「キラ、止めろ!」
 アスランから制止の声がしたがキラはかまわずに引き金を引いた。遥か先で地球軍のモビルスーツが爆音をあげている。しかしキラはそれには見向きもせずに自身のモビルスーツの方向を転換した。濃紺の宇宙の中でキラに新たに目をつけられた哀れな機体が爆音と共にまたひとつ激しい炎に包まれた。



永遠に終わらない歌




 ひとまず戦闘が終わり、キラはパイロットスーツから白服へと着替え、廊下を歩き出す。アスランも同じく着替えを終えてキラの横を歩いていたがその顔は不機嫌そうにしかめられていた。
「キラ、どうしてあの機体を攻撃したんだ」
「邪魔だったから。別に殺してないんだからいいじゃない。カメラと手足、それと武器を狙っただけだよ」
 現在プラントは地球軍に攻撃を受けていた。キラはザフトの兵士としてそんなプラントを最前線で防衛している。その際にたとえ撤退を決めている地球軍機であろうと、キラは向かい合う機体に対して容赦をしなかった。コックピットのパイロットだけを生かす形で例外なく機体自体を再起不能に追い込んでいる。アスランは剣呑な声でキラの行いを非難した。
「しかしあの機体を攻撃する必要はなかっただろう!戦闘の意思がない機体まで追い詰めてどうするんだ」
 それでもキラは無表情を保ち、ただ基地の通路を歩き続ける。アスランがキラのどこに不満を抱いているかをキラは十分に理解していた。しかしそれを改めるつもりは毛頭ない。『邪魔だから倒す』、『次にまたプラントを攻撃してこないように目に入った機体はなるべく破壊する』、『パイロットは殺さない』。キラとしてはこれで文句を言われる筋合いはないのだ。
「アスラン、僕は司令官からじきじきに褒め言葉をもらっているよ。君に個人的な感情で文句を言われたくない」
「キラ!」
 声を荒げるアスランに、キラはすげない視線を送った。
「もしプラントが落ちたら終わりなんだから、僕の行動ばかり追及していないで君ももっと攻撃したらどう?」 
「俺は必要な限り地球軍を倒している。だが必要以上の攻撃は更なる争いを生むだけだ」
「争いなんか…何をしようが何もしなかろうがいつだって向こうからやってくる」
 アスランが何か反応する前にキラは到着した扉の中にするりと入ってしまった。アスランも続けて扉をくぐると、その部屋の中央に設置されたソファにはラクスが座っていて、二人を待っていたようだった。
「こんにちは、お二人とも」
「ラクス、こんな前線に来て大丈夫なのか?」
 アスランは驚いて開口一番にそう尋ねるが、ラクスは憂いを帯びながらも穏やかに微笑んだ。
「プラントにいる限りどこにいようと同じですわ。結局は全て狙われておりますもの」
「それはそうだが…」
 アスランはローテーブルを挟んでラクスの前へと腰を下ろしため息をつく。キラは冷蔵ボックスからミネラルウォーターのボトルを取り出して二人から離れた壁ぎわの椅子に腰かけた。部屋のスクリーンからは緊迫したニュースが流れており現在の戦況を随時伝えている。今やプラントでニュースをつけていない市民はいないというほど日常的にいつでもどこでもニュースばかりが流れていたが、それはこの部屋でも同じであった。
「ラクス、議会の方はどうなんだ?議会と地球軍との交渉は?」
「うまくいきませんわ。地球軍の方々が交渉の席につくこと自体を拒んでおりますもの」
「そうか…」
 三人がこうして部屋で座っている今もプラントは地球軍から攻撃を受けている。事の始まりは数週間前、地球軍が突如難癖をつけてプラントを襲ってきて以降それはずっと続いていた。しかしプラントの行動は落ち着きを保っていた。プラントが地球や地球軍基地に対して反撃に出ることは容易であったが、プラントはあえてその道を選ばなかった。どうにかこの戦闘を終わらせようとプラントは現在も地球軍との交渉を模索している。それでも地球軍の方は日々プラントを攻撃してくるのだが、今のところザフトの軍事力はそれを撃退できていた。そして現在のプラント議会は穏健派が多数を占めているので、議会の最大の目標はこの戦闘を早急に終わらせ、地球側と停戦状態に持っていくことであった。だからプラントは地球軍を撃退する際も必要以上に相手を刺激しないことで一貫していた。キラやアスランもプラントに加勢する形でプラントを守っている。しかし状況が改善されずこう着状態が続く現状にプラント市民やザフト兵たちの一部が業を煮やして議会を弱腰外交と糾弾し始めていた。それに地球の人々は地球とプラントの停戦を望んでいないようで、プラント議会の思惑通りに平和に納まる可能性は薄いように思われた。
 アスランとラクスの会話は続いていたが、キラは部屋の端っこで手持ち無沙汰にミネラルウォーターを飲んでいた。二人の会話を聞いているのかいないのかも曖昧にキラはただ沈黙を貫いている。アスランはそれに気が付いてキラの方へと視線を向けた。
「キラ、お前はどう思う?俺たちはこのままプラントを守るだけでいいのだろうか」
 キラはストローを口元から外し、ボトルを握り締めたままなんとはなく手元を眺めていた。無言のキラが何か話しだすのをアスランとラクスは待っているようで、じっとキラを見つめている。二人の視線を感じてキラの額にわずかにしわが寄った。キラの言いたいことは決まっている。しかし何かを言う気にはなれなかった。その時スクリーンから聞き知った歌声がすべらかに部屋の中を流れていく。アナウンサーはまだニュースを続けていたが、今は戦闘のニュースから平和の大使であるラクスのニュースへと話題が移ったようだった。アナウンサーの声と一緒にラクスの歌が流されている。アスランはキラから気がそがれてスクリーンの方に視線を変えた。
「ラクス、あなたの話題だ」
「ええ、議会から要請を受けて昨日わたくしの方から地球軍に交渉のお願いを申し入れましたの。そのことのニュースですわ」
 アナウンサーが伝える情報に合わせてラクスの映像も映し出された。初めのうちはラクスが地球軍に交渉を申し入れたニュースが流れていたが、次にラクス自身のニュースに主題が移り今は新曲を歌っているラクスのミュージックビデオが大画面に映し出されている。平和を歌う優しいラクスの歌声にアスランの表情が和らいだ。
「また新しい曲を作ったんだな」
「はい。情勢が情勢ですからそのような時間はないと思っていたのですけれども…。わたくしの歌を聴きたいと…プラントの方々にそう言われましたので、わたくしも歌いたいと思い歌いましたわ」
 柔らかく微笑むラクスと同じようにスクリーン上で歌っているラクスも柔らかくそしてどこか切なさを込めて美しい歌を歌い上げていた。しかしそれまでだんまりを決め込んでいたキラが唐突に口を開く。
「これは歌?それとも悲鳴?」
 アスランとラクスが同時にキラの方を振り向いた。キラはスクリーンに映るラクスを眺めながらもう一度呟く。
「ラクス、君は平和を歌っているようだけど、僕には悲鳴に聞こえるよ」
「キラ!」
 アスランが注意するような声でキラをたしなめた。しかしキラは肩をすくめるだけでまったく反省した様子を見せない。怒って立ち上がろうとするアスランをラクスは手で制し、依然として穏やかなままラクスはそれでも少しの憂いを重ねてキラに微笑みかけた。
「確かにキラの言う通りかもしれませんわね。わたくしは平和を願って歌いましたけれども、結局はただの悲鳴なのかもしれないですわ」
「ラクス、そんなことは…」
 アスランの言葉が終わる前にキラが淡々とした口調で口を挟む。
「そうだね、結局世界が平和じゃないから君は平和の歌を歌っているんだ。そして君がどんなに平和の歌を歌っても世界は平和にはならない。だからこれは歌ではなくて悲鳴だ」
「キラ!」
 アスランが声を荒げるがそれでもキラは無表情で椅子に座り続けていた。ラクスは一度目を伏せてからまた顔を上げてキラを見つめた。
「キラ、わたくしに力がないことはわかっております。ですがそれでもわたくし達は戦っていかなければなりません。どんなに非力でもわたくし達は行きたい場所があるのですから」
「うん、それはそうだよね」
 スクリーンからはまだラクスの優しい歌声が流れていた。それはとても美しい歌であったのに、この部屋でその歌を聞くともはや美しいだけでは済まされない気まずさが立ち込めてしまった。三人のいる部屋に沈黙が下りる。ややあってアスランはおもむろに立ち上がるとキラの方に歩み寄りその腕を掴んで立ち上がらせた。
「何?」
「いいから来い!」
 キラの耳元でアスランが小さく囁く。キラはさして抵抗もせずそれに従って立ち上がった。ラクスは憂いを帯びた顔で一人まだソファに座って物思いにふけっていたが、アスランは部屋を出る際そんなラクスに声をかける。それでも二人の方に視線を向けたラクスはいつも通り柔らかい微笑を見せて二人を見送るだけだった。
 部屋を出た後、アスランはキラの手を掴んだままずんずんと廊下を歩き手近な空き部屋を見つけてそこにキラを押し込んだ。二人が部屋に収まると、アスランはさっそくキラに向き直る。
「キラ、どうしてあんなこと言ったんだ?」
「あんなことって?」
「ラクスを傷付けるようなことを言っただろ!悲鳴とかなんとか言って」
「だって本当のことじゃない」
「キラっ」
 アスランは険しい声でもう一度キラをたしなめた。しかしキラはあくびれた様子もなく平然としている。そんなキラにアスランはどう注意していいか分からなくなり、しばしキラを厳しい顔で見つめていた。アスランはキラが世界のこの状況に心を痛め、なおかつ、ままならない世界の現状にひどく苛立っているのをきちんと把握していた。キラの冷めた顔の下では苛立ちと悲哀がどこかわずかににじんでいる。
「キラ、お前は優しい奴だ。なのに何故最近は無闇に人を傷付けようとするんだ?」
「君が何を言っているのかわからない」
「キラ、お前は地球軍をやたらと攻撃しているだろ?プラントの姿勢は『できる限り穏便な解決』なのに、お前はあえてそれを無視している。それにさっきはラクスにいちゃもんをつけたじゃないか。彼女は優しいから何も言わなかったがあの歌はラクスが一生懸命作った歌のはずだ。それをお前がけなしていいはずがないだろう」
 アスランの剣呑な視線がキラを厳しく非難していたがキラはあっけらかんと首をかしげる。
「悲鳴という表現が駄目だったんなら、なんて言えばよかったかな?泣き声?ああ、叫び声ならいい?」
「キラ、いい加減にしろ!」
 激情に駆られたアスランがキラの襟元を掴みキラを壁に叩き付けた。キラは壁へと押さえ付けられ苦しそうに顔を歪めるが、アスランは激昂していて真正面から荒々しくキラを睨みつける。
「キラ、どうしてお前はそんな風に…っ」
「…『変わっちゃった』?」
 キラに言葉を先回りされ、アスランは小さく息を呑んだ。いまだにアスランに襟元を強く押さえ付けられながらも、キラの顔には微笑が浮かんでいる。
「僕は変わっちゃった?じゃあアスラン、君はもう今の僕は嫌いなの?」
「……っ」
「今の僕は地球軍を必要以上に攻撃しているし、無闇に人を傷付けてる。そういう僕はもう嫌いと言いたいの?」
 アスランは憤ったようにキラの体を更に壁へと押し付ける。キラの気管支がぎゅっと縮まってキラの喉からはケホッという苦しそうな咳(せき)が漏れ出た。それでもキラは息苦しさを表には出さないで抵抗も反抗もせず微笑を浮かべ続けている。アスランは顔を歪めてキラから視線を外し、絞り出すように言葉を吐き出した。
「俺がお前を嫌いになるなんて…あるわけないだろ」
 そう言った直後、アスランは自分の中の何かに突き動かされるようにキラを乱暴に壁に押さえつけたまま目の前にあるキラの唇に荒々しく口付けた。キラはその行動を読んでいたようで、二人は深く激しく口付けを交わしていく。まるで二人の間にいさかいや問題ごとなんて何もなかったかのようだった。いつもとまったく変わらない獣じみたキスが二人の間で型通りになされていく。しばらくして口を離した二人は息が不規則で体も熱くなっていた。しかしそれでも数秒後には二人ともまた元通り爽やかでスマートなザフト兵に戻るのだ。それもまたいつもと同じ型通りな二人の習慣だった。アスランはようやくキラの拘束を解き、キラは全身を開放される。服を整えながらキラは静かな微笑をアスランに向けた。
「アスラン、まだ僕のことが好きなんだね。じゃあ僕たちは今も恋人同士ってことでいいのかな?」
 アスランは段々と頭が冷静になってきて、先ほど感情に任せて性急にキスしてしまった自分をさっそくののしりたくなった。こんなことをしたのではキラの行動を注意しにくくなってしまう。そうなるようにうまいことキラに誘導された気がしてアスランの心に苛立ちが沸き上がる。しかしキラが変わろうとなんだろうとアスランが相変わらずキラを愛しているのは事実だった。剣呑な顔つきをしているアスランにキラはもう一度促した。
「アスラン、やっぱりこういう僕のことは嫌いなの?」
「…嫌いじゃない」
「じゃあ僕たちは?」
「…まだ恋人同士だ」
 キラは満足そうににこりと笑う。
「そう、よかった」
「だが、キラ、俺はまだお前に話がある」
「なんの話?君はこういう僕でも好きなんでしょ?僕は自分を変えるつもりはないから言っても無駄だと思うよ。それでも言いたければ言ってもいいけど。さあどうぞ」
 キラはどこか余裕のない苛立ちを漂わせてアスランに微笑んだ。しかしアスランが長々と小言を言おうといざ口を開けた途端、部屋の時計が小さな音楽を鳴らし始める。その音は今が午後の3時であることを告げていた。そこでキラは「あっ」と声をあげる。
「ごめん、もう行かなきゃ。またすぐに戦闘に出なきゃいけないし、その前にやっておかなきゃいけない仕事がたくさんあるんだ。アスラン、君もそうでしょ?だから続きはまた今度ね」
 キラはアスランに背を向けてさっさと扉から走り出てしまった。部屋に残されたアスランはこみ上げてくる衝動のまま近くの壁を思いっきり叩く。
「くそっ」
 しかしキラの言う通り、二人はまた数刻後には戦闘に出なければならないのだ。ザフトで二人に任されている仕事は多く責任も重かった。やることもたくさんあったし次の出撃のために体も休めなければならない。アスランはまだ納得がいかなかったがそれでもキラの忠告どおり行動せざるを得ずおとなしく外へと出る。通路をすれ違った見知らぬザフト兵の小型電話からラクスの新曲が漏れ聞こえてきた。通路に設置されたスクリーンからは先ほどと変わらぬ戦闘の情報がアナウンサーを通して伝えられている。プラントの外では濃紺の宇宙に争いの爆煙が今もなお散っている。平和を歌う優しい声と戦闘を伝える緊迫した声が不思議と合わさって通路に響いていた。それはなんだかひどく調和していてアスランを憂鬱にさせた。




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 キラの性格に難があってごめんなさい。キラは終始一貫して機嫌が悪く苛々していました。余裕がないせいで性格が悪化してるキラとそんなキラでも好きなアスランが書きたかっただけです(笑)

素敵なお題「それは歌?それとも悲鳴?」(雲の空耳と独り言様)を使用させて頂きました!
(2012.7.4)