君の側で 3



あの気まずい会話から、俺は隣のクラスを通り過ぎるたびに中を覗くのがクセになっていた。
元はといえば、あの日のあきらの態度が気になって様子を伺っているうちに、それがクセになったんだ。
そんな俺の心中をよそに、窓際の一番後ろの席、そこにいるあきらはいつも笑っていた。
時には、前の席に座り込んで喋りまくっている藤井の話に愉しげにあいづちをうちながら、また、隣の席で寝込んでいる葉月を眺めて 面白そうに、そして、通り過ぎる俺を見つけて嬉しそうに手を振りながら。
まるで、あの時の会話なんてまったく気にしてないような…気にしているのは、俺だけみたいな。
だったら俺だって別に気にすることは無いんだろうけど、このクセが抜けることは無かった。

学期末テストも終わり、廊下に貼り出された順位表の上位にいつも名を連ねている守村や有沢、葉月達と共に、あきらの名もそこにあった。
俺は、いつもの如く下のほうでなんか赤い数字も見え隠れしてたけど、そんなのは最初から解りきってた事だ。
そういえば、放課後図書室で勉強してたみたいだから、あきらにしたら当然の結果か。
俺の部活が終わる頃に玄関で顔を会わせるから、自然と一緒に帰るようになっていた。
あの日の気まずさはまだどこかに残っていたけど、あきらはいつも笑っていて、あいかわらず俺のリズムを崩す事は無かったので、 いつの間にかそんな事も忘れそうになっていた。
期末の散々な結果に、あの氷室の気難しい顔を拝む事になるのだろうと多少の憂鬱を抱えつつ、それさえ耐え切ればあとは有意義な夏休み。
この夏休み中にレギュラーの座を確保すべく、俺はその事で頭が一杯だった。
 「ねぇ、スズカー!あんた、夏休みの最後の日曜日って、なんか用事ある?」
突然呼び止められ、その声の主に思い当たり、俺は渋々振り返る。
 「なんだよ、藤井…。それと!その呼び方、やめれって!」
そこには、快活そうに髪をまとめ上げ、少し勝気な瞳をした少女―藤井奈津実が立っていた。
 「いいじゃん、そんな細かい事はさ!それより、どうなのよ、日曜日!」
俺の抗議なんて聞く気もないらしく、先の予定を問い詰める。
 「なんだよ、夏休みの最後の日曜なんて先の事…。なにかあんのか?」
そう、そんな先の事なんてはっきりわかるはずも無いが、とりあえずは部活しか予定はない。
 「本当はさ、女だけで盛り上がろうと思ってたんだけどねぇ…。」
なんか、嫌な予感がした…。
 「志穂ったらさぁ 『私、その日は塾の模試の日だから無理だわ。あなたも少しは勉強したら?』
  なんて、言ってくれちゃうしさ…。」
眼鏡に手を掛けるようなジェスチャーつきで、多分これは有沢の真似。
俺は黙って続きを待った。
 「それに、せっかく瑞希にも声をかけてやったのに 『その日、瑞希のお屋敷でホームパーティーをする事になっているの。
 瑞希が行けなくて残念だけど、まぁ、ゆっくり楽しんできて頂戴。』 なんて、そんなこと言われなくてもそうするって、ねえ?」
口元に手を当てて、少し高飛車な口調で、これは須藤の真似だろう…っていうか、俺に聞くなよ。
なかなか本題に入らない藤井の話に、俺は痺れを切らし始めていた。
 「で、しょうがないから姫条に声を掛けて、ついでにあんたにもと思ったわけ。どうよ?」
 「あぁん?俺はついでかよ!なんだよ、それ。付き合ってられっか!」
 「あ、違う違う…悪かったって!つい、言葉のあやでさぁ…。遊園地のチケットがあんのよ!
  夏休みの最後の締めにパァーッと騒ごうよ!」
長々と聞かされた挙句のついで扱いで少し声を荒げた俺に、両手を合わせて拝むような仕草をする藤井は、どこかまどかと雰囲気がだぶる。
そういうところは嫌いじゃないし、それにまどかも行くということだし、変わり映えしないメンバーで最後に騒ぐのもいいかと思って、 その誘いにのることにした。
そんなこんなで、氷室の補修をかなりのダメージをくらいながらも何とか乗り切り、1学期も無事に終わった。
これから夏休みだ…なんとしてもレギュラーを取って見せる!
それは、俺の目指すビジョンのほんの足がかりでしか無いのだから。

夏休み中、俺はほとんど体育館に通っていた。
中等部とはレベルが違う練習量にも耐え、コート中を走り回った。
夏休み恒例の集中合宿で3年生が抜けた後のレギュラーが決まる。
合宿の間中、朝から晩までバスケ漬けで、ただレギュラーを取る事だけに集中して、他には何も考えられない。
そして、明日が合宿の最終日…明日で合宿の成果が明らかになる。
体は疲れているはずなのに、気持ちの昂ぶりを抑える事が出来なかった。
俺はなかなか寝付けなくて、部屋を抜け出して外に出てみた。
昼間は太陽に照らされて熱気を帯びた風が、今は夜気を吸い込み幾分和らいでいる。
その微かな風を受けながら、大きく息を吸い込み空を見上げた。
 (あとは、全てを出し切るだけ…。)
頭上で満面に輝く手が届きそうな星を見ながら、そう思うと少し楽になって、明日に備えて休む事にした。
全力を尽くすだけなんだ…。

風呂上りに自分の部屋でくつろいでいると、いきなり携帯の着信音が鳴った。
そこには見慣れた名前が表示されている。
 「なんだよ、まどか…。」
 『なんや、その気ィ抜けきった声は…。さては、だめやったんか?そんならそうと、はよ言わんかい!
  なんぼでも付きおぅたるのに…。』
 「ばーか、勝手に決めんなよ!俺が落ちるわけねえだろ!もちろん、ゲットしたぜ!」
あの合宿最終日、俺は見事にレギュラーポジションを取っていた。
今、俺の手元には、その証のユニフォームがある。
1年生からレギュラーを取るのは簡単な事じゃないが、俺はそれを叶えるために誰にも負けないくらい練習したんだ。
 『ところで、自分…感激にひたって忘れとるかも知れへんが、明日、遅れんようにな。ちなみに、どこ行くかわかっとるか?』
 「………?」
明日…明日は日曜日…そういえば、休み前になんかそんな事言ってたような……。
何も言わない俺に、まどかは電話口でもはっきりとわかるようにため息をついた。
 『はぁ〜〜っ…やっぱ自分、忘れとってんな…。奈津実から聞いたやろ?遊園地でパァーッと騒ごうやって…。』
 「あ……悪ぃ、忘れてた…。」
本当に忘れていた。
夏休みに入ってからの俺は部活の事しか頭に無くて、そんな約束なんてきれいサッパリ抜けていた。
そうか、明日なんだ…まぁ、息抜きに騒ぐのもいいか…。

その日は朝から照りつける太陽が眩しかった。
昨夜のまどかからの電話で今日の予定を思い出し、俺は急いで目的地に向かった。
そして、遊園地に着いて、集まったメンバーを見て、俺は自分の眼を疑った。
眩暈がしたといっても、間違いじゃない。
そこにいたのは、まどかと藤井、紺野のいつもの顔ぶれ…そして、あきらと葉月の姿があった。
あきらはともかく、葉月だって!?
俺は思わず藤井に詰め寄り、なるべく声を押さえて言った。
 (なんで、葉月の野郎がいるんだよっ!)
 (だって、仕方ないじゃない!あきら誘う時に葉月が側に居て、自分も行くって言うからっ!!)
藤井も俺に合わせて声をひそめた。
あの、めったに人とつるまない葉月が自分から行くと言ったなんてにわかに信じ難かったが、実際ここに居るのだからそれは 紛れも無い事実だ。
 「じゃ、みんなそろった事だし!今日は思いっきり騒ぎまくろう!」
俺の追及をかわすように、藤井はそう言って駆け出した。
それ以上は何も言えず、仕方無しにその後について園内へと入った。
夏休み最後の日曜日という事もあって、家族連れやカップルの姿が目立っている。
その人ごみの中でも、俺の後ろを歩いている2人はかなりの注目を集めていた。
葉月とあきら…モデルとして雑誌等に良く出ている葉月が目立つのは当たり前だが、あきらの長身も結構人目を惹いていた。
そう言えば、今日はどこか雰囲気が違うような気がする。
私服姿は始めて見たが、それだけじゃなくて…少し考えてから、その違和感に気付いた。
視線の高さだ。
いつもは俺と同じくらいだったのに、今日は少し上にあった。
足元を見れば、デニムのスカートからすらりと伸びた脚は、ヒールのあるサンダルに収められている。
ローファーやスニーカーの姿しか知らなかった俺は、そのサンダルが…。
…いや、そのサンダルを履いて俺よりも上の景色を見ているあきらが、それより上にある葉月の視線が恨めしかった。
気付かぬうちに舌打ちしていた俺の横で、紺野が下がり気味の眉を微かにゆがめていたことも知らずに。
だが、先を歩いていたまどか達に促されてマシンを乗り継いでいくうちに、そんな気分も薄らいでいた。

沈んで行く夕日を浴びて、雲がオレンジ色に染められていく。
園内も、静かに朱の色に包まれていった。
あれほど園内に溢れていた人々も、だんだんとまばらになっていた。
 「いやぁ、今日は遊びまくったねぇ。じゃ、そろそろ解散という事で…。」
藤井の言葉を合図に、俺達も遊園地を後にしようとしていた。
その時、あきらが急にガクンとバランスを崩して倒れこみそうになるのを、葉月がすかさず支えた。
 「あきらったら、ホント、ドジねぇ。何もない所でもコケルんだから…。」
 「大丈夫か?危なっかしいな、お前…。」
 「あははっ…当たってるから、言い返せないのが悔しいよ。葉月君も、ありがとうね。」
呆れ顔の藤井に苦笑いを返し、支えている葉月を笑顔で見上げる。
葉月の視線には、あの日のように柔らかな熱が込められていた。
 「橋本…家まで送ってやる。お前、目が、離せないから。」
 「ヤダ!もう、こけないってば!」
真っ直ぐにあきらだけを見る、少し上からの視線。
俺の頭上で、背の高い2人がかわす会話。
2人の姿を見ていると胸の辺りがムカムカして、知らずにTシャツの胸元を握り締めていた。
このムカムカの原因は、俺が欲しくても手に入れられない物を、容易く持っている2人に嫉妬しているからだと思っていた。
もしそうならば、今の俺はみっともないコンプレックスの塊だ。
足りない物を補うために、人より高く、人より速く…そうしてレギュラーだって手に入れたはずなのに。
でも、目の前に突きつけられる現実に、こうも簡単に首をもたげる劣等感。

あれから俺達は、遊園地の前で解散した。
葉月はあきらを送って行き、まどかも藤井とけなし合いながらも一緒に帰っていった。
俺は、紺野の家に向かう道を歩いている。
紺野が何か言いた気にちらちらとこちらを見ている気配がしたが、俺はそれを気遣う余裕が無い。
あのムカムカは、まだ治まっていない。
 「鈴鹿くん、機嫌、悪いんだね。そんなに…――が気――るんだ―――。」
並んで歩いていた紺野の囁くような声を、聞き取れなかった。
 「あー、悪ぃ…なんか言ったか?」
 「ううん、なんでもないの。ごめんね。」
慌てて首を横に振り俯く紺野に、俺は何も言えなかった。

陽はもうすっかり落ちている。
空にはチカチカと星が姿を現し始めた。
あんなに照り付けていた太陽の存在が失われ、静かに冷ややかに夜が訪れる。
一人になって、夜の静けさに徐々に気持ちが落ち着いて行く。
俺は何をあんなにイラついていたんだろう。
ただのコンプレックスだけなんだろうか?
その答えは、まだ解らない。
もうすぐ夏休みが終わる。
新学期と共に、秋の気配が近付こうとしていた。


END

<2004/10/21>

うわ〜〜〜っ、なんだ、これ!?
って、感じです(T_T)
和馬、別人だし…。
こんなにコンプレックス抱えるような
人じゃないよねぇ、やっぱ…。
つづくんだろうか、これは…(苦笑)
だんだん別な方向へ行ってしまいそうだ。
どこかで修正しなきゃ(汗)

前へ / 次へ
戻る