守村は軽いパスの押収ぐらいは出来るようになっていた。
今までに比べれば、格段に進歩している。
あの日からお互いギクシャクしてはいたが、何故か昼休みの屋上トレーニングは続いていた。
ふいに、鈴鹿は黙り込み、そして静かに口を開く。
「…なぁ、守村…お前が言ってたのって、橋本の…ことだろ…。」
「……はい。」
「やっぱり…な。」
まわりには、お昼を食べ終えてお喋りに忙しいグループや、日差しを受けてまどろんでいる生徒達が、各々くつろいでいる。
そんな中、彼等だけが神妙な顔で向き合っていた。
「…あいつってさ、いっつも笑ってんのな。」
急に聞かれて答えに詰まる守村に構わず鈴鹿は続ける。
「でさ、たまにボケんだよ。結構天然でさ。」
「そう、ですね。」
「いきなり的を突くような事言ったりしてさ、なんか、すげーんだ。」
「はい、僕もよく驚かされます。」
「だろ?よく試合見にくるんだけど、あいつの声ってすぐわかるんだ。思わず反応しちまったりして、それが絶妙でさ。」
「ええ、いつも彼女には教えられることばかりです。」
「あいつは、すげーいい奴、だから……。」
苦しげに話す鈴鹿の様子に、守村は少し心が痛んだ。
気付いてしまった、自分の気持ちと彼の気持ち。
お互いにそれぞれ同じ想いを抱えこみ、譲れない僕と押し隠す彼。
海から吹く風がそろそろ次の季節が巡ることを告げている。
「…僕…そろそろ、行きます…。」
「そっ…か…。うん!ガンバレよな。俺…応援してっから、さ…。」
最後に笑って送り出す鈴鹿の顔に、守村も笑顔で答えた。
僕は、彼の事を大事な友人だと思う。
でも、それは調子のいい話。
きっともう、彼とはこんな風に接する事はできないだろうな。
やっぱり僕は、とても欲張りだ。
この屋上での数日間は僕にとって大切なもの…ずっと、忘れない、楽しいひととき。
応援している…俺は、そう言った。
その気持ちは間違いない…お前は一生懸命だったから。
相手があいつでなければ、俺は心からガンバレと言えたのに。
自分の気持ちを誤魔化して、俺はただの偽善者だ。
それでもやっぱり、お前に贈ろう。
―― 君のために、精一杯のエールを ――
END
<2004/8/8>
久し振りに、ときメモGSです。
女の子同士のライバルイベントがあるなら、
男の子同士でも…なんて、
つい考えてしまいました。
でもなぜか、守村と和馬…(苦笑)
和馬、先越されてしまいました。
ごめんよ…ということで、
違うエンディングを考えていたり…。
ごめんね、守村くん…(あれ?)
君のためにエールを〜和馬SIDE へ
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