李香蘭を生んだ満州映画協会
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2014年9月7日午前10時42分に心不全の為、東京都内の自宅にて李香蘭こと山口淑子(やまぐちやすこ)さん(本名は大鷹淑子-おおたか・よしこ)がお亡くなりになりました。94歳でした。
李香蘭(りこうらん)の名で日本人であることを伏せ中国人美人女優として売り出された彼女の半生を描いたドラマや劇などを目にしたことのある人も多いことでしょう。
中国東北部、撫順で彼女は日本人の両親から生まれます。北京の中学を卒業し、奉天を中心に歌手となった彼女は「満州映画協会」の専属女優となると日本人であることを隠して中国人としてデビューすることになります。
当時の満州映画協会というのは、理事長が甘粕正彦という元憲兵大尉でバリバリの軍人。彼は映画のことはまったくの素人でしたがドイツから最新の設備を入手したり優秀な人材は中国人だろうが政治的に自身とは対立していようが関係なく採用たり、また報酬を上げて才能ある人材を確保したりしたので娯楽大作を次々にヒットさせていくことになります。
ちなみに「なぜそんなに映画会社を必死に軍人さんが育てたの?」という疑問を持つ方も多いでしょう。実は、満州国っていうのは日本の傀儡政権。つまり、日本の操り人形のような国家を中国に作り上げていたんですね。この満州国のすばらしさを現地の住民の人々に宣伝したかったんです。とはいえ、映画がつまらなければ誰も見ないし話題にもならない。だから、軍人さんである甘粕さんも必死に映画会社を育てたんです。
さて、満州映画協会にて中国人としてデビューした李香蘭こと山口淑子さん。「萬世流芳」などの主演映画や主題歌を歌い大ヒットさせ満州のみならず中国でも大スターとなります。
日本でも「支那の夜」などのヒット作を出し有名人に・・・。まぁ、キレイだし、声も透き通るような高い声ですからねぇ。人気にもなりますよねぇ。
しかし、終戦後、李香蘭は漢奸(売国奴)の疑いで拘束されて裁判にかけられます。その後、日本人であることが証明され無罪になり帰国。山口淑子さんの名で女優、テレビキャスター、参議院議員として活躍していくことになります。
ちなみに終戦5日後。甘粕理事長は満州映画協会の社内で自殺をすることになりますが、その最後を看取ったのは満州映画協会幹部だった赤川孝一。ん?誰だって?「三毛猫ホームズシリーズ」などで有名な赤川次郎さんの父親ですね。
その他にも満州映画のナレーションを担当していたのは森繁久彌さん。満州映画職員で後に阪急や国鉄の監督を務めるプロ野球の浜崎真二さんなんかも有名ですね。
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