Tanzanight

『Long way Home』 第三章

3.

 あれからさらに数日が経った。透のまひる探しは休むことなく続いている。

 透は時々ふらっと顔を見せると、様子見がてら途中経過を知らせてくれていた。だがその調子があまり良いものでないのは浮かない顔を見ても分かる。

 一番の原因は情報不足らしい。新しい報告や詳しい情報の入りやすい場所はどうしても人里近くが多く、成果にはつながらないのだ。いくら数が多くてもそれでは意味が無い。そこで透は、まだ深い森や原生林が残っているところ、人が余り来ない場所、空から目に付いて降りやすい場所、と次第に探す範囲を広げ始めた。

 一旦動き始めると透の行動は早い。一日中図書館で調べたり、役所の資料を取り寄せたり、少しでも怪しい所があれば現地に出かけたり…。やっているのが透だから、私に話すときも途中の過程や苦労話は抜きで結果だけを淡々と話しているが、それでもその膨大な資料の山が、透がかなり無理をしていることを教えてくれた。

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 そんな先の見えない日々が続いたある日のことだ。

 その日、玄関のベルが鳴るのに答えて私がドアを開けた先に、しばらくぶりに見る透の姿があった。

 「まひるは?」

 「……まだ。」

 ドアの外に立ったまま手短に尋ねる透に、私も短く答える。

 「そうか…。また来る。」

 「もう帰るの!? 最近来なかったのに。」

 「今回は…、あまり成果が無かったんだ。だからこれから、もう少し手を広げてみる。」

 そう言って振り返りかけた透の様子を見て、私は思わず引き止めていた。

 「大丈夫? 顔色が良くないよ。少し休んでいったら…。」

 透は見るからに疲れきっていた。元からバサバサの髪だが、それも既に度を越えてしまい、風呂に入るとか入らないとか、そういうレベルでは無いように見える。

 「いや、いい。これからすぐ知り合いと会う約束が入ってるんだ。航空写真のマニアだから下手な図書館より最新の写真は持ってるし、他にも何か新しい情報が入っているかもしれない。」

 「でも、あまり無理すると透の身体が…。」

 「心配いらん!これくらいでヘバってるわけにはいかないんだ。やるべきことは、まだ山ほどある。」

 「なら私も手伝うから。」

 「前にも言っただろう。お前はここで、まひるを待ってろ。」

 ふと口をついて出た私の言葉に、透は厳しい眼で私を見つめた。

 「まひるは必ず帰ってくる。だから、お前はここであいつを待ってるんだ。そうだろ?」

 それだけ言って、何も言わずドアを閉める。

 その速さに、私は透に声をかけることも出来ずドアのこちら側に取り残された。

 「アイツは…、アイツばっかり…。」

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 次の日から数日間、雨が降った。

 外から聞こえる雨音が続く中、その日の午後も私はだだっ広い居間の真ん中に座り、膝を抱えて窓の外を見ていた。

 朝からずっとこうしている。夜も目立つようにと明かりをつけたまま寝ているから眠りが浅いのか、妙に身体がだるいせいもある。

 窓から見える景色の中に、薄く、もやのかかった街の姿が映っていた。

 手前には駅前の繁華街や大きな道路、その周りに住宅地が広がり、さらに遠くにはプエルタの建物も小さく見える。そういえばプエルタはどうなったのだろう。店内をめちゃくちゃにしてあれだけの騒ぎを起こしたのだ。とても普通に営業できるとは思えない。

 …でもあの後どうなったかなんて、これまで全然考えもしなかった。かと言って自分で見に行く勇気は無い。あそこに行っても、思い出すのはまひると一緒に歩いた思い出とまひるが居なくなった光景だけなのはわかってる。

 透なら何か知ってるかな。次に来たら聞いてみよう…。そんな考えが頭に浮かぶ。

 そんなことを考えていると、いつの間にか雨足が強くなってきていた。どこか遠くから稲光まで聞こえてくる。その事に気がついた瞬間、突然雷が光り、しばらくして音が追いかけてきた。

 音の聞こえ方からすると学園の方かもしれない。この位置からだと見えないが、ベランダから顔を出せばこのマンションからも学園が見えるはずだ。

 そう、ちょっと前まで普通の生徒として通っていた学園。それは私たちが当然のように毎日を過ごしていた場所だった。でも……、まひるが来なくなっていた2ヶ月間は行っても何か物足りなかった。そして、まひるのいない今は行く気すら無い。いつの間にか、私にとってまひるが全ての中心になっていたんだ。そう思う。

 今考えると学園に通っていた事だって、まひるの顔を見ることが目的だったような気さえしてくる。

 「楽しかったな…。」

 膝の間に顔を埋めてつぶやく。まひるがいて、私がいて、透がいて…。昼休みには時々美奈萌も来てたっけ。そう、ああやって集まって騒げたのも、みんなの中心にまひるが居ていつも笑っていてくれたからだった。

 『な、なにゆえ〜〜〜?』『あはははは〜。だって良いかな〜と思って。』『そんな〜。香澄ぃ〜。』『アタシだって〜。黙ってりゃ、キュート♪』……

 あそこでは、いろんなまひるに出会うことが出来た。そうだ、それが楽しかったんだ。屋上でお昼を食べる時にした意地悪。座るのを邪魔したりからかったりしたことも、結局は全部まひるが好きだったからだ。

 全ては、少しでも多くまひるの声が聞きたかったから。まひるの色んな顔が見たかったから。まひるの存在を感じていたかったから。まひるは、笑顔以外にもいい顔を一杯持っていた。コロコロ変わるあの表情を見ているだけで、それだけで本当に幸せだった…。

 そのとき突然、大きく雷が光った。

 少し間を置いて、ピシャン!! ゴロゴロゴロゴロ……!! と光を音が追いかけてくる。いつの間にか雷雲が近づいてきていたらしい。思い出に浸っていた私は一気に現実へと引き戻された。

 気がつけば、窓を叩く雨の音もかなり激しくなっていた。私は顔を上げ、窓枠で四角く切り取られた外の風景を目に納める。窓の外は風と雨粒が飛び交っていた。

 だが少しづつ間を置いて聞こえる雷の音は、少し離れた所を遠ざかっていくようにも聞こえる。私はそう思いながらふと我に帰った。肌の感触から頬が濡れているのに気づいたのだ。それで慌ててハンカチかティッシュを探そうとしたとき…、また窓の外がピカッ!と光った。そしてその直後、思いがけず近くからドンドンドンドン!!と大きな音。

 そのあまりのタイミングの良さに、私はビクッと身がすくみあがってしまった。精神的に立て直しをかける間、ちょっとした思考停止の時間が過ぎる。そして本来聞こえるべき雷の音が遅れて届いたのを聞いてやっと、

 ああ…、さっきの音は玄関の方から聞こえてきたんだ。と気がついた。

 不意の事だったから慌ててしまったが、正体さえ分かれば大丈夫だ。それよりもとりあえず出なければならない。玄関に向かおうと立ち上がり、頬は袖で拭う。

 玄関のドアを開けると、そこから予想以上に大粒の雨を乗せた風が勢い良く入ってきた。やはり外は凄い暴風雨らしい。

 そしてそこには、通路の手すりへ仰向けに寄りかかって空を見上げる透の姿があった。横殴りの風雨が吹きつける中、もはや余すところ無くずぶ濡れになっている状態だ。そして扉を開けたまま驚いている私に気づき、透は首だけ上げて言った。

 「…よお。」

 「…どうしたのよ、いきなりドア叩いたりして。それにそんなずぶ濡れで。」

 「呼び鈴が鳴らなかった。電池、交換してるか?」

 「あ…。」

 言われて初めて気づく。最近は透以外にここを訪れる人間などいないから、呼び鈴の電池なんて考えもしなかった。

 「まったく…勘弁してくれ。ここの通路は吹きっさらしだから、外で締め出しくらうと酷いもんだ。今日はまだ気温があったから良かったが…。雨と風はもう沢山だな。」

 「ごめん…。あとで換えとく。」

 ドアを大きく開き、謝る私。その横をスッと通り抜けた透だったが、すれ違いざま私の顔をチラッと見ると、真面目な顔で小さく言った。

 「…すまん、来るタイミングが悪かったな。」

 ドアを閉め、慌てて顔を拭い直す私。拭ききれていないところが在ったらしい。

 そして全部拭いたのを確認してから向き直った私だが、その時には既に透は普段のとぼけた顔に戻っていた。真っ直ぐ向かった脱衣所から顔を出すと、何も無かったように私に言う。

 「風邪ひくといかんからシャワー借りるぞ〜。………………って、どうした香澄。いつまでもそんなとこで。………覗きたいのかぁ?」

 「だ…、誰が覗くかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 私は廊下をずんずん歩くと、通りすがりざま、脱衣所のドアを思いっきり閉めてやった。

 後ろから透の頭にドアがぶつかる凄い音が聞こえ、続けて中から「ぐぉぉ〜。」とうめく声が聞こえてきたが、私は放ったまま居間へと戻った。

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