スパルタ
|
古代ギリシアではポリスという都市国家がいくつも点在している状態だったのは以前、お話しましたね。
そのポリスの中で特に力を持っていたのがアテネ。そして、そのライバルがスパルタです。
ギリシアでの覇権の推移は、また後でお話しますが、始めはアテネ、そしてアテネの横暴に反発したギリシアのポリス同盟の内紛によりスパルタが力を持ちます。しかし、スパルタは調子にのって大国ペルシアが支配する小アジアに手を出した。それに怒ったペルシアはコリントス戦争を反スパルタ勢力に起させます。そして、スパルタの覇権に終止符が打たれテーベへと覇権が移るのです。
まぁ、これは、後でゆっくり説明しますね。
とりあえずは、このスパルタがどういったポリス(都市国家)だったのかを学んでいきましょう。
スパルタというポリスはドーリア系スパルタ人がその10倍もの非ドーリア系人種を支配していました。その中で農業に従事させていた奴隷をヘイロータイ。商工業に従事させていた周辺民をペリオイコイと呼び支配していたんです。
この10倍もの非ドーリア系人種をどうやって支配していたのか?
スパルタは力で彼らをねじ伏せるんです。
スパルタには、リュクルゴス制といって憲法のような規約が存在します。このリュクルゴス制で特に重要視していたのが2つ。
1つ目は、軍国主義の強化。スパルタでは幼少期から男女問わず軍事教練が施されます。なにしろ、10倍もの不満を抱いた隷属民を押さえ込まなければなりませんから超〜強くなくてはならないんです。
2つ目は、江戸時代の日本の鎖国をイメージしてもらえればいいと思います。貿易などを行えば市民の間に貧富の差が生まれかねませんね。貧富の差が生まれれば数少ないドーリア系スパルタ人の中で仲間割れが始まってしまうかも。そうなれば、隷属民たちの反乱のチャンスになってしまいます。
ですから、そういった貧富の差が生まれかねないよう国を閉じちゃったんです。まぁ、スパルタの地は豊かで穀物の自給自足ができたからこそ行えた政策だったんですけどね。
これらの制度を発案したのは、リュクルゴスという人物。スパルタでは伝説の英雄です。
ペルシア戦争においてレオニダス王率いるスパルタ300名の兵士がペルシアの大軍に突っ込んで、全滅してしまうお話は有名ですね。紀元前480年の話です。やはり、超戦闘集団ですね。
では、次は、このスパルタがギリシアの覇権を握ることになったペロポネソス戦争を学んでいきましょう。
<ペルシア戦争
>ペロポネソス戦争
|
|
|