5月


5月30日
一日自宅でだらだら過ごす。

5月29日
またまた映画を見てしまった。すっかり上映日誌から遠ざかる日々。
見たのは『スクール・オブ・ロック』。特にこれといって特筆すべきようなことがある映画とは思えないけど、文句なく楽しい映画。不覚にもラストシーンは泣けてしまった。(時々こういうことがあるのです。ストーリーでも映像でもなく泣けることが・・それが映画かな、とも思う。)この心情はパンフレットの中原昌也さんの文章と同じようなものかもしれない。こういう映画をエンターテインメントと言うんだろう。

5月28日
この間、ドイツと中国に行ったわけだけど、当然、お金がない中でのことでした。ですので、「助成が貰えたら助かるなあ」と思っていたので、海外の映画祭への参加助成をしているユニジャパンに申請書を出す。まあ、全額は難しいかもしれないけれど、いくらかでも助成がもらえるといいのだが・・・。
少し早めに帰って、原稿やらメールでの連絡やら。

5月27日
先日、在庫の関係で買えなかったワイヤレスマイクを買いにいく。
買ってから早速マイクテスト。ワイヤレスマイクの音声はクリアーに声が拾える半面、どうしても音がデッドになる印象があって、今まで使ってこなかった。しかしながら、6月の沖縄での撮影に必要な気がしたので買ったのだ。それほど高級な機種ではないせいか、マイクの性能が多少劣るのだろう、少し音がこもる。とは言え、離れた場所から声を拾えるのは助かりそうだ。
他に様々な組み合わせで声を拾ってみる。同時に編集のこともあるので、あれこれ試行錯誤。やっているうちに何とかいけそうな目処が立ってきた。
夜、中国で会ったアンディーさんからメールが届く。彼が関わっているブラジル・ボゴダの映画祭のコンペティションに出してみないか、という情報だった。ありがたい。こうなったら挑戦してみるしかない。

5月26日
岡山の知人であるアーティスト、松本恭吾さんから案内をもらっていたので、善福寺公園で行われている、”トロールの森”という野外美術展へ出かける。何度か行こうと思いつつ、この間、雨が多かったので行きそびれていたのだ。
西荻窪駅から歩いて善福寺公園へ。いい天気のせいか、散歩日和。公園を散策しつつ、作品を探す。いくつかおもしろいものもあったが、全体としてはどうなんだろう。松本さんの作品も見ることが出来た。
近くにある遊工房アートスペースへ。その松本さんが個展をやっているのだった。写真の展示とはいささか意表をつかれた。
中途半端に時間が空いてしまったので、ついつい映画へ。見た映画は『ビッグフィッシュ』。いい映画でした。もともとティム・バートンは好きなんだけど、今作のように変だけどどっか物悲しい雰囲気が漂うとやはりいい。こういうのが本当のファンタジーだと思います。

5月25日
事務所に行って、先日買ったマイクのテストをする。一人でマイクのテストをしている姿は結構間抜けだ。でも、なんとか使えそうなマイクなのでほっとする。
その後、久しぶりにパソコンをいじって編集の真似事。しばらく編集らしい編集をしていないので、少々肩慣らしといったところか。7月には編集で慌しくなりそうなので、時間があるうちに準備をしておこう。
ますます上映日誌から遠のいていく。

5月24日
自宅で諸々の整理や調べ物をいくつか。
午後3時、ドキュメンタリー映画『タイマグラばあちゃん』の完成試写会へ。今作ではプロデューサーを務めた伊勢真一監督にご挨拶。
映画は山奥に住むおばあさんの姿を淡々と映し出す。「ああ、こういうリズムがドキュメンタリー映画だよなあ」と久しぶりにいい気分になる。特におばあさんが作る、味噌、豆腐などがおいしそうで画面から匂いが伝わってくるようだ。静かな映画だけどいい顔がいっぱいある映画でした。同時に、ついつい次に作りたい作品とつながる部分もあって、「どうすればいいのかなあ」などど考えなくてもいいことを考えてしまう。困ったものです。
打上げがあったようなのですが、なんとなく気後れしてしまい、帰宅。

5月23日
先週に引き続き、neoneo坐へ。『油布院源流太鼓』『手筒』『ムカシが来た』『プロジェクトY』(未完)の4本を見る。各々、感じることはあったが感想は割愛。
昨日の疲れがあったためか、飲み会に出るのがしんどくなり早めに帰宅。

5月22日
今日は年に一度の新井秀雄さんを支える会の総会。出席者が少なかったのだが、事務局長として諸々の報告をしなければならず、何かと気を遣う。無事に終えることは出来た。
あまり時間がなかったのだが、その後、予研=感染研裁判の会の総会に1時間ばかし出席。簡単な挨拶を述べた。
さらに6時に飯田橋へ。VIDEO ACT!の上映会。大阪で行われている、”カフェ放送てれれ”で上映された短編12本を上映。種々雑多な作品がおもしろかった。上映後、ゲストの下之坊さんを迎えてお話。司会担当だったので少々緊張。その後、打上げ。

5月21日
明日の総会用資料を若干手直ししてコピー。
今日でシネ・ヌーヴォでの公開は終わった。電話でシネ・ヌーヴォにお礼を伝える。今週が最終週だったのだが、雨のせいか(と思いたい)あまり伸びなかった。本当はもっと上映を広げなければいけないのだけど、少し息切れしている感はある。
夕方、ビデオ撮影用のマイクを買った。6月の撮影に向けて少しずつ準備しないといけない。

5月20日
事務所に行って、若干の連絡。
その後、今後のことを考えていると、希望と不安が頭をよぎる。お気づきのように、『ニュータウン物語』の大阪上映は明日終わるけれど、その後の予定は今のところなし。
8月に2つの美術展があるが、こちらは何とか走り抜けるしかない。
その後、ある長編の製作に入りたいのだが、その体制をどうするか、なかなか難しい。
まずは目の前のことからか・・・。

5月19日
すっかり「上映日誌」と言えなくなってきたが、とりあえず書いております。
午前中、裁判所前で配るビラの印刷。
午後1時、有志の方々と裁判所前でビラまき。
午後2時半、新井さんの裁判が開廷。(諸事情により、久しぶりの公判。)今日から証人尋問。4時半まで。
その後、少しお茶を飲んでから帰宅。

5月18日
午前中、新井秀雄さんを支える会総会資料、打ち合わせ。
午後、その総会向け資料を書くが、なかなかうまく書けず、難航。
夕方、総会向け資料を受け取る。
その後、某所にビデオ撮影用マイクを調べに行く。6月から沖縄で制作が始まるので、どうしてももう少し性能のいいマイクが必要なのだ。あまり予算もないので、どれほどのものか検討しようと思ったのだ。まあ、なんとか買えそうな気がする。
夜、VIDEO ACT!の会議。22日(土)は上映会

5月17日
午後から、新井さんの裁判の打ち合わせ。いよいよ証人尋問が始まる。久しぶりに、約4時間ほど、数学的な難しい話を聞き、脳みそはヒートオーバー気味。

5月16日
今日もneoneo坐へ出かける。前から見たかった、藤原敏史さんの『インディペンデンス アモス・ギタイの映画「ケドマ」をめぐって』を見る。とてもおもしろく見たのだが、何か物足りなく思うこともあり、さりとてそれが何であるのかうまく言葉に出来ず、そういう時に製作者に会ってもうまく伝えられないわけで、難しいものです。
夕方、自宅に帰って、19日の新井さんの裁判の時に、裁判所前で配るビラの原稿を書く。今までに書いたものを流用しようと思っていたら、そうもいかず、あらためて文章を書き起こす。

5月15日
今日はneoneo坐オープンの日。さっそく、小川町へ出かける。駅からも近い。
伏屋さんに挨拶した後、会員登録をすませ、中を見せてもらう。短期間の準備に関わらず、ちゃんと上映スペースになっていることに感心。こじんまりしているが、手作り感もいい感じ。土本典昭監督も来られる。
1本目は、その土本監督がニューヨークでのロバート・フラハティ・セミナーへ行かれた時の記録『土本典昭 ニューヨークの旅』。前半、セミナーに来た様々な方から土本監督の作品をどう見たかが語られ、セミナーでの土本さんの発言(自作への解説にもなっている)が綴られていく。後半、ニューヨークの街中を歩き、チャイナタウンを歩く土本さんの姿がかっこいい。上映後、本作のプロデューサーでもある伏屋さんから制作の経緯の説明(現在、土本監督のドキュメンタリーを制作中)の後、作者である藤原敏史さんからの話の後、土本さんからより具体的な話を聞く。のっけから、熱い上映会だ。
2本目は、大島渚監督が、小川紳介監督にインタビューした『小川プロ訪問記』。この映画が撮影されたのは、『ニッポン国古屋敷村』完成前1981年。小川さんが映画作りについて喋りまくり、その喋りの魅力もあっておもしろい。久しぶりに見たが、私の次回作を考えるヒントがあちこちにあってびっくりした。
上映後、伏屋さんが、小川さんのエピソードを語られた後、再び、土本さんが登場され、小川紳介、あるいは小川プロの映画、中でも『ニッポン国古屋敷村』について語られる。とてもおもしろい話が聞けて、大変貴重だった。
こうした、とても充実した上映、話に感嘆していたら、上映スペースがたちまち飲み会の場に。上映だけではない、こうした場を作ること、あれやこれやいろんな話が出来ること、それもこのスペースが目指すところでもあるのだろう。インターネット上でしか知らなかった、”とことん小川紳介”というサイトの方々や、久しぶりに会う方、初めて会う方などいろんな話が出来ました。
運営は大変だと思うけど、あまり堅苦しく考えず、おもしろくて刺激的な空間になっていって欲しいなあ、と思いました。

5月14日
事務所にていくつか事務連絡。
夕方、新井さんを支える会総会に向けて打ち合わせ。
その後、精算の件があったので、久しぶりにポレポレ東中野へ。
夜、性懲りもなくまた映画に行ってしまった。
それも『ピーター・パン』。なんだか自分で書いていて恥ずかしい気もしてくるが、まあ、正直に書いておこう。今日が最終日だったのでつい・・・。で、映画はこれが良かったのだ。最近のファンタジーものは、ほとんどいいと思ったことはないのだが(いつもがっかりさせられている・・)これは良かった。いいところはいくつかあるのだが、一番いいと思ったのは、主人公・ピーター・パンが、結構、変な奴だ、ということがよく分かるからだ。「純真爛漫」というのは裏を返せば、ある意味グロテスク。その辺がいいのだ。最近うるさくって仕方がない、CGIをこれ見よがしに使わず、どちらかと言えば、ローテク風な味付けも良く合っていた。

5月13日
突然、ぽっかり時間が空いてしまった。
こういう時はなぜだが不安になる・・。

5月12日
引き続き、諸々の整理。
夕方、久しぶりに原田さんと会う。お互い近況報告。

5月11日
事務所に行って諸々の整理・連絡。
連絡といっても、相手方が居るとは限らなかったり・・・。
福武文化振興財団に書類提出・郵送。もう1年前になるが、ニュータウン アートタウン展記録集発刊にあたって、この財団から助成を受けたので、その報告書を提出したのだ。
他にも、いくつか書類を作らなければいけないものがある。元来、こういうことは苦手なのだが、まあ、やるしかないのだ。
事務所のカレンダーを貼りなおして、今後のスケジュールをしばし考える。6,7,8月と忙しくなる。
新井秀雄さんを支える会の総会が近いので、資料等整理。

5月10日
やること多いなあ、と思っていたら、今日は来月にあるコンサートの打ち合わせ。
その後、提出しなければいけない書類の作成・整理。

5月9日
今日は久しぶりに一日中自宅でのんびりする。

5月8日
連日の寝坊。これからやらなければいけないことは多いのだけど・・・。
と思いながら、気になった映画を見に行ってしまう。
見たのは『ゴッド・ディーバ』。変な映画でした。SF映画好き、というのも考え物だなあ。

5月7日
さすがにちょっと疲れていたようで、寝坊。
昨日までの日誌を書き、アップロード。
夕方、事務所に行って諸々の整理。大阪・シネ・ヌーヴォの興行日報がFAXで届いていて、シビアな数字に少し落ち込む。めちゃくちゃ悪い、というほどでもないが、いっぱい来ているわけではない。
昨日、アレックスさんからメールが入っていて、今日の夜、先月行ったドイツ・フランクフルトの映画祭、”Nippon Connection"の東京再会飲み会があるとか。疲れてはいるのだが、いろんな人にも会えると思い、出かけることにした。
映画祭で会った人、ドイツで会えなかった人などなどいろんな方と会えて楽しかった。
多くの人が2次会に行ったようだけど、私は一足先に帰宅。

5月6日
朝早く起きて、一路、空港へ。
特に問題もなく帰国。
ふと感慨を覚えたのは、昨年、山形国際ドキュメンタリー映画祭で、『鉄西区』の監督・王兵(ワン・ビン)さんが、「日本のドキュメンタリー映画を中国に紹介したい」と思ったことが、今回の上映に繋がったのだった。映画祭というのは不思議な縁・つながりが生まれるものなのだ。(余談だが、大山子を歩きながら、少し『鉄西区』のことを思いだしたりしていた。)
はたして、次はどこかにつながっているのでしょうか。

5月5日
まんまさんは日本へ帰国。今日は一人でどうしようかと思っていたが、まだ芸術区全部を回れなかったので、再び、芸術区に行くことにする。
どうしても、黄鋭さんに会って、ニュータウン アートタウン展の記録集を渡したかったので、アトリエを訪ねる。うまく会うことが出来たのだが、彼は結構疲れている様子。しばし、記録集を見ながらお話。5月半ばから建築関係の展覧会もあるのだが、そこにはみかんぐみも参加するそうだ。別れ際、「この地区の閉鎖の噂を聞いたけど」と尋ねると、「大丈夫。絶対残るよ。」と答えてくださり、少し安心した。こういう所は絶対残って欲しい。
閉鎖の噂というのは、ご存知のように、2008年の北京オリンピックがらみで、街の再開発が急ピッチで進んでいて、北京市内は建築ラッシュ。古い町並み、こうした工場街もあと4年でかなり変貌するかもしれない。
いくつかギャラリーを見て、少し早めにホテルに戻る。結局、他の作品の上映を見ないことに後ろめたさを感じながら、まあ、しょうがないか、と勝手に自分を納得させる。
ホテル近くの映画館を覗いてみる。どうも変だなあ、と思っていたら、安い方はビデオシアターで、VCDを上映していた。これも経験と思い、入ってみることにする。なんともぬるい古い映画(恋愛コメディー)をやっていて、しばしボーっとする。2本目(一日に5.6本上映している)は、刑事ドラマ+サイコサスペンス風で、映像もスタイリッシュ。お腹も減ったので、全編は見ずに映画館を後にする。
明日の朝は早いので荷造り。

5月4日
昨日まであまり大山子芸術区を回れなかったので、今日は、ここを見て回ることにする。
ちなみに、現在、ここでは第1回大山子芸術祭が行われていて、5月の終わりまで続く。日本のドキュメンタリー上映もこの一環なのだ。
さて、芸術区の地図を頼りにギャラリーを見て回る。操業していない工場街かと思いきや、意外と操業中の工場も多く、工場に隣接してギャラリーがあるのがとてもおもしろい。加えて、これだけ多くのギャラリー、作家のアトリエが70以上も集まっているのは、日本ではない。そういう意味でも、散策は刺激的で、北京に来た目的の一つでもあったのだ。
あるアトリエでは、閉まっていたのだが、ノックをするとアーティストの方が開けてくれて、中を見せてくれた。何せ、工場を改築したところなので、天井は高く、広い。筆談でしばし歓談。
ギャラリーも数が多く、個別の印象は省略。
まんまさんは、絵を描くアーティストでもあるので、あるギャラリーで個展が出来ないか交渉を始める。その積極性を横で聞きながら、自分も刺激を受けた。
とにもかくにも、刺激的な一日でした。

5月3日
朝、近くでお粥を食べて、出かける。
今日が上映日なのだが、上映は夜なので、昼間の予定は決めていなかった。
泊まった所が、天安門広場の近くだったので、せっかくなのでまんまさんと出かけてみることにする。
ちょうど中国も長期休暇中らしく、(こちらはメーデーの休みだそうだ)中国全土から大勢の観光客。ごった返す人並みを縫って観光。すっかりただの観光客。リュックサックを荷物置き場に預け、さらに金属探知機のセキュリティーチェックを受けて天安門に上る。名前入り訪問記念の証まで買ってしまった。
後ろに広がる、故宮博物館にも入る。そのスケールに圧倒される。ちょっとした気楽な気分で入ったのだが、歩くだけでも結構大変。
すっかり夕方になり、上映会場へタクシーで移動。待ち合わせ時間より少し早く着いたので、いくつかギャラリーを散策。すると、巨大なギャラリー”時態空間”で呉文光さんに会う。彼は山形映画祭の常連だ。これからパフォーマンスがあるとかで、その映像を流すようだ。残念ながら、彼はその準備に忙しく、ゆっくり話は出来なかった。さらに、待ち合わせ時間になったので、映像も見れず。残念。
近くの川菜6号という四川料理のお店で食事。美味。上映時間が近づき、少し緊張。
さて、上映会場はNOW Design Clubという、まあ、ビデオ上映設備があるクラブのような所。上映環境としては、あまりいいとは言えない。とは言え、日本のドキュメンタリーが公式にまとめて上映されるのは画期的なことのはず。昨年は、この場所で最新の中国のドキュメンタリーも上映したそうだ。
中国語の同時通訳で来てくれるはずだった、ヒョウ・エンさんは都合で来られず、別の人がピンチヒッターで来てくださった。簡単な打ち合わせ。観客もパラパラ来る。日本から来ている人も居た。途中、出入りはあるが、50人ぐらいの人が見てくれただろうか。
上映が始まって、びっくり。英語字幕版を送ったはずなのだが、どこかの手違いで届いておらず、英字幕はなし。おまけにVHS、しかもダビングを重ねたビデオのようで、画質も悪い。「申し訳ないなあ」と思い、落ち着かず。けれども、通訳の方が一生懸命、中国語に訳してくれていて、ありがたい。(後で日本人に聞いたらかなりうまく通訳してくれていたようだ。)なんとも落ち着かない気分で上映が終わると、一応、拍手が。そして、監督として紹介されて、質疑応答。この映画を作った気持ちを中心に質問が出る。また、中国では今、北京市郊外にニュータウンが出来ているので、興味深かったという話も出た。30分の間、質問は途切れず、ありがたかった。
その後、近くの喫茶店で軽い打上げ。ブラジル出身のアンディーさんが、現在、サンタフェボゴダで映画祭を企画していて、『ニュータウン物語』も上映したい、という話になった。次はブラジルか?とうれしくなる。
とりあえず、上映が終わってほっとする。

5月2日
午後6時半出発の飛行機なので、多少、のんびり出来たのだが、両替等も心配だったので、早めに成田空港に向かう。
無事、元への両替も出来(後で知ったのだが、空港での元への両替は、昨年12月に始まったばかりだそうだ)、特に問題もなく一路、北京へ。
空港へは国際交流基金北京事務所の栗山さんが迎えに来てくださっていて、上映会場のある、北京大山子芸術区へ直行する。暗くてよく分からなかったが、工場街をかなり歩いた所に、芸術区がある。作品は上映中だったが、今晩はパーティーをやっているとかで、その会場へ。日本から来ている、藤岡さん、出品作家のまんまさちこさんとも合流。まんまさんの作品は、ついさっき上映が終わったばかりだった。中心人物・黄鋭さんにも会う。当然ながら、7年前、大阪平野で一緒に出品したことは覚えていなかったけど。
少し、ビールを飲んでから、さらに移動。タクシーを降りて、店の場所が分からず、数人で道に迷う。典型的な下町・胡同(フートン)を歩きながら、シュー・ヤン(今回の上映会のキュレーター)が、「こういう場所、観光客が夜は来ないから貴重だよ」と言っていた。路地をさまよいながら、私もおもしろがっていた。
店に着いて、しばし歓談。他の映画祭の人も来ていて、明日の朝帰る藤岡さんを囲んでいた。
夜遅く、ホテルに着く。シュー・ヤンのおかげでかなり安くしてもらったとか。就寝。

5月1日
朝、岡山をたっていざ大阪へ。
今日からついにシネ・ヌーヴォでのモーニングショーがスタート。映画の日ということもあるのか、まずまずの入り。(正直言って、東京の初日より良かったりするのですが・・。)やはり初日は緊張する。上映前に舞台挨拶。つい緊張して同じことを何度も喋ってしまう。
上映中、景山さんとしばしお話。
上映後、次の回のこともあるので、あまり喋る時間もなし。パンフレットを買って読んでください、と思わず営業(?)。映画館の外で何人かに話しかけられた。
今日の毎日新聞大阪版にはインタビューが載っていた。3週間、多くの人が足を運んでくれますように。
新幹線で、東京へ。一旦事務所に行くと、2通の請求書。うーん、また胃が痛くなりそう。
明日からは、北京だ。


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