| 館の外では、逃げ出そうとする盗人相手に、騰黄組が捕物を繰り広げていた。 「いいか、一人も逃がすな。抵抗する奴は切り捨ててもかまわん」 「大人しくしてろ。あ、こら、逃げると叩っ切るぞ!」 土塀の周りではあちこちで盗人が捕まり、組頭の元に次々と捕縛の報告が入る。だが紗蘭からの連絡は、待てど暮らせど届かない。 「組頭、二番隊は館の者の救出のため、館に入ります」 「おう、生きている者は介護しろ、死者は丁重に弔え。化け物の骸は、陰陽寮の学者連中にくれてやれ」 最後の盗人が捕らえられ、生存者の救出がはじまった辺りで、組頭の忍耐も限界にきた。 「おい、紗蘭はどうした? まだ出てこんのか?」 「先ほど、朱雀大路を御所の方にすっ飛んで行きましたよ。あれ? 組頭の命令じゃ、無かったんですか?」 兵の一人が心外そうな顔で報告する。それを聞いて組頭の傷だらけの顔が見る間に赤く染まり、雷のような怒声がその不幸な男の上に落ちた。 「誰もそんな命令を出しとりゃせん! 一晩に何度、命令違反をすれば気が済むんだ、あの阿呆は!」 本物の鬼もかくやという組頭の形相に恐れをなし、周りにいた兵は館の中に走りこんだ。ひとしきり爆発したことで落ち着きを取り戻した組頭は、急に不安に襲われた。今までもこんなことが幾度かあったが、組頭への報告だけは欠かしたことがなかったはずだ。 (何か探り当てたか? だが、お前一人では、危険すぎる) 本来なら厳しく罰さなくては他の兵に示しがつかないが、紗蘭のこととなると組頭は甘い。紗蘭が独断専行に見合う成果を上げてくるのはもちろんだが、他にも理由があるのを古参の兵は知っている。 傍目にも機嫌の悪い組頭を見かねて、長身の老兵が近づいて耳打ちした。本来ならば紗蘭が指揮するはずの一番隊、その副隊長を勤める、古くからの戦友だ。 「館から蟲が飛び去るのを見たものがいます。どうやら紗蘭殿は誘い出された様子。一番隊が出せますが、どうします?」 「すまんがそうしてくれると助かる。わしも一緒に行く」 他の部下に悟られないよう、小さく下げられた頭に軽く手を上げて応え、老兵は兵たちに命令を伝えた。騰黄の中でも精鋭の誉れ高い一番隊が、朱雀大路に向って動き出す。残った兵に指示を出して後を追う組頭の顔は、頭上では煌々と輝く蒼い月が煌々に照らされ、不安の影が濃くなっていた。 |
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| 平城京の表玄関、羅城門から御所の朱雀門までの約一里を道幅約四十間で結び、都を東西に二分するのが朱雀大路である。ほとんど広場の連続ともいってよいこの大道も、日が落ちた後は行き交う人影がない。月明かりに照らされた湖底のように、蒼く輝く神秘的な表情を見せる都大路を、紗蘭はひたすら走った。 ヤマコが死に際に言った館には覚えがある。元は官位二位の高級貴族が住んでいたというが、紗蘭の記憶にある限り空き家になっていた。 (平城京の、しかも御所の近くに妖怪の巣窟があっただなんて……。そこに、父さまと母さまの仇がいる!) 四半刻後、紗蘭は目指す館の前にようやく辿り着いた。御所からほど近い館の屋根越しには、紅殻で塗られた朱雀門の威容が見える。廃館からは妖怪はおろか、人の気配すら感じられない。帝の座す御所の周囲には帝御自らのお力で強力な結界が張られ、並の妖怪では近づくことすら出来ないはずだった。 (だまされたか?) その時、紗蘭の考えを見透かしたように、門がひとりでに開いた。暗い口を開けた門の中には、大路から館に続く通路に沿って鬼火が一列に並び、彼女を誘っている。 紗蘭はわずかにためらったが、意を決して門の中に足を踏み入れた。鬼火が整った顔を蒼白い火で照らしだし、美少女は象牙の仏像のように美しい。軒下に忘れられた風鈴か秋の虫だろうか、鈴の音がどこからか響いているが、他に物音ひとつしない。念のため、鞘には収めず背中に背負った長剣を手にする。全身の神経を緊張させ、抜き身の大剣を手に前庭を半分ほど横切ったところで、音もなく背後で門が閉まった。 「姿を見せろ、化け物! 父母の仇、今日こそ討ち取らさせてもらうぞ!」 「これはこれは、威勢がよい娘さんだね。ヤマコを倒しただけのことはあるよ」 呼びかけに応えて、目の前の建物から女の声が聞こえてきた。 (この声、聞き覚えがある。間違いない、あいつの声だ!) 幼い頃の記憶だが、仇の声を間違えるはずがない。紗蘭は残りの距離を走り抜け、一段高くなった縁側に飛び乗ると、庭に面した襖を蹴り倒した。部屋の中は灯り一つなかったが、長い間誰も住んでいなかったとは思えないほどきれいに整頓されている。しかし薄暗い室内を目を凝らして見回しても、相変わらずリーン、リーンという鈴の声が聞こえるばかりで、妖怪の気配すら感じられない。 (スズムシ? まだ時期が早いけど……。それに鬼火が飛ぶ庭で、虫が鳴くなんておかしい。罠?) そう思ったときには遅かった。慌てて庭に下りて距離をとろうとした途端、地面がぐにゃりと歪み、立っていられずに床に片膝をつく。自慢の長剣も、感覚の無くなった手から滑り落ちる。悪酒に酔ったかのように胃の中のものが込み上げてきて、酸っぱい胃液を吐いた。 「あらあら、ヤマコの遺言もあてにならないこと。どんな凄腕かと思ったら、こんな手に引っかかるなんて」 鬼火の群が庭から屋敷にあがり部屋の片隅に移動すると、炎の中心に半人半蛇の女が浮かび上がった。肩で揃えた緑の黒髪、能面のように美しいが人間らしさを感じさせない顔、白磁の壷に似た乳房、唐の楽器を想像させる艶めかしい腰つき。ヌレオンナは紗蘭の記憶にあるとおり、完璧すぎる美しい顔と上半身を有している。一方で、不気味な虹色に輝く大蛇そのものの下半身が尻尾を小刻みに震わせているのは、ガラガラ蛇のように尻尾の先端に連なる玉環を擦りあわせて音を発してるからだ。紗蘭自身は知らなかったが、この音が彼女の神経を蝕み、意思と肉体を切り離している。やがて音は止んだが、紗蘭の視界では世界が上下に渦巻き、ようやく巡り会えた仇を目の前にして、立ちあがるどころか身動き一つ出来ない。自分の愚かさに腹が立ったが、もう遅かった。 「無駄だよ、そうなったら、たっぷり一刻は自由に動けない」 ヌレオンナの声にあわせて紗蘭の背後の闇から、妖気が忍び寄ってくる。それも一匹や二匹のものではない。かなりの数の化け物が集まっていた。人間も少しは混ざっているようだが、姿が見えないので人数まではわからない。 「騰黄の鬼姫様も、こうなってしまっては形無しですね」 衣冠束帯を着込んで慇懃無礼な言葉遣いの、狗の顔をした化け物が紗蘭の顔をのぞき込んだ。耳まで裂けた口の端を醜く歪めているのは、どうやら笑っているらしい。 「イヌガミ、あんたはこの娘を覚えているかい?」 「はい、この顔に見覚えが。それに、この姫君のご母堂でしたかな。七年ほど前になりますが、あれは良い味でございました」 あまりに不遜なその言葉に、紗蘭は自由にならない腕に力を加え、イヌガミの顔を殴ろうとした。しかしあっさりとイヌガミにかわされる。 「畜生め! お前が母様を、母様を……」 ヌレオンナは蛇身をくねらせて倒れている男装の女侍に近づいてくると、長い爪を伸ばした指でその顎を支えて顔を持ち上げた。長い睫毛が印象的な目を細め、紗蘭の顔を舐めるように見つめる。人間でもない、蛇でもない、冷たく残忍な瞳に見据えられ、紗蘭の背筋に悪寒が走った。 「ふふふ、あの時の姫君がこんなに大きくなって。この切れ長の目、かわいらしい唇、絹のような黒髪までが、死んだ母親にそっくりだよ」 妖怪の嘲笑を浴びながら、紗蘭の脳裏にはあの日の情景が蘇っていた。 |
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| その日も月が綺麗だったことを、はっきり覚えている。丑三つ近く、突然現れた男たちによって、母の隣で寝ていた紗蘭は起こされた。すで に父と下男たちはどこかへ連れ去られ、幼い紗蘭と母だけが寝殿に置き去りにされていた。どこか遠くから、断末魔の悲鳴が聞こえてくる。怯 える母娘の前で音もなく部屋の障子が開き、異形の妖怪たちが姿を現した。 巨大な金色の狒狒、狗の顔をした正装の男、裂けた口から鋭い牙を見せる山猫、羽の代わりにトカゲのような皮膚を持った巨鳥ら、醜悪な怪物どもを、屈強な盗賊たちが膝を折って迎え入れた。化け物はそれぞれが、襤褸くずのように引き裂かれた人間の体を手に持ち、むさぼり食っている。館の男たちのなれの果てだ。紗蘭の父もその中にいるのだろうが、もはや誰が誰だか、幼い紗蘭には見分けがつかない。 赤錆の匂いに似た血臭の中心にいるのは、紗を纏ったひとりの女だった。人間離れした美しい顔立ちをしているが、その美しさは紗蘭の母とは異なり、氷室のような冷気を放っている。肩のところで一直線に揃えた黒髪の下には張りつめた二つの乳房が誇らしげに並び、女王蜂のようにくびれた腰が豊かな胸のふくらみを強調して、この世のものとは思えない完璧な上半身を造り出していた。しかしこの女、いくら美しくとも人間ではない。その下半身には二本の脚の代わりに虹色の鱗に覆われた蛇身がとぐろを巻き、頭の先から尾の先まで伸ばせばゆうに三間はあるだろう。 『お願いです。私はどうなっても構いません。この子だけは、お助け下さい』 紗蘭の母は化け物に平伏して娘の命乞いをしたが、返ってきた答は無慈悲なものだった。 『だめだね。しかしまあ、娘の死に様くらいは、母親のお前に選ばせてやろう。今、この場で喰われるか、お前が喰われるところを見せてから殺されるか、選びなさい』 『そ、そんな!』 あまりのことに呆然とする母親をよそに、幼い娘は化け物の姿に怯えて泣いている。その姿を物欲しそうに見ていた狒狒が首魁の女妖に恐る恐る問いかけた。 『ヌレオンナ様、この娘、儂にもらえませんか。前の女奴隷が死んじまったもんで、ちょうど新しいのが欲しかったんです』 『ヤマコ、襲った館の人間は一人も残すなという、ヌレオンナ様の言いつけを忘れたか。奴隷ならば改めて攫ってくればよかろう』 イヌガミという人身狗頭の化け物が、諫めるように制した。しかし狒狒はそこだけ金色の毛が生えていない、真っ黒な顔にいやらしい笑みを浮かべて、さらに懇願する。 『いや、こんな綺麗な娘は滅多にいない。お願いします、ヌレオンナ様』 すがりつかんばかりのヤマコに、ヌレオンナの冷たい視線が投げかけられた。一瞬、その場の空気が凍り付く。 『ヤマコや、一度しか言わないからよくお聞き。お前に身内を殺された人間はお前を憎む。その憎しみは時に大仰になり、侮れば命取りになりかねない。だから襲った館の一族は、一人残らず殺せと命じているんだよ』 『でもお頭。こんな小さな娘ひとり、何ができると……』 そこまで言って、ヤマコの言葉がとぎれた。ヌレオンナは相変わらず微笑んではいるが、蛇身の尾が苛立つように揺れている。その瞳は全てを凍りつかせるかのように冷たい。 『お前のためを思っての忠告だよ。だからそうわがままを言うもんじゃあ、ないよ』 『す、すいません。お許しを』 狒狒の巨大な体が畏まる。この残忍な女主人の怒りを買ったらどうなるか、ヤマコは厭と言うほど知っていた。 『ヌレオンナ様のお心がわかったのなら、母親の前で娘を始末いたせ』 飼い犬が主人に媚を売るようにイヌガミがヌレオンナに追従し、娘の腕をとってヤマコに引き渡した。たちまち火がついたように、幼い紗蘭が泣き出す。 『そんなに泣くんじゃない。なに、痛いのは一瞬だよ』 醜く口を歪めて牙を剥き出した狒狒の顔が、娘の白い首筋に近づくのを見て、母親が短い悲鳴を上げた。 『残念だったねえ、女。お前の娘が食われるところを、そこで見ておいで』 母親に向かってヌレオンナが引導を渡したその時、物陰から一人の男が飛び出すと、悪鬼たちのやりとりを見ていた盗賊どもを殴り倒し、ヤマコの腕から娘の体を奪い取った。男はヤマコの分厚い胸板を一蹴りして尻餅をつかせ、紗蘭の小さな体を抱えて廊下に走りでる。 一瞬のことに動けなかったイヌガミが、ようやく盗賊を叱咤して後を追わせた。男は紗蘭の体を左の脇に抱え直すと、空いた右手で剣を引き抜く。廊下に躍り出た盗賊の一人が慌てて引き返そうとしたが、その背中を袈裟に切られ、鮮血を撒き散らしながら部屋の中に倒れ込んだ。 『奥方様も早くこちらに! 仲間が裏門を確保しています』 『ああ、お前は衛兵の……。わたしのことはどうなってもよい。紗蘭を、紗蘭を頼みましたよ』 娘の安全を確かめた母親が、ようやく男の顔を思い出した。男はこの館の警護に雇われた傭兵だった。任務に忠実な男は命の危険を顧みず、主人の娘を助けに来たのだ。一体どんな修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。男の精悍な顔には、まだ血が止まっていない傷が無数に付き、筋肉の固まりのような体を覆った上着は、返り血で深紅に濡れていた。 『お前、自分が何をしているのか、わかっているのかい? 今すぐその娘を返しなさい。さもないと……』 ヌレオンナは呟くように言うと、畳の上をゆっくりと滑り、男のいる縁側に近づいてきた。その手には精巧な彫刻を施した、唐風の短剣が握られている。刀身を染める血が滴り落ち、まだ新しい畳に深紅の斑を描き出す。しかし一瞬で男の闘争心を凍りつかせたのは、女妖が操る武器ではない。優雅な微笑を貼りつけた、美しい顔だった。 京に生きるもの全ての頂点に君臨するその顔は彫像のように冒しがたく、それに対して二つの瞳に映し出される自分はなんとも頼りなく見えた。気がつくと冷や汗で背中がべっとりと濡れている。そんな男の恐怖を嘲笑うかのように、ヌレオンナが言い放った。 『……殺すよ』 その一言で歴戦の勇士であるはずの男が、一歩も動けない。 『早く! 早く逃げて!』 男の危機を察した母親が、ヌレオンナの腰の辺りに飛びついた。 『邪魔だ、おどき』 脅しにも関わらず、母親は蛇身に爪を立ててすがりつき、必死の思いでそれ以上は進ませまいとする。全て子を思う母の一念だ。しかし蛇妖は躊躇することなく母親の首を掴み、骨の折れる乾いた音を響かせ、いとも簡単に首をへし折った。 『母さまーっ! いやーーーっ!』 紗蘭の悲鳴が、男の足を動かした。 『うわあああああっ!』 男は闇雲に剣を振りまわしながら、庭へと飛び降りる。かろうじて娘の身体を離さず抱えているが、それ以外の事象は男の頭から吹っ飛び、目の前の恐怖から逃げることだけで精一杯だ。男にとって幸いだったのは、ヌレオンナが急に、男と娘に対する興味を失ったことだった。逃げる二人には目もくれず、手に持った死体を眺めている。 『逃がすなよ! イツマデ』 イヌガミがそんな主人を訝しげに見ながら、蜥蜴の顔をした巨大な蝙蝠に声を掛けた。薄皮の羽を大きくはばたかせイツマデが頭上から襲いかかるが、男が振りまわす剣の一撃で地面に叩きつけられる。意識した動きではない。戦場での経験と生きる本能が、偶然を生み出したのだ。柔らかい腹部を切り裂いた傷は致命傷にはならなかったが、男と娘を逃がす隙を作った。右手を伝わる衝撃と顔に掛かった妖怪の血で我に返った男が娘を肩に担ぎあげ、裏門に向って一目散に走り始める。仲間を傷つけられた妖怪たちが一斉に動き出したが、それを首魁であるヌレオンナが止めた。 『およし、行かせてやりな』 『ヌレオンナ様、貴奴め、逃げますぞ!』 女妖はイヌガミの問いかけに応えず、珍しい獣でも見るかのように、母親の屍を見つめている。何か考えているようだったが、やがて死体を放り出すと、手下に向って引き上げの準備を命じた。 『し、しかし、良いので?』 『死んだ母親に免じて、逃がしておやり。それに……』 『それに?』 『ふふ、ここのところ退屈していたから。あの娘が、母親の復讐に戻ってきたら、少しは楽しめるかしらと思ってね。そうだろ、ヤマコ?』 ヌレオンナはそう言って笑った。 |
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| 一人残された紗蘭は遠い親戚に引き取られることになったが、当の本人が京を離れることを嫌がった。それどころか、衛兵の男の元へ行くといって聞かないという。 当然のことながら、身分が違うということで後見人の貴族たちから反対された。しかし紗蘭はどうしても譲らない。最初は子供の戯言だろうと思って高をくくっていた貴族たちも、あまりに頑固な態度についに諦めて男を呼びだすと、紗蘭の説得をするように命じた。 『なあ、そうわがまま言わんで、親戚の殿様のとこに行ったらどうじゃ』 久しぶりに会う姫は、影の有る目つきをした暗い子供に変貌していた。あれ以来、笑ったり泣いたりと言う感情を見せず押し黙り、何を言っても必要最低限の返事しか返ってこないという。男の問いかけにも、紗蘭は小さく首を振っただけで、何も言わない。 『わしは戦人じゃ。お前様のようなきれいな娘とは、一緒に住めんのだよ』 心底困ったように、男は愚痴た。産まれてからこの方、闘いの中に生きてきた男にとって、子供とはいえ女子は扱いにくい生き物だ。 『……して』 『ん? 今、何か言ったか?』 次の言葉を思いつかず、さりとて席を立つわけにもいかずに庭を見ていた男の耳に、小さな声が聞こえた。 『何じゃ、何でも言うてみい。このわしができることなら、何でもしてやる』 男は愛想を崩して、精一杯の優しい声で問いかけた。その声を聞いて娘は大粒の涙を零し、男の元に走りよると大声で叫んだ。 『教えて! 殺し方を、化け物の殺し方を教えて!』 胸に抱え込んでいた感情の爆発だった。娘は男の胸で泣きじゃくりながら、小さなこぶしで分厚い胸を叩き続けた。 『母さまを殺した、あの化け物を倒すの! 紗蘭が倒すの!』 『お、お前……』 それが最良の方法か否かわからなかったが、結局男は紗蘭を引き取り、その手で育てることに決めた。傭兵を生業としてきた男は、己が知るありとあらゆる武術を彼女に教え込んだ。男が妖怪専門の軍隊、騰黄組の組頭に抜擢されたときには、成長した紗蘭が男の傍らにいた。京に巣くった妖怪どもに恐れらる騰黄の鬼姫は、こうして誕生したのだ。 |
| 第三話へ続く |
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