1月


1月31日
今日は、以前から関わっている予研=感染研裁判の会新年会。と思って出かけたら、時間を間違えていた。会場について手帳を確認すると、手帳には確かに時間を書いている。その時間を間違えて覚えていたのだ。なさけない。少し時間をつぶして再び会場に行く。この会の世話人でもあり、役者でもある方が気を利かせてくれて、少し映画の公開についてアピールさせてもらう。そのおかげだろうか、ポレポレ東中野のチケットを8枚買ってもらえた。微々たる数のように思えるかもしれないけど、自分にとってはありがたいことだ。加えて、都内でもかなり昔からある都営住宅群である、戸山ハイツの某自治会長さんが、戸山ハイツ内で知った方々にチラシを配ってくださることになり、可能ならポスターも貼ってくださるそうだ。昨年5月東京で上映した時に、戸山ハイツに住むある方が見てくださり、「戸山ハイツとも共通する部分がある」と語っていたので、少しでも足を運んでくださる方がいるとうれしい。また、「多摩ニュータウンに親戚が居るからチラシを送っておく」と声をかけてくださった方もいた。前作は直接関係がある作品だったので、それこそものすごい勢いで応援していただいたのだが、今回もこうして助けていただいて、ありがたいことだ。
お酒が入って(相変わらず、私は飲めないけど・・)話は白熱。毎年のことだが、(もう長いなあ)楽しくて刺激的な時間を過ごせました。

1月30日
事務所に行って、諸々の事務整理。
少し時間が中途半端になったが、プロデューサーの伏屋さんと打ち合わせ。用件自体はそれほど長くかからなかったが、映画の話、今後の話を色々したり、聞かせてもらったりした。
事務所に戻って、諸々の発送作業。原田さんが忙しい中、様々な媒体にコンタクトを取ってくれていて、そういうところに資料を送る。事務的な作業ではあるのだが、必ず、一筆書いて送っているので、なんだかんだと時間はかかる。それでも、多分、こういう監督は少ないだろうから、多少は気に留めてくれるかも、という淡い期待もあったりする。
ポレポレ東中野から連絡があり、劇場で撒くチラシがなくなりそう、とのこと。こちらの手持ちも随分少なくなったが、映画館でなくなるのはまずいだろうから、慌ててチラシを持っていく。(事務所が公開劇場に近いというのは、何かと便利ですね、さすがに。)ご存知の通り、『赤目四十八瀧心中未遂』がいろんな映画賞を取っているので、ロングラン上映中。予告編も流してもらっている。少しはつながって来てくれるといいのだが・・。(こういうのを「人のふんどし」と言うのだろうが、自分にとっては幸運だ。前の映画が入ってないと、やっぱり気分的に違うと思うのだ。)
チラシが少なくなったので、増刷も考えないといけないかもしれない。
明日は、いよいよ、パルテノン多摩NEWS2月号が多摩地域でかなりの数新聞折込される日だ。『ニュータウン物語』も大きく扱ってもらっている。私は、パルテノン多摩で上映する”思い”のようなものを書かせてもらった。多くの人が読んでくださり、興味を持ってくれるといいのだが・・。また、先日お会いした”たえのは”(+有志)の方々がポスター貼りやチラシ撒きで精力的に動いてくださっている。本当に、ありがたいやらうれしいやら・・・。ぜひ、ぜひ、輪が広がって欲しい。

1月29日
引き続きパンフレットの原稿関係。
事務所に行って、諸々の発送。
午後3時より、新宿にて某紙の取材。(もったいぶってるわけではないのですが、本当に記事になった時、名前を書きたいと思います。)結構、あれこれしゃべったような気がする。記事になると大きいんだけどなあ。
その後、渋谷に移動してフライヤーを撒く。うろうろしている時に、知った方があさってドキュメンタリー映画の上映をやることをすっかり忘れていたことに気づき、慌てて確認の電話を入れる。チラシを撒いていただけることになったので、急遽、封筒を買って渋谷から発送する。チラシも持ち歩いていて助かった。
チラシ撒き、フライヤー撒きばかりしているように書いて、なんだか大変そうに思えるかもしれないけど、これぐらいはルーティーンじゃないのかな、と思ったりする。莫大な宣伝費もかけられないから、ちびちびとやっているだけだ。
一仕事終えると、昨日の疲労とは違って、今日はなぜか脱力感を覚えた。二日続けてなんなんでしょうかね。

1月28日
どうしたもんだか、尻に火が付いた、と書きながら、疲れていたようで、寝坊。
「やばい」と思いながら、パンフレット用原稿、2本を書く。1本は、このホームページに掲載している、製作日誌の抜粋をまとめたもの。それにしても、約2年間書いていたので、量がたくさんあり、どこを載せるか悩んでしまう。2本目は山陽団地の大まかな解説。映画の主要舞台であるのだから、基本的な情報を載せよう、と思っているのだ。いくつかの資料をひっぱてきて、自分なりにまとめる。
すっかり遅くなったと思いながら、新宿に出かけて、4ヶ所、フライヤーを撒く。(書き忘れたが、昨日は試写をしている間に、銀座界隈で5ヶ所撒いたのだった。)
事務所に行って、諸々の郵送・事務整理など。
フライヤーに記載しながら、まだ届けていなかったので、青の奇蹟にフライヤーを届ける。
家に帰ったら、再び、疲れが・・。そんなに疲れることしてないはずなんだけどなあ。先が思いやられる。

1月27日
今日はやらなければと思いつつ、ついつい後回しにしていた、パンフレット用の原稿に手をつけ始めた。まずは、昨年夏、(もう半年近く前になるのだ・・)作家の重松清さんと対談させていただいた時に文字お越しした原稿を整理する。実は、チラシに使わせてもらったのは、対談からの抜粋なのだ。とは言ってもページ数、文字数の関係からも全文掲載は出来ないし、省いた方がいい部分もあるので、自分なりに削ったり、話を並べ替えたりしたわけだ。こういう時というのは、やっぱり印字して読んだ方がよく分かると思う。久しぶりに読み直してみたのだが、これがおもしろい。パンフレットにこうご期待!
その後、いよいよ最後の試写会へ。約20名の方に来ていただく。もう少し来て欲しかったのが本音だが、こんなものなのかもしれない。5回の試写で計約100名。1600通案内を出したことを思えば、「少ないよなあ」とも思うし、でも100人は来てくれたわけだし、正直言ってよく分からない。試写は終わったけど、これからどれだけ記事にしてもらえるか、しばし活動は続くのだ。付け加えておくと、今日の試写には知り合いの方も来ていて「よかったよ」と声をかけていただいた。こういう声を聞くと、疲れも少しとれるというもんだ。
フィルムを引き上げて事務所へ。一区切りが付いたせいか、脱力感に襲われつつ、細々とやることもある。なんとかこなしていると、原田さんからパンフレットについての電話が入る。予想より、入稿が早まりそう。あれこれ確認しつつ、帰る前にパソコンに向かい一仕事。やばいなあ、なんか尻に火が付いた、というのはこういうことを言うのだろう。宣伝もしつつ、しばらくはパンフレットの原稿とにらめっこする日々が続きそうである。

1月26日
昨晩から兆候があったのだが、朝起きてみるとなんだか風邪のひき始めのように体がだるい。やることはあったのだが後回しにして、少し休む。少し休むと、全快とはいかないがましになった。
気を取り直して、パルテノン多摩へ。今日は、舞台設備等に関する打ち合わせ。準備や撤収についても打ち合わせる。その後、しばし小ホール内の諸々を確認。
刷り上ったばかりのパルテノン多摩ニュースをいただく。私は『ニュータウン物語』をパルテノン多摩で上映する思いのような文章を書いたのだが、結構、正直に書いたので、自分でも少し気恥ずかしい。願わくば、多くの方に届き、映画に注目してもらえるとうれしい。扱いも大きくて、目立つことは目立つ。
事務所に戻ってから、パルテノン多摩でのゲストの方々に、新しく刷り直したチラシ、フライヤーを送る。少し体調が芳しくないので、早く帰ろう、と思っていたら、あるサイトから問い合わせ。予告編を載せてくれるとのこと。あわてて予告編をダビングして送った。
明日はいよいよ最後の試写会。どうなりますか・・。

1月25日
少しのんびり起きだして、中野に向かう。予定より早くついたので、中野ブロードウェーにあるタコシェにフライヤーを置いてもらう。その後、たまたまある人から案内をいただいたので、キノバラージュの上映会に出かけた。今日は「戦後ドキュメンタリーの奇蹟@」という上映会だったのでチラシを置かせてもらったのだ。上映会に参加は出来なかったのだが、快く置いてくださりありがたかった。それにしても、上映作品は昨日とも関係があるラインナップで興味深い。
その後、一旦事務所に行って、諸々の準備。
準備というのは、夜、パルテノン多摩の上映を応援していただいている、たえのはの会合に出かけたのだ。上映まで1ヶ月を切ったことでもあるし、具体的に何がお願いできるか集まっていただいたのだ。私の一方的なお願いを皆さん真摯に受け止めて下さっただけではなく、多摩ニュータウンを考えるきっかけにもしたいというような話で盛り上がった。本当に嬉しかった。ポスター、チラシをお渡しし、身近なところで宣伝してもらうことに。更に、当日の受付も今後検討していただくことになった。ありがたい。
場所を移して、近くの居酒屋でちょっとした飲み会。楽しい飲み会でありました。

1月24日
11時半、アテネフランセ文化センターに行く。今日は第4回土本典昭映画セミナーがあるので、チラシを折込させてもらったのだ。30分ほどチラシ折を手伝う。その後上映される2作品を見ようか迷ったのだが、以前、見ているし(と言っても傑作なのでまた見たい、という衝動があるのだ)ここは少し我慢して、御茶ノ水界隈の本屋CDショップにフライヤーを撒きに行く。しぶしぶ預かってくれた(捨てられるかもしれない)とこもあれば、置いてくれるところも。まあ、こんなもんだろう。
2時過ぎにアテネフランセに戻ると、本作のプロデューサー・伏屋さんとばったり。近況報告しつつ、4階の文化センターへ上がる。
岩佐寿弥監督の『ねじ式映画 私は女優?』(1969)を見る。虚虚実実の不思議な映画。この映画を語るには多くの言葉が必要だ。若き吉田日出子がかわいい。
その後の、土本さん、黒木和雄さん、岩佐さんが語る「青の会」の話はおもしろすぎて、とてもここに書ききれない。今、そういう場はあるのだろうか。
その後、アテネフランセ文化センターの新年会に出席。久しぶりの出席だ。知った方、久しぶりに合う方もいて、楽しい時間を過ごせてよかった。

1月23日
チラシ郵送分に付ける手紙を印刷後、事務所へ。手紙は機械で折ったので、「早く終わるぞ」と思っていたら、封筒に入れるのに時間がかかってしまった。やっと詰め終わって、封をしていたら、原田さん経由で嬉しい情報が届く。まだ「入り口」のような情報なので、なんとも言えないが、いい方向で話が進むとおもしろい展開になりそう。(ぬか喜び、っていうのもありますけど。)
やっと封も終わって、約600通を発送。少しでも気に留めてくれる人がいてくれるといいのだが。
少々くたびれたが、今日は、フライヤーの印刷が出来る日。原田さんと印刷所へ行って、パルテノン多摩への発送手続きをすます。約2000枚をこちら分として引き上げる。
高木さんががんばってくれたおかげで、今までのチラシとは一味違ったテイストでかっこいいフライヤーが出来た。こちらは、A5二つ折りという小さめサイズなので、本屋とかでも置いてもらおう、と思っている。またまたチラシ撒きに走らねば。
いくつかやらなければならないことが、少しずつ先延ばしになっている。気は焦るが、まあ、あんまり根を詰めてもどうしようもないので、やれることをやっていこう。あんまりぎしぎしするのも、この映画には似つかわしくない。(単なる言い訳か。)

1月22日
諸々、細かな用事を済ませて、事務所へ。
それから、とある事務所に行って、郵送関係のことをご相談。
封筒を700通ほど買ってから事務所へ。その後、ひたすら郵送の準備。結局、600通ほどになったが、一人で単調な作業をしていると、だんだんだれてきて効率悪いことこの上なし。時間もやたらかかってしまった。
映画を紹介してくれる雑誌・サイトに情報を送って帰宅。

1月21日
今日でついに、パルテノン多摩での公開まで一ヶ月となった。漢字変換は恐ろしいもので、今、「公開」と打とうと思ったら「後悔」と出てしまった。縁起でもない・・。
そんな日ではあるのだが、午後から新井秀雄さんの裁判の進行協議があって、東京地裁へ。
その後、せっかく霞ヶ関まで出てきたのだからと思って、平河町にある都道府県会館へ。岡山県の東京事務所を訪れる。元来、こうした売り込み方は好きではないけれど、こうなったらすがれるものはなんでもすがりたいという気もして、なんとか岡山県出身者にも見てもらえないだろうか、と思った次第。(『ニュータウン物語』は岡山県が舞台ですから。)映画館で岡山弁が流れる機会もそうそうないですしね。応対してくださった方も丁寧な方で、集まりがあった時にチラシを配布してくださることにはなった。また、一応、ポスターも預けておいた。どっか貼ってくれないだろうか。(ちなみに、都道府県会館の地下には各県のポスターがずらりと貼ってあって壮観。その内、2点が映画のポスターでした。岡山県は有名出身者である星野仙一さんをどーんと使ったポスターを貼っていたので、星野さんを押しのけるのは難しいよなあ、と思ったりした。)
事務所に帰ったところへ、某紙の記者から電話。以前、映画を見てくれて評価してくださっている方だ。大きく扱ってくれる可能性大。ありがたい。(とは言ってもこればっかりは記事になるまで分からないのがこの世界。)
700通ほどチラシを郵送することになったので、ひたすらチラシを三つ折にする。単調な作業に少々くたびれる。
家に帰ってからは、上記郵便につける手紙を書いたり、上映協力お願いの文章を書いたり、何かと時間は過ぎていく。
やらなければいけないこと、やれることが山のようにあるが、一気に全てが片付くようなものでもない。一つ一つ、越えていくしかない。そんなもんだと思う。

1月20日
事務所にて諸々の確認など。
荻窪にあるGLAVITYなる印刷所にフライヤー入稿。なんとかぎりぎり予定日に出来上がりそうだ。少し、お金がかかってしまうわけだが、パルテノン多摩でのトークショーの内容を少し詳しく知らせたいこともあって、作成・配布することにしたのだ。手にとってもらえるといいのだが・・。
その後、原田さん、高木さんとパンフレットについて打ち合わせ。おおよその方向は決まる。高木さんの方で台割・見積もり等を検討してもらうことにした。パンフレットも制作費がかかるわけだが、なんとか売って制作費を回収しないといけない。実は前作『科学者として』はパンフレットを作らず、少し後悔が残っている。少し無理をしてでも”形”に残しておきたいし、見てくださった方々にも何か”形”を残してもらえれば、作るかいもあるというものだろう。
原田さんの所に届いた、『ニュータウン物語』掲載誌2誌を受け取る。1つは、なかなかマニアック(?失礼)な「コンクリート工業新聞」。いわゆる業界紙でセメント業界の新聞だ。コラム的なところ(イメージで言うと、朝日新聞での”天声人語”みたいな欄)で紹介してくれている。また、「この映画がすごい!」2月号新作情報にも掲載された。こうやってぽつぽつとでも出ることはありがたい。
夜、飯田橋にある東京ボランティア・市民活動センターに置いてもらっていたチラシを新しく刷り直したチラシに置き換えてもらう。ついでにポスターも貼ってもらうよう頼んだ。
その後、携帯電話を買い換える。思えば、持ちたくもないのに携帯電話を持つ羽目になったのが、『科学者として』公開時のドタバタの中でだった。それから3年近くたったわけだが、ついに2台目となった次第。

1月19日
多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科で今日から1週間行われる”ATOMIC FLASH"にチラシを撒きに行く。学祭来た上で、また多摩美になってしまったが、たまたま今回のチラシをどこかで手に入れたからだ。昨日に引き続き渡辺さんも同行。はじめ、校舎のどこで何が行われるのかよく分からず、行ったりきたりしていたが、かなり強引に総合受付に置かせてもらった。また、運良く、学生の知人にも会ったので、映像の上映会場に置いてもらうよう頼んだ。
せっかく世田谷方面に来たので、三軒茶屋で電車を降りて、TSUTAYA三軒茶屋店にもチラシを置いてもらう。
渋谷駅で渡辺さんと別れ(これで取材は終わり)事務所に行く。
原田さんと諸々の確認を取りつつ、いくつかのマスコミ関係に資料を送る。
ある方のはからいで、チラシをかなりの数郵送できることになり、それらの段取り。本当に、ありがたい。
夜、VIDEO ACT!の会議。帰り際、会議参加者にかなり強引にポレポレ東中野分のチケットを預かってもらった。心苦しいが背に腹は変えられない。

1月18日
午後から渡辺崇さんの取材。インタビューを受けたのだが、なかなか答えるのが難しい質問が多くて、ついつい話があちこち飛んでしまったが、自分なりに率直に話したつもりだ。
その後、渋谷へ移動。CDショップ、本屋、チケットショップを回ってチラシを置いてもらう。貼ってくれるかどうかは分からないが、ポスターも2ヶ所頼んだ。その間、渡辺さんもカメラを持って付いてきていたのだが、ことごとくお店側は撮影NGだったので、無駄足を運ばせてしまった。
渋谷界隈の人達と自分の映画は必ずしも合わないかもしれないけれど、宣伝をしなくて後で後悔するのも癪なので、やれることはやっておこうと思った次第。

1月17日
今日はある親しくしていただいている方からコンサートの撮影を頼まれているので、出かけるわけにもいかず、開演まで中途半端に時間が空いてしまった。こんな時間を使って、いくつかのメルマガに情報を送って、映画を紹介してもらえるよう、申し込む。
さて、今日のコンサート。声楽のコンサートである。コンサートといっても、発表会に近い。開演前に会場に行って、撮影の諸々の準備。いざコンサートが始まって、撮影を始めると、久しぶりの撮影とあって、感が鈍っていることを痛感する。しばらくカメラを覗いていないと、どうも鈍るんですね。そのうち、徐々にではあるが感覚が戻ってくる。
お腹の底から声を出す、声楽を聞きながら、「そう言えば最近、大声なんて出してないな」と妙なことに気づく。
コンサート終了後、出演者の方々約20名とお食事。「映画監督の本田さんです」などと似合わない紹介をしていただいたので、早速チラシを配ってアピール。つくづく嫌なやつだなあ、と思いつつ、日々是宣伝。小さなことでもぽつぽつと。

1月16日
自分の感想を早くお伝えした方がいいと思い、先日見たあるドキュメンタリーの感想を書く。かなり厳しい感想になってしまったが、まだまだいい作品になる余地があると思ったからだ。(まだ完全に完成していない段階なので。)
その後、ある有力者に上映に関して力添えいただけないか、手紙を書く。可能性は低いと思うのだが、言ってみなければ始まらない。
そんなことをしていたら、昨日の試写に来てくださった共同通信の記者・加藤さんから電話が入る。さっそく、6時に待ち合わせして取材を受けることに。
事務所に行って、多摩ニュータウンタイムズに校正したFAXを送る。上記有力者(曖昧な書き方ですいません)にビデオ・資料を送る。
明日、親しい方からコンサートのビデオ撮影を頼まれているので、機材・テープ等をチェック。
今日は渋谷方面にチラシを撒きに行こうと思っていたのだが、取材場所が新宿になったので、予定を変更して新宿でチラシ撒きをすることにした。CDショップ3ヶ所を回る。
6時から共同通信の取材。加藤さんはとても映画を面白がって下さっていて、ついついいろんなことをしゃべってしまった。共同通信ですので、近々全国配信され、主に地方紙に載ることになるのだと思います。全国のニュータウンの方々が気にしてくださり、今後の上映につながることを期待したいものです。
再び、事務所に帰る。イベントチラシ(業界でいうところの”フライヤー”)のラフ案が高木さんから届く。チラシとは一味違ったテイストで、これはこれでおもしろい。文字情報を校正しつつ、全体について原田さんと打ち合わせ。高木さんが頑張ってくれているおかげで、なんとか予定日までには出来上がりそうだ。

1月15日
自宅から試写会場である映画美学校に行こうと準備していたら、先日、取材を受けた多摩ニュータウンタイムズから校正のFAXが届く。とりあえず、受け取って映画美学校に行く。
少し早く着いたので、上記原稿に目を通し校正。
今日は13時からの試写。試写にしては早い時間なので、どうかなと思っていたら、20人ほど来てくれた。まあまあ、いい方ではないだろうか。2人ほど知った方が来てくれた。また、上映前にはポレポレ東中野の支配人・大槻さんが”陣中見舞い”に来てくれた。
普通、上映前の挨拶は宣伝の原田さんに任せているのだが、今日は渡辺崇さんのビデオ取材があったので、少しだけしゃべった。
上映中、原田さんと諸々の打ち合わせ。
上映が終わると毎回緊張するが、今日はなぜだか反応がいい。(ように思えた)まあ、こういう日もないと・・。某紙の記者の反応もよく、紙面で取り上げてくれるかもしれない。(希望的観測。)また、ある記者の方は私の話を聞きたがっていたのだが、あいにく先約があったので、また日を改めて、ということになった。
で、取材を受けたのは多摩ニュータウンで発行されている、「愛宕新聞」の編集長・小柳さん。映画自体を面白がってくださった上で、主にニュータウンについての話を聞かれた。
映画美学校を後にして、事務所へ。諸々の整理をしたところへ、一旦帰っていた渡辺さんが再び登場。今日は、リニューアルしたチラシが届くので、その映像を撮るための取材。午後7時、チラシが届く。印刷所の車に乗って、ポレポレ東中野に納品。
事務所に帰って、とにもかくにもチラシ裏面がリニューアルしてほっとする。また、チラシ撒きをがんばらないと・・。
2ヶ所に資料を送って、今日のところはこれでおしまい。

1月14日
昨日の上映で借りていたビデオプロジェクターを返却する。
午後、事務所に行って、諸々の確認・打ち合わせ。
ある方にチケット配布をお願いして、郵送する。新しいチラシの印刷のタイミングもあり、頼むのも少しタイムラグが出てしまっている。
少し時間が空いたので、先日預かったあるドキュメンタリービデオを見る。正直言って難多し。うーん、困った。
「無駄かもしれないなあ」と思いつつ、でももしかすると反応があるかもしれない、と思い、主に雑誌関係に試写会の案内をFAXで送る。明日は、4回目の試写会。残すところ試写会もあと2回となった。残り2回の試写会は映画美学校。多分、”モーニングショー”と言うだけで、記者やライターの人にとっては、「その他の映画」として分類されてしまうのだろう。まあ、それでも諦めず、とにかく明日の試写を待とう。
家に帰って、『ニュータウン物語』の画像データをCD-Rに入れる作業。ここのところ、CD-Rまたはメールで画像を渡すことが普通になっていて、便利と言えば便利。今後のことも考えて、少しCD-Rを作っておく。

1月13日
事務所に行って、ある記者の方に映画の資料を送る。取り上げてくれるといいのだが・・。
銀行に行って諸々の支払い。財政的にはかなり厳しいものがあるが、とりあえず乗り切らないと・・・。
日付を押したポレポレ用チケットを、人に預かってもらえるように整理する。売れる売れない以前に、がんがん人に預かってもらわないと先へ進まない。預かってもらう押しの強さが必要だが、こうしたことは元来苦手。でも、そんなことは言ってられない。
あさっての試写のため、フィルムを映画美学校へ搬入する。
夜、VIDEO ACT!の上映会。今日は”いま、「学校」「家族は」”と題して、『私をせかさんといて』と『放課後』を上映した。前者は、山形の国民文化祭で上映され、私がおもしろいと思った作品だ。後者は、小学校の教師である湯本さんが、自分の教え子と父母を撮った作品だ。残念ながら、入場者は少なかった。上映後、私がトークの司会を務め、双方に話を聞いた上で、会場からも意見を聞いた。なかなかこうした司会は慣れないけれど、覚悟を決めてやる。
ひょんなことから、『私をせかさんといて』の監督である、渡辺崇さんが、今、仕事にしているブロ−ドバンド放送において、私が被写体として取材されることになった。こういうのは本来苦手なのだが、映画の宣伝を思えば、背に腹は変えられない。どうなりますか・・。

1月12日
昨晩、この日誌を書いてから、青の奇蹟で行う、「本田孝義監督特集」の情報をホームページに載せた。今まであまり上映していない珍しい短編・中編も上映します。日程のことを考えますと、パルテノン多摩の上映とポレポレ東中野での上映が始まる週にまたがっていて、しかも終夜営業で上映しますので、なかなかすごい2週間になります。こちらも気楽な気分で足をお運びください。
さて、今日も出かける気にならず家に居た。こんな日こそ、と思い、様々な掲示板に上映情報を書き込む。少しでも気にしてくれる人がいいのだが・・。

1月11日
昨日「がんばらないとなあ」と書いておきながら、今日はやることもなく、ぽっかり空いてしまった。大体、土日にはチラシ撒きに行っていることが多かったのだが、今日はめぼしい上映会もないし、集まりもなし。まあ、こんな日もあるだろう。
だからと言う訳ではないが、依頼されていた『ニュータウン物語』についての原稿書き。新装配信が好調にスタートしたドキュメンタリー映画専門メールマガジンneoneoの原稿だ。「自作を解剖する」という欄なのだが、自分の映画について書くのは、なかなかに骨が折れる。ああでもない、こうでもないと頭を悩ませながら書いてみた。2月1日配信予定。

1月10日
午後、とあるグループから、あるドキュメンタリー映画を映画館で公開したいので、相談にのってもらえませんかと言われ、喫茶店でお話をした。偉そうに語れることはそんなに多くないけど、自分が経験したことは話せると思ったのだ。その作品を見ていないので、抽象的な話になってしまったかもしれないが、以前、前作『科学者として』を劇場公開した時に、民衆のメディア連絡会の会合でその経験を話した時にまとめたレジュメを下敷きにしてお話をした。ついつい大変な話をしてしまったのだが、こうした形で先のレジュメが役に立つなら私もうれしい。映画館で映画を公開するには、それなりのノウハウがないと何をすればいいかも分からないので。
夜に新宿で用事があったので、新宿に居たいのだが、中途半端な時間になってしまった。ふと思いついたように、ICCに行ってみることにした。今やっていたのは「FUTURE CINEMA-来るべき時代の映像表現に向けて」というもので、タイトルにはそそられるものがあった。それなりにおもしろいものもあったが、果たしてこれが「未来の映画」かと思うと、つまらない未来だなあ、という感触を持つ。メディア・アート関係の展示・作品を見ると、不満を覚えることのほうがはるかに多い。
ついでと思って、東京オペラシティーアートギャラリージャン・ヌーベル展を見る。建築系の展覧会は、見せ方が難しいなあ、と常々思っているのだが、この企画では、あえて模型・図面等は一切見せず、写真等のグラフィカリーなもののみで構成していた。その意欲はおもしろいと思いつつ、CGの展覧会のようにも見え、やっぱり難しいなあ、と思ってしまった。また、凄い仕事をしている人なんだなあ、とは思ったが、あまり好きには慣れなかった。こればっかりはしょうがない。
時間がまだあったので、少し時間をつぶして、テアトル新宿へ。今日は、『のんきな姉さん』の初日。実は、監督の七里圭さんはとても早い時期に『ニュータウン物語』を見てくれていて、そんなこともあって、パルテノン多摩のトークショーに出てもらうことになったのだ。試写状をいただいていたが都合がつかず、見ていなかったので、初日に駆けつけた、というわけだ。失礼ながら、30分前に行けば大丈夫か、と思ったら劇場前は長蛇の列。自分の不明を恥じるのみ。また、始まる前に本当に久しぶりに、カメラマンのたむらまさきさんにお会いしたのだが、顔を覚えていてくださって、ありがたかった。結局、ふたを開けてみれば、立ち見が大勢出るほどの大盛況!「やっぱり初日はこうありたいものだなあ」とわが身のことを考えてしまった。七里さんはじめ、役者の方々の舞台挨拶。役者のファンらしき人から声援も飛んでいて、「劇映画はこういう盛り上がりがあるよな」とちょっと羨ましかったり・・。(ドキュメンタリー映画では考えられないですもんね。)
前置きが長くなったが、とてもおもしろい映画だった。独特のトーンが緊張感を持続させる、脚本・演出は見事。久しぶりに「映画を見たなあ」という気がした。七里監督のこれからも、本当に楽しみ。ゲストに来てもらえるのは、ありがたいことだなあ、と思った。
映画館を後にして、知人と軽く飲む。久しぶりの映画談義に花が咲く。別れ際、「上映頑張ってください」と言われ、「う〜ん」と現実に引き戻された。あと1ヶ月、がんばらないとなあ。

1月9日
事務所に行く途中に判子屋さんに寄ると、日付の判子が出来ていたので受け取る。ぴあに作品資料を送った後、ポレポレ東中野の前売り券にひたすら日付判子を押していく。計800枚。これだけ売れればすごいけど・・・。
午後2時、多摩センターに行って、多摩ニュータウンタイムズの取材を受ける。話はのっけから、「多摩ニュータウンをどう思うか」から始まり、ニュータウンについての話を長々としゃべってしまった。うまくまとめてくださるといいのだが・・。2月1日発行予定。
再び事務所に戻ってから、ポレポレ東中野に出かける。ポレポレ東中野窓口で販売している前売り券にも日付があったほうがいいだろうと思って、自分で判子を押しておいた。正直言って、まだあんまり売れていない。
事務所に戻って、ポスターに日付ステッカーを貼っていく。ポスターもまだ有効活用できていない。
試写会も残すところ後2回となったので、主に新聞記者関係に電話して「見てください」とお願いする。大方気にしてくださっている方が多かったが、こればっかりは分からない。何はともあれ、連絡がついたことだけはよかった。

1月8日
昨日の日記に書き忘れたが、昨晩からドタバタが続いている。かなりまえに、京都のアーティスト、江崎洋子さんのことを書いたが、実際パルテノン多摩で赤い傘を飾るflourish projectがやれるかどうか、他の条件もあって、躊躇があったのだ。だが、江崎さんと再度話をして、「やろう!」ということが確認できた。そんなこともあって、新しく刷るチラシ、パルテノン多摩NEWSに急遽書き加えることにした。私の優柔不断があちこちに迷惑をかけてしまった。
その続きで、午前中、実際にやるとすれば、どういうことが出来るか、問題点はないか、パルテノン多摩で打ち合わせ。多少、考慮しなければいけないことはあるが、とにかく「やる」と決めた。
昼過ぎに、デザイナーの高木さんから、チラシ増刷分裏面のデータを受け取って、山猫印刷へ。なんとかいいタイミングで刷り上りそうだ。
再び取って返して、不思議地底窟・青の奇蹟の事務所へ。不二橋さんに話をして、私の過去の作品をどどっと上映してもらえないか話をする。結論を言えば、『ニュータウン物語』公開にあわせて、2週間、毎晩上映してもらえることになった。(月曜休映)詳細は近々発表できると思います。お酒を飲みながら映画を見るスペースなので、真面目な方なら「ふざけるな」と言うかもしれませんが、肩肘張らずに見てもらえたら、自分にとってもうれしいと思っています。
事務所に行って、上記上映がらみの資料作り。
なんだか慌しい一日ではありました。

1月7日
事務所に行って、新しく刷り直すチラシの諸々の確認・事務連絡。何かとややこしい(と言ってもこちらにとってはありがたい話なのであるが)話が込み入って、調整するのに一苦労。何とかうまくいきそうな方向におさまった。加えて、イベント用チラシも作らないといけない。
夜、『あしがらさん』の試写会へ。劇場公開に向けて弾みがつきそうな盛会で、いい方向に進んでいるなあ、と思う。少し羨ましく思ってみたり・・。

1月6日
すっかり忘れていたのだが、今年のカレンダーを買っていなかったので、新宿に出かけて買うことにした。事務所にで使うものは、毎年、スケジュールが書き込めるタイプのものを使って重宝していたので、今年も同じタイプのものを買った。予定を書き入れつつ、パルテノン多摩、ポレポレ東中野の公開日を書き入れ、身が引き締まる思い。
ポレポレ東中野の公開日が決まったこと、パルテノン多摩でのトークが決まったこともあって、チラシを再度刷り直し、チラシ裏面に情報を全て盛り込むことにした。盛り込む情報が多いので、レイアウトも若干変えることになった。デザイナーの高木さんのおかげで、情報を盛り込みつつ、なんとか早く印刷に回せそうだ。そんなこともあって、諸々の諸連絡。
ポレポレ東中野の公開日が決まったので、ポレポレ東中野分の前売り券をどうしようか、懸案だった。印刷してあるものは、「早春」としてあり、日にちを入れておいたほうが親切だろう。とにかく、これから売らないといけない手売り分だけでも、判子で印字することにした。さて、その判子、どうしようかとあれこれ探したり、悩んだりしていたのだが、事務所近くの判子屋さんに相談してみたら、意外に安く作れることが分かったので、作ることにした。あれこれ考える前に、ここに聞けばよかった!こういうのを「灯台下暗し」というのだろう。
夜、私の作品も加わっている、『ニッポン・戦争・私2002』が1週間上映される、不思議地底窟・青の奇蹟に行ってみた。なんと観客は私一人!ここは飲み食いしながら映画を見るスペースなので、注文しないわけにもいかず、飲めないビールを頼んでしまった。こういう上映に立ち会う(?)のは、ほとほと困ったもんだが、主催者の不二稿 京さんとゆっくり話が出来たのはよかった。そして、話はおもしろい方向に転がったので、近々、発表できるかもしれない。乞うご期待!

1月5日
さあ、今日から仕事始めだ!公開に向けて走らないとなあ、と思っていたら、突然、別件の用事が入ってしまった。決まった予定はなかったので、そちらの用事に出かけることにした。
用事といっても、あまり関係ないことなら首をつっこんだりしないと思うが、パルテノン多摩での上映にゲストとして呼んでいる方のことでもあるし、とても興味深い話でもあったので、行ってみたのだった。
諸般の事情で、詳しくは書けないのだが、横浜市のある大きなスペースを知人が2年間運営することになり、その中で映画のプログラムも出来ないか、というような話だった。まずはそのスペースを見たいと思って見たのだが、確かにでかい。ただ、このスペースを有効的に動かすためには、まだまだてこ入れが必要そうで、相当大変そうだ。とにもかくにも、空間を見ておけたことは意味があった、と思う。(何が出来るかは分からないが。)
上映自身が大変な時期になりつつも、今後のことも少しは視野に入れておかねば、とも思ったりする、仕事始めではあった。

1月4日
正月の”三が日”というのは、昨日で終わりなのだろうが、今日は日曜日なので、世間的にも休みなのだろう。
そんなこともあって、ついつい明け方近くまで本を読んでいた。おかげで大寝坊。
昼ごろ起きだして、メールをチェックしたりするが、さすがにいつもより数は少ない。そんなことをしているうちに、事務所に来ているかもしれない年賀状のことが気になり始め、「仕事は明日から」と思ってはいたのだが、事務所に行ってみることにする。
年賀状はぽつぽつ来ていたが、出しそびれていた人は一人だけだったので、まあ、助かった。
用事は済んだが、「仕事だ」というわけにもいかず、(そういう気分にもならず?)ついつい読みかけの本を読み始める。3時間ほど読み続け、昨日から考えると、1日で読了。自分には珍しい。読んだ本は『ららら科学の子』。著者は、矢作俊彦さん。一気に読み終わったので、おもしろかった、ということだ。読後に、妙な感慨が沸いてきて、何だろう、としばらく余韻を引きずっていた。
年末年始に読んだ本は各々性格が違うけど、自分にとってはいずれもおもしろかった。そういう意味では、いい正月でした。

1月3日
昨日、もう少しで読み終わりそうだった『興行師たちの映画史』読了。著者は柳下毅一郎さん。簡単に言ってしまえば、「表」の映画史にはなかなか登場してこない、「裏」映画史とでもいいましょうか、まがまがしい映画の数々を”通史”として描いた本。いろんなところで聞いた話も多かったですが、”通史”としてまとめられていることは貴重。映画のこういう側面は決して忘れられるべきものではないし、自分でも無視できない部分だったり、好きな世界でもあったり・・。例えば、ドキュメンタリー映画においても、かつての小川プロの上映にも、こういう要素はあったと思う。(『三里塚・辺田部落』のお祭り的な上映空間の演出とか、『1000年刻みの日時計』における千年シアターの建設とか・・。)いろんな意味でいい本だと思う。
午後、家に居るのもなんだかつまらないので、ぶらっと新宿に出かける。さすがに今日は人がどっと戻ってきていた。特段あてもなかったのだが、2,3探していた本があったので、紀伊国屋に行く。またまた本を買ってしまう。
「映画を見ようかな」と思ったりしたのですが、どうも「見たい」と思える、気分に合う映画がない。どうせなら楽しい映画を見たいのだけど、「これだ」と思う映画がない。正月が過ぎればまた変わってくると思うのだけど。そんなこんなで、あっさり帰宅。

1月2日
事務所に行っていないので分かりませんが、昨日、自宅宛に数人年賀状を出していない方から年賀状が来たので、こちらからも出すことにした。付け加えれば、大変お世話になった方にも出し忘れていたので慌てて出しておいた。
今日は一日中、自宅でじっとしておりました。ぼーっとしながら一日読書。もうすぐ読み終われそう。

1月1日
「一年の計は元旦にあり」と言ったりしますが、当面、公開が近づいていることにしか頭がおよびません。そんなこともあってか、年賀状を出しそびれた人にメールで年始の挨拶とともに公開情報を送る。新年早々迷惑かとも思うのだが、新年だからこそ送れることもある。
昼ごろ、近くにある穴八幡神社へ行って初詣。普段は全く信心深くないのだが、こればっかりは習慣みたいなものかもしれない。当然、『ニュータウン物語』の上映が成功することを祈る。
今日は元旦でもあるけれど、映画の日でもある。そんなわけで、今年の映画初めに行くことにした。シブヤ・シネマ・ソサエティへ行って、『モロ・ノ・ブラジル』を見た。私はとりわけブラジル音楽のファンというわけではないが、元旦に楽しそうな映画を見ようと思ったらこの作品になった。確かに楽しい作品で選択は間違いではなかった。
それにしても、私が気づいているだけで、今年の正月映画には6本もドキュメンタリー映画がロードショーされていると思うので、とてもうれしいことだと思う。何はともあれ、珍しい年ではあると思う。
少しでもいいので、観客がつながっていけばいいのだがなあ、と虫のいいことを考えたりする元旦でありました。


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