キラはオーブの行政府に向けて照準を合わせた。コックピットから光学映像で行政府の窓辺を拡大してみると、金髪の少女が涙に濡れた瞳でまっすぐにキラを見つめていた。少女は本当はキラではなくキラの乗っているストライクフリーダムを見つめているのだろうが、キラは少女と直接目が合っているような錯覚を覚え、少しだけ頭にぴりっとした痛みが走る。思考を超えたキラの五感がキラ自身に何かを訴えているようだった。しかしそれが何かはわからない。心に薄い影を投げかけるその不明瞭な痛みをキラはあえて取り払うように頭を大きく振る。今のキラにはデュランダル議長から下された命令が全てなのだ。暗い迷い道の中、議長の言葉だけが道しるべのようにキラの脳内で輝いていた。
 (議長も残酷なことをする)
 デュランダル議長がオーブの市民街や軍事施設をまず始めにレクイエムで消滅させたのはつい数時間前のことだった。そのとき議長はオーブの行政府はあえて攻撃対象に入れなかった。行政府にいたオーブ代表首長を生き残らせたいという思惑では決してない。ただ単にオーブ代表首長のあの少女をより苦しめたいというだけのことだった。オーブの国民がほぼ消滅したその国であの少女はまだ息をしていた。目も開いている。逃げもしない。すべてを目に焼き付けながら国と共に死んでいくのだ。議長は少女にそれだけを望んでいた。だから今は議長の計画の最終段階である。つまり残るは悲惨な状況下での少女の死だけだ。
 キラの後ろではザフトの降下部隊であるジンやザクが今もオーブという国を焦土に変えるため何もかもをも焼き尽くしていた。こんなことをしなくてもオーブという国はもはや息絶えていくだけの身なのに、ザフトは死体すらもまた殺そうとしているようだった。しかし少女を殺すための舞台は整った。
 (守るべきもののなくなったこの国であの子は何を思っているのだろう)
 オーブ代表首長のその少女は窓辺に張り付いたまま、顔を歪めて必死に叫んでいるようだった。大きな強化ガラスの窓を叩いて泣きながら何かを訴えている。まるでキラに何かを伝えたがっているように見えたが、キラには少女の声が聞こえなかったし興味もなかった。キラはなかば機械的に、そして忠実に議長の命令を果たそうとしていた。少女の隣では色黒の体格のいい男性が少女を必死で引っ張りどこかに連れて行こうとしている。
(逃がさないよ)
 キラは何故かまた痛み始めた頭のせいで少しだけめまいを感じながら、照準対象を先ほどの建物から人物へと変更した。ピピピッという音がコックピットに響き渡り、照準対象のロックが正常に完了したことを告げる。キラの定める照準の真ん中にはあの少女がいた。それを感じたのか少女はびくりと体を震わせて、恐れと悲しみの混じった顔で呆然とキラを見上げていた。真昼間の明るい太陽が少女の涙をきらめかせている。こんな時でも少女の乱れた金髪は太陽の光を浴びて美しかった。キラは少女を無表情で見つめたまま高エネルギービームライフルの引き金を躊躇いなく引いた。ストライクフリーダムから発射される高出力のビームが少女めがけて一直線に飛んでいく。少女は絶望したようにくず折れてただキラを見上げているだけだった。抵抗など一切していなかった。その一瞬後にはすべてが終わった。少女はもうこの世にはいない。建物が崩壊していく。キラは念のため、ビームを数発追加して完全に行政府を壊滅させた。あたりには、破壊されつくしたオーブ軍のモビルスーツやモビルアーマーの残骸が転がっている。キラの頭がまた不可思議にずきりと痛んだ。きりきりと針金で脳みそごと締め上げられるような痛みに、キラはコックピットの中で前かがみに体を倒し、必死でその痛みと戦った。はぁはぁと何度か荒く息をして痛みをやり過ごす。脂汗が滲んできたとき、キラのコックピットに通信音が鳴り響いた。
「キラ、オーブ代表首長を殺せたの?」
 この作戦の司令官であるミネルバ艦長からの通信を受け、キラはのろのろと顔を上げた。痛む頭のことなど察知されたくなかったので、顔には淡い微笑を貼り付かせる。
「はい、確認しました。瓦解した行政府の中に代表首長の遺体があると思いますが…念のため連れていきますか?もう判別がつく形が残っているとは思えませんけど」
「いらないわ。あなたが殺したというなら大丈夫よ。さすがね。お疲れさま。もうすぐ帰艦命令を出すけど、それまではあなたも他の兵と一緒にオーブの破壊をお願いね」
「はい」
 そこで通信が途切れる。キラは顔を歪ませながら激しい頭痛に耐え、もう一度ストライクフリーダムを動かしていった。他のザフト兵と一緒にオーブを完全に破壊しなければならない。それでおそらく世界は新たに生まれ変わる。運命に定められた優しい争いのない世界の完成だ。デュランダル議長の望んだ素晴らしい世界はもうすぐそこに見えている。キラは逃げ惑うオーブの官僚を発見してその人物に照準を合わせ、まるでロボットのように自動的にビームライフルの引き金を引いた。



百万の幸福と少しの不幸




「殺したんですね。アスハを」
 キラがミネルバへと帰艦すると、シンに声をかけられた。シンは燃えるような紅の瞳でキラをじっと見つめている。キラはパイロットスーツを脱ぎながら肩をすくめた。
「うん、殺したよ」
「あなたはアスハと行動を共にしていたはずですが、よくアスハを殺せましたね。正直無理だと思っていました」
「え?」
 パイロットスーツを足の膝まで脱ぎかけていたキラは目をぱちくりと瞬かせて、かがんだ体勢のままシンを見上げた。シンはヘルメットを取って、目にかかる前髪を頭を振って追い払う。ぱさぱさとシンの髪が揺れる音が部屋に響いた。
「あなたはアスハと行動を共にしていたでしょう?仲間だと思っていましたが」
「え?……そう…かな……ああ、そうだった……かも?」
「まさか忘れたんですか?」
 シンはぎょっとしたように目をみはった。キラはパイロットスーツを足からはがして自分のロッカーにしまいこむ。また頭がずきりと痛んできた。ロッカーから今度は白い隊長服を取り出して着込みながらキラは思い出したようにうなずいた。
「ああ、僕はアスハと行動を共にしていた。うん、その通りだね。そうだった、うん」
「しっかりしてくださいよ。あなたが自分の過去を忘れたのでは……」
 シンはキラが隊長服に袖を通すのを鋭い眼差しで見守っている。キラはその強く冷淡な視線を体中で感じていた。
「うん、そうだね。僕が忘れちゃ駄目だよね。ごめんね、シン」
「今は許されているとはいえ、あなたはかつてザフトの敵だったんです。自分の過ちは覚えておくべきですよ。あなたがずっと何をしてきたか、誰を殺してきたか…」
 シンの突き放したような言葉をキラはただ黙って聞いていた。そして隊長服を着終わり、最後にベルトをロッカーから取り出してぎゅっと締める。シンはヘルメットを腕に抱えたまま怒りを吐き出した。
「あなたはそれなのに色んなことをド忘れしてばっかりで…信じられませんよ」
 シンは怒りを冷たく煮込んだような瞳でキラを睨みつける。
「だから俺はあなたが嫌いなんです。嫌いたくはないですけど、でも…」
 キラは自分のロッカーをぱたんと閉めた。そしてシンに向き直って穏やかに微笑む。
「大丈夫、僕を嫌いなのは君だけじゃない。全部僕が悪いんだよ。でも、償いになるか分からないけど、できる限りザフトのために…議長のために戦っていくから……だから、ごめんね」
 それだけ言ってキラは部屋から出て行った。そのまま先ほど完了したオーブ殲滅作戦の結果報告をするためにキラは艦長の部屋へと向かう。作戦は成功して終わったから、後はプラントに帰艦するだけだ。オーブがこんな目に遭って、まだディスティニープランに反対を表明する国はもうないだろう。これでいいのだ。優しく平和な世界への道が開かれた。キラもその道を作った一人になったのだ。
 議長からの命令を果たせたのでキラは安堵し息をついた。しかしオーブで殺した少女の顔がちらちらとまぶたの裏で踊っていて、それがやはり少しだけキラの心を曇らせていた。




 プラントへ帰ってきたキラはすぐにデュランダル議長に呼ばれ現在は議長室に留まっている。先ほどまではミネルバ艦長のタリアもいたが、議長にもう行ってよいと言われ、キラだけが部屋に残っていた。ゆったりと椅子に座っている議長の前でキラは立ち尽くし、議長の言葉を待っていた。
「キラ、君がオーブ代表首長を殺したんだね。君にできるかなと思っていたが、よくやってくれた。予想以上に君の働きは素晴らしかったと聞いたよ」
「はい、ありがとうございます」
 議長は偉大なる人物としてのオーラをかもし出しながら、穏やかな顔でキラを見つめていた。
「君は確かにこれまで我々の手を煩わせてきたけれど、君がこうして我々の味方になってくれて本当に嬉しいよ。君は優秀な戦士だ。その力を正しいことに使うのは素晴らしいことだ」
「はい」
 議長は椅子の肘掛けに設置されたボタンを3回押して部屋のスクリーンを起動させる。そしてそこに一人の少女を映し出した。ピンク色の長い髪をふわふわと漂わせて微笑んでいる可愛らしい少女だ。少女は前方にピンクの丸い機械を差し出して何か喋っている。丸い機械がぴょんぴょんと少女の手を飛び出して画面の外へと消えていった。キラは無表情でその映像を見つめていたが、議長の方はむしろ映像よりもキラのことを探るように見つめていた。
「キラ、君も分かっていると思うがね。オーブが滅んだとはいえ、我々の平和を邪魔する者があと一人残っているのだ。我々はこの悪魔のような少女を殺さなければならない」
 キラは映像から目をはがし議長に向き合う。議長はキラと視線を合わせて微笑んだあと、スクリーンに映る少女を困ったように見やった。
「このラクス・クラインの偽者を私は捕まえなければならない。君と一緒に行動を共にしていた本物のラクス・クラインは私の味方をしてくれたというのに、今度は偽者の方が世界を乱そうとしている。まったく争いは終わらないものだな」
「はい」
 キラはプラントにいるラクスを思い出した。キラが自らザフトにおもむきデュランダル議長の下で戦おうと決めた後、ラクスもまたプラントに戻っていたようで、再会した時に色々話したのを覚えている。議長はため息をついて、少女が清らかに歌を歌い始めたところでスクリーンの映像を消した。
「まあ、これは追々対処していくしかあるまいね。とにかく君はよくやってくれた」
 議長はキラの疲れたような顔を見て、いいことを思いついたと微笑んだ。
「そうだ、君はこれからラクス嬢に会ってはいかがかな?君と彼女はとても親しいのだから、彼女に会ったら君の疲れも取れよう。どうだね」
 キラは突然の申し入れに少し困惑げな表情を浮かべる。しかし今もまだキラの心にはオーブでの戦いの残像が残っていて、おまけに頭の痛みもまだ続いていた。だから言われてみればラクスのあの優しさが懐かしく感じられ会いたいという気持ちが湧き上がってきて、キラは自然と頷いた。
「お願いします」
「わかった。彼女は今もプラントのアイドルだからな。なかなか君自身では会いに行けないだろうし、私が手配をしてあげよう。後で連絡をするからひとまず君は部屋でゆっくり休みたまえ。さあ、下がっていいよ」
「はい」
 キラは言われるまま立ち去ろうとしたが、しかししばし逡巡して結局足を止め議長を振り返った。議長はにこやかな顔でキラに首をかしげた。キラは言うか言うまいかまた迷い始めてきたが議長のその優しげな顔を見て覚悟を決める。
「議長…」
「なにかね?」
「あの、僕のような者にこのように親切にしてくれて本当にありがとうございます。僕は昔は議長に敵対していたのに…議長はこんなにも僕に色々とよくしてくれて…」
 恐縮して小さく本心を漏らしたキラに議長は鷹揚に頷いた。
「気にしないでくれたまえ。私にとっても君は大切な戦士なのだからな。君はザフトにおいても特別なんだよ、キラ・ヤマト君」
 キラはよく分からないまま光栄なことだけは理解して大きく一礼する。そして今度こそ議長室を後にした。




 その数時間後に議長から連絡が入り、ラクスとの面会が決まった。ラクスの住居はプラントの首都アプリリウスの海が見える綺麗な丘に存在していた。しかしキラはラクスの家に昔一度だけお世話になったことがあったが、その時の上品な屋敷とは異なり、現在のクライン邸は派手で豪奢な屋敷に変わっていた。キラは久しぶりにラクスに会えることが嬉しくて、プレゼントにお菓子を用意して屋敷に向かう。門の前に来るとボディーガードのような人が出てきてキラを入念にチェックしてから屋敷の中へと案内する。応接間に連れて行かれ、キラがしばらくそこで待っていると、ややあって扉が開かれ艶やかなピンク色の髪をした美しい少女が姿を現した。
「キラ、お久しぶりですわ」
 少女は華やかな笑顔を浮かべてキラへとゆっくり歩み寄る。キラは立ち上がってラクスにお土産を差し出した。
「久しぶり、ラクス。これ、君へのお土産」
「あら、ありがとうございます。とっても嬉しいですわ」
 ラクスはにこにことそれを受け取りキラにソファを勧め、自分はその向かい側に腰を下ろした。キラは久しぶりに会ったラクスに懐かしいものがこみ上げてきて無条件に心が温かくなる。
「ラクス、元気そうでよかった」
「キラもですわ。確かオーブで代表首長を討ちに行く作戦をしていたのでしょう?作戦は成功したのですか?」
 年配の女性が部屋へと入ってきて、テーブルにガラス製のポッドとカップを丁寧に並べていく。ポッドの中には赤茶色の紅茶が入っていて振動で紅茶が小さく波打っていた。キラは女性にお礼を言って、ポッドから紅茶をそれぞれのカップへと注ぎながら頷いた。
「うん、僕がカガリ・ユラ・アスハを討ったよ」
 淡々と告げたキラにラクスは両手を可憐に打ち合わせて喜んだ。
「まあ!それでは議長はお喜びになりましたわね。わたくしも嬉しいですわ」
「うん…」
 キラはカップに注いだ紅茶をゆっくりと飲みながら、またオーブでの戦闘を思い出していた。窓辺に張り付いて何かを必死に叫んでいた少女。金髪で意志の強い瞳をしていたあの少女。キラと行動を共にしていたこともあったそうだが、キラはあまりその少女のことを思い出せなかった。ぼんやりとぼんやりとその輪郭が浮かび上がるだけで、詳しいことは何も思い出せない。ただあの少女は敵だった。人類と平和への敵になったからキラは少女を討ったのだ。それでもキラは死に際の少女の残像が心に何かを訴えているようで、また頭がずきりと痛みだす。この不思議な痛みを自分の心の中だけで抱えていくのはつらい気がしたのでキラはふとラクスに相談したくなった。ラクスはどんな時でもキラのことを優しく抱きとめてくれる人だったから、キラは躊躇いがちにそっと口を開いた。
「ラクス、実は…」
 しかしキラの言葉が続く前に、ラクスの鞄の中にある携帯電話が巨大な音量で存在を主張し始めた。ラクスは誰かからの電話だと瞬時に理解したようでせわしなく鞄を引っ掻き回す。そして取り出した携帯電話のスクリーンで電話の主を確認し、ラクスはパッと表情を明るくさせた。
「アスランだわ!」
 キラが何も言えないでいる内にラクスは素早く髪型を整えて電話をオンにした。ラクスはキラのことなどすっかり忘れたように声を弾ませて電話のスクリーンに向かって頬を染めつつ笑いかけた。
「アスランったら、電話してくれるなら最初にメールで教えてくれればいいじゃないっ。いつもそう言ってるでしょ?そしたら私化粧とか洋服とかアクセサリーとかもっと可愛くちゃんとするんだから…っ」
 突然介入した電話の主に、キラは言いかけていた言葉を引っ込めて所在なげに視線をさまよわせた後、目に付いた紅茶にそっと手を伸ばす。ラクスはスクリーンに映る青年に向かって楽しそうにはしゃいでいた。キラはそれを散漫に聞きながら、ただ電話が終わるのを静かに待った。

「じゃあアスラン、4時にあの喫茶店で待ち合わせね。ええ?仕事なんか大丈夫よ。私が会いたいって言ってるんだから!じゃあ4時にね。はーい」
 ラクスは笑顔で電話を切り、幸せにひたった顔でしばらく電話の画面を見つめていた。キラはポッドから冷めた紅茶を自分のカップに注いでもう一度飲みながら首をかしげる。
「電話はもう大丈夫?」
「あら、キラ、ごめんなさい」
 ラクスはやっとキラの存在を思い出したのか少しばつが悪そうに電話を鞄の中にしまい、いそいそと立ち上がる。
「ではわたくし、少し用事ができましたのでこれで失礼しますわ。キラ、また今度遊びに来てくださいな」
 軽やかに微笑んで去っていくラクスの後姿を見ながら、キラは不意に声を出した。
「あ…」
「なんですの?」
 ラクスは扉の手前で立ち止まり不思議そうに振り返った。キラはテーブルのある一点を見やって口を開きかける。しかしその口は何かを発する前にすぐに閉じられてしまった。そしてゆっくりと首を振ってラクスに微笑みかけた。
「ううん、なんでもないよ。じゃあまたね、ラクス」
「はい。それではまた」
 部屋を出て行ったラクスに代わるように年配の女性が部屋へと入ってきてキラを屋敷の外へと見送るために声をかける。キラはそれに頷いて立ち上がった。しかし椅子から立ち上がった後、歩き出す前に目の前のテーブルをもう一度じっと見つめた。ラクスのカップには並々と紅茶が注がれたまままったく口をつけられていない。そしてその隣には、キラが今日持ってきたラクスへのお土産がぽつんと置き忘れられていた。
「キラ様、お帰りはこちらです」
「はい」
 キラはテーブルからゆっくりと目を離し歩き出す。その時、開いた扉の隙間から丸い機械のおもちゃが飛び跳ねながら舞い込んできた。
『Are you ready? Hi! Hi!』
 キラはそれを一瞥して、女性に言われるままラクスの屋敷を後にした。




 オーブ殲滅作戦が終わってもキラはプラントの基地で軍務についていた。キラに対する他の兵士の反応は常にあまりよくはない。キラがずっとザフトに敵対していた身だったということもあるし、ザフトでの実績がまったくないにも関わらず、唐突に議長から隊長服を与えられたということもあった。それらが複合してキラへの不満材料に繋がっていた。しかしキラはすべてを了解した上でザフトに入隊したのだ。いい反応など最初から期待してはいなかった。
 その一方でキラはたまに自分のことがよくわからなくなる時があった。自分の思考や過去が自分でもはっきりしないのだ。それでも意思だけは明確だった。(僕はザフトの兵士なんだ。それが僕にとっての幸せで、人類にとっても幸せなんだ)それだけはキラの頭の中で不思議なほどはっきりとした真実としてキラの心を照らしていた。
「でも、疲れるんだよね…」
 キラは先ほど司令部との話し合いを終えたばかりで、とぼとぼと基地の通路を歩く。オーブ殲滅作戦の失敗点や改良点を入念に議論したのだが、司令部はやけにキラの報告や意見を聞きたがりキラを困惑させた。MSの改良すべき点などの報告書も後で提出することになり、事後処理が山ほど溜まってしまった。作戦中よりもむしろプラントに戻ってからの方がキラの睡眠時間が少なくなっている。キラは体も心も疲れていたが残っている仕事を思い出して気力を奮起させ、歩く足を速めた。しかしその途端やぶから棒に誰かに強く腕を掴まれてしまう。
「だれ?」
「キラ・ヤマトだな」
 キラが振り向くと後ろには下卑た表情を浮かべた男が立っていた。キラが自然と眉をひそめていくと、男はキラの腕を掴んだままぐいと自分の方に引き寄せる。
「お前、ザフトの犬なんだってな。散々裏切っておいて、コーディネイター側にのこのこ戻ってきたからにはその償いは何でもするんだろう?足でも何でも開くって聞いたぞ」
 キラはひそめていた眉を緩めて小さく息をついた。そして微笑む。
「僕にしたいことがあるのなら、遠慮なくしてください。僕は抵抗しませんから」
「やっぱりお前は噂通り、ザフトのメス犬なんだな」
「うん、そうだと思います」
 キラは微笑んだままさらりとそう言って、男に引っ張られるまま暗い空き部屋へと連れて行かれる。部屋に入ったらキラの方からてきぱきと自分の隊長服を脱いでいった。男はそんな上官の姿を侮蔑と好色を秘めた目つきで笑いながら見つめていた。




 散々いたぶられた後、キラは両足を極限まで抱えられて男に貫かれる。床にこすれるむき出しの背中が痛かった。最初は冷たかった床も今ではキラの体温でぬくまり、汗と精液でべとべとに汚れている。
「はぁ…っ…あ…あぁッ」
 がつんがつんと男の太くて硬い性器を体の奥底にぶつけられ、キラの声がいやおうなく部屋に響いた。男はキラのことなんか一切お構いなく、自分の性欲だけに忠実に行動していた。それなのにキラの性器はだらだらとひっきりなしに透明な液体を漏れ出している。そんな自分に嘲笑すら沸くが、今は嘲笑できるだけの余裕もなくて、キラはただひたすら声を抑えようと努力するだけだった。薄い扉を挟んだすぐそこはたくさんの人が通る通路なのだ。誰に聞こえるかも分からない場所で嬌声をあげるわけにはいかない。それでもまた男から硬い陰茎を強烈に打ち付けられるとキラは声を抑えきれなかった。
「…んん…っ…や…め…」
「やめてほしいのか?ザフトのメス犬だと認めたのはお前だろう?本当はもっとこうしてほしいくせにっ」
「あぁ…っ…や、だ……!」
 ずんずんと打ち付けられ、キラの細い体がそのたびに跳ね上がる。男の肩に抱えられた両足は自分の腹にまでつきそうなほど折れ曲げられ、キラは苦しい体勢に首を振った。(気持ちが悪い…!嫌だ…)それでもいつからか始まってしまったこの行為。望まれれば体を差し出す行為をキラは自然と続けてしまっていた。やはりキラの中にはザフトに対する根深い罪悪感がいつも潜んでいて、その苦しみを吐き出すようにこういう行為を受け入れてしまうのだ。
 男はキラの膝裏を掴みながら、キラの体からずりずりと自身の性器を引き抜いていく。
「…っ…ふ……ッ」
 その感覚にすらぞくぞくと背筋があわだってキラの性器が哀れに震え、先端からは白い液体がぴゅっと飛び出した。屈辱に顔を歪めるキラの耳元に男は嘲りの笑みを浮かべて囁いた。
「そんなに急ぐなよ。まだまだ突っ込んでやるからよ!」
「ッ……ああぁッ…ふぅ……っ」
 ぎりぎりまで引き抜かれたものが今度は勢いよくキラの体の中へとうがたれる。もうキラの体内は男の吐き出したものでぬるぬるになっていた。だからその肉壁は抗うことなくあっさりとすべてを受け入れてしまう。男は何度も何度も硬い肉棒を抜き出しては再度強引に突き入れていく。そのたびに体内を襲うすさまじい衝撃と快楽にキラは息をするのもおぼつかなくなり瞳からは涙がこぼれ落ちる。男の先端がキラの内部をこすっていき、キラはがくがくと体を震わせた。
「ん…や、…め…あぁっ…」
「本当は嫌じゃないんだろ。素直になれよ」
「んぁ…っ…ああ…っ」 
 キラの性器はまだ元気に起ち上がっていて男の言うとおり貪欲に快感を求めている。キラの心を裏切って、その先端からは欲望にまみれた液体がまたにじみ出てきた。男に貫かれているだけでキラ自身にはまったく触れられていないのに、キラはもう何度も精を吐き出している。体中に快楽の波が押し寄せてくるのを抑えられなかった。苦しくて気持ちが悪いのに、体はそれを喜んで受け入れている。折り曲げられた体勢のせいでキラの腹や顔には欲望の証が点々と飛び散っており、赤くほてった顔は涙とよだれで汚れている。白い精液にまみれたキラの顔は苦痛げにこわばっているのに、その陰茎はねだるように揺れ動いている。そんな卑猥な上官のキラを見ていると、男の嗜虐心がひどく刺激され男はごくりと唾を飲むこんだ。まるで今のキラは情欲を誘う哀れな性処理道具のようで、そこには最強と謳われたフリーダムパイロットの面影など一切なかった。
「はは、お前があの最強のパイロットとは思えないぜ。こんなただの変態野郎が」
「…ちが…っ…あぅ……ああッ…」
「ほら、イけよ、変態!お前の中に汚い精液をたっぷり出してやるからよ。でもそしたらお前の最強と言われてる腕が落ちちまうかな?」
 男は笑いながら律動を激しくさせてキラの内部をかき回した。キラはもはや声を抑えようなんて理性も働かず、ただただ男の太い性器と自分の快感と羞恥心と屈辱だけを感じていた。男が更にキラの体を折り曲げたので、キラの目の前に自分の性器がさらけ出される。ぶるぶると震えたキラの性器はだらしなく透明な液体を溢れさせていた。キラはそんな自分を見たくなくてぎゅっと目をつぶったが、そうすると今度は男の笑い声とぐちゅぐちゅという卑猥な音が耳を犯していく。何もかもが嫌になってキラは熱くなった顔を歪ませて叫んだ。
「も…いや…だっ…あぁッ……」
「いいからイけよ!!」
 ひときわズンっと穿ち込まれてキラの両足がぴんと張り体中が痙攣する。
「あああぁっ……」
 気づいたらキラは自分の顔面めがけて熱い液体を吐き出していた。びちゃりと顔中に降り注ぐ精液の青臭い匂いに吐き気がする。男はその後も2,3度抽挿を繰り返して、ようやくキラの体内に男の欲望が吐き出された。キラはずるりと自身の体内から性器を抜き出される感覚にまた体を震わせるが、頭がぼんやりして思考はあまり働かなかった。荒く息をついて床に倒れこんでいるキラを無視して男は自分の衣服を手早く直していく。
「じゃあな、ザフト最強のパイロットにしてザフトの変態なメス犬さん。楽しかったぜ」
 それだけ言って部屋を出て行った男をキラは見向きもしなかった。第一自分の精液が目にまでかかっているので、いま目を開けたらひどいことになる。キラは目をぎゅっとつぶったまま、ごそごそと横に手を伸ばし自分の白い軍服を掴み引き寄せた。そしてそのまま軍服で顔をぬぐっていく。ようやく目を開けられて起き上がったキラは真っ暗な部屋の中、体だけをほてらせて一人床に座り込んでいた。惨めな気持ちが湧き上がってくるのをなんとか抑えて、キラは自分の軍服で更に体や床を適当にぬぐっていく。一通りそれが済むとそのまま汚い軍服を自分の体に身につけた。
 (さすがにこのままじゃ匂うからシャワー浴びて着替えないと…)
 キラは部屋の換気スイッチをつけてからそっとそこを出て、痛む体を引きずって自分の部屋へと足を急がせた。とにかく誰かに会う前に早く体を綺麗にしたいと思った。




 部屋に戻り丹念に体を洗った後、キラは自分の白い軍服を袋に入れてクリーニングボックスに無造作に突っ込む。その内担当の人が服を取りに来て洗ってくれるはずだ。
「軍務に戻らないと…」
 (さっきのはさすがにサボり扱いになるよね…)キラにとってはあの行為は軍務のようなものだったが、そんな命令自体はないのだからやはりサボりになるだろうと思いため息をつく。
 その後キラは自室で司令部に提出する報告書をチェックした。しかしオーブ関係の書類を見ている内に自然とまたあの少女のことが頭をよぎる。あの少女を思い出すと胸のどこかがつきりと痛んだ。確かにあの少女と行動を共にしていた時もあったような気がするが、それはもう幼いころのおぼろげな記憶のように定かでなく、詳しいことは何一つ思い出せなかった。(それに僕が殺したんだからあの子はもういない。あの子の最期の姿だけが僕の記憶だ)
 キラは書類をめくりながらもその目は書類を見ていなかった。思考は段々と少女のことからかつて乗っていたアークエンジェルへと移っていき、自分がアークエンジェルを捨ててプラントに行った時のことを思い起こす。キラはプラントに着いた直後すぐにデュランダル議長の前に連れて行かれたのだ。そしてそこで議長の言葉を聞いたのを覚えている。その言葉であれば何よりも鮮明にキラの頭に焼き付いていた。
『キラ・ヤマト君、君を歓迎するよ。君は世界と同じように新しく生まれ変わるのだ。そしてザフトの戦士として君は君の能力を最大限に活かして君の幸せを掴みたまえ。それが世界にとっても幸せなのだよ』
 議長はそう言ってキラを温かくザフトに迎え入れた。そしてキラに才能の証として白い隊長服を与えたのである。
 キラは一部だけ完成した報告書を司令部に提出しようと自室を後にした。通路を歩きながらぼんやりと議長の台詞を反芻する。
「僕の幸せか…」
 ふと先日会ったラクスのことが胸をかすめた。昔はあれほど繋がっていた気がするラクスが今はとても遠くに感じられた。(ラクスも自分の使命のために頑張っているんだな。彼女の新たな使命に僕はもう必要ない)それが寂しくないといえば嘘になるが、遺伝子が定めたラクスの最善の道にキラが必要ないのであれば仕方のないことだった。
 そして同時にあの偽者のラクス・クラインのことも思い浮かべる。あの偽者のラクス・クラインは元はプラントや議長をも騙して歌姫として議長と行動していたが、今はプラントを裏切ってテロのような活動を行っているらしい。そして逆に本物のラクスが今はプラントに迎え入れられて議長と一緒に理想の世界を作っているのだ。キラは自分がプラントにやってきた時のことを思い出そうとした。あの時、エターナルにいた本物のラクスが自分と一緒にプラントに来たかどうか、キラにはよく思い出せなかった。だけど今プラントにいるラクスが自分とずっと一緒にいた本物のラクスであるとキラは何故か確信していた。それはキラにとっては疑いようのない事実なのである。(でも議長室で見た偽者のあのラクスの歌声、静かで澄んでいてとても綺麗だった…。もうすぐ死んじゃうんだろうけど…。議長に逆らうからいけないんだ。議長は正しい。ラクス、君のやっていることは間違ってるよ)そこまで考えてまたキラの頭がずきずきと痛み出す。キラは片手で頭を抑えて近くにあったベンチに前かがみに座り込んだ。あまりの痛みに何も考えられなくなる。深く深呼吸しながらしばらくそうやって座っていると、突然頭の上から声をかけられた。
「おい、大丈夫か?」
 その時キラの脳内で火花が散った。何か、忘れていた何かがキラの頭を駆け巡る。前にもあった。何度もあった。こうやって昔から何度も自分を心配して声をかけてくれた人の姿が何十にも重なってキラの頭を埋めつくす。キラががばっと顔を上げると、心配そうにキラの顔を覗き込んでいた男は少し驚いて体を後ろへと引いた。
「なんだ?大丈夫なのか?元気そうだな」
 そう言って笑う青年をキラはじっと凝視した後、がくりとまた肩を落として俯いた。(知らない、こんな人。全然知らない)青年はまた俯いてしまったキラに少し困ったような顔をしてキラのまん前にしゃがみこんだ。そうすると自然と二人の目が合ってキラは青年の顔をぼんやりと見つめ返す。藍色の髪、緑色の澄んだ瞳、白い肌、優しい笑顔。
「君は誰?僕は君を知らない」
「俺だって君を知らないよ。だが具合悪そうだろう?だから声をかけたんだ。駄目だったか?」
 青年は首をかしげてキラを見つめている。キラはずきずきとする頭のまま小さく首を振った。目の前の青年を知らないけど、心のどこかが知りたいと願っていた。
「君の名前は?」
「俺はアスラン・ザラ。お前は?」
「僕は……キラ・ヤマト…」
 キラはなんとなく自分の名前を言うのを躊躇して小さく呟く。自意識過剰かもしれないがザフト内で自分の名前が変な風に知れ渡っている可能性があり、名前を言うことでアスランに嫌われたくなかった。キラが窺うようにアスランを見つめると、アスランは穏やかな顔のままキラを見つめ返しているだけだった。そして不意にアスランはキラの頭をぽんぽんと撫でる。予想外の行動に、キラは撫でられたところをパッと手で抑えて顔を赤くさせた。
「なっ…なに…」
「別に?なんかお前可愛いなって思っただけだ」
「か、かわいい!?僕が!?男なのに!」
「なんだよ。褒めたんだからいいだろう。それとも可愛くないと言われたかったか?」
 軽やかに笑うアスランにキラの目は釘付けになる。痛む頭もどこかへと消えて、キラの心臓がどくどくと高鳴っていった。キラは立ち上がるアスランを追いかけるように見上げた。アスランはベンチに腰掛けるキラを見返してまだ笑っている。こんなに穏やかな顔でキラを見る人は久しぶりだった。ザフトでキラにこんな顔をしてくれる人物は本当に数えるほどしかいないのだ。キラは顔を赤くさせたまま急いで言葉を繋いでいく。アスランとの関係を断ち切りたくなくて、必死で言葉を探していた。
「か、可愛いとか可愛くないとか…そういう問題じゃない。僕はそんなこと言われたって嬉しくないし。あ、でも君から言われたのはちょっと嬉しかったけど」
「はは、もう、どっちだよ。面白い奴だな、お前」
 アスランはもう一度笑ってから言葉を続けた。
「俺のことはアスランでいいよ。俺もお前のことキラって呼ぶから。いいだろ?」
「え、べ、別にいいけど。っていうか君、アスランはどこに所属してるの?」
「俺は基本的にはプラントで雑務や新人教育や指揮をとってる。キラは?」
「僕はミネルバに所属してるんだ。あっちこっち忙しいよ。今はちょっと作戦を終えたばかりだからプラントに戻ってこれたけど」
 アスランは一瞬宙を仰いで何かを思い出すように目を細めた。
「へえ、ミネルバか。俺も昔ミネルバに乗っていたが優秀な艦だよな。なるほど、じゃあキラはそこのエースパイロットというわけだ」
 微笑んで言うアスランにキラはまごつきながら視線を地面に向けた。持っていた書類を無意味にいじりながら呟く。
「エースではないと思うけど、一応パイロットではあるよ」
「エースじゃないのか?お前、白服着てるし腕が立ちそうなのに」
 キラは書類をいじくりまわす手を止めてアスランを見上げ、微笑んだ。
「腕の問題じゃないんだよね。僕は信用されてないから」
「え?」
 アスランは意表をつかれた顔でキラを見やる。意味が分からないと言いたげなその顔に、キラは微笑を浮かべたまま肩をすくめた。
「僕は信用されてないんだよ。ザフトに敵対していた元テロリストだからね。いまザフトにいれるのもデュランダル議長が目をかけてくれるからだ。じゃなきゃ、とっくに銃殺の身だ」
 キラは俯き、しばし二人の間に沈黙が降りる。近くの通路を数人の兵士が楽しそうに通り過ぎていった。窓辺からは人工の陽光が通路に差し込んでいる。もう夕暮れに近かった。キラは自分の足下に視線を落とし、その茶色い頭が夕暮れに染まっていた。何かに導かれるようにアスランはキラの頭をもう一度ぽんぽんと優しく撫でてやる。
「だがキラは自分の意志でザフトに入ったんだろ?そしてここで頑張ってる」
 キラは俯いたままこくりと頷く。
「うん、デュランダル議長のディスティニープランに賛成したから、僕は……」
「じゃあ、お前はもう立派なザフト兵じゃないか。そんなに自分を否定するなよ。キラが負い目を感じることなんかないさ」
 キラが恐る恐る顔を上げると、アスランの優しい顔がキラを見下ろしていた。窓から差し込む夕暮れに照らされて、アスランのエメラルドの瞳が柔らかく輝く。キラはその顔をずっと見ていたいと思った。胸にこみ上げるこの強い思いの正体がわからなくて、わからないままアスランへと手を伸ばす。(キスしたい。触りたい。近づきたい、君に)
 しかしキラの手がアスランの手に触れる直前、アスランのポケットから着信音が鳴り響く。キラはびくりと体を硬直させ動きを止めるが、ふとその音に聞き覚えがあることに気がついた。アスランは「ごめん、ちょっと待っててくれ」とキラに声をかけて手早く携帯をオンにした。
「ラクス、今日は軍務で忙しいと言ったはずですが」
 アスランのその言葉に、キラは全身に何キロもの冷水を浴びせられたように芯まで凍り付いた。(ラクス…?アスラン……アスラン・ザラって、ラクスがこの前電話をしていた人だ)輝きだした気持ちが瞬間的に窒息していく。キラはアスランに伸びかけていた手を自分の膝に置き、白い軍服の端をぎゅっと握り締めた。アスランは淡々と返事をしていくが、その顔はどこか優しげで、キラはその顔を見ることすら苦痛な自分に気付き目を見開く。
 電話を切り終わったアスランがキラの方をもう一度向いた。
「すまない、話の途中で」
「ううん、大丈夫だよ」
 キラは顔をこわばらせた状態からなんとかアスランに微笑を返し、首をかしげた。
「ラクスって…例の歌姫の?」
「ああ、ラクス・クライン。俺の婚約者だ」
 さらりと穏やかな顔で答えたアスランに今度こそキラの心臓が希望を失ったように底へと沈んでいく。震えそうになる指を軍服を握り締めることでどうにかこらえ、キラはごく当たり前の喜ばしい顔を装った。
「ラクスと結婚できるなんて、アスランはすごいんだね」
「まあ、昔から決まっていたようなものだからな…」
 困ったように苦笑するアスランを見たくなくてキラはすっくと立ちあがり軍服のよれを直す。そんなキラをアスランが心配げに見つめた。
「キラ、もう大丈夫なのか?」
「うん、心配してくれてありがとう。僕は大丈夫だよ。本当に、大丈夫」
「そうか」
 アスランの手に依然として握り締められたままの携帯をキラはちらりと一瞥した。ラクスとアスランの繋がりは人々から祝福される繋がりだ。ラクスとキラの繋がりやアスランとキラの繋がりは誰にも祝福されやしない。キラは議長から戦士であることだけを望まれていた。だからこの気持ちは封印しなければならない。キラはアスランに背を向けた。
「それじゃあね、アスラン。また今度」
「あぁ、またな、キラ」
 アスランはひどくあっさりとキラと別れを告げて反対の方向へ歩き去っていった。キラは進めていた歩を不意に止めて振り返り、アスランの後姿を見つめた。躊躇いなくキラから離れていく後姿をじっと見ながら、キラの心はぎゅうっと締め付けられる。ここで別れていいはずはなかった。こんな簡単に別れられるような関係じゃなかったはずだ。そんな思いが心に沸き上がった瞬間、キラは苦笑して通路の壁に背中を預け嘆息した。
「僕は何を言っているんだ…。アスランとは今さっき会ったばかりなのに」
 (独占欲丸出しで、気持ち悪い)
 キラは自分の感情が分からなくて泣きそうになった。心と意思がばらばらになってしまったようにちぐはぐな気がする。大事な何かを忘れている気がする。パズルのピースがまったく違うピースなのに何故か綺麗に収まっているような違和感に苦しくなる。(頭が痛い…)頭痛がまた一層激しくなった。キラは宙を仰いで一度大きく息を吐き、また歩き出す。何せ隊長服のキラには仕事が山積みなのだ。世界は新しく生まれ変わったばかりだ。その世界を守るため、キラは今日も仕事につく。遺伝子が導くキラの幸せがそこにあった。














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7年ぶり(?)に書いたアスキラがこれとかw第一アスキラと言っていいのかどうか(゚Д゚;)自分的にはアスキラなんですけどね。描写が少なすぎました。でもどうあってもバッドエンドです。キラがカガリを殺しちゃった時点でハッピーエンドにはなれないです。たぶんキラ周辺はみんなバッドエンドかな。
実は続きも頭にあることはあるけどやっぱりバッドエンドのままという…w
本物のラクスちゃんが外でまだ生きてるのが救いかな。
あ、キラやアスランは種運命のフラガさんのように議長から記憶改竄されてます。わかりにくくて申し訳ないです。

全体的に書いていて楽しかったですがモブの男×キラも楽しかったです。芯のあるキラが惨めなのって可愛いです。(私の脳みそが最低ですね)
(2012.5.2)