朝焼けの東京湾第三新国際空港管制塔に一機の機影が映りだしていた。
「001、アイアンイーグル。コースよし、アウターマーカーに入り次第次の連絡を」
「001、アイアンイーグル了解」
地上に目を移すとチャーター機専用のエプロンにはすでに黒塗りの車が数台車列をなして止まっているのが見えた。今から到着する人物はかなりの重要な人物に違いないということを物語っていた。はじめの交信から数分後、コードネームアイアンイーグルと名乗る特別機は東京湾第三新空港にその姿を現した。
姿を現した特別機は、空気抵抗を限界まで抑えたシャープな流線型の形をしており、シルバーメタリックの機体に朝焼けを映し出していた。音もなく静かに滑走路に着陸した機体はそのまま誘導路をとおり、チャーター機専用エプロンでその機体を止めた。
「おかえりなさいませ」
「今帰った」
「はぁ〜 グアテマラから12時間の空のたびはさすがに疲れるぜ」
チャーター機の中から姿を現したのは、広幸とジャックだ。
2人は迎えに来たキャサリンとエプロンで二言三言話すと、足早に車に乗り込んだ。それを見計らっていたのか車列は静かに空港エプロンを離れ始めた
「今日の予定は?」
「特には、本日は休暇にしてございますが・・・」
「どうした」
「はい、高人院博士が用があるのでお会いしたいと、第二筑波で待つと・・・」
「どういう内容だ?」
「さあ、私にもその辺のことは申されませんでしたので・・・」
「あの、もうろくじじい」
「で?どうするんだ〜 俺は早く帰って寝たいんだけどなぁ〜」
「まだ、寝るには日が高い」
「ってことは・・・第二筑波にいくってわけか」
空港エプロンに到着していた専用車は、広幸たち一行を乗せると、東京湾新第三国際空港から第二湾岸線を走り、第二筑波研究都市へ向かった。第二筑波研究都市は、筑波山を挟んで筑波研究学園都市と真反対側に位置する。最近、国の技術開発プロジェクトによって生み出された新しい町だ。筑波研究学園都市(通称第一筑波)が政府機関の研究施設が集中しているのに対して第二筑波には民間企業の研究施設が立ち並んでいる。その中でももっとも広大な面積を持ち第二筑波の主とも言える研究施設が、ユニバーサルグローブ第二筑波総合研究所(通称筑波高人院総研)である。
3人は総研の地下8階にある中央管制センターに向かった。中央管制センターはこの研究施設を統合的に管理する施設であり、内部はあたかもどこぞの国の機関の宇宙管制センターの様相を呈している。その中央部にある軍艦の艦橋に似た指揮座に3人が座ると広幸は間髪いれずに指令を出した。
「博士は?」
「もうまもなくいらっしゃいます」
「そうか」
そういうと胸ポケットからタバコを出すと吸い始めた。
「なあ、ヒロユキ」
「なんだ」
「あのじいさん。昨日起きたあの事故のことで来るんじゃないか?」
「ふん、ボケでも始まって徘徊したいんだろう」
そういって正面のメインスクリーンを凝視した。数分たっただろうか指揮座の後方にあるドアが開くと、威厳のある年配者の声が響いた
「誰がボケが始まったというんじゃ?」
「いま、俺の後ろに立っている老いぼれだ」
「自分の祖父に向かってなんじゃその口の利き方は?」
「ふん、俺は、高人院の家とは係わり合いはもうすでにないはずだが?博士?」
そういいながら彼の背後に立つ人物を見据えた
「ふん、口が減らない不肖の孫じゃわい」
威厳をたたえた年配者は、宇宙物理学、粒子力学、エネルギー力学、生命工学、遺伝子学の5つの博士号を持つ老人で、広幸の祖父高人院源一郎である。そして、広幸を普通の大学生ではなくしたのもこの男、彼が高人院家の戸籍から抜けるときに祖父の代から受け継いだ銀行の株を広幸に生前贈与した。研究者にとっては邪魔なものだし、彼の言う不肖の孫にはその方面の能力があるらしい。
「博士、で用件は?」
「お前は、どうもせっかちでいかん」
「時間はすべて博士のためにあるわけじゃない」
「うむ・・・まあ、よかろう。お主に話が合ってな。鎌倉総本家屋敷の爆発事故のけんじゃて」
「俺にはかかわりのない話しだと思うが?」
「まあ、そう答えをあせって出さんでも良かろう。これを見てみぃ」
彼らの前にあるメインスクリーンに画像が映りだした。それは高人院家の総本家屋敷の倒壊した画像である
「これが?」
「みておかしいとは思わんのか?」
「さあな、俺は科学には詳しくはない」
「おっと、こりゃあただの爆発じゃないぜ」
「どういうことだ。説明しろ」
ジャックはキーボードを操作しながら話し始める
「ここを見てくれ、普通、爆発が起きれば爆風でかなりの広範囲が崩壊する。だけれども、これは違うぜ、たとえれば何か大きな力で引きちぎられたそんな感じだな」
「そういうことじゃて」
「博士の依頼で周囲の化学分析をした結果、火薬などの爆発物の痕跡はありませんでした」
「やはりのう〜。それにじゃ、この爆発が起きてから約3時間後、高人院家にかかわりのある市町村や病院、さまざまなところにいっせいにハッキングがあった」
「で、流失したデータは?」
「はい、流失したデータの大半は高人院一族の医学データ、ヒトゲノムデータといったところです。幸いながら松代市(ここ)のホストコンピュータは難を逃れていますが」
「そうか」
メインスクリーンには、ハッキングの経路およびその攻防を図式化したものが表示されていた。ただ一箇所ハッキング経路が遮断されているのがこの松代市のホストコンピュータだ
「さすがは、ユニバーサルグローブのお膝元といったところじゃな」
「感心している場合ではない。で、ハッキングはどこから行われている」
「国内だ。それも、場所は近い」
広幸はジャックのほうに視線を向けると無言のうちに督促をした。
「第二筑波、都大路製薬ヒトゲノム研究所」
「目と鼻の先ということですね」
「都大路が動いたか・・・これは何か裏があるかもしれないのう」
「博士、どういう意味だ?」
「そのままの意味じゃて、このわしにもまだわからん」
「博士、この後、時間はあるか?」
「年寄りは時間に追われることはないからの〜」
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
紗枝子、京子、俊輔を乗せた車は第二筑波インターチェンジを下りると一路、都大路製薬第二筑波ヒトゲノム研究所へと向かっていた。
「へぇ〜 これが第二筑波ね。あっちこっちに大きな建物が建ってる。それも、これも、日本に一流企業ばっかり」
「この第二筑波は、第一筑波と違って各企業の研究所がひしめいていますから」
「へぇ〜、ねぇ、質問があるんだけど」
「なんですか?」
「そっち側の景色ってぜんぜん変わらないじゃない?そっちには何があるの?」
今まで黙って女性陣の話を聞いていた俊輔が口を開いた
「ユニバーサルグローブ第二筑波総合研究所」
「え?ユニバ・・・」
「知ってるだろう?紗枝子ちゃんも ユニバーサルグローブって」
「確か・・・聞いたことが・・・」
「世界最大の銀行。そして、世界でも一位二位を争う巨大企業集団」
と、京子がつぶやくように言う。
「そう、ここは、ユニバーサルグローブグループの日本における拠点のひとつさ。最も最大の拠点は松代市にあるトリニティーブラザビル。グループの本拠地」
「そのくらい知ってるわよ。だから何?」
「じゃあ、面白いことを紗枝子ちゃんにもうひとつ教えてあげよう」
「あによ?」
「この研究所、通称なんて呼ばれているか知っているかい?」
「知ってるわけないでしょ」
異性と一部の同性を瞬殺すると言われる妖艶な笑みを浮かべる。その笑みを見た紗枝子は案の定、いやな顔をした。
「通称、高人院総研。興味がわかないかい?」
「ぜんぜん」
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
広幸と源一郎を乗せたヘリはすでに通称第二筑波高人院総研を飛び立ち、第一東京新都心(旧さいたま市)にある系列のホテルへと到着していた
「ふむ・・・やはり近海じゃて」
「今日、下関で取れたものを直送させた」
「やはり、食事はお前とくるのが一番じゃて、どうも祐一郎が誘う食事は口に合わん」
「気取った料理が好きだからな。あの男は」
「自分の父親を捕まえてあの男もないじゃろうて・・・ま、それはよかろう、さて、何か話があって呼び出したのじゃろう?」
「ああ」
ホテルの最上階に入居する割烹 石庭庵は広幸がよく使う料亭。今いる部屋は常客しか使えない特別室の一室だ。すべてのものが最上級のもので作られた部屋であり来るものを癒すための設計がなされている。しかし、今は重苦しい空気が漂っていた
「今回の一件、思い当たる節は?」
「さて・・・年をとると物忘れが・・・」
「とぼけるのも大概に。知っていることがあれば全部話してほしい」
源一郎は、箸をおくと腕組みをしうなった。
「それは、要請かのう、それとも命令か、恫喝か」
「好きに想像してくれ」
「さて・・・実際のところこのワシにもとんと思いつくことがない」
「高人院家・・・各界に人材を輩出している。それに、歴史も長い、隠された秘密があってもおかしくはない。すべてを話してほしい」
眉間にしわを寄せ何かを考え込むように目を閉じる
「残念じゃが・・・ワシにはわからん。確かに、高人院家にはその歴史に隠された暗部が存在するようじゃ。しかし、それは遠い昔に封印された。それ以後、高人院一族がその暗部に触れることはなくなった。ワシもそのくらいしか爺さんから聞いておらん」
酒の飲めない広幸はミネラルウォーターの入ったコップを手に取り一気に飲み干した
「現状、なんら情報がなしか」
「仕方がないのう・・・しかし、わしにできることはしておこう。やつらがなぜ高人院の一族を探っているか」
「頼みます」
「それよりも・・・広幸、おぬし戻る気はないのか?」
「戻る?」
「高人院の家にじゃ」
「あの夫婦の元へ戻れと?」
「そうはいわんが・・・」
「遠慮しておく。あの家・・・あの2人の面倒には巻き込まれたくない」
「そうか・・・そうかもしれんのう〜」
2人はその後は、この一件を話すことはなくたわいもない世間話が始まった。
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ここは?」
「研究所だね」
「そんなことはわかってるわよ」
「私の家が経営する会社の研究所ですわ。ここでは主にヒトゲノム。遺伝子について研究をしています。」
「遺伝子・・・」
オフホワイトで統一された研究所内部は、研究所というよりもどこかの大学のキャンパスを思わせるようなつくりであった。3人は分厚いドアをいくつか通り過ぎると円形をしたこじんまりとした部屋だった。
3人はそれぞれのいすに座るとその中心に3Dホログラフが現れた。そのホログラフは3人がよく知る人物を映し出していた
「これって・・・健太郎君?」
「そうだね」
「昨日、俊輔が私たち4人と健太郎君には共通点があるっていったでしょ?その話です」
「共通点・・・?」
「遺伝子さ」
「遺伝子?」
「私たちの体を作る基礎になっているのが遺伝子って言うのはいいですね」
「ええ、そのくらいは知っているわ」
「遺伝子の基本となるのがアデニン、グアニン、シトシン、チミンの4つの塩基から構成されています。しかし都大路家、天司家、東明寺家の一族には第五番目の塩基が存在します。そして、もっともその遺伝情報を持つのが私たちです。」
「5番目の塩基?」
「そうです。アデニン、グアニン、シトシン、チミンの4つのすべての特徴を有する特殊塩基。私たちは、便宜上すべてを統括する塩基ということでジェネラル塩基って呼んでます」
「今のところ、ジェネラル塩基を含むDNAがどういう働きを起こすかということは解明されていないんだけどね〜。でも、僕たちが共通した夢を見るとか、共通するデジャブを体験するのはどうやらこのG塩基を含むDNAが原因らしいね」
「へぇ〜 これでそれぞれの家に伝わっていた伝承がこれで科学で証明されたってわけね」
「そういうことになるね」
「ええ、そうです。そして、早く健太郎君に会わないといけません」
「まあ、もう少しすれば大学に出てくるでしょ。そこを捕まえればいいわよ」
「そうだね。それと・・・」
「何ですの?」
「いや、なんでも・・・」
こうして、怪事件発生後2日目の夜はふけて行った