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上 告 理 由 書

平成18年(行サ)第94号処分無効確認等請求控訴事件

上告人  新井秀雄
被上告人 国

2006年9月22日

最高裁判所 御中

上告人訴訟代理人
     弁護士 島田修一
     弁護士 野澤裕昭

第1 原判決は憲法21条に違反する

1 本件事案
   本件事案は、上告人が執筆した本件著書及び本件記事が、訴外国立感染症研究所
 (以下、「感染研」という)所長から、感染研の研究内容や運営実態を歪曲し、幹部
 職員を事実に反して誹膀中傷する内容を発表したものであるとして、これにより感染
 研の信用を著しく傷つけ、公務の円滑な遂行に支障をきたすとの理由で「書面による
 厳重注意」(以下、「本件処分」という)を受けたことに対し、上告人が本件処分の
 無効確認と本件処分による精神的苦痛を受けたことに対して慰謝料を請求したもので
 ある。
  すなわち、本作事案では、披上告人の本件処分の適法性が問題となるが、本件処分
 の適法性の審査にあたっては、被上告人が本件処分をした対象が、上告人の言論出版
 活動であり、その意味で憲法21条第1項が保障する「集会、結社及び言論、出版そ
 の他一切の表現の自由はこれを保障する。」(以下、「表現の自由」という)の問題
 であり、本件処分が表現の自由を制約、侵害するものとならないかどうかが重大な争
 点となるものである,何故なら、本件処分の適法性を審査するにあたっては、本件処
 分の性質、すなわち本件処分が表現行為に対してなされた一種の制裁であり、被処分
 者に精神的苦痛を与えるものであるから,その本件処分に対し憲法21条の保護の綱
 がかからないとすれば、表現行為を萎縮させ、表現の自由は確実に制約されるからで
 ある。

2 本件事案の判断枠組み
  したがって、本件処分の適法性を考えるに当たっては、本件処分そのものに何らか
 の事実的根拠、正当性があるかを検討することだけでは足らず、処分対象となる本件
 著書、本件記事が受ける表現の保障を侵害、制約するものとならないかが検討されな
 ければならない。特に、表現の自由の憲法における優越的地位からすれば、表現の自
 由との関係で本件処分が合憲かが優先的に判新されなければならない。

3 原判決の誤り
(1) 原判決は、上記の本件事案の性格をまったく理解していない。原判決は、本件
   事案を紹介した後で、「ところで、甲の表現行為が乙の信用を害するとして、乙
   が甲に対して、甲の表現行為を虚偽であるとした言動が甲に精神的苦痛を与えた
   場合において、乙の言動が不法行為を構成するかどうかについては、乙の言動に
   ついて検討するべきものであり、乙の信用を害する甲の表現行為における故意、
   過失又は違法性が阻却されたとしても、そのことにより乙の言動が当然に違法と
   なるものではない。すなわち、甲の表現行為が、公共の利害に係り、公益目的の
   下にされたものであり、その真実性が乙の言動の後の証拠により認定され、ある
   いは、その真実性は認められないが真実と信ずるにつき相当の理由があったとし
   て、不法行為の成立が否定された場合においても、甲の表現行為を虚偽であると
   した乙の言動は、その当時において事実的根拠を有する相当なものであれば、甲
   の表現行為が不法行為とならないことにより、直ちに違法となるものではない。」
   (4頁)と判示した。
(2) しかし、この判断枠組みからすると、表現行為が正当とされた(乙の信用を害
   する甲の表現行為における故意、過失又は違法性が阻却された)としても、制裁
   に事実的根拠がある相当なもの(この要件自体きわめて漠然として明確性を欠
   く)であれば、制裁は適法ということになる。これでは、正当な表現行為に対す
   る制裁が結果として許されることになり、表現行為に対する萎縮効果、制約が放
   置されることになる。これは、表現の自由の憲法上の優越的地位からしても感染
   研の信用、幹部所員の名誉を憲法に優先して保護するに等しく完全に判断枠組み
   を誤っている。
(3) 原判決の判断枠組みは、第1審判決とも相違している,第1審判決は、結論に
   おいて不当であるが、「真実であるか、あるいは真実と信じるについて相当な理
   由があるのであれば、本件著書及び本件発言は正当な表現活動というべきであ
   る」とし(21〜22頁)、これが本件注意処分が裁量梧を逸脱、濫用したと認めら
   れるかどうかを判断するに当たっても最も重要な要素であると判示した。これは、
   上告人の本件著書の記述、本件発言内容が真実あるいは真実と信ずるに足る相当
   の理由があれば、本件処分が違法となることを認めており、この限りにおいて表
   現の自由に対する正当な配慮をしていた。しかるに、原判決は、表現の自由の保
   護があっても、本件処分に事実的根拠があれば、処分は正当とするものでまった
   く表現の自由に対する配慮を欠いている。
(4) 上告人の表現行為が正当であっても、そのことと本件処分(制裁)の適法性の
   要件を切り離し、本件処分(制裁)に事実的根拠があれば、たとえ表現行為が正
   当でもこれに対する制裁が許されるとの考え方は、最高裁判例にも反する。
    最高裁は、民事上の不法行為たる名誉毀損については、「その行為が公共の
   利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事
   実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は
   成立しないものとするのが相当であり、もし、右事実が真実であることが証明さ
   れなくても、その行為者において真実と信ずるについて相当の理由があるときに
   は、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解
   するのが相当である。」(最1判昭41・6・23民集20巻5号1118頁)
   と判示した。これは、ある新聞社が衆議院議員選挙の候補者の名誉を毀損したと
   して当該候補者が不法行為を理由に新|湖社に対して損害賠償請求した事案である。
   これを衆議院議員候補者が披上告人、新聞社が上告人とした場合、上告人の言論
   活動が正当なものであれば、感染研の不法行為請求(=本件処分)は排斥される
   ことになる。原判決によると、仮に新聞社の言論活動が正当でも候補者に不法行
   為請求するだけの事実的根拠があれば不法行為が成立することになるのである。
   これは明らかにおかしいし、最高裁判決に反している。
(5) 他方、本件事案は、最高裁の事案と異なり、新聞社が候補者を訴えたところに
   ある、と言う見方もあるかもしれない。新聞社に名誉毀損は成立しないが、その
   ことが必ずしも候補者に対する損害賠償請求を成立させるものではないという考
   え方である。原判決が、このような考え方をしているすれば、それも間遠いであ
   る。前述のように、本件処分は一種の制裁である。感染研は上告人にその表現行
   為を理由に制裁を加えたのである,表現の自由に対する積極的な攻撃である。こ
   の場合、制裁の事実的根拠があり相当であれば、表現行為の正当性如何にかかわ
   らずこれを適法とすることは、結局表現の自由に対する攻撃を追認することにな
   る。そのことは、表現の自由の著しい侵害の結果を残すことになる。原判決はこ
   の表現の自由に対する侵害、悪影響をまったく理解していないのである。
    表現行為を理由とする不利益取り扱いに対して損害賠償請求を認めたトナミ
   運輸事件は、表現行為の正当性をもって不利益処分行為の違法性を認め、加えて
   損害賠償も認めており、上記の考えと同一である(平成17.2.23富山地裁
   判決)。詳しくは後述する。
(6) 以上のとおり、原判決は、上告人の表現行為が正当であるにもかかわらず、表
   現行為に対する攻撃である本件処分の適法性を表現行為の正当性と切り離し、そ
   の結果上告人の正当な表現行為に対する攻撃=本件処分を追認、温存し、よって、
   表現行為に対する萎縮効果を残し、結局は表現の自由に対する侵害を容認した点
   で憲法21条の解釈適用を誤ったものである。

第2 あるべき憲法判断の枠組み

1 公益通報者保護の観点

(1) 上告人の本件著書、本件発言は、感染研という日本最大の国立病原体等研究機
   関の安全性、良識を問題としたもので、その事実は国民の健康開題に係る点て公
   共の利害に関するものてあり、その研究機関がバイオハザードをもたらす危険性
   をもっていることを世論に訴えその問題を解決するべくなされたもので、その目
   的はもっぱら公益を図る目的に出たものである。その内容は、上告人が現役主任
   研究員として感染研の内部で知った情報であり、いわば内部告発の性格をもって
   いる。したがって、憲法21条1項の審査基準としては、かかる「公共の利害に
   係る、公益目的の内部告発としての表現活動」の保護基準を考えるべきである
   (甲192 「浦田意見書」)。
    浦田意見書によれば、審査基準としては、(A)実体的な基準と、旧)手続き
   的な基準を分けたうえで、前者はさらに@不利益処分の目的が公権力たる行政機
   関にとってきわめて重要であること、A目的達成の手段である不利益処分は必要
   最小限度であること、B目的と手段の間に実質的な関連性があることを要する。
   また、後者としては、当事者間での挙証責任の転換をすること、とされている。
   本件事案が、単なる表現の自由の保護の問題ではなく、内部告発の側面をもって
   いることを鑑みれば、このような慎重な審査基準をクリアすることが妥当である。
(2) しかるに、原判決は、こうした吟味を一切せず、事実的根拠と相当性のみで本
   件処分の適法性を判断しており、明らかに憲法解釈を誤っていると言える。
    すなわち、本件処分は、一種の制裁であり上告人にとって精神的苦痛を与え、
   また賞与の一部カットをまねいた点で不利益処分であることは明らかである。そ
   こで上記の実体的基準に即して本件をみるに、本件処分の目的は、本件著書、本
   件発言が、感染研の研究内容や運営実態を歪曲し、幹部職員を事実に反して誹謗
   中傷したことが、「当研究所の信用を著しく傷つけ、公務の円滑な遂行に支障を
   来たすもの」との理由でなされていることからして、「当研究所の信用を著しく
   傷つけ、公務の円滑な遂行に支障を来たす」ことを防ぐ目的だったと言える。し
   かし、感染研の信用を傷つけ、研究活動の円滑な遂行に支障を来たしたとの具体
   的事実は被上告人からは立証されておらず、実際に円滑な業務の遂行を妨げられ
   た証拠はない。幹部職員を事実に反して誹謗中傷したというが、幹部とはいえ一
   職員の名誉毀損の防止が公権力たる行政機関にとってきわめて重要事項とは言え
   ない。したがって、「@不利益処分の目的が公権力たる行政機関にとってきわめ
   て重要であること」との要件を満たさない。これだけでも上記の審査基準違反は
   明らかで本件処分は違憲無効である。また、感染研の信用を傷つけ、研究活動の
   円滑な遂行に支障を来たしたとの明確な証拠がないのに、上告人に対し、文書で
   賞与を一部カットするという不利益を与えることは、必要最小限であることとの
   Aの要件も満たしていない。よって、Bの要件を論ずるまでもなく本件処分は違
   憲無効というべきである。

2 表現の自由保護の観点

(1) 本件著書は、出版物として不特定多数人に読まれる性格のものであり、また本件
  発言は週刊文春に掲載されたものでこれもまた不特定多数人に広く読まれる性格の
  ものである。したがって、本件著書及び本件発言とも言論出版活動であり、表現の
  自由の保障の範疇に属し、表現の自由を保障する法理の観点からも本件処分の適法
  性が検討されるべきである,
   この点で、前述の最高裁第1小法廷昭和41年6月23日判決が参考となる。す
  なわち、「その行為が公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出
  た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違
  法性がなく、不法行為は成立しないものとするのが相当であり、もし、右事実が真
  実であることが証明されなくても、その行為者において真実と信ずるについて相当
  の理由があるとき」は、その表現行為は不法行為を構成しないとともに、不利益処
  分の対象ともならないというべきである。
(2) ところが、原判決は、本件が直接本件処分の適法性を問題とするのではなく、本
  件処分に対する損害賠償請求の事案であることを理由に、最高裁判決の法理の範疇
  外であるとの判断をした。しかし、これは大きな誤りである。表現行為者が名誉毀
  損の損害賠償や刑罰の対象となる場合と(最高裁の事案)、表現行為者が表現行為
  を理由に不利益処分を受けた場合に処分者に対し損害賠侯請求する場合とを截然と
  区別するいわれはない。前述のように、本件処分は一種の制裁である。感染研は上
  告人にその表現行為を理由に制裁を加えたのである。これは明らかに表現の行為に
  対する積極的な攻撃である。表現行為に対する積極的な攻撃に対し、単に積極的攻
  撃に対して損害賠償請求をした事案であるということだけで憲法21条の表現の自
  由に関する法理の保護が受けられないとすることは、表現行為が正当な場合には表
  現行為者が表現行為に対する損害賠償をしたことの故をもって憲法上の保護を受け
  られないことになり、まったく不合理と言う他ない。その不当性は明らかである。
(3)トナミ運輸事件(富山地裁平1 7 ・ 2. 23判決)
   事実、憲法判断をした事例ではないが、報道機関に会社の不正行為を内部告発
  した従業員に対して内部告発したことを理由に会社が不利益処分したことに対し、
  当該従業員が損害賠償請求をした事案で、富山地裁は、「告発に係る事実が真実で
  あるか、真実であると信じるに足りる合理的な理由があること、告発内容に公益性
  が認められ、その動機も公益を実現する目的であること、告発方法が不当とまでは
  いえないことを総合考慮すると、原告の内部告発は正当な行為であって法的保護に
  値するというべきである。」と判断し、「原告の内部告発は正当な行為であるから、
  被告がこれを理由に原告に不利益な配置、担当職務の決定及び人事考課等を行なう
  差別的な処遇をすることは、その裁量を逸脱するものであって、正当な内部告発に
  よっては人事権の行使において不利益に取り扱わないという信義則上の義務に違反
  したものというべきである。」として従業員の会社に対する損害賠償請求を認めた。
   同事案は、憲法判断をしたものではないが、内部告発が正当であれば法的保護に
  値し、これに対する不利益取り扱いは、使用者の人事権の裁量を逸脱したものとし
  て損害賠償が成立すると明解に判断しているのは、本件でも十分参考になる,
   すなわち、上告人の本件著書、本件発言が、表現の自由として保護に値するもの
  であるならば、本件著書、本件発言を理由とする不利益処分は違憲となり、不利益
  処分を受けた上告人は、披上告人に対し損害賠賄請求することができるということ
  になる。この意味で、トナミ運輸事件判決の判断の枠組みは、上告人の主張する判
  断の枠組みと同一であり、原判決の判断の枠組みの異常さを明白にするものである。
(4) 本件著書、及び本件発言の内容は、提出した甲号証の各証拠から、少なくとも真
  実と信じるに足りる相当な理由があるものであるから、最高裁判決の法理から憲法
  21条の保護に値するものであり、よって、本件著書、及び本件発言に対する不利
  益処分たる本件処分は違憲というべきで、上告人の損害賠償請求は認められるべき
  である。

第3 結論
   以上のとおり、原判決は、憲法21条の解釈・適用を誤ったものであり、破棄さ
  れるべきである,
                                      以上



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