MRR総括
(20004.01.04/01.07)



ということで、シリーズも全て終了いたしましたので、まとめというか総括を。

もともと、マシンロボレスキューという作品に対しては監督が神戸守氏であるということと、サンライズ制作で、私の好む少年向けロボットアニメだった為に、、開始以前から注目し期待をかけて視聴していたので、基本的に好意的な作品の受け止め方をしているのと同時に、期待をしていたが為の不満も同居してしまうので、必ずしも客観的な評価とはなりえないことは一応ご了承ください。

さて、そんなわけで、MRRを「傑作」だったとか「良作」だったとか単純にいいきることはちょっと難しい。
事実、「傑作」「良作」と言い切るだけの材料がこの作品には欠けるし、欠点も多い。
しかし、同時にいい点を挙げることは難しくはなく、一年間シリーズ通して十分楽しめた作品であったことも事実です。
結局、個人レベルでは好きな作品と言えるけど、客観的に見たらちょっと・・・というのが正直な感想です。

もう少し突っ込んでいえば、キャラクターや各話の脚本、作画、演出という作品を構成するパーツのレベル
では、よく出来ていたけれど、それを統合するべき物語の構成と主題を描く為の舞台設定が穴だらけだった
ということです。以下その辺の考察を少ししてみたいと思います。

何故そうなってしまったか結論から言えば(いや言わなくても見てた人ならわかるだろうけど)敵「デザスター」を作品世界に設定してしまったことに起因する。
「マシンロボレスキュー」と「レスキュー」をタイトルに冠し、レスキューを題材にしながら、「デザスター」という敵が存在し、バトルが作品に持ち込まれてしまっていたことで、本来描くべき、「レスキュー」を中心としたドラマが必要性のないバトルで削がれ、物語の主題、焦点をぼかす結果となってしまっていた。特にシリーズ開始当初は、敵の存在を持て余しているのか、脚本の中でそれを上手く消化できない不手際が目立っていた。
けれども、中盤以降は脚本も次第に小慣れて、面白く見せることも出来ていたし、ジェイの存在をデザスター=暴力・破壊の象徴として描き、その正反対の存在として太陽やレスキューを置くことで、その対立軸の中で「レスキュー」という主題をより明確に伝える為の道具として「敵」にも一定の存在意義を付与出来たのではないかと思う。
しかし、最後に「デザスター=カイザーG」とのバトルの決着をつけなければならなくなった時点で、、その矛盾は最大限に噴出してしまった。
デザスターを謎めいた存在としてその正体や目的に対して視聴者が興味を引くように仕向け、さもそれが物語後半で重要性を帯びてくるように見せかけていたにも関わらず、最終回直前までカイザーGの設定は本筋に深く関わることなく、カイザーGとのバトルはキャラのドラマや成長ににも関与することなく決着がついてしまう為、カイザーGとの最終決戦は、は緊迫感やドラマ的な盛り上がりの一切欠けた消化試合のような様相を呈してしまった。結果、TVシリーズものとしての連続ストーリーの面白さや最終回に向けての盛り上がりや感動を獲得できなかったことは、本作品にとって最大のマイナスとなってしまったことは否めない。

公式サイトの古里プロデユーサーによるスタッフコメント(1/1)によれば9.11の同時多発テロを機に「単純に戦うアニメロボは今回は無しにして、レスキューにしようとなった」という言葉から推測すれば、企画当初から、バトルよりレスキューに作品の主眼は置かれていたことになり、それでも敵が作品内に設定されたのは、玩具の宣伝という営利上の都合によって出さねばならなかったと考えられる。もしそうなら結局「敵」は「オマケ」的なもので本作品において存在意義の希薄なものでしかなかったということなのだろうか?
そもそもレスキューをやりたかったにもかかわらず、作品の根幹をなす舞台設定に主題たるレスキューに相反する「敵」を設定してしまった、その矛盾を抱えたままスタートしてしまったことが最後まで足を引っ張ったことは否定できまい。


しかし、ここで「敵なんてものは最初からいらなかった、敵がいなければ、もっといい作品になった」といってしまっては、完結した「MRR」という作品を全否定することになってしまう。
むしろ見方を変え、様々な制約のあるロボットアニメというジャンルにおいて考えれば、レスキューという題材をメインに据え、派手な必殺技も強力な武器も持たない巨大ロボットが主役のアニメという、それだけでもかなり未踏の領域に挑んでいることに違いはない。

「MRR」を手短に内容を紹介すると、「レスキューという題材をメインに、12人の少年少女と自律したロボットとの交流を通してドラマを描き、かつ従来のロボットアニメのお約束として敵とのバトルもあるアニメ」となる。
これは実はかなり欲張った作品だったのではないだろうか。
「レスキュー」「12人の少年少女(の集団劇)」「自律思考型ロボット」「謎の敵」
このどれかひとつの要素を削れば、設定的にもストーリー構成にしてもかなりすっきりした作品が作れたのではないかと思う。しかしそれは、やはり「MRR」とはいえない。
これらの構成要素の多さが、結果としてシリーズ構成の空中分解を招いてしまったことは想像に難くないが、敵という負の要素を抱えた欲張った舞台設定の上でなお、(多少のいびつさを生みながらも)なんとか一個の作品として破綻せずに、一年のシリーズを渡り切ったことは、誉められてよいことだと思う。
(この多少いびつさ、雑然さは、子供向け玩具アニメならではの魅力であると主張したいので、個人的にはあまりマイナスとは感じないし)

シリーズ全体の連続ものとして見てしまうとMRRは、決して成功しているとはいえない。といってもそれは、ラスト数話、カイザーGが足を引っ張ってしまったことが大きかっただけで、そこに至るまでの、中盤の太陽のトラウマ克服や、ジェイのMRR入隊といった連続エピソードは、バトルも絡めて話を盛り上げていたし、何より各話ごとに焦点を当てて見ていけば、キャラの心情を丁寧に描いた優れた話が多く、平均点は高かった。
太陽のトラウマ克服や、ジェイの人間性の回復、堅物の誠、気弱な大地、完璧人間のエースなど個人の抱える欠点や短所と向き合いそれを乗り越えていくドラマ、あるいは、お互いの長所と短所を認め合い仲間との協力関係と友情を築いていくいくといったドラマは、生死のかかった状況、現場とバックアップ、仲間同士の連携と信頼を要するレスキューという題材に深く結びついて作劇されている。「MRR」が「敵」という異分子を抱えながらも、「レスキュー」という素材にしっかりと向き合っている証拠だろう。
「レスキューものをやろう」という制作サイドの志は、#19「ボクァ、サブマリンロボ」のショウの亡くなったお姉さんにまつわるエピソードや#35「誠の初恋物語」と#36「誇り高き消防団」という敵の出ない傑作サブエピソードをみれば、十分感じ取れる。
また、その上で緊張感を和らげるようにコメディ色の高いエピソードもはさまれ、よりキャラクターの魅力を描き出している。
結局のところ「マシンロボレスキュー」を牽引していた作品の魅力は、キッチリとドラマを含んだキャラ(とその集団性)にあったということだろう。

「敵とレスキューという互いに足を引っ張る要素を内包し、結果的にそれは両立、融和することができず、シリーズとしていびつさを残したものの、「レスキューもの」をやろうという志は半端ながらも達成できている。」
この痛み分けが「MRR」を「傑作」とまではいかずとも、「良作」「佳作」とは言い切れない要因なわけですが、やはり一年間作品に付き合ってしまうと、作品に愛着も湧くし、何よりキャラクターは皆、可愛くて魅力があるので、あえて評価付けろといわれたら「自分は好きな作品です」と答える他ないでしょう。
結局「敵」の存在を許容できるかどうか、もっと根本的に子供向けの「レスキューもの」として寛容に作品を楽しめるかで各々見た人間の評価は分かれていく作品であるとは思います。



さて神戸監督作品として見ると、というか「コメットさん☆」と比較してみるとなると、「コメットさん☆」の完成度に遠く及ばずということになってしまうわけですが、「コメットさん☆」は、全話脚本をおけやあきら氏が担当しシナリオ面で盤石であったために、「MRR」の構成的欠陥をどう見るかは難しいところです。何より魔法少女モノとロボットモノという性格の差もありますし。ただ、キャラを中心としたドラマ、心情の丁寧な描写が、作品の根幹を支えている点では、通じるものがあり、その面では神戸守的だったかなと。
その他スタッフ的に見て、演出ではコメットさん☆から参加の中村憲由、佐土原武之の両氏は別格として、菱田正和、福本潔の両氏が堅実な仕事振りで目を引きました。特に菱田氏はクラッシュギアでも目を引いたので
ちょっと注目。脚本陣としては、コメディ回やイエローギアズ担当でキャラの肉付けにも貢献していた(忍者ママとか)吉岡たかを氏の活躍が目立ち、中途から
吉野弘幸と吉田伸の両氏が加わってからはレスキューものとしてもかなり引き締まったエピソードが増えた印象があります。とくに吉野氏は例の#35や#45「マシンロボ出場不能!」などが傑作。(偶銭も三人とも吉が付くのね、縁起がいい)
そんなところでベストエピソードを選ぶとなるとやはり#35「誠の初恋物語」になるのかな。
この回はキャラデザの竹内浩志作監、スタジオライブがメインで作画を担当していてクオリティも高くシナリオ的にも、そしてテーマ的にも頂点だったと思うので。



その他、当初不安だったフルCGによるロボットは、中途からほとんど気にせず見れたどころか、後半レベルアップしてきたとか、好きなキャラについてなど細かな部分で語るべきことはあるかもしれませんが、とりあえず全体の総括としてはこんなところで。

以下ちょっと雑感になりますが、MRRは、サンライズ制作としてエルドランシリーズや勇者シリーズの正統後継作品として位置付けられるわけですが、80年代末期から90年代初期、エルドランや勇者シリーズは、当時のアニメファンからもそれなりに注目されていたと思うのですが(というか当時自分は高校生だったけど普通に見てた)すっかりこの手の作品が傍流になってしまったのは寂しい限りです。(当時主流だったかというとそうでもないけど)「子供とロボット」という組み合わせは、当時は新鮮で有効ではあったけど、現在は、意義を失っているのかなあ、と思わずにはいられません。
ワタル、ラムネ、勇者、エルドラン、このあたりのロボットアニメが好きだという人間は、リアルロボット系のファンより少数派なのかもしれないけど、そろそろこの辺を意識したマニア対象のロボアニメが出てきても良い頃なのではと夢想したり、しなかったり。



さて、MRR神戸方面対策室も、ひとまずこれで終了です。
MRR同様、一年間お付き合いくださった神戸ファン、MRRファンの皆様ありがとうございました。