君の側で 2



外は太陽から注がれる熱い日差しで、黙っていても汗ばむ時期。
空調の聞いたこの体育館内にも、微かにその熱気が伝わるほどに。
誰もが気だるげな表情を浮かべる中、水を得た魚のようにいきいきとした動きを見せる少年。

今日の体育の授業は、隣のクラスとの合同だ。
種目は残念ながらバレーボールなのだが、どんな競技でも真剣勝負。
持ち前の運動神経は伊達じゃない、バスケ以外も出来るってところを見せてやるぜ!
熱さにばてている連中との勝負なんて最初から決まってるようなもので、あっさりとついてしまった勝敗に物足りなさを感じながら、 次のチームにバトンタッチする。
やっぱり、体を動かした後の汗ってのは気持ちがいい。
この良さをわからないなんて、皆、どうかしてるよな。
中途半端なゲームに、俺の体が動き足りないと疼いている。
あーっ!バスケやりてー!!
俺は、叫びだしそうな気分をどうにか押さえて、壁際に座り込んだ。
すると、それを待っていたように隣に座り込む奴がいる―同じクラスの、姫条まどかだ。
こいつも外部入学組だが、新学期早々何故か気が合い、結構一緒につるんでいる。
遊び人風に見えるけど、大阪から出てきて一人暮らししている自称苦労人らしい。
で、俺の隣に座り込んだまどかが、小さな声で囁いた。
 「なぁ、和馬。あれ見てみぃ。おもろいもんが拝めるで。」
何がおもしろいんだか…と、まどかの示す方へ視線を向けると、そこにいるのは壁にもたれて気だるい雰囲気をまとっている男。
たかがガッコの授業で、なぁーにポーズ決めてんだか、あの野郎――葉月珪。
 「はぁ〜っ…おもしれーもんって…俺がなんで野郎眺めておもしれーんだよっ!」
 「あれ?自分、女子に興味ないからてっきりそっちかと思うとったんやけど、違うんか?」
マジで殴りかかろうとした俺に、まどかは大袈裟に怯える仕草を見せる。
 「殴らんでもええやん!暴力反対!ちょっとお茶目なジョークやんかぁ。俺かて、自分がそんなんやったら、よう寄らんって!」
その人懐っこい笑顔に怒気も削がれて、振り上げた拳を静かに下ろしため息をついた。
隣のコートでは、女子が試合をしている。
 「ホンマにおもろいんは、奴が何見てるんか…や。」
 「あいつが、見てるもんか?」
まどかに言われるままに、葉月の視線を辿る。
もともといつもぼんやりしてる奴の視線が、今は何故か熱を持っているように見える。
その先は、隣のコート。
授業の女子のバレーなんて、たかが知れている。
山なりなサーブ、受ける方もそのまま返したりそれも取れずに逸らしたりと、面白いラリーが見れるわけでもない。
だが、そのチームにはあいつ…橋本あきらがいた。
現在後衛のあきらが受けるレシーブはしっかりとセッター位置に還る。
セッターのトスは後ろにそれて、とてもじゃないが攻撃ができる状態じゃ……その時だった。
後方からあきらが飛んだ。
それは、明らかに攻撃のフォーム…力強い踏み込みから飛び上がるタイミング、思い切り反らされた体から振り下ろされた腕。
その打点の高さは全力とは思えなかったが、手首のスナップが完全に相手コートを捉えていた。
完璧なバックアタック…素人があんな綺麗なフォームで簡単に出来るわけない。
女子の歓声の中、あきらがチームメイトに囲まれて照れたように笑う。
 「葉月のあんな顔なんて、めったに拝めるもんやないって。他人よう寄せ付けん、あの葉月がやで!」
まどかの声に葉月の方を向くと、言葉通り口元に微かな笑みが見えた気がした。
中等部の頃から知っているが、あんな表情は一度も見たことが無い。
その笑顔の先に、あきらがいる。
俺は、葉月の視線の先にいるあきらから眼が離せなかった。
訳のわからない苛立ちが、俺の中に起こっている。
 「なんや…おもろいもんは、ここにもおったんか……。」
葉月を眺めるのに飽きたのか、まどかの興味は俺に向いたらしく、凝視している俺におもしろそうにそんな言葉を漏らした。
その言葉は俺の中を素通りして、かき消されていった。
俺の苛立ちは、あきらに向けられる。
葉月のあの表情を頭の隅に追いやって、俺はその理由をすり替えた。
―あいつ、勝負に手抜きしやがった……。
手を抜いたという苛立ちのなかに、あきらの本気の高さが見たいという思いが募っていた。

体育の授業だけでは不完全燃焼だった俺は、部活で思いっきり暴れまくってどうにか不満も解消した。
コーチにどやされたが、いい汗かいて気分もすっきりしていた…はずだった。
帰り間際、玄関先であきらに会うまでは…。
 「あ、鈴鹿くん。部活終わったんだ。」
何も知らないあきらが、笑顔を浮かべる。
思わず授業の時の光景が蘇る…あのフォームと見つめる葉月の表情。
 「あぁ…まあな。」
 「私も、今、帰りなんだ。ねぇ、よかったら途中まで一緒に帰らない?」
 「別に…いいけど……。」
 「うん!帰ろ!」
別に用事もないし、断る理由もないし…少しだけ、話してみたいという思いもあった。
校門を抜けると、下り坂の向こうにはばたき市が見渡せる。
俺は、学校帰りに見えるこの景色が好きだった。
多分何も考えずに自分の歩幅とペースで歩いていた俺は、常に隣にいるあきらに気付いた。
思わず、紺野と比べていた。
紺野と一緒に歩くと、俺はいつも先に行ってしまい、そして何度も追いつくのを待つことがある。
他愛の無い話題に、俺と同じ高さから即座に返ってくる答え。
小柄な紺野と話しているとあいつの声が届かない事があり、少しかがんで聞き返さないといけないのが正直面倒くさい。
自分のペースが乱されるのは、あまり好きじゃなかった。
だから、女子とは歩きたくない…それは身勝手な俺の我侭。
でも、今は全くそんな気がしない。
同じ女子なのに、俺のリズムが乱されない心地よさ。
そんな心地よさから、俺にしては珍しくすらすらと言葉がこぼれていた。
 「どーしたんだよ、こんな時間まで。お前、部活してねえだろ?」
 「うん、図書館でちょっと、ね。氷室先生の課題やってたら、いつの間にかこんな時間…。」
あきらはばつが悪そうに、苦笑いする。
氷室の課題が半端じゃないってのは、ある意味俺が一番わかってる。
あまり触れたくない話題は、スルーしちまうにかぎる。
 「ふーん…ま、いいや。それよりお前さぁ、何かスポーツやらねえの?
  せっかくそんだけの身長があんだからさ、もったいねえって!」
すると、軽いため息と共に、呆れたような声が返ってくる。
 「簡単に言ってくれるねー、鈴鹿くん…。知ってる?はば学ってさ、結構レベル高いんだよ?
  外部入学の私なんて、ついてくのに手一杯。
  今だって、課題終わらすのにこんな時間なんだから…。部活なんて、やる余裕…無いよ。」
 「んなもん、どうにでもなるだろ!いざとなりゃ、補修ってことでさ!」
 「あははー、鈴鹿くんらしいねぇ。」
さっきの言葉に少し諦めのようなものを感じたが、こうして笑っているあきらを見てるとそれは気のせいだったのかもしれない。
あまり深く考える事も無く、俺は一番聞きたかったことを切り出した。
 「お前さ…すごかったな、今日の。あの、バックアタック。」
 「えー!やだ…見てたの、あれ?」
みるみるあきらの頬が紅潮していく。
どうして見ていたのか知られたくなくて、慌てて言い訳を考えたが何も思いつかない。
 「と、隣なんだから、見えちまうだろ!別に、わざわざ見てたわけじゃねーよ!!」
 「うーん…そう言えばそうだよね。へへっ、なんか照れちゃうな。」
誤魔化したつもりだったが、かえって余計な事を言ったかもしれないと内心ヒヤッとする。
あきらは照れ笑いを浮かべて、俺の誤魔化しに気付いた様子も無いからちょっとホッとした。
ホッとして緩んだ気持ちが、すり替えてしまった苛立ちをそのまま言葉にしてしまう。
 「でもよぉ、お前…マジで飛んでねーだろ。たかが授業だからって、手抜くなよな。」
 「そんなこと…ないよ……。」
それまで並んでいたあきらのリズムが、俺からずれた。
声のトーンが沈んだ。
それなのに、表情は笑顔だった。
俺にはそれが馬鹿にされている様にしか見えなくて、本当の気持ちを見抜くことが出来なかった。
怒りがそのまま、声になった。
 「ヘラヘラしてんなよ!バレーやってたんだろ?じゃなきゃ、あんなにすげーフォームで打てるわけねえじゃん!
 俺にだって、それぐらいわかるぜ!見損なうなよ!!」
 「本当だって…鈴鹿くん、買いかぶりすぎ……。あれが精一杯、人並みに出来ればいい方だよ…。」
どんどんずれるリズム。
そして完全に、唐突に、そのリズムが止まる。
少し先を歩いていた俺は、立ち止まってしまったあきらを振り返った。
俯いているため、どんな表情をしてるのかわからない。
 「ど…どうしたんだよ…急に……。」
(やばい、言い過ぎた。)
俺は、そのくらいにしか思って無かった。
俯いたまま、あきらは駆け出した。
 『鈴鹿くんには、わからないよ…。』
追い越しざまに、そんな言葉が聞こえた気がした。
 「え?」
聞き返そうと、数歩先にいるあきらを見る。
こちらを振り返るあきらの膝元で、スカートの裾が揺れた。
もう俯いてはいなかったが、夕日の逆光でやっぱりその表情は見えない。
―お前、今、どんな顔してんだよ。
見えない表情に、なぜか、すごく不安になった。
 「私、こっちだから行くね。鈴鹿くん、じゃ、また。」
そう言って、振り返る事も無く駆けて行く。
後味の悪さだけが残った。
 「なんだよ。どういうことだよ!」

俺がその答えを知るのは、まだ先の事。
このときの俺には、あきらの気持ちを考える余裕は無かった。
本格的な夏が、すぐそこまで来ていた。


END

<2004/9/23>

まずは、まどかの偽関西弁…ごめんなさい。
生粋道産子のてるたには、これが限界。
間違ってたら、教えて欲しいです…。
ちなみに、この時点での2人の身長は、
170cmぐらいということで。
本当の主人公は、小さくてかわいくてですが、
全く違います。
それにしても、ただ長い文章で読み辛い(苦笑)
簡潔で、読みやすい文章が書きたい…。

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