キラ・ヤマトが俺と同じ艦に配属されたのは意外だった。きっとラクス・クラインの傍に配属されると思っていたから。というよりもラクス・クラインがべったりとキラ・ヤマトを放さないと思ったのだ。傍目から見ても分かる。ラクス・クラインはキラ・ヤマトが大好きだ。
「ちょっと、」
 俺達の艦はどうやらプラントからどこかに移動するらしい。プラントの守備艦隊としてずっとここにいたのだが、急遽別の任が下ったらしく、艦員はみな慌しく準備を始めている。俺はたいした準備も必要ないのでキラを探して歩き回り、ようやく見付けて声をかけた。
「ちょっとってば、」
「シン、上官に対してその言い方はないでしょ」
 キラはゆるりと振り返り、困ったように笑った。手にはたくさんの書類を抱えている。俺はそれをちらりと一瞥した後、キラの注意などどこ吹く風で不機嫌に言葉を重ねた。
「別にアンタにどんな喋り方したってアンタどうせ怒んないじゃん」
「怒るよ、僕だって」
 そう言いながらも、キラの顔は凪いだ海のように穏やかだった。まったく、こんな態度だから皆にナメられるんだ。俺が怒ることではないが、それでも俺は理不尽にイライラしながら、キラの横を歩調を合わせて歩き出す。キラはそんな俺に小首を傾げた。
「それで僕に何か用があるの? 聞きたいことでも?」
「ああ、この艦、どこに向かうんだろうと思ってさ。アンタなら当然知ってんだろ?」
「うん、」
 キラはそこで少し逡巡したように黙り込み、一拍置いてごく軽い調子で続けた。
「オーブだよ」
「オー、ブ……?」
 予想外の言葉に俺は一瞬言葉に詰まってしまった。そして勢いよくキラを見る。でもキラは量が多いとはいえさっきまで特に何の問題もなかった書類を突然抱え直して整えたりなんかして俺と顔を合わせなかった。そんなキラに俺はまたイライラが募って、元より我慢するタイプでもないから、その感情のまま気付けば廊下に響き渡るほどの大声で叫んでいた。
「オーブってどういうことだよ! 何で俺達がオーブに!?」
「うん、」
 キラは俺の問いに、視線を下げたままひどく曖昧な言葉で応える。でも俺はまっすぐその顔を睨みつけた。キラのいい加減な態度にも腹が立つし、オーブに行くこと自体も凄く不愉快だった。そりゃ俺だって色々あって今はキラ達とも和解したし仲良くはしている。少なくともそう努力している。うん、俺はこれでも努力しているんだ。でもキラ達のことを少しは理解して分かり合ったとはいえ、やっぱり俺はそう簡単に気持ちを切り替えられないでいた。家族やステラのことを思うと、俺の心の内がじくじくと燻ってどうしようもない。分かってはいる、分かってはいるけど、感情は理性ほど操縦できない。
 そうこうしてる内にキラの部屋に辿り着き、俺はキラを睨んだままずかずかと遠慮なしにそこに入っていった。俺が公然の場で上官に怒鳴ったせいで、さっきから搭乗員の視線が痛かった。でもそんなこと気にしてられるか!
「俺はできればオーブに行きたくない。アスハとも和解したけど、やっぱり俺はあそこに行くのは好きじゃない」
「うん、わかってる」
 キラは書類を机の上に置いて、その体勢のままぽつんとそこに佇んでいた。横から見たキラの顔はどこかぼんやりとしていて寂しそうで、俺はその顔にまたムカついた。キラにムカつくのにきちんとした理由なんて必要ない。
「別にだからって滅ぼそうとかはもう考えてないけどな! でも嫌なもんは嫌なんだ!」
 俺は激情のままそう吐き捨てる。そしてその言葉と同時に、暗闇の中で突然ともった鮮明すぎる光のように、悲しい記憶が強烈に頭をよぎる。可愛い妹、優しい両親、そして、白い……。
「だってあそこは……っ」
「うん、わかってる」
 俺が震える声で搾り出した声に、キラは先程と同じように穏やかに言葉を返した。これまで何度もオーブには行った。でも、それでも。一度解消されたと思っていた気持ちは苦しみと共に何度でも蘇る。特に、大切な家族に死の砲撃を放った人物がすぐ目の前にいる場合には。その人物とその墓標に今から向かわないといけないとしたら、尚更。分かってはいる、それでも。手を取り合って共に戦おうと誓った。それでも。俺は蘇った苦しみと憎しみに心が支配されそうになりながら、もう一度キラを怒鳴りつける。
「だってあそこは……! マユが……父さんと母さんが……っ」
「うん、わかってるよ」
 その時、キラと視線が合った。俺の激しい感情をまっすぐ受け止めるように、キラは俺を静かに見据えた。そしてくしゃりと顔を歪めて笑う。どうしようもない、という風に。誰に対してか、何に対してか。
「ごめんね」
 キラはただそれだけ言った。
「くそっ!」
 俺は押し寄せる激情のまま拳で壁をドンッと叩く。ムカムカする。イライラする。モヤモヤする。誰に? 何に?
「別にわかってんだ! 俺はアンタを責められない! くそっ! くそッくそッ!!」
「……オーブにはプラント議員を送るために行くんだ。終戦したとはいえ、まだ世界は落ち着いていないからね」
 キラは俺の発言には反応せず静かにそう呟いて微笑む。どこまでも静謐な微笑みだ。全てを最奥に押し込んでしまったような波のない笑顔。俺はこいつのこういうところが大嫌いだ! 腹が立つ。何を我慢しているんだ。言いたいことがあるなら言えばいい。やりたいことがあるならやればいい。やりたくないなら、やらなきゃいい! 全部一人で背負い込んで終わらせようとする。終わるもんか、そうできるほどの度量があるわけでもないくせに! それとももしかしたらキラはそうできるほどの度量があるのかもしれない。その事実に行き当たって俺はまた苛立った。
「ごめんね、なんか僕は君を怒らせてばかりみたいだ。何でラクスや司令部は僕をシンと一緒の配属にしたんだろうね」
 キラは俺の怒りの波を受け取って、また困ったように笑った。
「もしシンがそうしたいんだったら、配属先を僕がいないところに変えるよう司令部に言ってあげるよ」
 穏やかにそう言ったキラはやはりどう見ても上官には見えなかった。優しい、優しいキラ。今のキラはそういう面しか俺に、皆に見せなかった。そして穏やかではあるけれど、その顔はどこか寂しげで。俺は苛立ちながらも、なぜか心臓がきゅっとなって苦しくなった。
「別にアンタといるのが嫌だとか、そんなことは言ってないだろ! 勝手に話を進めんなよ!」
「でも、」
「俺がいないで、アンタはこの隊をどうやってまとめんだよ!」
「それは……」
 キラは優秀で英雄かもしれないけど、ザフトには性格的に問題がある奴らもいるし、そもそもクライン派でない者もまだまだたくさんいる。地球軍としてザフトを殺しまくった上に、これまで一度もザフトに入ったこともなかった新米同然のキラはここでは難しい立場なのだ。
 俺は俯いて小さく呟いた。
「俺がいなきゃ、アンタ駄目じゃん」
「シン……」
 俺は拗ねたようにそっぽを向いた。ああ、ムカつく。俺を別の配属先にするだって? 自分がここを抜けてラクス・クラインの傍に配属を変えるっていうんならまだしも。少しは自分のことも考えろよ。拗ねた俺にキラはどうしていいか分からないようにまごつくだけで何にも進展がない。だから俺は片眉を上げて促した。
「で?」
「え?」
 俺の言葉にキラは要領を得ないと言うように首をかしげた。俺はむしゃくしゃしたまま今度はキラの方にずんずんと詰め寄った。
「で? アンタは俺に消えてほしいわけ? それともここにいてほしいわけ?」
「それは……」
 また言葉を濁すキラに、俺は構わず至近距離で仁王立ちしたままじっと睨みつける。キラは躊躇って視線を泳がせていた。そして下を向いて地面を見つめ、また顔を上げて俺を見て、困った顔をして視線を逸らす。こんなキラは珍しかった。いつもの穏やかな静かな笑顔とは全然違って、キラがちゃんとここにいるっていう気がした。
「どうなんだよ」
 追い討ちをかけると、キラは観念したようにそっと口を開いた。
「それは、シンがここにいてくれた方が僕は……」
「だったら、あんなこと言うな!」
 どちらから喧嘩を吹っかけたかなんて忘れて俺はキラにそう言った。くそ、ムカつく。何がムカつくって、今のキラの言葉にホッと安心してる俺が一番ムカつくんだ! 複雑な感情は理性では制御できない。だからこそ、ムカつく。ああ、ムカつく。俺にいてほしいんだったら、俺の配属先を変えるなんてこと二度と言わなきゃいいんだ。いつだってキラは自分を押し殺して優しく微笑んでいる。馬鹿だ、キラは馬鹿なんだ。俺だって馬鹿だけど、キラの方がもっと馬鹿だ。だから、俺がいてやらないといけないんだ。
「本当にアンタはどうしようもない人だな」
 俺がぶつぶつとそう呟いていると、突然俺の頭の上にふわりと何かが乗せられる。え? と思って見上げると、キラが俺の頭を撫でていた。
「僕達、本当にどうしようもないね」
 そう笑ったキラの顔はいつも通り穏やかで静かだった。でも少しだけ安心したように微笑んで見えるのは気のせいか? キラの手のぬくもりが俺の心臓にまでダイレクトに伝わってくる気がした。ドキドキする。ドキドキしてる、俺。何でドキドキしてるんだ、俺!
「ああ、もうアンタって本当にムカつく!」
 そうして俺はまた日課である暴言を吐き捨てた後、キラの部屋を飛び出していた。後ろからはキラの微かな笑い声が聞こえてくる。ああ、やっぱりアンタって本当にムカつく!





気付いたときには何かに呑まれる






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再燃して初めて書いたシンキラ小説。運命を見てシンキラに滾った。
可愛い攻めのシンが好き。シン可愛いよシン。攻めのシンって可愛いよね。シンがイライラしながら「アンタ」呼びでキラを大好きな話って萌える。必要な時はキラさんで普段はアンタ。萌えるー。この際、キラ呼びでもいいかもしれないけどアスランのことも「アスランさん」だしな。