新学期に入って、ますます空が高く澄んだ色に染まる。
あれほどに照り付けていた日差しも、距離を置いた分柔らかく感じられた。
夏休み中に手に入れたレギュラーの位置を確かめるように、俺はただがむしゃらにコートの中を走り続けていて。
気が付けば、もう涼しげな風を感じる季節になっていた。
学園中、数日後に迫るイベントに向けての準備で賑わっている。
午後の授業は学園祭の準備に当てられ、生徒達は忙しく動き回っていた。
俺のクラスは、模擬店を出すとか言ってたっけ。
隣のクラスの喫茶店と、かぶるんじゃねえか?とも思ったけど、口出すほどでもないしな。
何気なく覗いたいつもの席で、藤井と一緒にメニューをどうするとか、盛り上がっているあきらが視界に入った。
あいつ…いっつも愉しそうだよな……。
休み時間、通りすがり、やっぱり俺はあいつの姿を追っていた。
そばで見ているまどかの口元が、軽く笑みを浮かべているのに気付くはずは無い。
運動部に所属している者は特に文化部のようなクラブ出展もなく、クラスの模擬店のメインスタッフからも外れていて身を持て余していた俺は、
屋上から準備に駆け回っている生徒達を眺めていた。
横には、同じようにデカイ図体をあましているまどかが座り込んでいる。
まどかの場合、準備に張り切っているクラスの連中の追求から逃れて、さぼっているというのが事実だが。
「もう、秋なんやなぁ、和馬…。」
「なんだ、それ?お前、親父臭ぇぞ。」
「なぁ、こないだまで夏休みやと思てたのに、もう学祭やで…。」
「…だな。で、どうしたよ?」
「んー、おもろかった思ぅてな…遊園地。」
「そうか?」
そりゃ、それなりに面白かったと思うけど、これほどまで感慨にふけるものだったとは思わないけどな。
それに、あの日の俺は終始イラついてたような気がする。
イライラの理由も、わからないまま。
「それにしても、ようコケとったな、あきらちゃん。あれは、天然のボケ体質やで!」
「…は?」
「気ぃ付かんかったか?なんも無いとこでもコケとったで。ありゃ、いい芸人の素質があるんちゃうか?」
まどかは、思い出したように笑っている。
不意に、あの日のあきらの姿が蘇った。
高い位置にあるあきらの視線、それを余裕で受け止めている葉月。
あの時のイライラまで一緒に思い出されて、口調がキツクなるのを止められない。
「…デカイくせに、あんな靴履いてっからだろ!」
「あー、そら、あかんな。女の子のファッションには、寛容にならなあかんで、和馬。ヒールがあれば、脚が長くて綺麗に見える。
いくら不都合があっても、綺麗に見せたいやろ?どんだけ寒かろうと、真冬にミニはくのと一緒や!
それが、女心っちゅうもんやで。」
「そんなこと、俺が知るかよ!時期にあって、動きやすくて、似合うのがいいに決まってんだろ?」
「似合ってたと思わん?あの日のあきらちゃん。」
「……何が言いたいんだ、お前…。」
「いやぁ、なぁんも!よぅ、靴なんて覚えてたと思ぅてな…。ところで、和馬。あの日、紺野ちゃんが何着てたか、覚えとるか?」
「何って……。」
そう言えば、家まで送っていったというのに、紺野が何を着ていたのかなんて覚えてない…。
藤井の格好だって別に気にならなかったのに、何であいつだけこんなに気になったんだ?
座ったまま俺を見上げるまどかが、にぃっと笑った。
その笑顔に、俺は無性にイラついていた…お前に、何がわかるんだよ!
「なんの関係があるんだよ!そんなこと、どうでもいいだろ!」
「そやな。俺には関係ないことやな。これは、お前の問題だし。お前がも一つ大人になるまで、兄ちゃん、見守ったるからな。」
「誰が、誰の、兄ちゃんだよ!…ったく、訳わかんねえことばっかだし…。それに、俺の誕生日は12月だぜ。」
「…お前も、微妙〜なボケかます奴っちゃなぁ。ま、ええわ。とにかく、自分の胸に手ぇ当てて、よっく考えてみ。」
「何を…?」
「最近、お前がいっつも見てるもん…やな。」
まどかはそう言って立ち上がると、大きく身体を伸ばした。
俺がいつも見てるもの…そこまで言われても、まだ俺にはわからない。
やけに、あきらの事を話題に出すのが気にはなったけど。
そんな俺を見ながら、まどかはゆっくりと息を吐いた。
「しかし、残念や!俺も、ボケやしなぁ…。いいツッコミがおらんと、宝の持ち腐れやんか!」
「…!」
「…葉月じゃ、物足りんと思わんか?あきらちゃんには…。あ、そや!遊びに来てや、言ぅてたで。じゃあな。」
そのまままどかは背中越しに手を振りながら、屋上から出て行った。
そろそろクラスの奴等が嗅ぎ付けて来る頃だろう。
一人で屋上に残された俺は、わからないことだらけで少し混乱してた。
自分の胸に手を当てて…って言われても、何のことやらさっぱりだ。
ただ、わかるのは、あいつが…あきらが関わってるということ。
そんな時…。
「あれ?鈴鹿くん?こんなところで、どうしたの?」
「…お、お前…!」
どうして、こんな時にこいつが来るんだ…。
「学園祭の準備はいいの?あ、そうか。鈴鹿くんは運動部だから、いいんだね。」
言いながら、俺がいるフェンスの側まで近付いて来る。
そのまま隣に並ぶと、突然の風に髪が乱れた。
乱暴に流された髪を押さえて、小さく声を上げる。
その動作の一部始終に、眼を離す事が出来ずにいた。
それもこれも、まどかがわかんねえこと言ってるから、頭ん中ぐちゃぐちゃしてて…。
「すごい風…それにしても、ここからの景色ってやっぱいいね。」
俺のほうを向いて、笑うから…あの愉しそうな笑顔で、俺に向かって笑うから。
同じ高さで、視線がぶつかる。
思わず、駆け出していた。
背中に、俺を呼ぶあいつの声が聞こえる。
屋上の入り口で、携帯で話しながら入ってくる奴とぶつかりそうになったけど、構わずに駆け下りた。
どこかで聞いたことがあるような声だったが、そんなのはどうでもいい。
ムカムカする気分と、鼓動が早まる違和感。
自分の中の感情が、わからない…わからない。
葉月は、急に鳴り出した着信音に教室を出た。
誰からの電話かは想像がつく。
話しているところを、見られたくは無かった。
場所を移動すると告げ、屋上への入り口へ差し掛かった時、勢いよく飛び出してきた人物とぶつかりそうになった。
その人物は何も言わずにそのまま駆け下りていく…葉月は、それが誰か知っていた。
屋上に出て、電話の主である父親からいつも通りの言葉を聞き、聞き分けのいい子供を装って電話を切った。
大きく息をついて顔を上げた瞬間、フェンスの向こうを眺めているあきらの姿を確認した。
風が髪をさらうのも構わずに、ただ遠くを見ている彼女の背中が、悲しげに見えた。
そっと隣に並ぶと、ようやく気付いたのか焦ったように表情を和らげた。
「あ、葉月くん…どうしたの?こんな所で。」
「…おまえこそ、どうしたんだ。何か、言われたのか…鈴鹿に……。」
あきらは、鈴鹿の名前に一瞬身体を強張らせる。
そして、無理に笑顔を作ろうとした。
「なんで?なんにもないよ。息抜きに来たら、鈴鹿くんがいたから話してただけ。」
「そんなこと、ないだろ。…そんなに、落ち込んでるのに…。」
「…葉月くんって、すごいね。人の気持ちがわかっちゃうんだ。姫条くんに言わせると『エスパーか!?』だね。」
「そんなこと…ない……。」
わざと明るく振舞って冗談交じりに話すあきらに、葉月はこの胸の中の声を吐き出してしまおうかと思った。
(お前だから…お前の事をいつも見ているから…知らないかもしれないけど、俺は…。)
だが、あきらから呟かれた言葉に、喉元まで出掛かっていた言葉を押さえこんだ。
「私…鈴鹿くんに嫌われてるのかなぁ…。知らないうちに、なんかしちゃったのかもね。」
「気にするな…それより、そろそろ行くぞ。忙しいんだろ、お前…。」
何でもない振りをして、葉月はあきらをうながした。
このまま、今日の事を忘れてしまえばいい。
そしてまた、いつもの笑顔を見せて欲しい。
他の奴の事で、気持ちを揺らがせないで欲しい。
声に出してしまいたい想いは、葉月の心の中で静かに流れていった。
気付いたら、あいつを置いて俺は体育館まで走ってきていた。
途切れ途切れになる息を落ち着かせようと、大きく息を吸い込んだ。
もう何も、考えたくない。
こんな時は、無心でボールを追いかけていたい。
ステージ上でも生徒達がイベントの準備で忙しそうだったが、俺は上着を隅に投げやり、ステージから離れたコートでボールを弾ませた。
スタッフから少し胡散臭そうに見られたが、そのうちに気にならなくなった。
やっぱり、ボールの感触やバウンドする音に、自分の気持ちが静められていくのがわかる。
ゴールを揺らした瞬間に、少しづつだけど気持ちが落ち着いてきた。
何も、気にすることはない。
バスケさえ出来れば、それでいいんだ。
俺はただ、ゴールを揺らす事だけに気を集中させていた。
余計な事を、考えなくてもいいように。
あの時、俺が屋上から飛び出したのは正しい判断だったのかもしれない。
苛立ちの原因だったあきらと葉月が、あの後一緒にいたなんて俺は知らないままだったのだから。
今は、あの2人から少しでも離れていたかった。
END
<2004/12/15>
今回は、補修コンビの会話がメインで…。
というか、それしかないし…(苦)
それに、鈴鹿視点の一人称で続けていくのは、
苦しいというのに今さら気付いた。
遅すぎですねぇ(苦笑)
果たして、話は続いているのか?
これって、葉月王子の話だったっけ?
なんて感じになってきてます(-_-;)
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