「失敗しない家づくり」勉強会 実践塾   
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これはあくまで、個人的な意見として、長年この業界にいて感じていることを書いています。
素材を否定しているとか、個人を誹謗中傷しているわけではありません。


業界以外のこともたまには書いておりますが、これは一般国民の意見としての
心情を代弁して書いているものとご理解下さい。

また、直接の名指しは極力避けておりますが、わかってしまった場合は
寛容なお気持ちで受け止めてください。


                             2020年09月30日まで
                             2020年12月28日まで
                             2021年12月30日まで



コラム1898 2022年06月24日

いろいろありまして・・

 ここのところずっと更新が疎かになっていました。前回書いた環境整備も早く雑草取りをやってしまわないと伸び放題になり手が付けられなくなってしまうし、かといって自分の体は一つだし熱中症の危険はだんだん増してくるしで、そんな言い訳をしながらさぼってしまいました。

今年の一月にコロナ第六波で勉強会を断念しましたが、その後もなかなかゼロになることはなく、直近ではまた増え始まる傾向になっています。外出自粛が出されたりひっこめられたり目まぐるしく”国民への協力”が変わってきています。

もともとここは田舎のはずれみたいなところで密にはとても縁がないような場所ですが、それでも人が集まるようなマーケットなどではマスク・消毒は欠かさず、人ともあまり会わないようにさっさと買い物だけを済ませて帰ってくるように気を付けています。

我が家の孫が感染したその後は誰も感染したものは出ておらず、若干気の緩みも出ていますがいつもの通りにやっていればそう簡単には罹患しないのではと思うようになっています。

5月と言えば、昨年ここの最後になった建物の解体が始まった月でもあります。あれから会社の法人登記の抹消手続きに向けて動いていました。その作業も1月に終わり法的にも会社が消滅し私の作業は全て終わったのでした。ただ、建物がなくなり広っぱになると容赦なく雑草がはびこってきます。

今度はその環境整備に労力を費やすようになりました。まあ、今までは雨天は別として気温もまあまあ作業に支障をきたすような高温にはなりませんでしたが、最近は30度超えの日も出てきて夢中でやっていると気付かないうちにあの世へ逝っていたなんてことになりかねないのでほどほどにしています。

私の母もこの馬渡で長いこと暮らしていましたが、5年前に体力の限界を感じて施設にお世話になることになり、実質ここは無人の隠居所になっていました。昼間は私が出てきて環境整備をやったり保管期限を過ぎた処分できる書類の裁断等をやっていました。

その施設にお世話になっていた母が13日に亡くなり、葬儀やら納骨やらでバタバタとしていました。私は二男で喪主とは違うので当家の忙しさはありませんが、それでも親は現役を退いてから年月が経っているし、コロナの影響で近親者のみでお葬式をやることとしました。

それでも長年商売をやってきた両親や私らの付き合いのある方の弔問を受けるについて、喪主はここに住んでいないし、環境整備でほぼ毎日通っている私が対応をすることになるので”居なければ困る微妙な立場”になってしまいました。

まだ、父の時には母が健在でしたので何の問題もありませんでしたが、その母がなくなった今では仏壇だけがここにあるということになってしまったのです。いずれは兄が仏壇を移すのでしょうけれども今はまだそれもはっきりとせずにいるので私が仮喪主をやっているようなものです。


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コラム1897 2022年06月09日

雑草除けにA

 長年倉庫が建っていて、しかも解体時には重機で均したのですから、いやはや表面が硬いこと硬いこと。正面突破の方法ではグリや砂利に直接当たってしまい、なかなか作業が効率よくいきません。そこでこちらもいろいろやり方を換えてやってみました。

一番良いのは最初だけスコップ2〜3枚くらいの面積を掘り起こしたら、今度は底辺部分にスコップを突き刺すようにして数回ほど同じ個所を攻めます。ある程度くわえの手ごたえが出たところでテコの原理を使って先の部分を持ち上げます。こうすると、表面のガラを避けられて下の黒土とともに塊としてどさっとはがれます。

その次に、そのかたまりにスコップの横腹でみじん切りにするようにしてある程度細かく砕きます。この時に表層に潜んでいるグリなとにスコップがあたるとカチンと別の音がしますので簡単にグリ・砂利などを取り除くことが出来ます。

その状態にしたら脇に寄せてまた次の動作の繰り返しをやります。こうしてたまった仕掛かり状態の土をいったん外へ放り出します。予定した面積を掘り起こせたら今度は振るい作業をやり掘り返した場所へ戻します。

今の若い人は”ふるい”と言われても見たことがないと思いますが、大きな洗面器の底辺部分が網になっていて、網目を通る土だけが落ちるようになっている道具です。そこへまだ固まりの残っている”原料”をいれて手でつぶしながらふるい作業をやっています。これで濾された土は柔らかくあのカチカチの土かと思うほどにフワフワになります。

作業そのものは単純で難しいことはないのですけれど、大きな問題があることがわかりました。それはガラス片です。瓶などのガラスではなく蛍光灯の割れた破片なのです。これが非常にガラスが薄くて小さなものなのでふるい作業の時によく見ながらやっているのですが見逃してしまうものもあり、これを土のダマを最終的に潰し砂利だけにするときに手で転がして均すときにチクッとやってしまうのです。

通常のガラス片は最初にふるうときにある程度大きいので取り除けるのですが、この忍者みたいに潜んでいる極小の破片は本当に危ないものであるというのがやってみてわかります。解体時にはまだコンクリートの床ベースがあるのでそこへ照明器具を落としガラス部分を掃除していました。しかし、箒ではいても小さな破片は漏れてしまい、コンクリートをはがす際に土中に混じってしまいます。

当然のことながらふるいの網目を通り抜けた極小ガラス片はフワフワの土の中にも混じっていると考えられます。そうなるとその後に植える作物の取り扱い時にも指にけがをするのではないかという危惧が残ります。今となってはどうしようもないので気を付けながら作業をするしかありません。分厚い軍手は欠かせなくなります。


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コラム1896 2022年06月06日

雑草除けに

 今日は久方ぶりに低温で雨降り。ここ数日、倉庫跡地の環境整備として草花の植え付けをやっていました。環境整備と言っても名前ばかりで、いかに雑草を生やさないか、草取りを少なくするには何かが植えてあったほうが少なくなるのではないかという単純発想からやっているものです。

周囲を見ても分かるのですが、人家が少なく作物を作っていない草ぼうぼうのところは心理的にごみを捨てやすく、いつも同じような種類の飲み物系・たばこの吸い殻が捨てられています。捨てる人間の心理はエゴの塊のようなもので、いくらきれいにしても同じような場所に捨てていく傾向があります。(親の教育がなってないからだと思っていますが)

なにか物を買えば包装紙には”プラ”系のものが使われており、それを捨てられると何年経っても消えることがなく、ただただ次のごみが捨てやすくなるだけで、こちらとしては”ゴミをためない”とにかく取って取ってきれいにしておくことしか防衛策はありません。

道路ぎりぎりに建物が建っていたときにはそこの隙間へ捨てていくものは少なかったですが、それがなくなり広くなって雑草が茂り出したとたん投げ捨てがひどくなりました。一週間に一度はゴミ袋を持って道路のこっち側とあっち側を往復して拾ってくるのですけど、ほぼ市のごみ袋半分はありますね。

こちら側だけきれいにしておいても道路の向こう側は目につくもので、そっちも拾うのですが畑と道路の間は1mくらい空いていてそこが雑草の生える場所になってしまい、そこをめがけて捨てていく輩が多いのです。結局、投げ捨てる側は草むらがあればどこでもいいという感じなのでしょう。

まずは道路の境に何か草花を植えようと、昨年の秋に、自宅からよく繁茂して増えすぎた分の芝桜を持ってきて一列植えてみました。もと倉庫だったところなので砂利が多く難儀しましたが少しづつ除けながらまずは初段回終了。重機で整地したところなので表層15cmくらいにグリ石・砂利が多くあって植物の植え付けにはこれを除去しないと何も出来ないなと思いました。

まあ何かを植えるにしてもこれらを除去するのが先の仕事だなと思い、今度はタタミ4畳くらいのスペースに限定してグリ・砂利の除去作業を始めました。今現在は4か所目を作業にかかっており、ほぼ道路側に面した部分は完了近くなってきています。なにせ、元は畑だと言っても60年以上木材倉庫が建っていた場所なので、土は非常に固く、スコップでちょっとづつ崩しながら”耕し作業”をやっています。


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コラム1895 2022年05月25日

今頃になって・・

 コロナの勢いも一向に弱まることなく、毎日500人前後の感染があったと報道されています。我が家の孫も3月13日に感染がわかり大変な思いをしました。それ以後、他のものが感染したことはないので安心とまではいかないのですがしっかり基本的なことをやって生活しております。

当の本人はコロナに感染したことさえ覚えていないくらい元気に飛び回っていますが、若干免疫ができたとは思っても型が変われば未感染者と同じわけで気を付けるに越したことはありません。

3月の11日(金)夕方に熱を出し、3日間下がらず翌12日(土)に県から紹介された市内のクリニックへ行って検査してもらい、陽性であることが判明したのは翌日の13日(日)でした。感染症防止の法律が平成10年に出来ていたそうで、医師からも保健所に連絡が行ったようです。

そこには就業制限解除日が書かれてあり、違反したものには50万円以下の罰金が科せられるとありました。まあ、それは法律ですから良いとして、その保健所からの知らせが来たのが5月の19日でした。しかし、書面の日付は制限解除日の3月21日となっており、約2か月間ものあいだ、いったいどこをどのようにうろついていたのでしょうか。

たしかに感染が分かった時には医師から行動制限の日にちや家族の生活などについて指導がありました。そのお蔭で二次感染が出なかったのでしょうが、医師から連絡が保健所に行って保健所が即就業制限と解除日をすぐに通達したとなると、この通知書はいったい何の意味があったのかということです。

料金別納の郵便でしたから日付等はわかりません。でも受け取ったのは5月19日です。ものごとには何にでも”やることに対しての意味”があると思います。でも、この通知に関してはまったく意味が分かりません。まだ、罹患証明書というならそちらのほうが合っていると思うのですが”就業制限”と書かれてあるからには2ヶ月も過ぎてから届く様な通知に何の意味もないと思うのです。

まあ、あちら側としては形式上やることはやっておかないと後から指された時に「やっておきました」と言えるようにするため、日数はどうでも役に立とうが立つまいが通知しましたという実績を作ったのでしょう。

これだって、忙しい忙しいと言いながらやる作業なら省いてしまってもよさそうなものだと思うのですが、それは後世に残す資料として保健所はきちんとした仕事をやっていましたという証明作りの作業なので不可欠なのでしょうね。こういう事態なのでケチをつけるつもりはありませんが、もうちょっと頭を使って仕事をしてもらいたいなと思います。

まあ「私は3月21日に郵便は出してます。それは郵便の配達に問題があったのではないでしょうか」とか言うんでしょうかね。


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コラム1894 2022年05月03日

長い渋滞

 毎年、5月になると世間はゴールデンウィークとかでどこかへお出かけになるようです。滅多に渋滞など起こらないこんな田舎でもこの時期には気を付けないとつかまってしまいます。

私の場合は自宅からここまで来るのに裏道を通ってくるのでまずそのようなことはありませんが、この建物(一応2階建て)から見ているとネモフィラ目当てなのか遠方からおいでになる方の渋滞が連休の行事みたいになっているのが見えます。

まあ、テレビであれだけ宣伝してしまうのですから「よし、じゃあ行ってみよう」と思ってしまう人もいるのでしょう。その数たるや半端ではありません。

ここでこれだけ混んでいるということは、この先に公園入口の交差点があるのですが約1km、そしてそこを曲がってから公園西口のT字路までが約1km、さらに駐車場入り口まで800m。まあそれもこれだけ渋滞していれば入れるのかどうかも分かりませんが。

先ほども、目の前のバイパスでトイレが間に合わないのか、子供さんが畑の隅っこで用を足していました。みなさん常磐道を使っておいでになるのでしょうから、高速での渋滞と降りてから公園までののろのろで大人だって参ってしまいます。友部のSAで用を足して来た方はまだよいとしても通過してきてしまった方は苦行になってしまいます。

いますでに2時、あとどれくらいかかるのか、途中にあるのはコンビニが二軒しかありません。ちょっとした買い物は出来ますが果たして今日中に着くかどうかですね。


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コラム1893 2022年05月01日

忘れたころに・・・

 なかなか新型コロナの感染が減りません。毎日のニュースでも1000人を超えている数字が流れてくると不思議なことにその数が深刻な数字に見えなくなってきています。

当市でも自衛隊駐屯地のクラスターからその家族を経て近隣の学校へ、またその先で連鎖的な飛び火感染で20〜30人と下火になりません。

あのクルーズ船の感染騒ぎのころは感染即命が危ないという捉え方で見ていました。実際に命を落とされた方も多数いらっしゃいましたが、今では3回接種も進んできて、かかっても軽く済むということがわかってくると恐れ方もずいぶんと違ってきます。

とくに身近に感染者が出て、うちの場合は学校からもらってきたようなものですが、それを経験してしまうと実際に体験してみてという変な自信みたいなものがついて、さらに捉え方が変わってきました。

前政権で話題になった布マスクの廃棄問題でまたもや厚生省がたたかれ、それならば希望の方へ配布しましょうということになり、募集したらあっという間に在庫の3倍もの希望数が出てしまい、これまた困ったことになったと言われ、あっちを向いても文句の山、こっちを向いても同じことになり、結局は希望数を半分以下に抑えて送りましょうということになったようです。

それがたしか、2月のころだった気がしますが、忘れていた今頃になってこちらに届きました。私の出した希望枚数は200枚、それに対して来たのは97枚、いったいどういうふうな計算で荷造りしたのか、もともとも数字が本当に8千万枚しかなかったのか確認のしようもありませんが届いたのはこれだけでした。

一枚一枚小袋に入っていて清潔そうに見えます。それがさらに40枚でワンパックのまとめになっていて、それらが二つとバラで合わせてその枚数でした。添え紙も入っていて、ご丁寧に洗濯のしかた乾かし方保管の仕方まで事細かにご指導が書かれており、担当者としては充分気を遣ったのだと思います。

まあ、その内容については良いのですが、その前の布マスクを一人当たり2枚配布するといった大きな判断については、いまだに愚策としか言えないことには変わりありません。過去に、孫たちが学校からマスクをもらったと持ち帰ってきて以来、配り終えてしまったのだとばかり思っていたら、このような廃棄騒ぎになりました。

食品ロスでも民間に”遺憾である”と言っている以上、自分は焼却処分しますでは言い訳が立ちません。無駄にしないと言いながらこういうことになりましたが、総費用的には焼却処分のほうがかからなかったのではないかと思います。せめて宅配便の料金くらい着払いでも良かったのではないかと思いますね。


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コラム1892 2022年04月26日

良質は口だけA

 いつごろからなのか、住宅は造る・建てるから買うという表現になりました。実際に、ハウスメーカー(以下HM)では商品と言っているくらいですから、商品ゆえに売れなければ何にもならないわけです。

その売れる商品というのは、消費者側から見れば”見栄えが良く時代の先端を行っている感じがして価格が安い”という絶対的条件が付かなければなりません。他にも安全性・耐久性・廃棄性と考慮しなければいけないことがたくさんあるのですが、すべてが性善説で捉えているので選択候補にあがりません。

売るほうはそういった購買条件を研究し尽くしているので、何が看板になれば競争に勝てるのかを知っています。そのもっとも前面に出るのが価格です。見えるのはほぼ同じでも価格が格段に安ければそちらに目が行く。これは当然の行動だと思うのです。ただ、なぜ安いのか追求できる人は少数です。

よく食品は中国産は絶対買わないという人がいますが、それは食品という健康に直結するものだから考えられるだけです。住宅というものに関しては中身が食品と同じには考えていないのでそういった警戒心は働きません。

HMもそういうところは熟知していて他社よりの安い商品開発に注力しているのです。とは言っても、家というものは建築基準法があって、国の決めた基準を上回っていなければ建てることが出来ません。この”基準”というのがクセモノで、大手ほど自社研究した省略法での価格ダウンを承認申請し、建物がどんどん変化していってしまいます。

変化というのは良いほうに行くのなら問題ないのですが、価格を下げるために考案された方法というのは大体が良い結果にはつながらないようにできてます。ただ、それを見抜けるかというと長い期間がかかり、ちょっとおかしいなとわかるまでにはHMの責任がなくなるようになっています。


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コラム1891 2022年04月16日

良質は口だけ

 何を以って”スタンダード”とか”デラックス”とかいうのか。その違いは実にあいまいな考え方のもと、誰の判断で決められたのかもわからず使っているのが現実です。まあ、グッドデザイン賞とかなら昔からあり、どこがその表彰もとなのかわかるのですが、住宅の現場にぶら下がっているデカデカとした垂れ幕なんかはわけがわかりません。

その表彰団体元を調べてみようとネット検索したのですがイマイチはっきりせずに途中でやめてしまいましたが、それにしてもよく恥ずかしくもなく〇〇賞受賞・・・などと掲げられるものです。

そもそもが注文住宅と謳っている規格型住宅だからこのようなまねができるわけで、本当に自由設計で建て主さんの希望を取り入れた間取りならデザイン・品質においても〇〇の賞とかの範疇ではなく、”どこかの誰かが決めた規格住宅だから”のはずです。

品質においてはどう甘く見ても合格点にすら達していないし、いったい何を基準に高品質というのかさえあいまいです。建材メーカーの作った工業製品ばかり使ったものがはたして何年耐久性があるのかもはっきりしていないのにどうしてそう言い切れるのか。無責任にも甚だしい言い方ばかりです。

雨が降っても大型クレーンが吊り上げ作業をやってしまうし、工場でシートをかけてきたことはわかるにしても、現場近くの待機場でシートを外して濡れ放題でパーツの吊り上げ順番待ちをしているのですから、こういう状況を建て主が見たらどう思うのか考えたらぞっとします。

濡れ放題であっても作業を進めてしまいネットで囲ってしまえば例の垂れ幕が堂々と下げられるのですから、おめでたいと言えばおめでたいしお気の毒にもなります。

小学生でさえ雨風が強く帰り道で濡れてしまったら、まず家に着いたら玄関先で乾いたタオルでランドセルや手提げバッグをさきに拭きます。そしてストーブやエアコンの前で乾かすことをやるでしょう。ところが家はそのまま、濡れっぱなして次の作業が行なわれているのです。

もちろん、こんなことは現場を担当している大工さんが掲げているわけではなく会社の方針で行なわれているのですが、実際に現場をやっている人たちはどう思っているのでしょう。

「こんな、中身と言っていることが違っているのに俺なら恥ずかしくてすぐに引っ込めるよ」と聞こえてきそうです。


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コラム1890 2022年04月04日

世代交代の土地売却

 自治会は違いますが100m位離れたところに高齢なおばあさんが住んでいた家がありました。滅多に姿を見たことはなかったのですが、先々月、工事業者と見受けられる人たちがこの家の周囲をきれいに片づけていました。

遠巻きながら垣根も植木も手入れなどほとんどされていなかったので、年齢もあり管理が無理だったのだろうと思っていました。しかし、バタバタと業者がはいったということは何かあったのだなと思いましたが、やはり世代交代があったようです。

もうどこかへ家族を構えて暮らしていた親族の方がこれを機に整理作業に入られたのだと思います。約1週間ほどで家の周りはきれいになり、南面に広がった梅の畑もすっかりなくなり、分譲をされるかのようにカラーブロックで区画がされました。

今の標準的な分譲サイズにすると7〜8区画くらいはとれているでしょうか。すると、その作業が終わるか終らないかのうちに早くも一軒目の工事が始まりました。続いて次々と基礎工事が始まりほとんど”空き”はなくなってしまいました。今の時代にこれだけの区画と面積の土地がすぐにうまってしまったのです。

その中には地元の大工さん・工務店という業者は一軒も入っていません。〇〇ハウスなどのハウスメーカ(HM)やビルダーばかりです。その建ち上がった姿を見てみるとデザインこそ違え、ほぼ同じような建て方・仕様です。通気口のない低い基礎、床が先に作られる、構造体は機械で加工されたビニールのかかったもの。建てば屋根軒は殆どなく片傾斜のものが多い。するとその次には面材がぺたぺた張られ、つぎに白い防湿シートが張られる。

もうそうなると中の工事は見ることは出来ません。何がどのように施工されているのかまったくわからず。ただ、どういう仕様になっているかは見なくても分かるのですが・・。ここのところの雨にどれくらいずぶ濡れになっていたのかは定かではありませんが無傷ということは絶対ないはずです。

近づいてみないと個人住宅なのか分譲建て売りなのかわかりませんが、どれを見ても50歩100歩でほめられたものではないということだけはわかります。まあ、今の時代、みんながやっていることだから不思議にも思わず怖くもなくお任せしてしまうのでしょうが、私などお金を付けられても嫌だなという家ばかりです。

家族を守るために作る家なのに、基本的なことがまったく抜け落ちてしまった結果だけが求められる見た目合格の家が果たして何年間住んだら気付くのか・・・。その時に私はもう生きていないだろうから心配するだけしかできませんが・・・。


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コラム1889 2022年03月29日

コロナの教訓

 何事も経験してみてわかるということですが、見えないものに対して防御をするというものほど難しいものはないと思います。

ワクチンは専門家が担当するものですが、我々の生活では現実的にどのように対策し、徹底するかということになります。人間の行動そのものがウイルスを運んでしまうのですから行動の制限と除菌消毒ということになります。

今回の小学校からのクラスターも含めて、ワクチン接種していない年少世代がバグとなって急拡大してしまいました。ウイルスの性質からすればかかりやすいところからどんどん攻めていくというごく当たり前の拡散のしかただったと思います。

これは植物も動物もごく当たり前のように繁殖という自分たちの勢力拡張にあたり、可能な部分はすべて埋め尽くすということなのだと思います。敵も相手がいなければ自分たちの勢力を伸ばしていけないわけですから、殺してしまったらそこで終わりとなってしまいます。

アフリカのバッタのように大量発生し、作物を食いつくし、どこまでも広がっていく。しかし、その先には別の天敵がいてバッタもまた餌食となる・・。そういった生き物の連鎖というか地球上の生態バランスが常にどこかで起こっているという台風みたいなものであると感じます。

一部には中国で人工的に作られたのではないかと言われていますが、真意は定かではありません。どこの国でも国防という名の武器作りには他国に知られないように研究が進められているものと思います。可能性としては充分にありうることだと思っていますが、同時にそれらをコントロールする力もそれ以上に備わっていなければ我が身も危ないということになります。

そういったあるないのことは水掛け論となり永久に答えは出ないでしょうけれどあると思っていたほうが妥当だと思っています。

いままでにはない、これほど長期にわたって地球的問題になってきた”ウイルスとの戦い”ですが、過去にあった、恐竜の全滅という出来事も案外こういった見えない敵が関係しているのではないでしょうか。

客観的に見ると、人間が爆発的に増えたからそれをエサに急拡大した別の生き物がいたということになるのではないかと地球的規模から見たらそう思います。


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コラム1888 2022年03月26日

ついにコロナがA

 子供の発熱には慣れているつもりでしたが、いざとなるとどう判断していいのか迷います。自分の場合なら、あれが原因かなとかその理由を考えられるのですけれど、目の前ではあふう言っている子供を見て、とにかくひきつけとか起さないように目を離さないことと、手足は放熱するためにフリーにしておくことくらいしかできません。

今回のコロナの特徴は熱が下がらないことでした。他の原因ならスーッと下がるのに全然効かない。対岸の火事のように聞いていたコロナが現実になってみると、自分が感染してしまうことより目の前の孫を何とかしてあげなければと思う気持ちの方が強くてウトウトしながらも身体をさすってあげていました。

後から聞いた話ですが、他の学校もかなり感染者が出ているようで、初期のころだったらもっともっと大変な騒ぎになっていたでしょうが、重症化が少ないとか、無症状の人が多いとか言われだすと、世間でもインフルエンザ程度の脅威しか感じなくなるのでしょう。あの学校でも学級閉鎖だったんだって、とか、身近な人がなっていたと聞いて、予想以上に広がっていたんだなと思いました。

濃厚接触者についても体温が37.5度以上にならないと検査してくれないというし、私などもともと平熱が低いから0.5度くらい上がっても37度を超えません。一律で物事を考えるのもどうかなと思いますが大衆の基準となるとそういう決め方しかできないのだろうなとも思います。

幸いにして、未接種の二番孫にはうつりませんでしたが、過ぎてしまえばインフルエンザと同じ様な対策しかできなかったわけで、これが幸運だったのかきちんと分けた生活をしたから良かったのかはわかりません。

こんなバタバタ騒ぎをしていた間に長男孫の卒業式は出席できず、下の子の修了式も当然ながら不参加。保健所の待機期間を過ぎてから学校に荷物引取りに行きました。

うちでは全員が感染とはなりませんでしたが、よその家ではかなりの数で全員感染となっているようで、そうなると、職場のほうも大混乱になっているのではないかと思います。一人感染者が出ると濃厚接触者は一週間待機ですから、次々となったら気が遠くなります。


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コラム1887 2022年03月22日

ついにコロナが

 いま、学校・保育園では新型コロナのクラスターが起こっています。当市でも陸上自衛隊の集団生活エリアで集団感染が起き、その影響で今度はその家族から、その子が通っている小学校へ、そして他の家庭へと広がりとどまるところを知りません。

孫の通っている小学校でもポツポツ欠席者が出ているとは聞いていました。「何年何組が休みになったって。」「また何組も休みになったよ。」そういう話しを聞いているうちに、ついに三番目の孫のクラスが「7人お休みだって。」と聞いたばかりのことでした。

先々週の金曜日、その孫が「重い、重い!」と言ってランドセルと手提げいっぱいに荷物を持って帰ってきました。「来週からリモートになるかも知れないって先生が言ってた。」と言います。「今日はNも休みだった。」

N君とはいつも下校後、近所の公園で遊んでいた一番の友達です。休んだなどと聞いたことがなかったその子が来なかったということは何かあったなとは思いましたが、今は個人情報ということもあって先生も話してくれません。

その晩、普通にお風呂に入ってさあ夕食というタイミングで、孫が自分で体温計を出して熱を測っているのです。「どうしたの?」というと、「う〜ん、ちょっとね」と中途半端な返事。おかしいなと思っていたらもう熱が上がりだしていました。同時に足が痛いとも言い出しました。

友達のN君も足が痛いって言ってたので、同じ様にサッカーの蹴り方で足を少し傷めたのだろうと考えていました。さあ、それからどんどん熱が上がっていき、38.8度39.0度となっていくではありませんか。この子は小さい時にひきつけを起こしているので急いでお尻から坐薬を入れてまず一回目の解熱剤を飲ませました。

ところがそれが効きません。おかしいなと思っているとついに40度にもなっているではありませんか。これはコロナかも知れないと思い、上二人の兄弟を近づけないようにして私のそばに寝せつけるようにしました。私はすでに3回の接種を受けているし、この際だから何かあっても最小限になるようにと考えました。

一番の心配は、本人とすぐ上のお兄ちゃん(4年生)は、先日接種券が来たばかりで、今月の30日に予約が決まったばかりでまだ一度も接種を受けたことがなかったことでした。


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コラム1886 2022年03月08日

理不尽な侵攻

ここ一週間以上、ずっとロシアのウクライナ侵攻のニュースが流れています。かつてのソ連が崩壊してそれまで力で抑えつけられていた国々が独立し20年以上経ちます。

プーチンはNATOの脅威をあげていますが、各独立国が自由意思で加盟してきたのは他国から何一つ干渉される理由はありません。この男はいったい何を根拠に他国へ侵略行為を行なっているのでしょう。「俺の言うことを聞け」「さもないと力でねじ伏せるぞ」と口だけで脅しているうちはいいですが、この男は本当に軍事侵略を始めました。

日々、平和に暮らしていた家族が突然砲撃を受け、小さな子供がたくさん亡くなっている現実をプーチンは知らないはずはありません。もとKGBのメンバーだったこの男は「通常の脳みそ」は持ち合わせていないようで、社会主義の権力地固めにしか思考が行っていないようで、もはやこの男に説得などという行為は意味がないように思えます。

ドラえもんのジャイアンは怖いお母さんがいるからマシですが、この男にはその役目をする人がいません。戦いは一般市民が被害を受けるだけで、良い思いをするのは軍部と武器商人だけです。民主主義も良いところばかりではありませんが、かといって社会主義・共産主義よりはまだマシだと思っています。

もとソ連時代の兄弟を軍力で従わせる横車は世界から非難されていますが、この男にはないも聞こえていないでしょう。可能性があるとすれば国内から反戦圧力が強まり軍部が抑えきれなくなるか、暗殺されることでしか解決に向かわないと思います。

なんともここ一週間以上侵略戦争の話しばかりで、私の頭もほぼ止まったままでコラム更新どころではないという状態でした。やられて嫌なことは他人にもするなという言葉がこの男には全くないのです。自分もやられる危険の中で身をひそめる経験をさせないとわからないでしょう。

無抵抗のものをミサイル打ち込んで平気でいられるというのはすでに”キチガイ”です。


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コラム1885 2022年02月25日

勉強会終了の自己反省B

 情報発信には費用が掛かります。それをどのくらいかけていくか、かけられるかでやれることが違ってきます。まずはHMがどれくらいの経費でやっているかを知る必要があります。

過去に自分なりに情報を集め自分なりに分析したことがあります。営業経費全体に対してPRのためのあらゆる手段を使った広告料がどれくらいかかっているかです。扱ってる工法そのものが違うし資材も違うので各社ばらばらでしたが、おおよそ22%から27%くらいの売り上げ額に対しての比率でした。

例外的な数字としてはベニヤ板で作っている面工法のHMは資材費率が他よりも低いので、37%を占めるHMもありました。これをあるところで話したら、「そんな比率であるはずがない」と言われたことがありました。しかし、ウソでもなんでもなく”比率”ですから数字的には間違っていないのです。それはまた別の機会に・・。

それぞれの売り金額に対して上記の宣伝経費をどれだけかけているかというとおおよそ6%くらいであることがわかりました。これは家にはまったく関係ない宣伝のための費用として見た場合です。特別な宣伝費をかけたことがない我々からすれば、これは驚異的な数字に見えます。

当初、どれだけの反応があるかなどというのはまったく予想などつくはずもないのですから、一木材販売会社としてどのくらいまでなら情報発信料にかけられるかという出だしになります。結論としてはアルバイトの事務員さん程度の金額までなら何とか商売の中で無理せずに投資できるという判断をしました。

かけられる情報発信料がきまればあとは何を使って告知していくかです。結果として朝日と読売新聞のウィークリー版(ミニコミ誌)を使うことにしました。あとはどれだけの人が集まってくれるかです。なにしろ初めてのことですからいつまで出来るのかもわかりません。何も反応なしでどこまで我慢できるかという問題が大きくのしかかっているのです。

自分の心の中では「3年やって何も反応がなかったらやめる」と決めていました。


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コラム1884 2022年02月22日

勉強会終了の自己反省A

 ビジネスの世界では、情報の発信というものは商品などを知ってもらい購入してもらうという大きな目標があります。NHK以外の民放・新聞は100%この情報発信の手段として利用されています。これらの仕組みはここで説明するまでもなく日常当たり前のように行われていることです。

これを従来の我々の業界で利用度合いを見てみるとほぼゼロに近いくらいなにもPRしてこなかったのが現実です。一方で後発組のハウスメーカー(以下HM)・ローコストビルダーはこの宣伝に並々ならぬ資力をつぎ込んでいました。消費者が何を考えどう行動をとるのかを考察しつくしてまず知名度を上げることに注力してきたのです。

消費者というのは普段から受け取っている折り込みチラシや新聞・ラジオ・テレビのCMをどれだけお金をかけて送出しているかなどという意識はほとんどありません。一個数百円のチョコレートがどれだけの宣伝費をかけながら売られているかなどということは考えてもいません。

現実には大変な料金がわずかな金額の商品にも含まれて取引されています。しかし、我々の業界ではそういった意識すらまったくないまま今日まできてしまいました。最終的には一軒で2000万円ほどになる家でも宣伝費ゼロです。金額が大きいのだから余計なものはかけられないという意識があったのかなかったのか、私はそれ以前の意識がなかったからやってこなかったというのが正しいと思っています。

我々も最初の壁がこの宣伝費(告知料)でした。自分たちの良さをPRしようにも業務の中で不特定多数の消費者に伝えようという意識がないのですから「そんなもの無駄だ」で片づけられてしまうのです。業界全体がそんな考えだし、うちの会社も誰一人として私のような意見にイエスとは言ってくれませんでした。

うちの会社は(とは言っても個人会社みたいなものでしたが)親父が社長でその子供たちは配達を担う従業員と同じでした。ですから、毎日の作業というのは他の従業員と同じ入出庫・配達の業務の日々繰り返しでした。その中で私は、たまたま事務処理をやっている年配の方が朝の出勤の時に交通事故にあってしまい、その作業をお前がやれと言われ帳簿も見る立場になったのでした。

そうなると、いやでも財務の内容を知ることになります。父親は根っからのケチ親父で決算申告まで自分のところでやっていました。その作業もそっくり私のところへどんと転がり込んできました。高度成長期の忙しさに他の人がやっていた事務作業までやるようになってしまったのですから、当時の私はパニック状態なんてものではありませんでした。

でも、そのお蔭で会社の資金状態が把握できて”お金を動かす”というマネジメントの端くれみたいなものが身につきました。


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コラム1883 2022年02月21日

勉強会終了の自己反省@

 こういう表題を書くと何かお手盛りみたいな感じがしますが、1月で終了した当会についてこれまでにつながりの出来た皆さんからお手紙・お電話・Eメールやショートメール等たくさんのお言葉を頂戴いたしました。心より御礼申し上げます。

スタートが1996年12月でしたから実質97年としてもたっぷり25年間やらせていただいたことになります。この間、3.11地震の時をのぞいて休むことなく開いて来れたというのは強運というか非常に恵まれていたと思っています。

しかし、始まりがあれば終わりがあるというふうに個人的な組織ではいつしか行きつく先が見えてしまいます。ただその間に何も継続的なことをやってこなかったのかと言うとそうではなく、いろいろ声をかけて同じ方向を向いて良い住宅を供給するという立場から同様の活動を働きかけてきました。

そういったことはやるにはやってきたのですが、残念ながら当会のような動きは、まったく出なかったわけではありませんでしたが、単発で終わってしまい、いまだに続けてこれたのは私のところだけでした。冷静に分析すれば数々の(やる側の)ハードルが高かったのではないかという点です。

この業界は自己PRなどほとんどしてこなかった”ルート販売”の形態でした。お客様と言えば(販売店の場合)大工さんであり、工務店でした。いわゆるBtoBの業者から業者への商売で末端の消費者である建て主さんとのやり取りは必要のなかった立場でした。

俗にいう、ルート販売というものでしょうか。その業者に対して密に接し常に新しい情報と利益になる商品を紹介し続けること。それが自分たちの営業であり商売の基本になるものでした。結果的に営業の対象である業者が一般の不特定多数の建て主さんとの接点取りが劣っていたゆえに、いくら熱心に通ってもモノの流れが消滅の方向にしか行かなかったのです。

そういう決まりきった特定の業者への販売は、不特定多数の幅広い消費者の皆さんへの情報の出し方とは異なるものでした。そういった経験のない世界でハウスメーカー(以下HM)は多額の宣伝費をつぎ込みながらじりじりとシェアを拡大していったのでした。要するに見ている先が違っていたのです。

結果としてはご周知の通りHMとビルダー合わせて95%近い占有率を誇るまでになり、我々従来の木造建築のものは風前の灯状態にまで衰退しました。ただ、ここでシェアだけの問題であれば我々も時代が変わったで済ませられたでしょうが、その中身を見れば見えているものの裏側のすり替わりようがあまりにも素人騙しをしたようで納得がいかなかったのです。


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コラム1882 2022年02月17日

教員の不足

 いつからなのか、教員不足の話題は年々深刻になっているようです。思い返せば私らが小さかった頃の学校と言えば、夏休みは先生も休みで当直以外は家にいたような記憶があります。

いまでは夏休みも冬休みも出勤してきて業務に追われていると言います。教えていることは当時の記憶よりも薄っぺらに感じるのですが、先生の業務(作業)内容ははるかに多いようです。

もちろん、定期テストはあったし進路指導などもありました。教検テストなるものもきっちりやった記憶があります。県で何番とか張り出されて一喜一憂した記憶もあります。

当時、先生は権力も持っていました。革靴から作ったスリッパをはいて、なにか悪いことをした生徒はその堅い底でパカンと叩かれたこともありました。そんなことはしょっちゅうあったし、今のように保護者が学校に怒鳴り込むようなことはなく、「お前が悪いことをしたからだ」と逆に生徒が二度怒られていたのが普通でした。

いつからなのか、暴力はいけない・話して説得しろ・・となり、生徒は先生が手を挙げられない、叩いたら先生の方が悪いという考え方に変わりました。

それによって現状はどう変わったでしょうか、口で言って100%わかって問題はなくなったのでしょうか。逆ですよね。子供は相手が暴力を振るわない・かかってこないとなれば調子に乗って余計に悪乗りします。結果的のこういう子供をつけあがらせただけになりました。

一般論としては、逆上して我を忘れたような暴力はいけないと思いますが、それでも昔の先生の振る舞いで学校がめちゃくちゃになったということはありませんでした。

子供だって自分のやったことは悪いとわかっているはずです。そこで誰も叱らない、周りで悪乗りする子供がいたりしてますます悪さがエスカレートしていく。それでも一切手を挙げられないとなれば子供は相手をなめてかかります。

あれもいけない、これもいけないと手足をもぎ取られたような環境で子供に舐められて親から怒鳴り込まれて、それでも清廉潔白に法律を守って”暴力はいけない”を盾にとられて、我々からすればやらなくてもいいような業務ばかり増えていって、その挙句に体調を崩してうつになっていってるという悪循環を感じています。

私的意見ですが、先生には警察と同じような権力を与えて、そのうえで行き過ぎは絶対ないような監理をしていくという方針に変えて言ったほうが良いと思います。

優しさと強さはあわせもって初めて周りと融合・協調出来ていくものと思っています。やさしいだけでは生きていけません。そういう教育をしておいて、その先にいきなり競争の世界に放り出されるのですからそっちのほうがよほどひどい扱いだと思います。

今の先生たちもそういった境遇で育ってきた人が現場を担っていると思います。これで問題が起きないという方が不思議です。なり手がないというのもうなずけます。


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コラム1881 2022年02月11日

二回目の雪

 ここ関東地方の茨城では今季二回目の雪になりました。テレビ等では”大雪注意報”まで出て注意を呼び掛けています。幸い、当地ではメインの道路はガチガチの凍結もなく近辺で大きな事故があったという情報もありません。

自宅から仮事務所まで出てくるのにメイン道路はタイヤ接地面にはすでに雪はなく、シャーベット状態のものがサイドに押しやられた状態になっていました。日陰はまた別なのでしょうが日中に日が射しているところではノーマルタイヤでも何の問題もないように見えました。

北海道・東北・北陸地方では例年にない豪雪との報道がされています。昨日もテレビでは雪下ろしの際に落下して亡くなった方がいると言っていました。この地区では雪下ろし経験そのものがないのでその大変さは実感できませんが、分厚く積もった雪をほぼ毎日降ろさなければならないような生活が続くというのは想像できません。

わずか数センチの雪で”大雪”と言っていることが何か恥ずかしくなってきます。このような毎日に地区的なハンディがあることを我々としてはありがたく受け止めていかなければならないと思います。

コロナのほうも一向に収まる気配が出てきません。やることは決まっているのですが、これだけ長く続くと不満も出てくるでしょうけれど、雪国の方たちの奮闘を考えればまだまだ軽いほうであるとポジティブに考えていきたいと思います。


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コラム1880 2022年02月02日

3回目接種A

 私はあまりお医者様にはお世話になっていないほうなのですが、最近は毎年のインフルエンザ、5年ごとの肺炎球菌、それにコロナの予防接種と年に数回ほど訪れています。

前回のコロナ予防接種の時は集団会場でしたので、どこの担当医の方だったのか、たしかT医師がサインをしたと思います。接種は看護士さんがやるので関係ないのですが、それは個人医療機関でも同じようです。

いまは医師はパソコンを見て「ふむふむ・・」と言いながら「じゃあ、〇〇を2か月間分処方しておきましょう」とか患者に触診などをする先生は少なくなった気がします。

時代が変わったといえばはずれてもいないと思うのですが、まったく医療と関係ないコスプレに凝っている方もいますね。今回、接種でお世話になった耳鼻科の先生がそうでした。なぜ耳鼻科で予防接種が出来るのか、最初は不思議でしたが・・。

まあ、話には聞いていたのですが、以前に孫の予防接種とかで訪れたことは記憶にあるのですが、自分自身のことで来たのは初めてでした。待合室にはバレンタインの華やかな飾りつけがされていて、その一部に医師のコスプレについての紹介があり、SNS等でも応援してください・・のようなコメントが書かれていました。

予約の時間を15分ほど過ぎて持たされた呼び出しの子機が鳴り、治療室へ入っていきました。3人くらいづつに分けて接種しているようで、イスが3つ準備されていて呼ばれた順番に座りました。看護士さんからの注意事項を聞いてからすぐに接種するのかなと思っていたら、コスプレ姿の若い先生がでてきて(どうも、大谷翔平さんのマネらしい)「私が合図したらイエィ、イエィと声をかけてください」と言うんです。そしてそれが済んだら「いっしょに写真を撮ってください、スマホをお持ちですか?」と続いたのです。

「私は結構です」
 「どうぞどうぞ遠慮なさらずに・・」
隣の人も
「あっ、私も結構です」と・・・

(いい加減にしてほしいわ、こっちは70過ぎのじいさんだよ)と思いながら、隣の人に小声で「拒否権はないんでしょうかね」とつぶやきました。すると、隣の方も「私も予約がとれたから仕方なく・・・なんですよ」とかえってきました。
結局、この組は誰も希望者がいなくて接種だけしてもらいその後の待機時間経過まで待合室へと退室しました。

医療機関と言えど資本主義の競争の中で生きています。他にない特色を持つということは悪いことではないと思います。コスプレも法律に触れるわけでもなくこの先生にとっては差別化を図る営業範囲なのでしょうが、その時間があったら診察にまわしてほしいよなと思ったのは私だけではないと思います。

他の個人医療機関はいっぱいなのになぜここが申し込めたのかわかったような気がしました。


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コラム1879 2022年01月31日

3回目接種

 毎日新型コロナ感染第6波の数字が伸びています。当県も1000人を超えて都会並になりました。小学校もついにリモート授業となり、子供たちはまた自宅学習が主になってしまいました。ネット環境のない家庭は学校への登校が認められ、孫が行っているクラスにも数名ほどの児童がカメラに映っていました。

出席確認、授業の運営とリモートと言っても言葉で言うのは簡単ですが、その流れを見ていたら大変な作業だなと感じました。客観的に見たら大人よりも人と接する機会は少なく、手洗い・消毒・うがいと徹底されてやっている環境なのに休校する必要があるのかと思っています。

タブレットを操作する孫は目にもとまらぬ指の運びで、こっちは「あれっ、あれっ」の連続で、完全に歳の差を感じています。習うことは未来形のことですが、この操作に関しては完全にコントロールしているという感じで次々とタッチしていくパネル画面の変化についていけません。

今の子供たちはこういった機器をテレビリモコンと同じように操っています。それについてはもう我々は過去の人になっています。それでも、ノートとかに書いている文字はまさしく〇年生のレベルですからいったいどっちが本当なのかわからなくなります。

世間では、すでに3回目の予防接種券が配送されていて私のところにも届きました。評判(人気)ではファイザーが多いようですが私はどちらでも構わないので、ネットで探してみて予約がとれるところで申し込むというかたちで先週に接種を受けてきました。

ただ、申し込みで予約がとれた医療機関が個人の耳鼻科でした。何科でもいいのですが、これがちょっと変わった耳鼻科で困惑しました。まあ、接種そのものはきちんとした接種なのでしたが、その前ふれが・・・・。


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コラム1878 2022年01月28日

迷探偵ご難

 1月16日に書いた環境整備(ゴミ拾い)で気づいたことですが、ごみを捨てていく場所とその銘柄に同一人物であろうと思われる点が見られます。

いったんきれいにしてしまうと、いつごろ次のものが捨てられているかとか、その真新しさと捨てる方向でどちらへ向かって進んでいるときに捨てられたものなのか何となくわかってきます。

人は飲み物にも好みがあり何を好んでいるか拾い続けているとわかってきます。通り一片の人なら連続性はありませんが、いつも同じような銘柄が捨てられていると通勤者の車から投げ捨てられていると感じます。もし、同乗者がいるとしたら同じような身勝手な人間でない限り注意されるとかするのではないでしょうか。

そうなると、単独犯の可能性が高い。進行方向どっちに捨てるかというと助手席の窓から放り投げるより運転席から畑に向かって投げるほうが確実であるはずですから南北道路なら東の畑へ捨ててあれば北へ向かって走行した車から投げ捨てた可能性が高くなります。

方向がわかれば、どのくらいで飲み干して不要になったか。つまり、買い求めてから飲みきるまでの時間を逆算すればおおよそどこのあたりで飲み始めたのかわかります。その付近のコンビニの監視カメラをチェックすれば犯人は割り出せるのではないかと・・・。

そんなことより、捨てられた缶から指紋を検出して犯人逮捕に踏み切ればいいかとか・・・。まあ、缶あたりは良いですがマスク・ティッシュの投げ捨ては嫌ですね。感染者が付けていたのか鼻をかんだのかわからないような、このコロナに敏感な時期には素手では触れられません。つねにハサミバシでつまんでいますが缶とかペットボトルとか区分けしてゴミに出さなければいけないので気を遣います。

防止策としてパトカーあるいは警官の実物大パネルでも設置しないとダメでしょうか。


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コラム1877 2022年01月24日

冬でもしぶとい

 昨年の5月に北側の倉庫が解体され、隠居所を残してすべて更地になったわけですが、なったらなったで雑草が遠慮なく伸びてきて環境整備の草取りが大変でした。

残務処理をやっている隠居所二階からはその伸び具合がよく見えて、「ああ、あそこのあたりを集中的にやっておかないといけないな」とあたりをつけて除草作業をやってきました。さすがに真夏には体力が持たないので除草剤に頼りましたが、寒くなってくるとその勢いも少なくなってきて、新芽が出たらちょんちょんとつまんで処理する程度で何とかなっています。

それでも、きれいになったような感じがしていても、下に下りていって近くで見てみるとあるんですねえ。しぶとくステルス性の目立たないような草が・・。その生態というか、根性というか、こんな寒中でもしっかり根をのばして霜柱にも耐えているんですね。

その根の特徴というのが、ごぼうみたいにタテに地中深く入っているか、横にふわふわとした根を地上に出ている自分の量の何倍も広げて零下の地べたにも負けない対抗策をもって生き延びていることです。こういう植物にも硬派と軟派があることを知りました。

まあ、人間と比べたら何としぶといことか。暑い寒いだの贅沢なことばかり言っている自分と比較すると、カチカチに凍るようなところで春を待っている忍耐力。まったく生きている世界が違いますが尊敬してしまいます。

ま、そんなことは言っても草は草です。容赦なく見つけては取り、見つけては取りを繰り返していますが・・・。


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コラム1876 2022年01月19日

近所のアパート工事A

 いまや、選ぶ方の人(入居者)も斡旋業者も”見てくれ”の良さで優先順位を決める傾向があります。スマホでのリモート物件案内などのサービスも出てくるとますますその傾向が強くなります。それゆえに写真映りが良くないと入口ではねられてしまうことになります。

賃貸業もビジネスですから競合に勝たなければならないのは理解できるのですが、化粧するための費用を圧縮するためにとられる方法がちょっと手抜きに近いようなものに見えるのは私だけなのでしょうか。

この物件は大通りから入ったすぐのところに建っていて、歩いていてもその距離は1mも離れていないくらいに目視が出来ます。遠くからではわからないことでも近づいてみればいろいろ問題点が見えてきます。

まず、この外壁はヨコバリであること。それゆえに濡れた場合にその重なり目が非常に乾きにくいことです。コーキングは10年もすると弾力性がなくなり、継ぎ目部分のどちらかが切れて雨水が裏へ回るようになります。

そうなるとこの時代には防風防湿シートが施工されているはずですから、それを留めている立てドーブチは腐りが入っているはずです。たとえそれがなかったとしても窓回りには毎回しみ込んだ雨水で柱や窓台(サッシを受けている上下の部材)がやられていると見たほうが妥当です。

これが立て張りならまだ水コケが良いのでヨコバリよりは長持ちするのですが、こういった工事をする人には経験を積んで作業をしている人以外は紙の上だけで勝てるような提案しかしないでしょうから言わずもがなです。

運び込まれた外壁材も二色あるようでベランダ部分は明るい色のものが張られていました。ここもセールスポイントの一つなのでしょう。たしかに”センス”だけは一般職人と違って鍛錬されているようですが、内部事情までは考慮されていないのがわかるので、見ていてとても残念に思います。

メークアップして入居率をあげようと思ってもそれは今の時代ですから確実に推移するかどうかは疑問です。こういう工事をやるかどうかの判断は難しいのは間違いないですが、私なら別の方法でしのぐと思いました。

掛けるお金と得られる効果はビジネスでは大切です。こういった賃貸業の場合も例外ではないと思います。本当に状況把握をしっかりやって、そのうえでどのような方法があるかを提案して大家さんが最終決定をするというのが良心的な勧め方だと思うのですが、残念ながらここの場合は違っていたようです。リフォーム業者の勝ちですね。


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コラム1875 2022年01月18日

近所のアパート工事

 最近、近所の木造賃貸アパートで外壁の張り替えをやっています。正確な言い方では”張り足し”ということになりますが、今まで張ってあったものを除去しないでやってしまうんですね。

このアパート(APT)は築25年以上は経っていると思います。外壁はヨコバリでタイル模様、近くで見ると継ぎ目の間隔も小指一本くらいあって、最近はコーキングも切れて本体が浮いていたり小さな割れが生じていたりして見苦しかったです。

二週間ほど前から工事用単管の足場が組まれたので、解体作業でも始まるのかなと思っていたら違いました。何やら二人くらいの職人さんらしき人がきて、切れたコーキングなどを詰め直していました。その数日後には張り替える(張り足す)新しい外壁材が駐車場隅にドンと積まれていました。

不思議なことにこの現場にはゴミ処理用のバケットが設置されていません。よく見るとどうもこの作業者の方の軽バンに切端材をきれいに積んで毎日持ち帰っているようです。なるほど、それでこの現場には廃棄用バケットがないのかと合点がいきました。

まあここまではこのリフォーム会社のやり方なのだろうと見ていましたが、その作業内容は違和感を感じるものでした。最初に書いたようにこの建物は25年以上経っていること、それでこのような工事をやるということは下地まで相当傷んでいると解釈すべきです。

その作業を見ていると、従来の外壁をトントン叩いて音を確かめているのです。もちろん、当時は金物施工などの方法はありませんでしたから、釘の頭が目視でも確認できるはずです。作業者は年数からして下地が傷んでいることは承知のうえで上張り(うわばり)が可能かどうかチェックしているものと思います。

ただ、こういう確認作業はどういう工事方法でやるかを決定する前にしっかり調査すべきもので、それをこの会社は確認したうえでこの工法を選んだのかといったら、少々疑問です。私らが状況を判断してみたら、年数から言っても従前の外壁は撤去、その上で下地の腐朽状況を確認、窓回りのコーキングをすべて新しいものに換えて、出来れば防湿シートも張り替える・・といったことを提言します。

しかし、ここは賃貸アパート、大家さんも修繕費用が安く済む方法を優先させてしまったのでしょう。業者の勧めるままに決めてしまったのは手に取るようにわかります。かなり入居率も低かったこのアパートで道路からは良く見える、学校も近いとなれば、残るは真新しさつまり”見栄え”です。

不動産屋さんと業者から一番安くする方法を言われ見栄えが良くなれば入居者も増えると話されれば軽くゴーサインを出してしまうでしょうね。


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コラム1874 2022年01月16日

環境整備

 上記のようなことを書くと何のことかと思いますが、要するに”ゴミ拾い”です。以前は道路沿いに建物があり、それに向かってゴミを投げ捨てる勇気のある人は”恨み”を持った人くらいしかいないでしょうが、今は事務所も倉庫も解体して道路沿いは何もありません。

そうなると、人の心理というものは不思議なものでとたんにゴミの投げ捨てが始まります。週に一回くらいは道路のあちら側とこちら側を清掃するのですが次に拾う時には同じようなゴミが同じようなところに落ちています。推測するに車や自転車で通る人が、どこかで買って飲んで食べて、その後にちょうど良いところとなって捨てるというパターンが見えてきます。

こういう人に、家庭内の教育はどうなっているんだと言っても、たまたま一回だけのことではないのですから効き目はないでしょうね。次に捨てる時になって、前に捨てたものがきれいになくなっているとしても”誰かが掃除してくれたんだな”などとは絶対想像もしないでしょう。

捨てられるもので厄介なのはたばこの吸い殻です。この吸い口についているフィルターなんですが、喫煙者にニコチンの量を少なくして健康を守る的な配慮でつけられているんでしょうが、どうも考え方がおかしいと思います。それだけ健康に配慮してくれているなら、ついでに環境にも配慮してもらいたいと思います。

少なからず、喫煙者の中にはきちんと始末して迷惑がかからないようにその辺にポイ捨てはしないと思うのですが、捨てられている量を見るとかなりの人がやらかしていると思います。まあ、モラルがないから簡単に捨てるのでしょうが、もしこれがある程度の期間で土に還るか自然分解するような物質だったらこういった問題はなくなるのではないかと思うのです。

健康のために吸い過ぎに注意しましょうとかの宣伝文句は聞きますが、その気があるのならふとどき者に対しての罰としてフィルターなんぞ付けないでもらいたいと思います。いかがでしょうか。

マイクロプラスティックが自然界で悪さをしていると盛んに報道されていますが、私的な意見を言わせてもらえれば、このフィルターが昔から厄介な原因になっていたと思います。溶けない腐らない、小さいから水路に流れ出るとやがて海まで流れ出て亀や小魚が食べて負の連鎖を起す。

少なくとも商品を作っている人は、このくらいのことは設計に折り込んでほしいと思います。昔はキセルで葉だけを詰める、普通の煙草もフィルターなんぞはなかった。よっぽど昔のもののほうが自然にやさしかったです。


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コラム1873 2022年01月13日

残念なお知らせ

 第6波といわれる新型コロナ・オミクロンの勢いは過去にないようなスピードで拡散しています。2回接種の人でもまた感染してしまうというのですから3回目を待っているうちにやられてしまうかもしれません。

当勉強会も毎回ヒヤヒヤしながら開いていましたが、ここにきてこの状況では二の足を踏んでいます。場所をお借りしている市場会社でも、もしこういった会から感染者が出たらとピリピリしていると思います。

”たら・れば・・”の世界ですが、あの時やっていなければと後悔するよりも早めに手を打って防御をしておくのも一考ではないかと関係者の方と協議してきました。差し迫った”不要不急の問題”ではないし、これによってもし万が一感染被害が出た場合を考えるとやむを得ない結論であると納得しました。

ということで、この先いつになったら改善するのかも不透明であり、長く続いた家造り勉強会ですが当月を以って終了することを決断いたしました。長い間、ご参加・ご支援いただきましてありがとうございました。心より御礼申し上げます。


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コラム1872 2022年01月09日

今月の勉強会

 当県もあっという間に100人を超えてしまったコロナですが、完全なる第6波で間違いないですね。当市はまだわずかですが、こればかりは人の行動ですから予想すらできません。

こんな微妙な状況になってしまいましたが、今月も勉強会を開くことが出来ました。参加者は少数でしたが意見交換も出来て有意義でした。テーマは「設計の考え方」というなかなか?みどころの難しい分野ですが、それなりにご理解いただけたものと思います。

それよりも一番気になるのがこのコロナの急激な増え方です。たった数日でこれだけの数字になってしまうとはウイルス恐ろしやと言わざるを得ません。医療関係者ではないので先読みは出来ませんが、素人判断としてもこのペースで拡大していくと天文学的数字になることだけはわかります。

状況次第でしょうが、自分としての出来ることをきちんとやっていくしかありません。来月は開催できるかどうか様子を見て判断したいと思います。


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コラム1871 2022年01月06日

第6波

 去年から言われていたオミクロン株の第6波が本当に来てしまいました。当県でも昨日には16人の感染。うちオミクロンが何人かはわかりませんが、1人とか2人とかで推移していたものが2ケタになってきてしまい、完全に都市圏からの波及であると考えて間違いないと思います。かといって、自分でどうするのかといっても今まで通り”人ごみに出かけない・マスク・消毒”をこまめにやっていくだけなのですが・・。

孫たちも今日から学校が始まりました。書初めや宿題のノート、給食の用具など目いっぱい詰めた大きな袋を下げて登校していきました。もう二年間コロナに振り回されていますが、今度のオミクロン株というのは肺の奥までは浸入せずに気管のあたりで悪さをするタイプのようです。

そうなると素人の判断ですが、これまでのインフルエンザと大して変わらないのではないかと思ってしまいます。空気感染と飛沫感染の違いはどうなのかもよく理解できていませんが、症状が軽いならそれなりの対策をして通常の生活が出来そうなものではないかと考えるのですがどうなのでしょう。

三年目ともなると、どこのスーパー・コンビニに入るにしてもマスク・消毒は当たり前にやっていることに気付きます。その徹底ぶりはよその国と比べても格段の違いがあると感じます。ぜひインフルエンザとの罹患数・症状の違いを報道してもらいたいものです。

北朝鮮ではまた飛翔体をぶっ放していますが、個人的にみてもこれからは核の争いよりもウイルスとの戦争のほうが深刻さを増してきている気がします。人間だけがこの地球を牛耳っているわけではなく、ほかの生物も同居しているのですから、国境がどうのとか、昔は俺のものだったとか言っている間に見えない敵に制圧されてしまう・・なんてこともあると思います。

人間の持っている免疫力を高め、足りない部分は薬剤に頼って現実を乗り切るという基本的なことで自分を守る・・。これしかできません。


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コラム1870 2022年01月04日

新ページでスタート

 あけましておめでとうございます。年末からけっこうな寒気で完全凍結まではいかないですが室内の水道がシャーベット状態になっています。北陸北日本では雪が多く除雪作業が大変だと悲鳴を上げています。

その点、当地は春先の重たい雪をのぞいては滅多に降らないのでありがたいと思います。農家では毎年この時期には干し芋の生産が行なわれており、今が一番のピークになっています。

昔は未舗装の道路わきで土ぼこりが立って噛むとじゃりっとするような今とは比較にならない品質でしたが、完全に舗装道路となり、畑にはほこり除けの麦がばら蒔きで育っているため、かなりの風でも吹き上げられることはなく品質の良いものが出来ています。

何といっても近年の品種改良で甘みのある粘っこい黄色みのいかにも”ゴールドの干し芋”といった感じのものが出来ています。ま、乾燥の状態が続いていますが、当地ではこの時期だけは「お湿りが欲しいですね」などとは言ってはいけません。

地域性と言いますか、雪の降り終わった空っ風のカラカラ空気が当地にとってとても大事になっているなんて雪国の方には悪いですがとても恵みを与えてくれる風になっています。

巷ではオミクロン株がひたひたと近寄ってきている感じがしています。何をどうするのかと言っても今まで通りの対策しかできませんが何せ見えない敵ですからどこで誰と接するにもマスク・消毒・手洗いを徹底していきたいと思います。

また今年1年当コラムをよろしくお願い申し上げます。


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