学園祭当日、俺はクラス担当の時間以外は、部活の仲間や先輩達のクラスへと学園中を回っていた。
ほとんどの時間がそれに費やされ、隣のクラスに顔を出すことができなかった。
いや、本当はあえて行かなかったというのが正しいのだけど。
遊びに来てって言ってたのはまどかから聞いてたが、どうしても顔を合わせたくない。
そんな気分が、足を遠ざけていたんだと思う。
周りの連中が打ち上げの計画で盛り上がってるのを眺めながら、俺は早く部活を始めたくてウズウズしていた。
結局そのまま、学園祭は終了していた。
ウィンターカップへの出場も決まり、練習内容もハードになってきた。
3年生が抜けた後の、新チームの実力が試される大会で、練習試合だろうと気は抜けない。
そして、練習試合で俺は、確実に得点を叩き出している。
その分マークもきつくなり、激しくぶつかり合う事もあって、ファウルも頻繁にとられる。
でも、それはエースに付き物みたいなものだと思っていた。
いくら厳しいマークがつこうが、そいつ等を蹴散らしてでも得点すればすむ事だ。
俺が強けりゃ、それでいいじゃねえか!
そう思っていた俺に、コーチの激が飛んだ。
今日の試合で、3度目のファウルが告げられた時だった。
「バカヤロー!なにやってんだ、鈴鹿!コートから出て行け!頭、冷してこいっ!」
コーチの言葉にカチンときた俺は、捨て台詞を吐いて体育館を飛び出していた。
「やってられっかよっ!出てってやらぁっ!」
そのまま水飲み場まで走っていき、蛇口から勢いよく迸る水を頭からかぶった。
弾ける水飛沫が、肩口まで濡らしていくのもかまわない。
冷たい水の流れの中に、暖かなものが頬を伝うのを感じていた。
悔しさが込み上げて、唇をかみ締める。
――どうして…やることやってるじゃねえか……どうしろっていうんだよ!
俺は、何もかもに、イラ付いていた。
「鈴鹿くん…?今日は練習試合だった、よね?…何か、あった?」
後ろから、声がかかった。
今一番、顔をあわせたくない奴…なんでこんな所にいるんだ。
「別に…コーチに言われたんだよ。コートから出て、頭冷せってよ!」
「そっか…。でも、そろそろ戻らなきゃ…?」
「いいんだよ、別に!俺がいなくてもやれるんだろ!今まで、誰が点取ってやったと思ってやがんだ!」
「そんなことないよ。きっとみんな待ってる…。」
「知ったようなこと言ってんじゃねぇっ!お前に何がわかるんだ!」
無神経な言葉だと思った。
何も知らない奴に、言われたくない!
そんな俺の場違いな八つ当たりを、あきらは静かに受け止めていた。
「…そうだね…解らないかもね。でも、バスケはチームでするものでしょ?一人じゃ出来ないでしょ?」
「…チーム……?」
「バスケって、チームでゴールまでボールを繋いでいくものだよね。鈴鹿くんの好きなバスケって、そうじゃないの?」
「俺の…バスケ…。」
「コートの中でも外でも、ボールを繋ぐのはチームみんなで、だよ。気がついてるよね?
試合中に、みんなの声が背中を押してくれてるって。」
あきらの言葉は、俺が忘れてたことを思い出させた。
同時に、伸び悩んでいた実力に行き詰まってた俺の焦りも、なんだか軽くなった。
一人でするものじゃない…こんな簡単で、解りやすい事だったのに。
「………馬鹿だな、俺…。そんな事も、忘れてる…。悪かったな、八つ当たりして…。俺、戻るわ!」
「うん!頑張ってね。」
あいつの笑顔に送られて俺は体育館に戻り、コートを走るチームメイトに声をあげた。
一瞬、コーチが俺のほうを見て、しょうがないって顔して笑ってた。
コートの中も外もない、チーム全員でボールをゴールまで繋ぐ…俺の好きなバスケって…。
結局、最終セットに再びコートに戻った俺は、仲間に手荒い歓迎を受けた。
あのまま戻らなかったら、俺はこの仲間達のいるコートに戻れなかったかもしれない。
練習試合ははば学の勝利に終わり、ウィンターカップへ向けて確かな手ごたえを実感していた。
片付けを終えた頃はもう外は真っ暗で、急いで玄関を出ようとする俺を呼び止める声がして、振り向いたらそこにはあいつが立っていた。
「試合…どう、だった?」
「あぁ?馬鹿にすんなよ、勝つに決まってんだろ!それより、まだ残ってたのか?」
「うん…あの、さっきはえらそうな事言って…おせっかいだったかなって、ちょっと不安になっちゃって…。」
それだけのために、わざわざこんな時間まで残ってたのか?
おせっかいだなんて…こいつの言葉が俺をコートに戻してくれたのに。
あの時、顔をあわせたく無かったなんて考えてたのがウソみたいに、俺はあきらに感謝している。
たった一言だったのに、俺をあの場所に戻してくれた。
いつもの俺なら耳も貸さなかったかもしれないのに、あの言葉だけは何故かすんなりと頭の中に入って来たんだ。
『俺の、好きな、バスケ』ってさ…。
「そんなこと…ねえよ…。その、ありがとな。お前が言ってくれなきゃ、俺、気付かなかったかもしれねえから…。」
「ううん、私、そんなたいしたこと…。でも、よかったぁ!少しでも鈴鹿くんの役に立てて、嬉しい。」
さっきまで、不安そうに俺の顔をうかがっていたのが、そんな言葉で本当に安心したように笑ってくれて。
そんな事を気にして、俺の事待っててくれたのが嬉しくて。
あきらはその時に俺が一番欲しいと思う言葉をくれて、それは俺にとって正しい方向へと導いてくれる言葉なんだと思う。
あれほど、苦手だと…嫉ましいとまで思っていたのに、俺の中のどこかでこいつの言葉を望んでいた。
もう少し話がしたくて、思わず口にした言葉…おそらく、俺が自分からそんなこと言うのは初めてだろうってくらいの。
「あの、よ…送ってやるよ。その…もう、暗いし、さ…。」
「え…!ほんと、に?…うん!ありがとう!」
ちょっとうろたえながら、お互いに照れ笑い。
気のせいかもしれないけど、月の明りに少し頬を染めているあきらの顔が映る。
そんなあきらをみるとなんかドキドキして、それがどうしてかなんてわからないけど、こいつと並んで歩くのはやっぱり嫌じゃないと思ってた。
「でもよ、こんな時間まで何してたんだ?さっきは、帰る途中だったんだろ?」
「あ、あれから終わるまで図書室で時間潰そうと思って。ちょうど、守村君や志穂さんがいたから、少し話してたの。」
守村と有沢か…あいつらなら、図書室にいそうだよな。
そして、ふと考える。
まどかはともかく、あきらも外部組だけど、随分早いうちから馴染んでたよなぁ……あの、葉月ともよく話をしてるみたいだし。
そんな疑問が浮かぶと、どうしても確認せずにはいられなくて。
「お前さ…みんなに馴染むの早かったよな。それに、よくあの葉月と話なんて出来るって。何考えてんのか、わかんなくね?」
あきらは驚いたような顔をしてこっちを見て、それから可笑しそうにくすくすと笑い出す。
「なっちんにも言われたよ、それ。でも、葉月くんって、そんなことないよ。それに、ここで一番最初に話した人だし。」
一番最初…深い意味はないんだろうけど、それがちょっとひっかかった。
「入学式の日にね、裏の教会のところで葉月くんとぶつかっちゃって。それが、はば学で初めて話した人。」
「ふぅ〜ん…。」
真っ直ぐに遠くを見つめて話すあきらに、俺は曖昧な返事を返す。
「それからすぐに、なっちんと意気投合しちゃって。なっちん通して、志穂さんや珠ちゃん、瑞希さんとも仲良くなれたし。
図書室に通うようになってから、守村くんとも仲良くなって…これは、氷室先生の課題のおかげだね。
姫条くんは、外部入学者の説明会で会ってたみたいだけど、私あんまり覚えてなくて…覚えてたら一番だったって言ったら、
悔しがってた。
瑞希さんに連れてかれて美術室覗きに行って、あの三原くんとも話ができたし。
…それから、あの公園で、鈴鹿君と知り合って…。早く馴染めたのは、なっちんのおかげかな。」
そうやって、知り合った順番を思い出していくあきらの話を聞きながら、思ったこと…俺、一番最後じゃん…。
「え?」
あきらが、聞き返す。
気まずい間が空き…どうやら俺は声に出して言ってしまったらしいと気付いて、聞き返された事にとまどった。
「え?…あ、いや…別に…。」
そんな事を気にするなんてガキっぽいと思われそうで、急いで言い訳を考えたけど何も浮かんでこなくて、ただうろたえるだけで。
あきらは隣で笑ったまま、ちょっとためらいがちに言った。
「知り合ったのは最後でも、私、鈴鹿くんとはすごく近く感じるんだ。」
「…へ…?」
間抜けな返事しか返せなかったけど、あきらのその言葉がなんだか嬉しかった。
俺も、そう感じてるのかもしれない…同じリズムで歩いていける、俺が進めない時には背中を押してくれる。
そんな、チームのような…。
あきらを家の前まで送って、あいつが家の中に入っていくのを見届ると、俺はその場を離れた。
もう吐く息も微かに白くなって、そろそろ冬が来るんだという気配がする。
俺は高く昇った月を眺めて、まだ正面から受ける視線は苦手なままだけど、一緒に並んで歩ける時間がずっと続けばいいと思っていた。
でも、頭の隅の方では、あいつの一番最初っていう葉月の存在が過ぎって…あいつと並ぶ姿が過ぎって、胸のあたりがしくっと痛んだ。
葉月があいつと一緒にいると、いつも感じる痛み。
それがどうしてなのかわからないから、無理矢理ずっと奥の方へと押し込んだ。
もう、何度も繰り返してるのに、まだわからないままだから。
END
<2005/1/17>
う〜ん、だんだんとご都合主義に傾いていく。
いつの間に、友好状態になったんでしょう?
デートもしてないし、運動もしてないし。
むしろ、勉強の方があがってるような…。
…って、それ言っちゃお終いですけど。
ゲームとは別物ということで、よろしくご都合主義!
まだ、続く(はず?)のですが、
この調子だと、いつ終わるやら…(苦笑)
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