朝鮮半島、中国支配の始まり
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紀元前108年に前漢の武帝(ぶてい)によって、衛氏朝鮮が滅ぼされると朝鮮半島の大部分は中国王朝の支配下に入ることになります。そこで武帝は征服した地を4つに分け漢四郡設置します。
この前漢はやがて衰退していき、継ぐ新(しん)そして、後漢も西に進出したり、北からの脅威に備えたりで、徐々に朝鮮への支配は弱まっていきます。
そして、3世紀になると(文章にしてしまえば、短いですがBC108年からですからかなり長い年月が経ってますよぉ)、豪族の公孫氏(こうそんし)が朝鮮半島支配に動き出しました。
この公孫氏は、本来は魏王朝から遼東地方の支配を任されていた豪族。
しかし、この頃の中国は、あの有名な三国志の時代です。激しい戦乱の中、こっそり魏の目を盗んで朝鮮半島の中国勢力の拠点である楽浪郡を裂いて帯方郡(たいほうぐん)を設置してしまいました。
ですが、この公孫氏も238年には魏によって滅ぼされてしまいます。
<古朝鮮の歴史
>高句麗による楽浪郡の滅亡
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