平成17年9月15日判決言渡同日原本領収裁判所書記官長岡正美
平成13年(行ウ)第14号処分無効確認等請求事件
口頭弁論の終結の日 平成17年5月26日
判 決
(住所 略)
原 告 新井秀雄
同訴訟代理人弁護士 島田修一
同 野澤裕昭
東京都千代田区霞が関1丁日1番1号
披 告 国
同代表者法務大臣 南野千恵子
同指定代理人 榮岳夫
同 大竹里津子
同 渡邊治雄
同 関谷繁二
同 岡田誠治
同 矢作 弘
同 郡 正彦
同 本間雅子
主 文
1 本件訴えのうち無効確認を求める部分の訴えを却下する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告が原告に対し平成13年1月4日付けでした文書による厳重注意が無効
であることを確認する。
2 被告は、原告に対し、500万円を支払え。
第2 事案の概要
本件は、厚生労働省の施設等機関である国立感染症研究所(以下、平成9年
4月1日付けの名称変更の前後を問わず、「感染研」という。)に勤務する厚
生技官であった原告が、感染研所長がした文書による厳重注意が無効であるこ
との確認と、国家賠償法1条1項に基づき同厳重注意により精神的苦痛を受け
たことに対する損害賠償を求めた事案である。
1 争いがない事実等(証拠により認定した事実は、括弧内に証拠番号を記すが、
重複して証拠が提出されている場合は、先に提出された証拠番号のみ記す。)
(1)当事者等
ア 原告は、昭和41年4月、厚生技官研究職として被告に採用されて国立
予防衛生研究所(平成9年4月1日付けで感染研に名称変更。)に入所し、
平成13年1月4日当時は細菌部主任研究官の地位にあった(平成15年
3月末日、退職した。)。
イ 感染研は、厚生労働省組織令1 35条に定める厚生労働省の施設等機関
の一つであり、同組織令140条により、感染症その他の特定疾病及び食
品衛生に関する調査研究等を行っている機関である。
ウ 平成13年1月4日当時の感染研の所長は竹田美文(以下「竹田」とい
う。)、副所長は倉田毅(以下「倉田」という。)であった。
(2)文書による厳重注意に至る経緯
ア 感染研は、平成4年10月、東京都品川区上大崎から東京都新宿区戸山
に移転した。
イ 感染研の移転は昭和54年ころから職員の間でも話題となっていたが、
原告は、感染研のように膨大な病原体、有害化学物質、実験動物等を用い
て実験を行う施設を住宅密集地におくことは、周辺地域に対する生物災害
(バイオハザード)や環境汚染の危険の観点から許されるべきではないと
考えていたため、折りに触れ、著書を著したり、厚生労働省設置前の厚生
省(以下「旧厚生省」という。)の職員組合紙や一般雑誌に、住宅密集地
域への感染研の移転反対の立場からの寄稿文や論文を寄稿していた。(甲
3、21、131、原告本人)
同様の考えを持つ職員は原告以外にもおり、感染研内の組織である学友
会が発行する会報や旧厚生省職員組合紙にも、同様の趣旨の寄稿文が寄せ
られることがあった。(甲19、20、130、15 0、1 5 2)
ウ そのような中、原告は、感染研の移転反対運動をしており、後に感染研
移転あるいは実験等の差止めを求める訴訟の原告の1人ともなる芝田進午
を知り、その考え方に共鳴するようになった。原告は、そのころから感染
研移転に反対する周辺住民らの会合等にも出席するようになり、後に同訴
訟の原告となる住民らとの親交を深めるようになった。(甲3)
エ 平成元年、感染研の所在地周辺である東京都新宿区戸山地区及び早稲田
地区に居住又は通勤する住民らが、国を被告として、当庁に対し、感染研
の移転等の差止めを求める訴訟を提起した(当庁平成元年(ワ)第3621号
他。感染研移転後は実験等の差止めを求める訴えに変更された。以下「実
験等差止請求訴訟」という。この訴訟は平成13年3月27日、請求棄却
の判決がされ、控訴審おいても病原体等の漏出の危険は認められないとし
て控訴が棄却され、上告、上告受理申立ても棄却され、確定している。)。
同訴訟においては、被告国が証拠として提出したオピアット博士及びリ
ッチモンド博士による査察報告書の署名を倉田が行ったことを巡り当事者
間で紛争が生じ、倉田は文書偽造罪で告発されるとともに、この問題が署
名偽造問題として新聞や週刊誌に報道されるなどした。(甲10、11)
オ 平成4年ころになると、感染研の移転に反対する趣旨の原告の発言が写
真週刊誌等の雑誌などに取り上げられることがたびたびあった。(乙88
ないし91)
また、原告は、平成5年10月15日から平成6年5月24日までの間
に3回にわたり、実験等差止請求訴訟の原告ら申請証人として移転反対の
立場から証言を行った。(甲1 4 9の1ないし3)
カ これらの原告の行動に対して、感染研は、原告の発言等を問題視するよ
うになり、原告を懲戒等の処分の対象にするかを検討したが、発言が引用
された雑誌が写真週刊誌などの娯楽性の強い雑誌等にとどまっていたこと
などから、実際に処分はされなかった。(証人倉田、原告本人)
キ 原告は、平成12年11年10日、幻冬舎から「科学者として」と題す
る著書(甲3.以下「本件著書」という。)を出版した。本件著書には、
別紙「本件著作及び本件記事の具体的内容」イないしクの記載がある。
原告は、その出版に先立ち、週刊誌「週刊文春」の取材に応じた。取材
後、F週刊文春」同年11月2日号の38ないし40ページに、原告の発
言として、別紙「本件著作及び本件記事の具体的内容」ア記載のとおり掲
載された(甲4.以下、同記事を「本件記事」、本件記事に引用された原
告の発言を「本件発言」、この取材を「本件取材」という。)。原告は、
本件取材に応じて、本件発言と概ね同趣旨の発言をしていた。(原告本人)
ク 感染研は、平成6年7月14日部長会決定に係る「研究部における報道
関係への取材対応について」と題する文書(以下「本件内規」という。)
において、(1)研究部職員が電話等で新聞社の社会部や週刊誌等の記者から
直接取材を求められた場合、その取材内容が予研の業務や厚生行政に関わ
る内容(所として対応すべき内容)と判断されたときは、@当該職員は、
取材申込者に対し、総務部庶務課が取材申込みの窓口である旨告げて当該
電話を広報窓口である同庶務課長に転送し、A転送するか否かの判断が難
しい場合は、担当部長等と相談の上その取材の諾否を決めること、(2)取材
を受けた研究部職員は、担当部長等の判断と責任の下に、その取材内容の
重要性に応じて、取材結果報告書を総務部庶務課に提出することとする旨
定めていたが、原告は、本件取材の事前事後を通じて、本件内規に定めら
れたいずれの手続も採らなかった。(乙6)
ケ 感染研では、本件著書及び本件発言の内容が、感染研からの病原体等の
漏出の危険性を従前より具体的に指摘するものであるとともに、署名偽造
問題を厳しく糾弾するなど刺激的な内容であったこと、本件発言が従前の
娯楽性の強い雑誌等とは異なり社会的影響が大きい週刊誌に掲載されたこ
と、原告が本件内規に違反したと考えられたことなどから、原告を処分の
対象とすることを検討した。(証人倉田)
コ 竹田は、平成12年11月27日、倉田や荒木総務部長ら立会の下、本
件発言等について、本件記事のコピーを示すなどして原告に対し聴聞を行
った。その際、原告は、本件発言をしたことは大筋において間違いがない
ことや、本件内規は知っているが、本件取材は本件内規に該当する場合で
はないと考えたことなどを回答した。(証人倉田、原告本人)
サ 以上の聴聞の結果等を踏まえ、竹田は、感染研所長として、平成13年
1月4日、原告に対し、文書による厳重注意をした(以下「本件注意」と
いう。)。その文書には、次のとおり、記載されていた。(甲1、証人倉
田、原告本人)
「 あなたは、「週刊文春」平成12年11月2日号(平成12年10
月25日発売)で掲載されたあなたの発言及びあなたの著書である「科
学者として」(平成12年11月10日幻冬舎より発行)において、当
研究所の研究内容や運営実態を歪曲し、幹部職員を事実に反して誹膀中
傷する内容を発表したことは、当研究所の信用を著しく傷つけ、公務の
円滑な遂行に支障を来すものであり、誠に遺憾である。
よって、今後かかることのないよう厳重に注意する。」
(3)勤勉手当支給の根拠及び平成13年6月支給の原告の勤勉手当に関する法
令等の定め
ア 勤勉手当は、6月1日及び12月1日の各基準日に在職する職員に対し、
基準日以前6か月以内の期間におけるその者の勤務成績に応じて、それぞ
れ基準日の属する月の人事院規則で定める日に支給するものとされている
(一般職の職員の給与に関する法律19条の7第1項前段)。
イ これを受けた人事院規則9−40では、勤勉手当の支給割合は、職員の
勤務期間による割合に職員の勤務成績による割合を乗じて得た割合とする
こと、前記期間による割合は、評定期間における職員の勤務期間の区分に
応じて、同規則別表第2に定める割合とすること、再任用職員以外の職員
に係る成績率は、6月に支給する場合においては100分の120の割合
の範囲内で、各庁の長が人事院の定めるところによる旨規定している。
(乙1)
ウ 人事院は、「期末手当、勤勉手当及び期末特別手当の支給について(通
知)」(昭和38年12月20日付け結実甲220)により、人事院規則
9−40第13条が規定する6月に支給する勤勉手当の支給に係る職員の
成績率について、当該職員の勤務評定記録書又は勤務成績を判定するに足
ると認められる事実を考慮の上、再任用職員以外の職員のうち、評定期間
における勤務成績が特に優秀な職員にあっては100分の80以上、評定
期間における勤務成績が優秀な職員にあっては100分の70以上100
分の80未満、評定期間における勤務成績が良好な職員にあっては100
分の60、そのほかの職員にあっては100分の60未満の各割合の範囲
内で定めるものとする旨の通達を発出している。(乙2)
エ 旧厚生省では、「平成10年丙第569号の一部改正について(通
知)」(平成12年11月24日付け丙第1691号)において、評定期
間において人事管理上必要な処分として訓告、文書による厳重注意を受け
た職員については、勤勉手当の成績率を、6月に支給する場合においては
100分の55とする基準を定めていたが(乙3の1、2)、厚生労働省
の設置後、厚生労働大臣は、勤勉手当の成績率に関し、上記の旧厚生省の
人事課長通知を改め、「勤勉手当の取扱いについて(通知)」(厚生労働
省大臣官房人事課長、平成13年5月31日付け人発第675号。以下
「本件厚労省通達」という。)により、「評定期間において人事管理上必
要な措置として訓告、文書による厳重注意を受けた職員の成績率の取扱い
については、別に定めることとしたので、所管部局を経由のうえ当課に個
別に協議すること」と定め、これを平成13年6月1日を基準日とする勤
勉手当から施行するとする通達を発出した。(乙4)
オ 平成13年6月1日を基準日として支給される勤勉手当は、平成12年
12月2日から平成13年6月1日までを評定期間とし、その期間におけ
る勤務成績に応じて、同月29日に支給されるものであったところ、竹田
は、原告に対し、勤勉手当の成績率を100分の55と定めて支給するこ
とを決定し、平成13年6月29日、被告は原告に41万2146円の勤
勉手当を支給した。
2 争点
(1)本件注意の無効確認を求める訴えに訴えの利益があるか
(2)本件注意の違法性
(3)慰謝料の額
3 争点に関する当事者の主張の要旨
(1)争点(1)(本件注意の無効確認を求める訴えに訴えの利益があるか)
(原告の主張)
原告は、行政事件訴訟法4条後段の「公法上の法律関係に関する訴訟」と
して本件注意の無効確認を請求するものであるが、過去の事実行為であって
も、それを受けたことに伴う不利益が現存し、その無効確認によって当該不
利益が回復することが客観的にみて当然に期待される場合には、その無効確
認を求める法的利益がある。本件においては、本件注意が成績評価の中でマ
イナス要素とされ、勤勉手当の減額の理由となっているから、原告には本件
注意の無効を確認する利益がある。
(被告の主張)
確認の訴えは、現在の権利又は法律関係の存否の確認についてのみ許され
るもので、単なる事実行為の存否の確認を求めることは許されない。
本件注意は、国家公務員法上明文で定められている処分ではなく、職員が
職務上の義務に違反した場合その他職務遂行上不適当な行為があった場合に
おいて、任命権者又は指揮監督の権限を有する上級の職員が当該職員の職務
履行の改善向上を図るために当該注意義務について注意を喚起し、将来を戒
めるための事実行為に過ぎない。また、本件注意は、原告の勤勉手当が減額
された理由となっていないから、その無効を確認しても原告の不利益は回復
されない。
したがって、原告に本件注意の無効を確認する利益はない。
(2)争点(2)(本件注意の違法性)
(原告の主張)
ア 本件注意は国家公務員である原告に対する制裁的行為であり、被処分者
の名誉、信用を著しく傷つけることになるから、処分権者は、被処分者の
法的利益を侵害しない注意義務を負う。ところが、本件注意は、原告の科
学者としての知見と良心に基づいた正当な言論活動に対する干渉、弾圧で
あり、処分理由とされた「歪曲」、「誹膀中傷」は事実無根である。原告
は事実を「歪曲」し、幹部をr誹膀中傷jする人物との汚名を着せられた。
よって、本件注意は違法であり、被告には国家賠償法1条1項に基づく責
任がある。
なお、本件注意のような厳重注意は制裁的行為であり、これを受けた者
の信用を低下させ、名誉感情を害するから、本件著書や原告の発言が事実
を歪曲し、幹部を誹膀中傷するものであることを被告が立証しない限り、
違法である。
イ 本件著書及び本件記事は、病原体等の研究などを行う感染研が住宅密集
地にあるという立地条件などからみて危険であるとの原告の意見を社会に
広く訴え、注意を喚起するとともに、国の生物災害対策の遅れを告発し、
その早急な改善を強く求める目的で出版された、公共性、公益性が極めて
高いものであり、国民の知る権利にも奉仕するものであるから、かかる原
告の言論活動は厳格に保護されるべきである。
(被告の主張)
ア 国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員
が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損
害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規
定するものである。
そして、国家公務員法99条が国家公務員による信用失墜行為の禁止を
定めていることからも明らかなように、組織が正常に機能し、組織目的を
的確に達成するためには、組織の信用やイメージを保持することが必要で
あるから、特定の組織に所属する者が、その組織体の規律に違反し、その
組織の信用、名誉を傷つける行為を行った場合に、その者に対して一定の
制裁を課すなどすることは、組織を正常に維持管理するための必要かつ合
理的な措置として許されるというべきである。
したがって、職員が国家公務員法99条に違反して信用失墜行為を行っ
た場合には、任命権者又は指揮監督の権限を有する上級の職員は、当該職
員に対し、その裁量権の範囲内で、当該行為の内容、態様及び程度等を勘
案し、懲戒処分を行ったり、厳重注意等の措置を採ることができるという
べきであって、厳重注意等の措置がこのような裁量権を濫用又は逸脱した
場合に限り、職務上の法的義務に違背するものとして、国家賠償法1条1
項の適用上違法となるものである。
イ 本件注意は、ウ以下のとおり、本件発言及び本件著書が、感染研の研究
内容や運営実態を歪曲し、幹部職員を誹膀中傷するなど国家公務員法99
条に違反するものであったことや、原告が本件内規に違反したことを理由
とするものであって、合理的な理由に基づくものである。したがって、本
件注意は、所長に認められた指揮監督の裁量権を濫用ないし逸脱したもの
ではないから、違法ではない。
本件注意は原告の表現活動に対するものであるが、個人の表現活動とい
えども無秩序に認められるわけではない。事実に反し、相当な根拠もない
のに、社会的評価を毀損する行為を行うことは違法であり、これに対して
厳重注意をしたからといって、正当な内部告発を行うことが抑制されるこ
とはない。
ウ 本件著書及び本件発言は、別紙記載のとおり、次の@ないしBの各事実
を摘示したものであるところ、本件注意は、エ以下で述べるとおり、本件
著書及び本件発言が、次の@、Aの点で感染研の研究内容や運営実態を歪
曲し、次のBの点で幹部職員を事実に反して誹膀中傷する内容を発表した
ことを理由とするものである(以下、次の@ないしBの摘示事実を番号に
応じ「摘示事実@」等という。)。
@感染研の排気、排水あるいは感染研から逃げ出すゴキブリ等の害虫か
ら病原菌、ウイルス及び発ガン物質(以下「病原体等」という。)が漏
出する可能性や危険性が高いという事実
A地震や火災爆発によって感染研から病原体等が一気に漏出する可能性
や危険性が高いという事実
B倉田が、オビアット博士及びリッチモンド博士作成名義の査察報告書
を偽造(署名偽造)するという犯罪行為を行ったという事実
エ 摘示事実@は、感染研の排気や排水、あるいは感染研から逃げ出す害虫
等から病原体等が漏出する可能性や危険性が高いとするものである。
しかし、感染研の実験施設は、以下にみるとおり、排気や排水、昆虫に
よる病原体等の漏出の危険はない。
(ア)排気システム等について
P3実験区域の給・排気設備は独立した系統とされ、かつ、実験室内
の空気を外部に漏出させないようにされている。また、各実験室内及び
安全キャビネットの排気口には、HEPAフィルターが取り付けられて
いる。その規格は、粒径0.3ミクロンのDOP粒子の99.97パー
セントの採集性能を有し、生物災害防止を目的として使用される場合は、
走査試験を行ったもので99.99パーセント以上の採集性能をもつも
のが使用される。特にP3実験区域ではHEPAフィルターが二重に使
用されている。
また、P3実験室ではクラスU型の安全キャビネットを用いている。
安全キャビネットにもHEPAフィルターが取り付けられ、その保守点
検として、風速・風量試験や性能試験が行われるとともに、安全キャビ
ネット内部及び実験室については、ホルマリン薫蒸が行われている。
さらに、P3実験区域用の給・排気系統に異常が生じた場合は、自動
的に陰圧保障ファンに切り替わるし、安全キャビネットの排気系に異常
が発生した場合は、安全キャビネット本体やP3管理室等の監視盤に異
常警報が表示される。
(イ)排水システムについて
P3実験区域の排水は独立した系統とされ、数次の滅菌処理を行って
から放流しており、異常発生時には、排水処理室、中央監視室の監視盤
に異常警報が表示され、滅菌後の最終放流を中止する仕組みとなってい
る。
P2実験区域の排水は、受入槽に集約され、中和処理、消毒処理をし
た上で、公共下水道本管に排出されている。実験動物管理区域の排水は、
固形物を放流基準以下まで除去した上、消毒し、公共下水道本管に放流
している。
RI管理区域の排水は、希釈槽に移す前と、希釈槽から公共下水道本
管に移す前に各2回排水中のRI濃度のモニタリングを行い、法令で定
められたRI濃度以下であることを確認している。
(ウ)害虫等による病原体漏出防止策について
P3実験区域では、実験室が地下3階の管理区域に存在し、実験区域
の外壁は厚さ60センチメートルの鉄筋コンクリートで作られており、
出入口はエアロック方式の二重ドアによる隔離構造になっている。
実験動物管理区域は、地下2階の外部への出入口から奥まった位置に
配置され、2か所の自動的に閉鎖される扉が設置されている。また、地
下外壁と実験室との間には、壁による緩衝帯が設けられ、実験動物管理
区域入口から各実験室や検疫室内の動物実験室に至る間は、最低でも4
か所の扉で遮断されており、動物飼育室のドアにはネズミ返しが設置さ
れている。
そして、戸山庁舎の感染動物は、すべて密閉型のボックス内に収容さ
れるので、ゴキブリその他の害虫の侵入は不可能である。
オ 摘示事実Aは、地震や火災爆発によって感染研から病原体等が一気に漏
出する可能性や危険性が高いとするものである。
しかし、戸山庁舎は、以下にみるとおり、耐震構造、耐火建築とされる
などしており、地震や火災爆発によって、感染研から病原体等が漏出する
ことはない。
(ア)地震に対する対応等について
戸山庁舎は、主要構造部が鉄骨鉄筋コンクリート造り、その一部が鉄
筋コンクリート造りの耐震壁を有する剛性の高い建物であって、建築時
の構造耐力は、通常建物の1.3倍以上である。そして、特に、地下3
階部分は、厚さ60センチメートルの壁で建築された上、二重壁になっ
ている。また、主要な機器類は、アンカーボルトや耐震ストッパー等に
より床や壁に固定されており、配管類は、L字型の剛材等で躯体に固定
し、脱落しないようにされている。安全キヤビネットも、転倒防止用の
振れ止め支持金具等により床や壁に固定されている。
中規模以上の地震発生時には、地震感知器が作動して、中央監視室及
びP3管理室の監視盤に警報表示を行う。その場合、管理区域内の職員
等は、直ちに実験を中止し、実験操作指針に基づく処置を行った上、実
験室を閉鎖して、退出することとされているし、大規模な地震により機
械が停止すれば、強制排気は行われない。
(イ)防火対策等について
戸山庁舎は、建築基準法に定める耐火建築物となっており、庁舎全体
で不燃化が図られているとともに、延焼と煙の拡散防止のため、庁舎を
一定面積ごとに耐火構造の床、壁又は防火戸で区画した上、階段室、パ
イプスペースやエレベーターシヤフト等の各階を貫通している部分やボ
イラーのある機械室及び電気室、P3実験区域、RI管理区域並びに実
験動物管理室等についても防火区画としている。
さらに、P3実験室は、火気の使用を極力制限することとしており、
ガスの配管はない。また、爆発物はもとより可燃性物質も持ち込まない
ことを原則としているから、火災発生の可能性は極めて低い。
仮にP3実験区域内で火災が発生した場合、自動火災感知器が作動し
て、防災センター、中央監視室及びP3管理室の監視盤に警報表示を行
い、P3実験区域の給・排気装置が自動火災報知器に連動して自動的に
停止するほか、排水処理装置も停止する。この場合、実験者は、実験操
作指針に基づき、病原体等の殺菌、密閉処置をとるとともに、備付けの
消火器で消火に当たる。また、消火不能のときは、直ちにP3実験室か
ら脱出し、同実験室のドアの閉鎖を確認する。実験者は、これらの処置
後、直ちに防災センター、管理室長及び危害防止主任者に火災の発生を
通報し、管理室長は、管理区域内の職員等を管理区域から退出させると
ともに、管理区域の給・排気系統を閉じ、管理区域を密閉するものとさ
れている。
カ 摘示事実Bは、倉田が、オビアット博士及びリッチモンド博士作成名義
の査察報告書の署名を偽造したとするものである。
しかし、倉田は、両博士からそれぞれ了解を得てその署名を代行したの
であって、署名の偽造をしたものではない。原告は、倉田に署名代行権限
を与えた旨の両博士作成の書簡を見て、倉田の行為が署名偽造に当たらな
いことを十分認識していたにもかかわらず、摘示事実Bのとおり摘示した。
キ 以上のとおり、摘示事実@、Aは、感染研の研究内容及び運営実態を歪
曲し、摘示事実Bは、幹部職員を事実に反して誹膀中傷したもので、不適
切な内容のものであった。
ク 原告は、研究部職員が週刊誌等の記者から直接取材を求められた場合に、
内容により総務部庶務課長に転送し、あるいは担当部長等と相談をするこ
となどを定めた本件内規に反して、本件記事の取材に応じた。
ケ 竹田は、本件記事の原告の発言及び本件著書の記載が、感染研の研究内
容や運営実態を歪曲し、幹部職員を誹膀中傷し、もって、感染研の社会的
評価を毀損するものであることや、原告が本件内規に違反したことを理由
として、本件注意を行ったものであり、竹田の有する指揮監督権の行使に
当たり、裁量権の濫用逸脱はない。
(原告の反論)
ア 被告は、摘示事実@、Aが、感染研の研究内容や運営実態を歪曲し、幹
部職員を事実に反して誹膀中傷するものとして本件注意をしたが、本件発
言(ただし、原告は、病原体等の漏出の可能性や危険性が高いという表現
をしておらず、本件発言中のかかる部分は、編集者が勝手に作出したもの
である。)及び本件著書は、イ以下のとおり、客観的証拠に基づいた真実
を記載したもの、あるいは、原告が真実と信じるにつき相当な理由がある
事実を記載したものであるから、仮に、本件著書及び本件記事の内容が感
染研の名誉や信用を毀損するものであったとしても、違法性がない。
被告は、上記のように違法性がない正当な言論活動に対して厳重注意と
いう不利益処分を課したのだから、本件注意は違法である。
イ 感染研の安全対策の遅れ、人為的な過誤の危険等
WHOの「病原体実験施設安全対策指針」が実験室からの病原体等の漏
出の危険性があることを前提としていることなどからも明らかなようにバ
イオ施設は本来的に危険な施設である。感染研もかかる観点から病原体等
安全管理規定を設けているが、当該規定は、病原体の危険度分類や立地条
件の面などにおいて、諸外国の規定と比べて遅れた内容となっている。現
に、感染研はボルナ病ウィルスを危険度分類のクラス2と位置づけ、遺伝
子組替実験を行っているが、各国ではボルナ病ウィルスをより危険度の高
いクラス3と位置づけている。
実験室内の感染についてみても、感染研の報告では、昭和47年までに
80例があり、昭和57年から平成5年までの間に少なくとも9件の事故
が発生している。また、感染研では、施工管理から日常の安全管理に至る
まで、病原体等を扱うにふさわしい管理が行われていないことが、施設ト
ラブル事例からうかがえる。これらのことから明らかなように、いかに設
備面での安全を誇っても、人為的な過誤による災害の発生は不可避である。
ウ 摘示事実@について
(ア)被告は、感染研から病原体等が漏出しない根拠としてHEPAフィル
ターの使用を挙げるが、安全キヤビネットに使用されるHEPAフィル
ターの捕集性能は現場試験で確認されていないし、そもそも感染研が使
用するHEPAフィルターは実験室内のエアロゾルを100パーセント
捕集できるものでもない。HEPAフィルターの使用によっても、感染
研が取扱う膨大な病原体等を完全に捕捉することは不可能であり、毎日、
大量の病原体等が外部に排出されていることは明らかである。
(イ)P2実験室からの排水のうち、一般実験系排水処理系統による排水は、
滅菌や消毒はされず、受入槽で中和処理し、中和を監視し、下水道基準
による放流基準値の遵守を行っているにすぎないから、病原体等が排水
中に含まれていても、監視機能は働かず、放流中止になることはない。
また、P2実験室からの排水処理施設は後に設置されたものであるが、
専門業者による保守管理がP3排水滅菌処理設備と比べ綿密ではない。
平成8年官庁標準によれば、「大地震後も継続して使用される施設に
おいては、敷地外への放流が不可能となった場合でも、相当期間の排水
機能を確保する」ことが要求されており、感染研の排水処理系統は、い
ずれも対応が不十分である。
このように、感染研の排水処理施設には不備があり、病原体等が漏出
する可能性を否定できないものである。
(ウ)被告は、P3実験区域は隔離構造になっているし、実験動物管理区域
はネズミ返し等が設けられているから害虫の進入は不可能だと主張する
が、一般実験棟や研究室については、何らの防止策はされていない。
実験動物や昆虫類は、病原体等の媒介動物であり、管理は厳重になさ
れねばならないところ、感染研では、実験動物の管理は十分でない。
現に、感染研施設内にはゴキブリが徘徊するなどしており、病原体等
が漏出する危険性がある。
エ 摘示事実Aについて
(ア)現在、首都圏ではいつ大地震が起きても不思議ではない。建築基準法
上の耐震基準は、病原体等の漏出防止の観点から定められたものではな
いから、大地震発生時やその後において病原体等が漏出しないような耐
震性を設備に備えるためには、建築基準法にさらに上乗せした耐震性が
確保されることが望ましいというべきであるが、感染研は、平成8年官
庁基準による耐震診断すら実施しておらず、その基準を満たしていない。
(イ)火災発生により、P3実験区域の給・排気系統は停止するから、キャ
ビネット、実験室内の陰圧状態は瞬時に消滅し、1次バリアー及び2次
バリアーとも消失する。
また、コンクリート等の燃えない材料で囲まれた部屋の火災は、不完
全燃焼しやすく、大量の煙を発生しながら長時間燃える特徴がある。P
3施設では、病原体等の拡散防止のため、排煙設備を設置することがで
きず、スプリンクラーも設置していないから、危険極まりない設備とな
っている。
火災発生時に、実験者は、扱っていた病原体等の密閉行為を行い、消
火活動を行うことになるが、煙による無視界状態の中、これらの作業は
不可能に近い。消火不能のときは、実験室から脱出するが、その際、予
防衣の着脱、手洗い、履き物の交換等の手順を踏むことは困難であり、
実験者とともに病原体が外部に漏出する危険性がある。
P3実験室、P3管理室、RI管理室等は、防火区画が個別にされて
おらず、火災が区域全体に容易に広がる可能性がある。
オ 摘示事実Bについて
被告は、倉田に署名代行の権限があった旨主張するが、倉田は、本件査
察報告書を裁判所に証拠として提出してから約1年の間、自らが署名した
事実を秘匿していた。
原告は、オビアット博士及びリッチモンド博士は、裁判所が定めた提出
期限の前に査察報告書を作成していたこと、当時、感染研の副所長であっ
た森次保雄が、「この報告書は下書きであり、倉田が内容について訂正を
求めていると報告を受けた。」旨述べたと報道されていたこと、細菌部の
ミーティングにおいて、渡辺治雄細菌部長から、「倉田は、部長会で、
『本当はそんなことはしたくなかったけれども、感染研のために、大所高
所から考えると、自分が泥をかぶってもそれをやらなければいけないと決
意した』と告白した。」などと聞かされたことなどから、オビアット博士
及びリッチモンド博士が倉田に署名代行を依頼したとの両博士の書簡は信
用性がないと判断したものである。
カ 本件記事に係る取材の内規違反について
被告は、本件内規違反を主張するが、原告は、本件取材に対し、個人と
しての科学的知見や見解を表明したに過ぎず、内規にいう「感染研として
対応するべき内容」にはあたらないから、原告には本件内規違反はない。
キ 以上のとおり、本件注意は、処分の理由を欠いた違法なものであるから、
被告は、原告に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う。
(3)争点(3)(慰謝料の額)
(原告の主張)
本件厳重注意により、原告は、「事実を歪曲」し「幹部を誹膀中傷」する
人物との汚名を着せられ、その名誉及び信用を著しく害され、精神的苦痛を
受けた。その精神的苦痛を金銭に換算すれば500万円を下らない。
(被告の主張)
争う。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)について
(1)確認の訴えは、原告の権利又は法律的地位についての現在の危険ないし不
安が現に存在し、かつその危険又は不安を除去するための紛争解決の手段と
して有効適切である場合に限り、訴えの利益が認められる。単なる過去の事
実の確認を求める訴えについては、法律上の利益がないものとして訴えの利
益が認められない。
厳重注意は、国家公務員法に規定されている制裁である懲戒処分(行政処
分)ではなく、職員が職務上の義務に違反した場合その他職務上不適当な行
為があった場合において、上級の職員が当該職員の職務履行の改善向上を図
るために注意を喚起し、将来を戒めるために行われる事実行為であって、法
的に不利益を課すものではない(原告も本件注意が抗告訴訟の対象となる行
政処分でないことは争っていない。)。厳重注意である本件注意は過去の事
実行為というほかない。
(2)これに対し、原告は、過去の事実行為であっても、それに伴う不利益が現
存し、その無効確認によって当該不利益が回復することが客観的にみて当然
に期待される場合には、その無効確認を求める法的利益が認められるべきで
あるとし、本件注意は原告に対する平成13年6月期の勤勉手当の支給率を
減ずる理由となっているから、本件注意の無効確認を求める訴えの利益が有
ると主張する。
しかし、本件厚労省通達発出の経緯及び同通達の内容(第2、1(3)エ)に
照らせば、厳重注意と勤勉手当の支給率とが結びつけられていないことは明
らかであり、本件注意の無効が確認されたとしても、原告に生じた勤勉手当
の減額という不利益が回復されるものではない。
(3)以上によれば、本件注意は事実行為にすぎず、本件注意の無効を確認する
ことによって、原告の権利又は法律的地位についての現在の危険ないし不安
が除去されるものではないから、請求の趣旨第1項の訴えについては確認の
利益がなく、不適法な訴えである。
2 争点(2)について
(1)職員に対する厳重注意は、前記のとおり、職員に法的な不利益を課すもの
ではなく、当該職員の職務履行の改善向上を図るために注意を喚起し、将来
を戒めるために行われる事実上の行為である。そして、厳重注意は、規律に
違反し、あるいは組織の信用や名誉を傷つける行為を行った職員に対して、
当該職員の行為の内容や程度に応じて、組織を正常に維持管理するための必
要かつ合理的な措置として行うことが許されるものである。
そうすると、厳重注意をするか否か(重い制裁である懲戒処分等を行うか、
あるいは何らの行為もしないこととするか。)、厳重注意は文書で行うか口
頭だけで行うか(文書による厳重注意の方が重いと位置づけられている。)
などの判断は監督権者の裁量に委ねられていると解される。監督権者は、問
題とされた職員の行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響のほか、当該
公務員の行為の前後における態度、処分歴、選択する措置が他の公務員や社
会に与える影響等諸般の事情を考慮した上で、裁量により、厳重注意をする
か否か、文書によるか否かを決定することができるというべきである。
したがって、厳重注意は、監督者に委ねられた裁量権を逸脱し又はこれを
濫用した場合に限り、違法と評価される。
(2)本件注意は、第2、1(2)サのとおり、原告による本件著書や本件発言が、
感染研の研究内容や運営実態を歪曲し、幹部職員を誹膀中傷し、感染研の信
用を著しく傷つけ、公務の円滑な遂行に支障を来したことを理由として行わ
れたものである。
原告は、第2、1(2)キのとおり、感染研からの排気、排水、害虫逃げ出し
の危険性、地震や火災等が発生したときの危険性に関して、週刊文巻の取材
に答えて、別紙「本件著作及び本件記事の具体的内容」アに記載された趣旨
の発言をし(ただし、同アについては、原告は「可能性が高い」ではなく
「可能性がある」と述べたと認められる(原告本人)。以下「本件発言」と
いうときは、同ア記載のうち、「可能性が高い」を「可能性がある」と改め
たものをいう。)、これが本件記事になり、著書「科学者として」を出版し、
その中で同イないしカの記載をした。また、倉田による文書偽造問題に関し
て、同著書において、同キ、クのとおり、記載した。
これらの記載内容は、本件著作や本件記事を読んだ一般人に対し、あたか
も感染研の設備に欠陥があるために、病原体等が漏出して生物災害が発生す
る具体的な可能性や危険性があるとか、倉田が感染研の意向を受けて犯罪行
為を行い、感染研も組織ぐるみでそのような犯罪行為を行ったとの印象を与
えるものであることは明らかである。そして、本件著書及び本件発言に含ま
れるこれらの記載は、これを読む一般人が、感染研の安全対策や体質、ある
いは感染研幹部職員である倉田個人及び感染研という機関の遵法精神等につ
いて著しく疑問を有する結果となり、ひいては、感染研や倉田の社会的評価
を著しく低下させるものであると認められる(本件発言は「可能性が高い」
でなく「可能性がある」と述べたものであったが、本件発言が感染研の安全
対策等に疑問を抱かせ、社会的評価を低下させるものであることには変わり
がない。)。
そうだとすれば、本件注意の理由とされている事実、すなわち、本件著書
及び本件発言による感染研等に対する信用低下という事実はあったというこ
とができる。
しかしながら、他方、証拠(甲3、原告本人)によれば、本件著書は、病
原体漏出の可能性や危険性を否定できない施設を住宅密集地におくべきでは
ないとの信念のもと、なぜ原告がそのような考えに至ったのかなどを、原告
の研究歴や感染研に勤務した経験等の紹介を交えながら明らかにするもので
あって、ことさらに感染研の社会的信用を低下させることを目的として原告
が著したものでないこと、本件取材に応じ、本件発言をしたことについても、
同様の信念、動機から行われたものであると認めることができる。そして、
本件著書及び本件発言の内容が、真実であるか、あるいは真実と信じるにつ
いて相当な理由があるのであれば、本件著書及び本件発言は正当な表現活動
というべきである。本件著書及び本件発言の内容が真実であるか、又は真実
と信じるについて相当の理由があるのであれば、本件注意が前提とする事実
の歪曲、幹部に対する誹膀中傷という事実を欠くことにもなる。それにもか
かわらず、本件注意をしたというのであれば、他の諸事情も考慮するとして
も、監督者に委ねられた裁量権を逸脱、濫用したと認められる余地が大きく
なる。
以上のとおり、本件著書及び本件発言の内容について、これが真実か否か、
あるいはこれを真実と信じるに足りる相当な理由があったか否かは、本件注
意が裁量を逸脱、濫用したと認められるかどうかを判断するに当たって最も
重要な要素であるから、以下、この点について検討する。
(3)争いのない事実等(第2、1)に後掲証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、
次の事実が認められる。
ア 感染研の生物災害防止のための設備等について
(ア)感染研のP3実験区域(物理的封じ込めのレベルをP1ないしP4の
4段階に分ける。P3は厳重な方から2番目)の給・排気設備は、全外
気型空調機と屋上の排気ファンによる独立した給・排気系統とされ、常
時排気ファンの運転を行い、実験区域内における実験室内外の圧力差を
利用して給気風量を制御し、実験室内の空気が外部に漏出しないように
するため、実験室内を陰圧にしてー定の気流方向が保持されている。
また、エアロゾル(空中に安定して存在する微粒子)等の漏出防止の
ため、排気系統では、各実験室内及び安全キャビネットの排気口や実験
室ごとの排気風道、P3実験区域では、各実験室内の安全キャビネット
の排気口のほか、実験室の天井の排気口とダクト内に二重に、給気系統
についても給気ロに、それぞれHEPAフィルター(空中微粒子捕集用
高性能フィルター)が取り付けられている。
P3実験室では、クラスU型タイプBの安全キャビネット(安全キャ
ビネットとは、微生物・病原体等を取り扱う際に生じるエアロゾルを作
業空間に閉じこめるために用いる装置。封じ込めの段階によって、基本
構造上、クラスIないしVに分類される。)を用いて実験が行われてい
るが、この安全キャビネットにもHEPAフィルターが取り付けられて
おり、その保守点検として、風速・風量試験や性能試験が行われている
ほか、安全キャビネット内部及び実験室については、ホルマリン薫蒸が
行われている。
HEPAフィルターは、0.3ミクロン粒径のDOP粒子(DOPと
は、捕集性能の検査に用いる液体である。)において99.97パーセ
ントの捕集性能を保証する規格のものが用いられ、生物災害防止を目的
として使用されるHEPAフィルターは、走査試験を行ったもので、9
9.99パーセント以上の捕集性能のものが用いられている。
P3実験区域用の給・排気系統に異常が生じた場合には、監視装置が
実験室内外の空気圧力差の異常を検知し、給・排気ファンの異常を感知
すると、P3実験室、P3管理室及び中央監視室の監視盤に異常警報が
表示されるとともに、陰圧保障ファンに自動的に切り替わる仕組みとな
っており、また、安全キャビネットの排気系に異常が発生した場合は、
安全キャビネット本体に異常警報が表示され、P3管理室及び中央監視
室の監視盤に異常警報が表示される。(乙8、10ないし17、25な
いし30、33)
(イ)P3実験区域の排水は、他の排水とは独立した系統として管理され、
各実験室において高圧滅菌又は消毒滅菌をした後、排水滅菌処理装置に
より塩素消毒滅菌を行った上、沈殿槽を経て最後の消毒を行い、放流基
準値を満足させて公共下水道本管に放流される。
排水処理装置に異常が発生した場合には、排水処理室、中央監視室の
監視盤に異常警報が表示され、滅菌後の最終放流が中止される。
P2実験区域の排水は、受入槽に集約され、酸アルカリ中和を行った
後、次亜塩素酸ナトリウムで最終消毒した上で、公共下水道本管に排出
される。実験動物管理区域の排水は、排水を固液分離器(遠心式)及び
自然沈殿により固形物を放流基準以下まで除去し、最後に消毒を行い、
公共下水道本管に放流される。
RI(放射性同位元素)管理区域の排水は、希釈槽に移す前と、希釈
槽から公共下水道本管に放流する前に各2回排水中のRI濃度のモニタ
リングを行い、法令で定められたRI濃度以下であることを確認してい
る。(乙8、16、17、21、34ないし39、41)
(ウ)P3実験区域の実験室は、地下3階の管理区域に存在し、管理区域の
外壁は厚さ60センチメートルの鉄筋コンクリートで作られ、出入口は
エアロック方式の二重ドアが採用された隔離構造になっている。実験動
物管理区域は、地下2階の外部への出入口から奥まった位置に配置され、
2か所の自動的に閉鎖される扉が設置されている。そして、地下外壁と
実験室との間には、壁による緩衝帯が設けられ、実験動物管理区域入口
から各実験室や検疫室内の動物実験室に至る間は、最低でも4か所の扉
で遮断されており、動物飼育室のドアにはネズミ返しが設置されている。
戸山庁舎の感染動物は、すべて密閉型のボックス内に収容される。
(乙22)
(エ)戸山庁舎は、主要構造部が鉄骨鉄筋コンクリート造り、その一部が鉄
筋コンクリート造りであり、耐震壁を有する剛性の高い建物であって、
建築時の構造耐力は、通常建物の1.3倍以上である。特に、P3実験
区域のある地下3階部分では、壁の厚さが60センチメートルで建築さ
れ、壁が二重の構造となっている。
電気室、防災センター、機械室等に設置される受変電設備、自家発電
設備、防災設備、空調設備、給・排気設備等の主要な機器類は、アンカ
一ボルト、耐震ストッパー等により床や壁に固定されており、配管類は、
L宇型の剛材等で躯体に固定し、脱落しないようにされており、安全キ
ャビネットについても、転倒防止用の振れ止め支持金具等により床や壁
に固定されている。
中規模以上の地震が発生したときは、地震感知器が作動して、中央監
視室及びP3管理室の監視盤に警報が表示され、管理区域内の職員等は、
直ちに実験を中止して、実験操作指針に基づき病原体等を高濃度消毒薬
槽に投入殺菌又は高圧滅菌器に密閉し、実験室を閉鎖して、退出するこ
ととされており、大規模な地震により機械が停止すれば、強制排気も停
止される。
また、戸山庁舎は、壁、床、梁、屋根及び階段を鉄骨鉄筋コンクリー
ト造り又は鉄筋コンクリート造りとするなど建築基準法に定める耐火建
築物となっており、庁舎全体に不燃材料を使用して不燃化が図られてい
るとともに、延焼と煙の拡散防止のため、庁舎を一定面積ごとに耐火構
造の床、壁又は防火戸で区画した上、階段室、パイプスペースやエレベ
ーターシャフト等の各階を貫通している部分やボイラーのある機械室及
び電気室、P3実験区域、RI管理区域並びに実験動物管理室等につい
ても防火区画としている。
P3実験室は、火気の使用を極力制限することとしており、都市ガス
の配管をせず、やむを得ず火気を使用する場合には、電熱器又は携帯用
のガスバーナーによっている。また、爆発物はもとより可燃性物質も持
ち込まないことを原則としているから、火災発生の可能性は極めて低い。
P3実験区域内で火災が発生した場合、自動火災感知器が作動して、防
災センター、中央監視室及びP3管理室の監視盤に警報が表示され、P
3実験区域の給・排気装置が自動火災報知器に連動して自動的に停止す
るほか、排水処理装置も停止する。
火災が発生した場合、実験者は、実験操作指針に基づき、直ちに病原
体等を高濃度消毒薬槽に投入殺菌又は高圧滅菌器に密閉する処置をとる
とともに、備付けの消火器で消火に当たることになっている。消火不能
のときは、実験室から脱出し、実験室のドアの閉鎖を確認することとさ
れている。火災発見者は、これらの処置を講じた後、直ちに防災センタ
ー、管理室長及び危害防止主任者に火災の発生を通報し、管理室長は、
管理区域内の職員等を管理区域から退出させるとともに、管理区域の給
・排気系統を閉じ、管理区域を密閉するものとされている。(乙16、
40ないし42)
イ 倉田の署名偽造あるいは署名代行問題について
(ア)実験等差止請求訴訟では、原告(感染研の付近住民ら)側が依頼した
専門家と被告(国)が依頼した専門家(オビアット博士及びリッチモン
ド博士)が、それぞれ感染研の査察を行い、その報告書を、双方当事者
が証拠として提出することになった。
(イ)専門家による感染研での査察は平成9年6月18目行われ、裁判所に
よって、査察報告書の提出期限は同年8月末日と定められた。ところが、
実験等差止請求訴訟の被告国は、オビアット博士及びリッチモンド博士
作成の査察報告書を、提出期限までに提出せず、提出をしたのは同年9
月10日になった。しかも、裁判所に提出された国側の査察報告書に記
された両博士の署名は、同訴訟の被告国の指定代理人でもあった倉田が
両博士の筆跡をまねて署名を行ったものであった。倉田は、筆跡をまね
て署名したことを明らかにせず、実験等差止請求訴訟において、被告国
はそのことを裁判所に述べなかった。(証人倉田)
(ウ)実験等差止請求訴訟の原告らは、査察報告書の提出が遅れたことや、
作成日付の記載がなかったことなどから、真に前記両博士が作成したの
か疑問を抱き、筆跡鑑定を実施した。その鑑定の結果は、査察報告書に
記載された両博士の署名が別人によって行われたというものであった。
(甲16)
(エ)実験等差止請求訴訟の被告国は、原告らからの追及を受け、初めて、
倉田がオビアット博士やリッチモンド博士から許可を受けて署名代行を
行ったとの主張をするようになり、その主張に沿う内容の両博士作成の
証明書(それぞれ平成10年6月30日、同年7月2日付けのもの)を
証拠として提出した(両証明書が同博士の意思に基づいて作成されたも
のであることは間違いがない。)。(乙23、24、証人倉田)
(オ)その後、新聞や週刊誌では、裁判所に証拠として提出された鑑定書の
署名が第三者によりされていたことが報道され、週刊誌AERAの平成
1O年9月7日号には、当時の感染研の副所長の「それは下書きでしょ
う。こういう表現ではまずいということで、倉田部長が向こうとやりと
りをしているという報告は受けていた。」との発言が紹介されていた。
(甲10、11、原告本人)
また、感染研内部でも、倉田の行為の相当性を疑問視する声があがっ
ていた。(原告本人)
(カ)原告は、倉田による署名代行を自ら明かさなかったことや前記報道を
受け、倉田に署名代行権限があったとの説明は信用できないと考え、本
件著書中で、これを署名偽造として糾弾した。(原告本人)
(キ)実験等差止請求訴訟の原告らは、倉田を文書偽造の罪で告発したが、
東京地方検察庁は、平成13年9月11日付けで、倉田を不起訴処分と
した。(甲156)
(4)以上の事実を前提に、本件著書及び本件発言の内容について、これが真実
か、あるいはこれを真実と信じるに足りる相当な理由があったか否かを判断
する。
ア 感染研からの病原体等漏出の危険性について
(ア)(3)アの事実によれば、感染研は、排気処理、排水処理、害虫等管理や
震災・火災対策について、いずれも、病原体の漏出を防止するために、
高機能の設備を重畳的に設け、万一緊急事態が発生したときに備えた設
備や態勢も整備している等、高度の水準で安全対策を施していると認め
られる。したがって、感染研の設備に欠陥があるために生物災害が発生
する具体的な可能性や危険性があるとは認められない。
これに対し、原告は、種々の意見書や統計資料等を証拠として提出し、
感染研の設備に欠陥があると主張する。
しかし、HEPAフィルターの性能が実験室の排気から微粒子の漏出
を完全に防ぎ得ないこと、感染研が取り扱う病原体等の培養量から計算
して一定量の病原体等が漏出していると考えられること、感染研のP2
排水処理に滅菌設備がないことや耐震構造よりは免震構造が望ましいこ
と、防火対策が原告が望ましいと考える基準を満たしていないこと、感
染研内部でゴキブリ等の害虫が発見されていることなどに関する資料や
意見書等(主なものとして、甲6ないし9、22、26ないし34、3
6ないし38、44ないし46、74、109、112ないし120、
135、137の1・2、138の1・2、140ないし147、16
0ないし166、167のl、2)は、感染研から病原体等が漏出する
可能性や危険性を科学的に完全に否定しえないことを窺わせるとしても、
逆に、これらの証拠からは、例えば、HEPAフィルターの性能に問題
がないこと、安全キャビネットや排水設備には異常がないことなどが認
められるのであって(甲26ないし28、44、118、29、30、
45、46、137の2)、感染研から病原体等が現実に漏出し、生物
災害が具体的に発生する可能性や危険性があることまでが根拠づけられ
るものではない。
(イ)原告は、安全管理規定が諸外国に比べて緩和された内容となっている
ことや、感染研にWHOの定める「病原体実験施設安全対策指針」の基
準を満たしていない点や、人為的な過誤の可能性があることから、感染
研の設備が安全性を欠くとも主張する。
しかし、安全管理規定が諸外国と比較して緩やかであった等の事実が
あったとしても、そのことは生物災害発生の可能性や危険性を直接的に
根拠付けるものではない。
また、人為的な過誤による災害発生の可能性や危険性は、いかなる安
全対策を施そうと完全に否定しえないものであるが、本件注意の対象と
されたのは、原告が、あたかも感染研の設備に欠陥があるために病原体
等が漏出する具体的な可能性や危険性があるかのような指摘をしたこと
についてであるから、人為的な過誤の可能性があることをもって、感染
研の設備に欠陥があることの根拠ともならない。
(ウ)また、原告は、感染研からの病原体漏出の危険性を示唆する証拠が存
在していたことや、実験等差止請求訴訟における原告の証言内容や従前
公表していた論文の内容等に感染研から異議が述べられたことがなかっ
たことなどから、原告には、感染研の設備に欠陥があることを信じるに
足りる相当な理由があった旨主張する。
しかしながら、原告が、具体的にいかなる資料を参考に本件著書を著
し、あるいは本件発言をしたのかは必ずしも明らかでない。また、仮に
原告が実験等差止請求訴訟において提出された証拠資料等を参考にした
のだとしても、これらの資料の内容は(ア)のようなものにとどまる上、感
染研が実験等差止請求訴訟において同訴訟の原告らや本件原告の指摘す
る病原体等の漏出の危険性を明確に否定していたのであるから、原告が、
本件著書及び本件発言内容を真実と信じるに足りる相当な理由があった
とすることには疑問が残るといわざるを得ない。
(エ)したがって、本件著書及び本件発言のうち、感染研の安全対策の設備
に欠陥があるなどと指摘した部分は真実とは認められないし、これらの
事実を真実と信じるに足りる相当な理由があったと認めることもできな
い。
イ 倉田による署名代行ないし偽造問題について
倉田がオビアット博士及びリッチモンド博士に無断で両博士名下の署名
をしたとか、あるいは倉田が裁判所に提出する査察報告書の内容自体を同
博士に無断で改変したとの事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、
(3)イ(エ)によれば、同博士が倉田に署名代行権限を与えていたとの事実が認
められるから、倉田が署名偽造をしたとの事実が真実とは認められない。
もっとも、科学者である専門家が作成し、しかも裁判所に提出する学術
的な文書に、作成者が自ら署名をせず、訴訟の指定代理人が署名を代行す
ることは、通常、想定しえない。倉田がオピアット、リッチモンド両博士
の筆跡をまねていたこと、査察報告書が提出期限に遅れて提出されたこと、
当時の感染研の副所長の発言として倉田が査察報告書の内容についてやり
とりをしていた旨の報道がされていたこと、同博士が倉田に対して署名代
行を許可したことが記載された証明書は偽造問題が起こった後に提出され
たことなどの事情も併せると、原告は倉田の署名に関する説明に疑問を感
じ、倉田が査察報告書を偽造をしたとの疑いを持ったとしても、理由がな
いとはいえない。
しかし、本件著書は、第2、1(2)キのとおり、原告は倉田が鑑定書を偽
造したと断定した上、訴訟で勝つために行ったこと、偽造は感染研の組織
が生んだ犯罪であるとの事実を摘示している。前記(3)イ(エ)のとおり、両博
士は倉田に署名代行権限を与えていたとの証明書を作成していた事実が明
らかになっていたことに照らせば、倉田の説明には疑問があるというのを
超えて、倉田が文書偽造という犯罪行為をしたと断定することまでに相当
の理由があったとは言い難い。まして、訴訟に勝つために、感染研が組織
として文書偽造という犯罪行為を行ったとする根拠はなく、そのように信
じたことについて相当の理由があったとはいえない。
(5)本件取材の本件内規違反について
本件取材は、本件著書の出版に先立ち行われたものであり(第2、1(2)
キ)、取材の内容は、当然に感染研の施設、生物災害を防止する対応設備及
ぴ感染研における生物災害防止対策等を内容とするものであると予想できた
と推認される。かつ、原告は本件取材当時感染研の主任研究官という身分で
取材に応じたと認められる。感染研で実施する調査・研究内容及び生物災害
防止対策は、まさに感染研の行う事務事業に関するものであって、本件内規
に規定される感染研の業務の内容に関わる取材であることは明白である。
したがって、原告は本件取材前に本件内規に規定された手続を取るべきで
あったのであるから、その手続を取ることなく本件取材に応じたことは、本
件内規に違反するものといわざるを得ない。
(6)以上のとおり、本件著書及び本件発言の内容は、真実であるとは認められ
ないし、真実であると信じたことに相当な理由があったとも認められない。
そして、第2、1(2)オ、カのとおり、原告が従前から公然と感染研の戸山
地区への移転に反対の立場をとり続けており、その発言が感染研の危険性を
指摘する各種報道に引用されるようになっていたばかりか、実験等差止請求
訴訟においても、原告ら申請証人として感染研から病原体等が漏出している
可能性があることを具体的に証言するなど、感染研と対立的な立場をとり続
けていたこと、そのため、感染研内部では原告に対する処分が検討されたこ
とがあったこと、本件著書及び本件発言は、そのような中で公表されたもの
であること、その中でも、特に本件発言は従前より具体的に感染研の危険性
を指摘する内容のものであったこと、本件著書中には感染研を「欠陥研究
所」とするなど穏当とはいえない表現も含まれていたことなどからすれば、
感染研を住宅密集地に置くべきではないとの原告の信念自体何ら不当とはい
えないこと、本件著書や本件発言は憲法が保証する言論活動であることなど
の事情を考慮しても、なお、竹田が、本件著書及び本件発言が、感染研の安
全対策に対する社会的評価を著しく低下させるなど、感染研の組織としての
信用を毀損するものとして、感染研の規律維持のため、原告に対して何らか
の注意をする必要があるとしたことには正当な理由があるというべきである。
また、倉田が文書を偽造したとの著述については、文書偽造という犯罪行
為の存在を述べるものであり、かつ、それが感染研の組織として行われたか
のような表現をしていることなどからすれば、原告が倉田による査察報告書
偽造の疑いを持ったことに理由がないとはいえないとしても、原告の著述が
倉田や感染研の社会的評価を低下させるものとして、原告に対して注意をす
ることに理由があるといえるし、本件内規違反についても、規律違反行為と
して、原告に対して注意をすることに理由がある。
なお、原告が本件取材に対して「危険性が高い」との発言はせず「危険性
がある」と発言したのであっても、本件発言が感染研の安全対策等に疑問を
抱かせ、社会的評価を低下させるものであることには変わりがないことは、
前記のとおりである。竹田が本件注意を行うに際して、原告が「危険性が高
い」との発言をしたとの前提に立っていたとしても、そのことによって、本
件注意に裁量の逸脱又は濫用があったとはいえない。
そして、本件注意は、原告に対する聴聞手読後にされるなど、慎重な手続
きを経た後にされたものであり、制裁的行為としても、事実行為に過ぎない
文書による厳重注意にとどまっているのであるから、竹田が行った本件注意
が社会的相当性を逸脱するものとまでいうことはできず、竹田に委ねられた
指揮監督の裁量権の行使に濫用又は逸脱があるとはいえない。
したがって、本件注意に違法性はない。
第4 結論
よって、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第19部
裁判長裁判官 中西 茂
裁判官 千葉俊之
裁判官 本多幸嗣
(別紙)
表本件著作及び本件記事の具体的内容
ア
「この感染研から、強い圧力をかけて強制排出されている実験室内の空気、排水、そ
れに内部から逃げ出ナゴキプリ等の昆虫には、これらの病原菌やウィルスや発ガン物
質が含まれている可能性が高い。そのために、この施設と至近距離で生活している地
域住民や早稲田大学関係者、身体障害施設に関係する人たちの生命を脅かしているの
が現状です。」@
「人の健康と福祉を第一に考える厚生省の管轄下にある感染研が、このように人命を
軽視しているのは、納得できません。」@
「このような危険極まりない感染研は、住宅密集地のド真ん中にあるべきではありま
せん。」(以上本件記事)@
イ
「この施設からは圧力をかけた排気が環境に出される。周辺住民がP3施設を住民の
健康を守るために設計されたものではないと考えるのも根拠のないことではない。」
(本件著書70ページ)@
ウ
「感染研(予研)は、安全キヤビネットや陰圧構造とフィルターで濾過した強制排気
システムを導入することによって、その危険性を科学者自身から近隣に住む一般住民
に転嫁してしまった。」(本件著書126ページ)@
「バイオセーフティを研究する科学者は、施設内の自分たちの安全は考えているけれ
ど、施設外の人々の安全を中心には考えていない。」(本件著書126ページ)@
工
「機械と建物が壊れてしまうと筒単に病原体が外に出てしまう。」(本件著書115
ページ)A
オ
「地震や火災爆発などで病原体が一気に放出されると病原体は空気に混じって運ばれ
る。それは付近住民の鼻ロから入って肺へと届く、あるいは消化器に入り込む。皮膚
に付着することもあるだろう。どんな病原体でも、ある一定以上の量が入り込めば呼
吸によって感染する。」(本件著書115、116ページ)A
「研究所のような施設は、非常に濃厚な状態で病原体を扱う。それが地震や爆発など
の事故で一気に破綻して吹き出た場合、…付近の住民は病原体のエーロゾルを浴びる
ようなものだ。」(本件著書116ページ)A
カ
「唯一可能な対策は、研究施設を人家から離すことである。万が一病原体が漏れ出て
しまっても、自然界の殺菌機構で殺菌されるような十分な空間をもった場所にそうし
た施設をつくることしかない。それはバイオハザード対策の鉄則である。現在の感染
研はこの鉄則を無視したまったくの欠陥研究所である。」(本件著書116ページ)@A
キ
「鑑定書の署名を偽造する。」(本件著書180ページ)B
ク
「国家公務員による文書偽造をやってしまったという衝撃とともに、そんなことでも
しなければ国側が勝てそうにない予研=感染研裁判というものの本質があらためて認
識された。」(本件著書180ページ)B
「部長会は倉田氏の署名偽造問題を批判するどころか、組織のためによくやったとい
わんばかりの処遇をしたのだ。倉田氏の行動は、部長会の意を体した行動でもあった
のだ。署名偽造問題は倉田氏だけの問題ではなく、部長会、ひいては感染研という組
織自体が生んだ犯罪であった。」(本件著書181ページ)
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