君が、いる場所



今、隣で寝息を立てている彼。
ちょっと昼寝、のはずが、いつの間にか熟睡していて。
私はその横で、文庫本を読んでいる。
そんな、静かな午後。

試合で忙しい彼に、やっと出来た休息の日。
久し振りにゆっくりと会える時間。
会う前は何をしよう、どこに行こう…いろいろ考えてたのに。
実際に彼を目の前にすると、何も言えなくて。
 「お前の好きなとこ、行こうぜ。」
そう言う彼に、私が言ったのは。
 「せっかくのオフなんだから、部屋でゆっくりしよう?」
彼は、暫らく不服そうだったけど、私が言い張るので渋々承知した。

ハンガーに掛けられたチームのユニフォーム。
必要最低限の家具類に、トレーニング器具。
遠征が多いから、あまり生活感の無い部屋。
でも、ここが本来の彼になれる場所。
スタープレーヤーとしての彼じゃなく、ただの彼に戻れる場所。
私だけが知っている彼がいる場所。
だから私は、彼のいるこの場所が好き。

ソファ代わりにしているベットに腰掛けて、会えなかった時間を会話で埋めて。
そんな彼が小さく欠伸をかみ殺すのを、気付かなかった振りをした。
心の隅に、小さな刺が傷を作った。
冷めてしまったコーヒーを煎れ直そうと台所に行っていた数分。
香ばしい湯気をたてるカップを持って戻った時には、もう彼は夢の住人。
ちょっと恨めしくも思ったけど。
本当に久し振りなのにと、寂しくも思ったけど。
さっきの自分の言葉を思い出して、自業自得だと苦笑い。
ベットに腰掛けた私に、浅く覚醒した彼が呟く。
 「悪ぃ…ちょっとだけ、寝かせ…て…。」
部屋に差し込む日差しが優しくて。
そんなこと言われたら、何も言えないじゃない。
そう…せっかくのオフなんだから…。

気持ち良さそうに寝息をたてる彼を見ていた。
リーグ戦は、かなりハードな日程で連戦が組まれている。
よっぽど疲れているんだなって理解はしてるけど。
一人だけ気持ち良さそうにしてる彼が恨めしくなった。
だから私も読みかけの文庫本を脇に置いて、背中合わせに横になった。
午後の暖かな陽気につられて、ついうとうととしてしまう。
小さく声を上げて、彼が寝返りを打つ気配がした。
腹部に回された彼の腕に、私はそのまま抱き寄せられる。
今さらだけど、緊張して思わず強張ってしまう私の身体。
でも、背中に感じる彼は、規則正しい息を吐いていて。
彼はまだ、夢の中にいた。

彼の腕の中、寝返りをうてば熟睡している彼の顔が目の前にあった。
こんなに近くにある彼の顔にドキドキする。
それなのに目を覚ます気配も無いのが悔しい。
私一人が、こんなに苦しいのが悔しい。
私は彼の背中に手をまわして、ポンポンと叩いてみる。
すると、腰にまわして抱きしめる彼の腕に、力が込められた。
無意識かと思ったけど…微かに染まる頬と、困ったように歪めた口元。
悔しい思いは安らぎに変わって、私は静かに瞳を閉じた。


彼のいる時間、彼のいる場所…そんな温もりの中にまどろんで。


END



<2005/4/30>

久々の更新だというのに、
なんでしょう、これは?
ちなみにこの彼は、卒業後の鈴鹿ですね。
実業団チームに所属してます。
主人公チャンは、OLです。
一緒には暮らしてない…という設定で。
無理があるのは重々承知。
リハビリ…というには、あまりにも…(>_<)

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