自作の楽しみ

子供たちの理科離れが問題視されるようになったのは1980年代後半からだと言われています。かつて電気工学に興味を持ったらまずはさわってみたい最先端技術のひとつは、なんといっても無線通信でした。無線を使った様々な音声通信や画像通信が一般的になっていき、やがてテレビ放送がカラーになりUHF放送も普及して行った頃、スーパーカーやブルトレに夢中になる友達を尻目に、ラジオ少年たちは壊れた家電製品などから使える部品をかき集め、まずはゲルマラジオと呼ばれる簡単なラジオを苦労しながら作ります。そして実際に音が出せると感動し、自分でも電波を出してみたくなり、FMラジオで受信できる微弱な電波を出せる送信機を組み立てます。コイルとコンデンサを組み合わせた発振回路に2SC945というトランジスタ1個で直接変調をかけてしまう簡単なものですが、自宅の庭くらいならけっこう届きました。しかしむき出しのコイルは温度変化に弱く、簡単に周波数がずれていってしまうのでラジオのダイヤルをたびたび調節しないといけない。そこで今度はもっと安定した送信機を工夫したりします。そのうちもっと本格的な、遠くまで届くような電波を出してみたくなり、そのためにまず、電話級アマチュア無線技士(現在の第四級アマチュア無線技士)の資格を取るのでした。小学生でもアマチュア無線の免許を取ったという話は時々聞きました。

今では電気電子工学の分野も多岐にわたるようになりました。コンピュータプログラミングでは自由に自分で作ったプログラムを走らせてみることができ、工夫を加えて技術を磨くことができます。オーディオも奥が深いですね。スピーカーの箱は手軽に製作に挑戦できる分野の一つですが、長岡先生のスーパースワンなど奥深い技術の一つです。工夫して作ったものが考えたとおりに動作するとは限りませんが、動かしてみるのは自由です。しかし電波はそうではありません。場合によっては世界中に飛んでいきます。今では貴重な資源でもある商用無線通信の周波数は、多くの通信事業者に細かに割り当てられています。ですから送信機を自分で組み立てることができたとしても、勝手に電波を出すことは許されません。世界中どこの国でも電波の使用は政府の管理下に置かれていて、日本でも電波法令が整備されており総務省の総合通信局が担当しています。

アマチュア無線は、「アマチュア」であることの本質でもあるのですが、いまでも「自作」つまり自分で設計製作した送信機を使って電波を出すことが許されています。アマチュア無線以外では、「著しく微弱な電波」を使う場合をのぞいて、自分で部品を集めて組み立てた送信装置を使って電波を出すことは許されません。通信や放送など何かの送信設備を作ろうと思うなら、通信機器メーカーが販売している送信装置を買ってくるしかありません。通信機器メーカーも、送信装置がきちんと様々な規定の通りに動作することを証明する試験をパスしなければ、販売することはできません。

今では無線従事者の資格を持たなくても、かなりいろんな無線機器を使えるようになりました。例えば特定小電力のトランシーバーなどは無資格で使えますが、無線局免許が与えられて管理されています。装置の中には一切手を加えないという条件で使用を認められているので、ふたを開けることも許されません。仮に全く同じものを組み立てることができたとしても、それを使うことは許可されません。ですから自作した送信機を使ってみることができる、これはアマチュアだけのすばらしい特権なのです。

無資格で誰でも使える特定小電力トランシーバーには必ず技術基準に適合したことを証明するマークがついていますが、仮に修理のためでもフタを開けると無効になってしまうため、それを使用すると不法無線局となってしまいます。また以前はアマチュア無線機にも技術基準に適合していることを保証認定したシールが貼ってありました。

送信機の製作には大きな責任が伴います。許可された周波数帯を逸脱した電波、スプリアス(高調波)を出さないようにすることは最低限要求されます。その上で、通信に使えるように、温度など周囲の状況が変化してもある程度安定した周波数を維持でき、きちんと変調がかかることなど、実用に耐える送信機を作るにはかなりの技術が求められます。ちなみにアマチュアも、自分で設計し製作した無線機を使う許可を得るために、その送信機系統図を総合通信局に提出します。さらに基準となる発振周波数から目的の周波数の電波をどのように作り出しているか、またその回路に使った部品についてもきちんと説明しなければいけません。

というわけで、アマチュア無線の免許を取り、いつかは送信機を組み立てたいと思いながら、いまだにできていません。近所のアマチュアが作った完全自作の送信機を見せてもらったときは、羨望のまなざしでした。アンテナはいろいろ作ってみました。最初に作ったのは 21MHzフルサイズのヘンテナとよばれるアンテナでした。国内各地や、うまく狙えば海外とも通信できました。ニュージーランド、アルゼンチン、アメリカなど、10wの送信電力でもよく電波の飛ぶアンテナでした。まだソ連という国があった頃、そこのアマチュアの送信機は安定が悪いせいかだんだん周波数がずれていってしまい、通信が途切れてしまったのを覚えています。145MHzの4エレメント八木アンテナを作った時はなかなかマッチングがとれず、とても苦労しました。最近あげたのは21MHzのロータリーダイポールとよばれるアンテナです。これは最も簡単なアンテナなのですが、調整にはいまだに苦労しています。7MHzの垂直接地アンテナの変形版は思ったより簡単に同調をとることができたのですが、まだ実際には使用していません。限られた敷地、限られた時間の中ですが、様々なアンテナの実験を楽しんでいます。

こうして考えてみると、この世界を形作っているあらゆる物理現象の背後にある、複雑にからみあった理論や法則の数々について、あらためて考えさせられます。アンテナの動作一つとってみても、あまりにもたくさんの要素が関係していて、実際に計算ですべてを解明し尽くすことはできないのですが、もしもあらゆる要素を完全に測定し尽くすことができるなら、その動作のすべてをきちんと計算できるのです。すべてきちんとした理論で成り立っているからです。今はそれぞれの専門分野にスペシャリストがおられます。しかし一つの分野の技術、背後にある理論を極めるだけでも、人生はなんと短いのだろうと思い知らされます。ましてあらゆる分野にわたる、すべての物理法則を完全に理解している人など誰もいないことでしょう。jw.orgというサイトの中の「科学と聖書」というタブを開くと興味深い事実がいくつか指摘されていました。「自然はよくできている」とよく言われますし、確かによくできています。そこから新たな技術開発のヒントが得られることが多いのもよく知られた事実です。模倣するのが大変なものも少なくありません。それでこのように考えます。これらすべての技術、理論、法則がすべて整合性を持って存在しているのはなぜだろうか。すべてが絶妙なバランスの上にこの世界が存在しているのは、本当にたまたま偶然の積み重ねに過ぎないのだろうか。この世界は理知あるデザイナーによって緻密に設計されたのでなければ存在し得ないのではないだろうか。

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