Posted by 俊徳の向いの住人 on 2004/05/17 06:22:04: In Reply to: Re[3]: 俊徳閉店 Posted by ちいた on 2004/05/16 16:19:17:
> そんなのはどこのラーメン屋にもあるでしょう。 > 賛否両論は当然で、それでもなお人気店であることを維持してる店が成功してるんです。 > そういう事前提で、やっていけなくなったのは > 色んな条件を加算した上で、マイナス点が勝ってしまったということであります。 そうじゃないんですよ・・・。 (゚ー゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)ウンウン 俊徳はやっていけなくなったのではなくて、 やっていくことをやめたのです。 「can not」ではなくて、「do not」なのです。 > そして、一番問題なのは、その事実に対する店主「最高師範」の姿勢です。あまりに横暴、傲慢。本来なら1700円のラーメンだ!?全ての食材や作り方を当てられないなら評価するな!? 少しも横暴ではありませんよ。 放漫でもない・・・。 あのラーメンは1700円でも安過ぎます。 実際、2000円でどうか???という逸品ですから・・・。 そして、オーナーは自分の舌と技に絶対の自信を持っているということです。 評価というのは、それをするだけのスキルを有した者にしか許されるべきものではありません。 それ無くして評価をしようとすることは単なる素人の無責任な暴力です。 私には、オーナーの主張は至極当然のことだと思えます。 > 第一、美味しいラーメンを食べたいのに、空手が凄いことは関係ないでしょう。 その通り!! 関係無いですよ! ですから、それを口にされている貴方には矛盾があると思いますが・・・。 > 実際に「暴力が帰ってきそうな気がするので」というカキコをしてる人がいますが、 > 店主のカキコから、ヘタしたら殴られそうなイメージを抱いた人は多いはずです。私もその一人です。 そうでしょうか? 感じ方は自由ですが、あなたの感性を基準にして、それを「多い“はず”です」と一般化しようとすることにはいささか無理があると感じます。 ちなみに私はあなたの仰るようなことは、俊徳の彼からは一度も感じたことはありません。 > 私は一度だけ行って、ラーメン自体に悪い印象は残ってないのですが、 > 今回の件で、絶対に行くことはないでしょうね。 > いろんな意味で最悪のラーメンやの一つとなりました。 それは個人の自由だと思います。 あなた個人の好き嫌いに誰もあれこれと言うような権利は無いでしょうから・・・。 あなたにとっての「最悪のラーメンや」でいいのではないでしょうか? > 客はメチャクチャな人が過半数です。本当の美味しさが分からない人は更に少ないはずです。 ん? 上げ足を取るつもりはありませんが、これは、「本当の美味しさが分る人は更に少ない」の書き間違いかなのだろうと思われます・・・。 そうでなければ、意味が通りませんものねえ、、、 私の解釈の仕方が間違っていたらゴメンなさい・・・。 > 私も正直自信はありません。単なる自己満足です。自分が美味いと思えば美味いというだけ。 > でも、そういうことは、人間が滅亡するまで変わらないでしょう。 その通りだと思います。 残念ながら、化学調味料に慣れてしまった方や、日本古来の出汁を知らないような方には『物足りなさ』が感じられてしまうかもしれませんし、素材の持っている本来の『旨み』というものを充分に味わいながら育ったことの無い方には、その「意味」すらも判らないでしょう・・・。 判断基準も違いすぎるでしょうし・・・。 美味しいと感じるその「美味しさ」は、個人の食習慣によって作り出されるものだと私は理解していますが、 残念ながら、たとえば、品川の水とお隣の大田の水の匂いや味の違い、四国の四万十川の鮎と静岡の狩野川の鮎の香りの違い、赤穂の塩と三陸の塩の苦味の違い、そういった違いをはっきりと感じ取ることの出来る人意外には、俊徳のスープの持つ意味は理解できなくて当然なのです・・・。 水に関して言えば、水道水などは一軒一軒のお宅で味が違います。 鮎や塩などは、同じ産地でも毎年毎年味が微妙に異なりますし、同一シーズン中でもその初期と終期ではまったく味が違うのです・・・。 ところが! 化学調味料はいつでもどこでも味が同じです。 そこに「味わい」はありません・・・。 『舌』を作り出すことも恐らくは不可能でしょう・・・。 ちなみに、タバコを吸う方には絶対に繊細な「味」の違いは判別できません。 > まずは店主が自らの姿勢を考えること。それがまず第一だと思うのは間違っているでしょうか? 間違ってはいないと思います。 しかし、その「姿勢」というものは「目的」なりの違いによってまったく異なった意味を持つものとなりますよね? 店主がどのような姿勢でいようとも、それは店主自身が選択すべきものであって、そのことを第三者があれこれと評判していく必要はないと考えます。 なぜならば、店主は、自分自身の姿勢を下人とする「周囲の自分への反応」を自らが受けていくことになるわけで、原因と結果を個人で受け止めて自分自身で責任を取っていくことになる以上、それを第三者があれこれと言う必要はないことです。 少なくとも、俊徳の店主は、「受け」を狙って周囲に迎合していこうとする人物ではないのですから、オーナーである彼自身が何を考え何を発言し何をしようとも、それが公共の福祉に反しない限りそれは全て彼の自由でしょう・・・。 「期待」をするのは自由ですが、その「期待」を彼に押し付けるのはエゴではないかと私は考えます。
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