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新井秀雄さんの準備書面


平成13年(行ウ)第14号 処分無効確認等請求事件
原 告 新井 秀雄
被 告 国 外2名


準備書面


2001年11月9日 
東京地方裁判所民事第19部ろ係 御中


原告訴訟代理人
                 弁護士  島田 修一 
                 弁護士  野澤 裕昭 


第1 本件厳重注意処分の無効確認の適法性について
1 被告国は、本件厳重注意は、制裁的実質を有さず、法的地位に変動を生じさせるものではなく何らの法的効果を伴わない単なる事実行為であるとし、確認を求める利益はないと主張する。
しかし、過去の事実行為であっても、それに伴う不利益が現存し、その無効確認によって当該不利益が回復することが客観的にみて当然に期待される場合は、その無効確認を求める法的利益が認められてしかるべきである(東京高裁平成4年2月10日判決判例タイムズ792号143頁、最高裁平成8年3月28日第1小法廷判決判例時報1565号139頁)。
上記東京高裁判決の事案は、JR東日本が従業員に対し厳重注意処分を行い、これに伴い期末手当5パーセント減額した事案であるが、厳重注意は就業規則の規程にはない事実上のものではあったが、厳重注意処分を受けたことが勤務成績でマイナスの一要因とされ、期末手当を減額する根拠とされている事案について以下のとおり判示した。「厳重注意についても、それ自体は過去の行為であるが、それを受けたことに伴う不利益が、現に残存し、あるいは将来課せられる可能性があり、その無効確認により、右の不利益の回復ないし消滅が客観的にみて当然に期待されると認められるのであれば、その無効確認の訴えは確認の利益を肯定して差し支えない。」と。ただ、当該事案では、厳重注意処分を受けた者が、当該厳重注意処分の他にも厳重注意処分等を受けており、かかる他の処分によって期末手当が減額されうる事案であったため、当該厳重注意処分だけの無効を確認しても、減額という不利益が直ちに解消されるとは期待できないとの理由で無効確認請求を棄却した(最高裁もこの判断を是認している)。  
しかし、逆に言えば、本件のように本件厳重注意処分以外に処分がなく、他に勤勉手当てを100分の55に減額する理由がない場合には、無効確認によって客観的に不利益を回復することが期待できる以上確認の利益が当然認められてしかるべきなのである。


2 被告国は、@厳重注意を受けた職員の成績率を100分の55(6月支給分)とする本件旧厚生省通達は、任命権者が当該職員の具体的個別的な成績を決定するに際しての「1つの準則」にすぎないとか、A平成13年5月31日付けの本件厚生労働省通達では成績率を一律100分の55とする運用ではなく、「人事課と個別に協議する」ことになっていると主張する。これは、厳重注意が何らの法的効果を伴わないものであることを強調する趣旨と思われる。
(1) しかし、本件厳重注意処分が勤勉手当てのカットの理由にされたことは明らかであり、被告の主張は詭弁である。旧厚生省通達には、「文書による厳重注意を受けた職員については、100分の55(特定幹部職員にあっては、100分の70)とする。」と明記され(乙3の1,2)、例外を許容する趣旨はそこにはまったく認められない。また、新たな厚生労働省通達は人事課と個別の協議を経ることとの条項があるが、協議を経る趣旨が不明である(通達には「厳重注意を受けた職員の成績率の取扱いについては、別に定めることとしたので、所管部局を経由のうえ当課に個別に協議すること。」と規程されているが、「別の定め」とは何を指しているか不明であり、協議を経る意味がこれでは不明である)。仮に、協議が成績評価を人事課と検討するとの意味だとしても、文書による厳重注意が成績評価でマイナス要因にされたことは明らかであり、本件厳重注意処分が勤勉手当ての減額に結びついたことが否定できない以上、減額の不利益を受けた原告には無効確認を求める利益がある。
(2) しかも、厳重注意処分が自動的に勤勉手当ての減額という結果につながらない場合でも、成績評価のなかでマイナス要素とされ、減額の根拠とされている以上不利益をもたらすものであるから無効確認の利益は当然認められる。上記東京高裁判決の事案では、厳重注意が事実上のものであり、就業規則上期末手当ての減額という結果に直結しない場合であっても、「厳重注意を受けたことは、期末手当、昇給において、マイナスの要因とされる」ことを理由として無効確認の利益を認めており、かかる判断からすれば厳重注意が直ちに不利益に直結しないとしても無効確認を否定する理由にはならないのである。当該行為により不利益を受け、現に不利益が残存している以上、無効確認を求める法的利益が認められるのである。
(3) なお、被告は、原告が報道関係者との取材に関する感染研の内規(乙6)の第1、3項に違反するとしている。
 しかし、こうした内規は職員に周知徹底されておらず、原告はその存在すら知らされていなかった。かかる内規には何の効力もないというべきである。また、内規の内容に照らしても原告の本件行為はこれに抵触しない。同内規第1項は、「その取材内容が予研の業務や厚生行政に関わる内容(所として対応するべき内容)と判断されたとき」となっており、原告が取材に対し個人としての科学的知見や見解を表明する場合や個人の書物でこれを公表する場合は、「感染研として対応するべき内容」でないことは明らかである。


第2 国家公務員法第99条について
被告国は、国公法99条(信用を保つ義務)について「いかなる組織であっても、組織が正常に機能し、組織目的を的確に達成するためには、組織の信用やイメージを保持することが必要であるから、その組織の信用、名誉を傷つけるような行為を行なった場合には、その者を組織から排除したり、その者に対し一定の制裁を科すことは、組織を正常に維持管理するための必要かつ合理的な措置として許される」とし、同条を国に対する信用、名誉毀損行為を禁じたものとの理解を前提として、原告の本件言論活動が同条に違反すると主張している。
しかし、同条は、公務員の倫理に関するものであり、職務に影響する範囲で「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」を禁ずる趣旨である。国家公務員が倫理に反し、社会的に非難される非行を行なうことで、清廉潔白であるべき公務を汚し、ひいては国民の公務に対する信用を傷つけ、名誉を汚すことを禁じているのである。原告の行為は、言論活動であり、いわゆる非行ではないから本条には該当しない。もし、被告国のような解釈をとれば、公務員が行政の不正を内部から告発する行為は、形式上すべて99条の義務違反として懲戒処分の対象とされることになりうる。しかし、これは著しく公務員の表現の自由を制限するものであり、不当であることは明白である。


第3 厳重注意処分の正当性の立証責任は被告らにある
前記最高裁判決は、厳重注意処分が、一種の制裁的行為であって、これを受けた者の職場における信用評価を低下させ、名誉感情を害するものであるから、その者の法的利益を侵害するものであるとし、かかる性質の措置を行なう以上、「使用者が当該措置を執ったことを相当すべき根拠事実の存在が証明されるか、又は使用者において右のような事実があると判断したことに相当の理由があると認められるときでなければ、不法行為が成立する」と判示した(判例時報1565号139頁)。本件でもこれと同様のことが言える。被告国は、原告の本件言論行為に対し、「事実に基づかない」「事実を誇張、歪曲」「誹謗中傷」などと非難し、それゆえに本件厳重注意処分をなしたと主張している。そうであれば、原告の本件言論行為が「事実に基づかない」「事実を誇張、歪曲」「誹謗中傷」などに該当することを被告国において立証する責任がある。


第4 本件記事について
被告は、本件記事および著書は、「事実に基づかず又は事実を誇張、歪曲して、感染症研究所を誹謗中傷したり、その社会的評価を毀損する行為を行」ったと主張し、準備書面9頁ないし13頁において、本件記事における原告の発言を批判している。 しかし、この批判はいずれも的外れである。以下、具体的に指摘する。


1 アについて
(1) 被告は、「この記述のうち、感染症研究所からの排気及び排水並びに内部から逃げ出す昆虫に病原菌やウイルスや発ガン物質が含まれている可能性が高い、施設周辺の住民や大学関係者等の生命を脅かしているのが現状であるとする部分は、事実に反し、何ら合理的な根拠に基づかない記述である。」とか、この記述部分は直前の記述と相まって、「感染症研究所の近傍に居住し、通学する者に対してはもちろん、読者に対しても、いたずらに恐怖心をあおる内容となっている。」という。しかし、この記述部分はすぐ後のBに述べる訴訟の最大の対決点となったものである。
(2)1989年3月22日、128名の住民と早稲田大学教職員は、国立予防衛生研究所(当時の名称、現在は国立感染症研究所)の品川区から新宿戸山地区への移転および同地区での感染症実験等は、周辺住民に対して生物災害をもたらす危険があるとして東京地裁に提訴した(民事第25部係続)。感染研施設の排気や排水は外部に強制的に排出されるが、その中には病原体等が含まれており、しかも周辺は人口密集地であるから、そのような立地条件の中で病原体等実験や遺伝子組み換え実験を行うことは周辺住民の生命や健康等の人格権を侵害するとして、差止め訴訟を提起したのである。
感染研内部からも住宅密集地への移転やそこでの実験は「新しい公害」を発生させるとの批判が出され、幹部自身も「微生物研究室が最大の汚染源となる可能性が一般化しつつある」と警告し、新宿区、同区議会、早稲田大学も同様の理由で実験の禁止と他所への移転を要求した。訴訟はそのような状況下で提起されたが、原告はその後増加し、2000年7月25日の終結時には281名に増大した。訴訟では住民側申請の証人として、市川定夫埼玉大学教授、本庄重男感染研名誉所員、感染研主任研究官の原告、富永厚早稲田大学教授、川本幸立一級建築士の各証人、および原告2名が証言台に立ち生物災害の危険性を訴えた。これに対し、感染研側は北村敬ウイルスリケッチア部長(証言当時は富山県衛生研究所長)と山崎修道感染研所長が証言した。また、住民は500点を超える書証を提出し、イギリス人科学者2名、アメリカ人科学者2名による感染研に対する査察も行われた。
わが国初の本格的バイオ裁判として国内外の注目を集めた訴訟は11年4ケ月に及んだが、2001年3月27日、東京地裁は住民側請求を棄却する判決を言い渡した。しかし、判決理由に納得できない住民は即座に控訴し、現在、東京高裁(第11民事部)で審理中である。
(3) この訴訟において、原告は、1993年10月15日の第23回口頭弁論期日から3回廷、住民側申請の証人として、戸山地区のような人口密集地で病原体等実験を行うことの危険性を、細菌研究者としての経験と知見にもとづいて証言した。また、原告の科学者としての生き方を収録したドキュメンタリー映画『科学者として』(本田孝義監督)も法廷で上映された。 本件記事は、本件著書の紹介と生物災害に対する意見を取材したいとの申出を受けたものであるが、原告が法廷で証言したものの一部がその内容となっている。しかも、それは原告独自の見解ではなく、多くの科学者、住民、自治体、早稲田大学においても同様に指摘しているものであるから、本件記事は、「事実に反している」、「合理的な根拠に基づかない」、「いたずらに恐怖心をあおる」と評価されるものではない。感染研の「絶対安全だ」との主張に対し、原告のみならず多くの関係者と住民が懐疑の立場から人口密集地での病原体等実験に反対したものである。このことは、2以下の事実でも反対に根拠があることを示している。なお、訴訟における住民の主張を集約したものが甲2の『バイオハザード裁判』である。


2 イについて
被告は、感染研の「職員が毎年のように、1人か2人が死亡していることを何ら合理的な根拠もなく述べた上で、職員の死亡が病原菌やウイルス、有機溶媒等の汚染に起因しているかのような印象を読者に与え」ているから、「このような記述は、事実に反し又は事実を歪曲していたずらに読者の不安をあおるも」のだという。
しかし、感染研では、1947年から72年まで80例の実験室感染事故が発生したと報告され、82年から93年までの12年間で在職中または退職後に死亡した職員13名のうち11名の死因は癌である。癌は日本人の死因の第1位であるが、それでも全死因の30%程度であるから、感染研職員の癌による死亡率約85%は著しく高い。しかも、感染症研究所での癌発生は感染研に限らず、パスツール研究所でも癌に罹患する研究者が増加していることが86年7月17日付け毎日新聞朝刊で「バイオ研究者次々にがんに」の見出しで報道され、早稲田大学文学部でも82年から93年までの在職中死亡7名のうち6名が癌により死亡したが、文学部研究棟には放射性同位元素を取り扱う栄養研究所(感染研庁舎が完成する以前に所在していた国立研究機関)が隣接し、彼らはそこから排気が吹き付ける位置にある研究室を利用していた人たちであった。
発癌性物質を取り扱っている研究機関やその周辺において、癌死亡が増加している現実があるのであるから、合理的な根拠もなく原告が事実に反し、事実を歪曲して読者の不安を煽ったものではない。


3 ウについて
被告は、原告の「本来P4施設でなければ行うべきでない病原菌やウイルスの遺伝子組み換え実験は、今では、P3以下の施設でも行われています。実質的には、P3施設がもっとも危険な施設で、感染研は、そのP3施設なのです。」の発言をとらえて、「P3施設で扱われている病原体や実験内容については、すべて届出がなされ、公開されており、P4施設でなければ行うべきでない実験をP3で行っている事実はない」から、原告の発言は感染研がきわめて危険性の高い病原菌等を扱っている施設だとして、いたずらに読者の不安を煽っていることは明らかだと言う。
しかし、原告発言の趣旨は、かつてはP4施設で行われていた実験が今日ではP3以下で行われている実態を述べたものである。たとえば、ワクシニアウイルスに狂犬病の遺伝子を組み込む実験はP4でしかできないとされていたが、今日ではP3以下でも行うと規制が緩和されている。原告は、規制緩和の一般論を述べたのであり、理化学研究所でもP4からP3以下に移行した近年の歴史的経過を紹介したものである。
さらに、2001年4月1日に施行された情報公開法にもとづき開示された「組み換えDNA実験関連文書」によると、感染研はボルナ病ウイルスにかかわる実験をP2で実施していることが判明した。このウイルスは感染研の従来の病原体危険度分類には含まれておらず、1999年の改定で初めてレベル2に分類されたものである。このウイルスの正体は未だ不明のことが多いが、人畜共通のウイルスであることは間違いなく、ペンシルバニア大学の分類ではレベル4以上の危険度と考えてレベル5に分類されている。アメリカではレベル5に分類されているウイルスが感染研ではレベル2とされている事実は、原告の警告が「歪曲」「誹謗中傷」でないことを示すものである。なお、被告は、P3で行われる病原体や実験の内容はすべて「公開」されていると言うが、公開されている事実はない。


4 エについて
被告がここで引用している原告発言の内容は事実である。感染研は日本で最大の病原体等実験施設で、このような規模を持った巨大な施設は他にはない。世界でも有数の施設である。だから、住民、新宿区、同区議会、早稲田大学は、P3実験室の排気はHEPAフィルターを利用しても完全には病原体を捕捉できず、P2実験室の排水は滅菌・消毒もしないまま外部に排出している感染研が人口密集地で実験を行うことに反対しているのである。
数年前の科学技術庁の調査によると、遺伝子組み換え実験は大半がP2で行われており、排水は滅菌もされないまま一般下水道に流されている。被告は、P3施設は全国で193箇所あるというが、原告はその実数は知らないが、7つものP3実験室と同一面積のP3動物実験室を擁する施設は、感染研以外にはないのである。


5 オについて
被告は、原告の発言につき、第2段落において、「感染症研究所は・・・毎年定期健康診断の機会に職員の血清を保存しており、いつでも遡って検査できる体制となっている。」と言う。しかし、原告の発言は職員のことではなく、周辺住民を念頭に置いたものである。被告の批判は原告の指摘を摩り替えたものである。なお、感染研はワクチンや血液製剤の国家検定も行っており、感染症、特定疾病、食品衛生に止まらない広範な研究・実験を行っている機関である。


6 カについて
見出しは週刊誌がつけたもので、原告も発売後に初めて知ったものである。
7 キについて
本件記事のうち原告の発言を掲載した部分は、原告の経験と知見にもとづいて述べたものであり、前記訴訟の最大の争点となっているものである。バイオハザード問題の基本的かつ重要なことは、「予防の原則」の観点を堅持することである。この観点に立てば、被告が指摘している原告の発言は誇張でも歪曲でもなく、本来、感染研が冷静に受け止めて対処すべき事柄ばかりである。前記訴訟において、感染研に対する外国人科学者の査察がなされたが、そこでは杜撰な安全対策等が指摘され、他所への移転を検討すべきだとの厳しい査察報告が法廷に出されるにいたった。しかし、感染研はその警告にも耳を傾けない態度に固執している。


第5 本件著書について
1 アについて
(1) 被告は次のように主張する。原告の「滅菌しないP3フィルター」の記述部分を引用し、感染研のP3実験区域の施設構造がいかに安全に配慮して構築されているかを縷縷述べたうえ、「特に安全キャビネットに使用されるHEPAフィルターは、その中でもっとも補足しにくい大きさの粒子(孔径0.3ミクロン)でも99.99パーセント以上補足する性能を有するものであって、少なくとも1年に1回の性能試験が行われ、またフィルター交換時又は必要に応じてフィルターのホルマリン薫蒸がおこなわれている」。「このように、感染症研究所のP3施設実験室は、病原体等が外部に漏出することがないような厳重な構造、設備となっている上、排気についても、ホルマリン消毒後の排気を含めてHEPAフィルターで病原体等を除去した後に庁舎外に排出する構造になっており、極めて高い安全対策が講じられているものであって、排気中に病原体等が含有されたまま排出される危険性は存せず、周辺住民の健康を守るために設計されているものである」と。
(2) しかし、これらの主張はいずれも実態を無視したものである。実験室では病原体を含有する粒子(エアロゾル)が発生するので、HEPAフィルターで粒子をろ過して外部に強制排出するが、それでも病原体を完全に捕捉することは不可能なのである。以下、その理由を述べる。
@ 情報公開法にもとづく請求により戸山研究庁舎建築物完成図書(全539枚、内衛生図115枚、電気図185枚、空調図227枚、建築平面図12枚。以下「完成図書」という)が公開されたが、この完成図書によると、排気については、地上20数メートルの施設の屋上から、設計上最大でP3施設の排気約3万8千立方メートル/時、RI系統7万立方メートル/時、動物室系統3万6千立方メートル/時が水平に吹き出している。
 これらを合計すると1時間あたり1辺の長さ50メートルの立方体の容積(12万5000立方メートル以上)に相当する量の排気が周辺に撒き散らされていることになる。この屋上の排気口から隣地及び公道の境界線までの距離は20数メートル〜70数メートルであるから、これらの排気が周辺の施設利用者、居住者、公道の通行者らに再利用されていると考えるのが自然である。
A しかし、HEPAフィルターは病原体を100%捕集する性能を有していない。HEPAフィルターはこれまで0.3ミクロンDOP(測定用に常用される土の微小粒子)を99.97%以上捕集することを主要な性能とする器具と言われてきたが、そのことは100%完全に捕集することを保証したものではないことを意味する。また、風速によっては0.3ミクロンより大きくて重たいエアロゾルの捕集性能が下がる特性のあることも指摘されている。さらに、感染研のP3実験室の排気ダクトに設置されている「HEPAフィルターの現場DOP試験データ」(1998年度-2000年度)によると、1ミクロン以上の粒子で捕集性能が下がる傾向もみられ(1ミクロン以上では99.928パーセントしか捕集できないデータが出ている)、5ミクロン、10ミクロン以上の粒子も漏出することが確認されている。こうしたデータは、HEPAフィルターは病原体を100%捕集する性能を有しないことを裏付けている。
B P3実験室内安全キャビネットのHEPAフィルターの性能試験結果は、信頼に値するものではない。感染研のP3実験室安全キャビネット点検報告書(1998年度-2000年度)によると、HEPAフィルターの上流側に適当量の負荷を与えることなく点検していることが読み取れる。報告書によれば、負荷となる上流側の塵埃数(個/0.1立方フィート)の平均は、98年度12,673、99年度1,974、00年度3,052である。一方、安全キャビネットの性能試験内容を規定している「クラスU生物学用安全キャビネット」(1988年11月(改正)、(社)日本空気清浄協会)によれば、HEPAフィルターの走査試験を行う場合、「HEPAフィルターの上流側へのエアロゾル負荷は必ず必要である。適当量のエアロゾル負荷をせずに検査をすれば、感度の低下を招く」、「粒子計数器を用いて走査試験をする場合、測定誤差を30%としても、1/2秒あたり10個、毎秒20個の粒子を下流側で検出できることが必要になる。すなわち、HEPAフィルターの透過率は0.01%であるから、毎分10の7乗個以上の粒子を上流側に負荷する必要がある」と記されている。したがって、感染研が行っている性能試験では、99.99%以上捕集することは確認されてはいないのである。
C P3実験室ホルマリン消毒後の排気は、HEPAフィルターを通らないものである。被告は、極めて高い安全対策として、「ホルマリン消毒後の排気を含めてHEPAフィルターで病原体等を除去した後に庁舎外に排出する構造になっている」ことを挙げているが、完成図書(「エアバランス系統図」(3))によればRIP3系統を除き、P3実験室からのホルマリン排気はHEPAフィルターは通らず外部に排出されている。このことは高い安全対策がとられていないことの証左である。
(3)P2実験室においては安全対策はさらに不十分である。以下、その理由を述べる。
@ 実験室内で発生する排水は、感染研では、最大でP3・サル飼育系が10立方メートル/日、RIP3系統が0.5立方メートル/時、動物実験系25立方メートル/日、RI系数10立方メートル/日、以上が公共下水道に放流されている。しかし、P2実験室の排水は一般実験室の排水とともに中和処理されるが、滅菌処理や消毒処理はされずに公共下水道に放流されているのである。
A 排気においても、通気管やオーバーフロー管など外気に開放された部分には、汚染物質の漏洩防止のためのHEPAフィルターも設置されてはいない。P2実験室の部屋排気系統には一部の動物室系を除き、除菌のためのHEPAフィルターの設置もなく(P3施設では外部への漏洩防止という理由で設置されている給気口へのHEPAフィルターの設置もない)、停電時に備える陰圧保障ファンもない。さらにP2施設の安全キャビネットHEPAフィルターの性能試験等も行われていない。
B 前記差止訴訟において、感染研を査察したコリンズ博士(WHO顧問)らは、感染研の危険度分類はヨーロッパの基準よりも緩く、ヨーロッパで危険度3に分類されている病原体が感染研では危険度2に分類されている例が多くあることを指摘した。また、前述したように、最近ではしっかりとした2次バリアー機能のある実験室で取扱うべき「ボルナ病ウイルス」を、P2レベルで取扱っていることも明らかになっている。
こうした慎重さを欠いた危険度分類や内部審査の実態を知れば一層、P2施設からは排気、排水を通して外部に病原体が漏洩している可能性が高いと考える方が当然であろう。
(4) 被告が主張するように、排気や排水の危険性がゼロであれば、施設内で再利用すべきである。排気の危険性がないと言うのであれば、省エネルギーや省コストの観点から実験室内への安全キャビネット排気の還流や他のエリアでの再利用を積極的に勧めるのが当然であり、排水についても同様である。「排気中に病原体等が含有されたまま排出される危険性は存せず」のであれば、何故、再利用しないのか被告は明らかにすべきである。再利用しないのは、排気や排水中に危険性が存在するからに他ならない。


2 イについて
被告は、第1段落において原告の「実験動物施設は入口と出口が兼用という致命的欠陥を持っている」「大部屋方式になったことによって、バイオハザードの危険性は飛躍的に増した。」の記述部分を引用したうえ、第2段落において批判している。
しかし、「兼用」に対する反論はなされていない。前記差止訴訟において、本庄重男感染研名誉所員は、動線、すなわち実験動物施設においては実験者、動物、飼料、機材等の搬出入は別々のルートを利用することが原則であるにもかかわらず、戸山庁舎にあっては兼用、つまり動線は1本しかないという重大な欠陥施設だと証言したが、この批判に対する反論がなされていない。そのため、前記訴訟において、被告国の指定代理人である感染研の小松俊彦バイオセーフティ管理室長(当時)は、本庄証人に対する反対尋問で、ハード面を補うものがソフト面であることを理解して欲しいと述べたが、これに対し本庄証人が「ソフトの面で補うということじゃなくて、両立させなければいけないということです」と反論したように、感染症研究施設においてはハード面とソフト面がいずれも万全であることが、生物災害を防止するために要求されているのである。小松室長の質問は、感染研自ら動物実験施設が万全な施設でない欠陥施設であることを認めたものというべきである。
また、P2実験室が品川庁舎時代の個室から「大部屋」となったことにつき、原告は前記訴訟において、多くの研究者が1室において種類の異なる複数の病原体を利用する実験の混雑と危険性、すなわち1病原体1部屋の原則が遵守されていない実態を明らかにしたが、被告準備書面はこれに対する反論もできていない。


3 ウについて
被告は感染研施設のハード面を強調することによって、原告の構造等に対する疑問は「読者の恐怖心をいたずらにあおるもの」と批判している。しかし、この批判も当を得ないものである。原告は、ここで感染研施設のハード面の欠陥を以下指摘する。
(1) 感染研施設は「官庁施設の総合耐震計画基準」を満足しない建築物であり、大地震動時、周辺に生物災害をもたらす可能性がある。 1995年の阪神淡路大震災では、建築基準法にもとづき1981年に施行されたいわゆる「新耐震基準」による建築物・建築設備も被害を免れず、多数のコンクリート構造物が崩壊し、研究施設も被災した。この教訓から1996年、当時の建設省は「官公庁施設の建設等に関する法律」に基づく「官庁施設の総合耐震計画基準」(以下「96年耐震基準」という)を制定し、感染研施設のような病原菌や放射性物質を扱う施設に対し、「大地震動後の気密性の確保や継続利用」できる耐震性を求め、既存施設でこの基準を満足しない可能性のある施設については耐震診断を実施することを要求した。それにもかかわらず、感染研の戸山庁舎は以下の欠陥を有している。
@ 96年耐震基準を満足しない建築物
「耐震設計」をしたということではなく、どの程度の耐震性を有する設計をしたかが重要である。被告は、構造耐力について、主要構造部が鉄骨鉄筋コンクリート造(一部鉄筋コンクリート造)で耐震壁を有する剛性の高い建物で、地下3階部分の壁の厚さが60cmであることを強調するが、問題は耐震性の程度である。被告は通常建物の1.3倍以上が確保されているとするが、96年耐震基準は、一般施設の1.5倍以上の保有水平耐力を確保し、層間変形角1/200以下とすることを要求しているのである。また、コンクリート構造物は収縮により亀裂が入りやすく、必要な強度と耐久性を得るためには各工程での厳しい監理が不可欠である。コンクリート構造物であるからこそ、現状の耐力、耐久度を確認するための耐力診断も緊急に実施することが求められているのである。
A 建築非構造材(天井、壁、建具など)について被告は何ら主張していないが、96年耐震基準では、損傷や移動等が発生しないことを目標として具体的な耐震性を要求している。
設備については、被告は単に「固定している」というのみで、耐震性の程度については何ら述べていない。完成図書によれば、設計用標準水平震度として、最上階1.5、地階及び1階0.6とし、実際に屋上にある水槽類の設計用標準水平震度も1.5、地階の水槽類は0.6と記されている。しかし、96年耐震基準では、水槽類の場合、屋上で2.0、地階で1.5であるから、明らかに既存設備の耐震性はこの値を満たしていない。大地震動時、安全キャビネットの転倒や冷凍保存庫などの転倒による病原体の散乱など十分ある得ることであり、耐震性の不足した水槽類の破損により、地階の水損事故や消火用水も含めた断水という事態も十分予想されるのである。
B  耐震診断実施の懈怠 アで述べたように、戸山庁舎は96年耐震基準にもとづき最優先で耐震診断の実施が求められる施設であるが、現時点でも実施されていない。この事実は、「官公庁施設の建設等に関する法律」の保全義務違反に該当するが、何故、実施しないのかその理由を明確にすべきである。
C 大地震動時の生物災害発生の可能性 病原体等の漏洩を防止するために定めた耐震基準を満足していないということは、大地震動が起これば、病原体等が漏洩し周囲に生物災害をもたらす可能性があるというべきである。大阪府高槻市の日本たばこ産業(株)「医薬研究所」に関する文書非公開処分取消請求事件の大阪地裁判決(2001年6月29日)も、96年耐震基準を満足しないという検討結果から、「本件施設においては、建物構造及び設備の両面から、大地震の震動により、バイオハザードの発生する危険性を完全に否定することはできない。」と判示しているのである。
(2) 火災時、P3施設は最も危険な空間となる。その理由は以下のとおりである。
@ 被告は、火災発生時は「自動火災報知器に連動して自動的にP3実験区域の給排気装置が停止」と主張するが、火災が発生したとき、キャビネット、実験室内の陰圧状態は瞬時に消失する。すなわち火災時は一次バリアー、二次バリアーとも消失することになるのである。
A 被告は、感染研施設が建築基準法に定められた耐火建築物であること、内装を不燃化し防火区画していること、消火設備、自動火災報知設備などが設置されていること、以上をもって火災時の安全性の根拠としている。しかし、建築基準法や消防法の規定により、一定の規模以上の建築物であればこれらの対策をとることは法的に義務づけられており、そうした対処のある施設においても火災が発生し大きな被害が生じてきたという現実にこそ目を向けるべきである。
B コンクリート等の燃えない材料で囲まれた部屋の火災は、空気の流入量が少ない故に不完全燃焼しやすく、大量の煙を発生しながら長時間にわたり燃えるという特徴(いわゆる「ビル火災」)がある。通常の建物であれば、建築基準法にもとづいて煙を排除し避難を容易にするために排煙設備を設置しなければならないが、病原体の拡散防止のためP3施設では排煙設備は特別に免除されている。消火の面でもスプリンクラー設備の設置が望ましいが、消火水とともに病原体の拡散の可能性があるため設置されてはいない。したがって、内部にいる職員にとってはその分危険極まりない空間になる。
C 直火や漏電による火が可燃物に移るなどして火災が発生した場合、実験者は大量の煙(有毒ガス)が発生し無視界状態の中、扱っていた病原体の密閉保管行為を行い、唯一の消火設備である消火器を手にもって消火活動をすることになるが、これらのことを行うことは事実上不可能に近い。消火不可能のときは実験室から脱出するとされているが、平常時に実験室外への病原体漏洩防止のために指定されている「予防衣の着脱、手洗い、履き物の交換などの初歩的な」手順を踏むことは困難であり、予防衣のまま実験室外にでる可能性が高い。こうした中、実験者や煙とともに病原体が外部に漏洩する可能性は否定できないことである。
D 完成図書(「B3階平面図」)によれば、P3管理室や各P3実験室、RI管理室、各RI室は個別には防火区画されておらず、各室で発生した火災は容易に区域全体に広がる可能性が大きい。
E 以上、感染研で火災が発生したとき、P3実験室は最も危険な空間となるのであるから、「バイオハザード対策の鉄則は研究施設を人家から離すこと」との原告の見解は、安全性の科学の基本であり、何ら「合理的な根拠もなく感染症研究所を欠陥研究所と決めつけているもの」ではない。
(3) 杜撰な管理実態
被告は、感染研施設の管理が極めて杜撰と指摘されたことに対し、それは運営実態を歪曲し、誹謗中傷するものと反論しているが、原告の指摘は以下の事実に照らしても根拠があるものである。
@ 頻発している施設トラブル
情報公開された感染研施設の「設備保守日誌」(1999年度-2000年度)によれば、年間200件前後の施設トラブルが発生している。トラブルの特徴は、第一に過負荷や漏電によるブレーカーダウンが頻繁(6日から10日に1回の割合)に生じており、トラブル全体の1/4を占めていることである。過負荷については、当初計画の不十分さとともに負荷を分散して使用することなど研究員への周知が不足していること、漏電については、実験設備を含む電気設備器具の日常の安全点検が不十分であることを示している。実験中の突然の停電は実験操作などの安全確保に影響を与えるとともに、漏電については人体への直接の被害とともに火災の危険性も指摘される。
第二に、空間的な気密性が求められる施設であるにもかかわらず、雨漏りや建具の不具合がみられ、とりわけ外壁の防水補修に相当の期間が費やされているが、これは工事中の施工管理や竣工後の点検が不十分だったことが指摘される。建具や防火戸の不具合一つが「物理的封じ込め」の無効に繋がり、火災時の延焼につながるものであるが、その危険性が常にあることをこの事例は示している。注目事例の内、その一部を紹介すると、
ア 「B3F東階段下に積んであった塩素が漏れて異臭発生」(99年6月)。有毒性のある塩素ガスを階段下に置くことがそもそも問題であり、庁舎管理体制の杜撰さを物語っている。
イ 「排水処理設備塩素タンクへの給水蛇口閉め忘れで、漏水しブレーカー、ケーブルが地絡焼損」(00年5月)
ウ 「機器点検後のダンパーの復旧し忘れで、安全キャビネット排気不良」(00年11月)。研究員から「安全キャビネットの排気が吸わない」と連絡を受けて初めて気が付き、翌日にようやく原因が判明したというもので、設備管理者自身が設備システムの詳細を熟知していないこと、点検時の作業要領確認の指示不徹底が指摘される。
被告は「安全キャビネットの排気系統に異常が発生した場合には、安全キャビネット本体に異常警報が表示されるほか、P3管理室及び中央監視室の監視盤に異常警報が表示される」(p.19)と言うが、このケースでは機能していないのである。
エ 「ファンコイルユニットへの電源及び制御配線の未施工判明」(00年1月)。信じられない事例であるが、施工後の確認が行われていない証拠である。
オ 「地絡事故が発生し、完全復旧まで10時間かかる。原因は、天井裏のケーブルが蒸気配管に接触し、炭化して地絡に至ったことによる」(00年11月)。火災に至らなかったことを感謝する必要がある。
カ 「P3管理室の依頼でB3FのISS内設置のP3関係の防煙防火ダンパーをチェックしたところ、閉止状態のダンパーが13個あることが判明」(00年7月)。ダンパーが閉止状態では、安全キャビネットの排気風量、部屋のエアーバランス、室内条件などに影響がある。どうして閉止状態になったか不明である。本事例はP3施設の管理に根本的な疑問を抱かせるトラブルである。
キ 「発電機テスト運転時、制御電源用ブレーカー接触不良で、発電機不稼動」(00年8月)。いざという時に自家発電設備が稼動しないという事例である。8月1日に判明したが修理は8月9日であり、対応の迅速さに欠けている。 以上のトラブル事例は、工事中の施工管理と工事完了後のチェックが確実に行われてはおらず、設備管理側と研究員との間の意思疎通も不十分であり、設備管理者も設備の詳細システムについての理解が不足していることを示すものである。毎日のように起きているトラブルや安全管理体制の不十分さから、いつ大事故が発生してもおかしくない状況と言える。
A 消防法に基づく点検指摘事項を放置 2000年7月15日付けと2001年2月3日付けの「消防法17条3の3の規定に基づく消防用設備の点検報告書」が情報公開されたが、それによれば以下の事項が2回も指摘され、改善されていない。
ア B2Fの変電室、B3Fの特高受電室の計2区画(ハロゲン化消火区画)に対し、扉が開放となっているため常時閉鎖すること。
イ B2Fの変電室奥に対し、感知器の下にダクトが通っているため点検が困難だから感知器を移設すること。
ウ B2Fの扉番号(B2-117)実験室内誘導灯に対し、出入り口に冷蔵庫が置いてあるから視認障害及び避難障害となる。
エ B3Fの防火戸NO.1に対し、エアーバランスが悪いため全閉しない。 防火対策の根幹に関わるこうした指摘事項が放置されていることからも、杜撰な管理の実態が見えると言えよう。


4 エについて
被告らは、被告倉田が行った鑑定書の偽造につき、その事実を否定したうえ、同人の副所長への昇進とは関係がないと主張する。しかし、本件の経過は以下のとおりである。
(1) 前記差止訴訟が係続中の1997年6月18日、感染研に対し国際査察が実施された。住民側申請のコリンズ博士とケネディ博士、感染研側申請のリッチモンド博士とオビアット氏の合計4名が感染研の安全対策の実施状況について査察を行った。査察報告書は同年8月29日までに地裁に提出することとされたので、住民側申請の科学者作成の査察報告書2本は前日の8月28日に甲号証として提出された。これに対し、感染研側は期限までの提出ができず、同年9月10日、リッチモンド・オビアット両名の報告書を、乙号証として提出してきた。
(2) しかし、感染研側が提出した報告書には作成日付が記入されていなかった。リッチモンド・オビアット両名が先に感染研所長に宛てた手紙には日付が記入されていたので、報告書に日付がないことに疑問を抱いた住民側は、報告書と手紙にあるリッチモンド・オビアット両名の署名の同一性を鑑定したところ、別人によるとの鑑定結果が出された。そこで、住民側は1998年6月19日、東京地検に対し、被疑者不詳のまま私文書偽造等の容疑で告発した。
(3) 住民側は前記訴訟において感染研が偽造文書を提出した行為を糾弾したところ、感染研側は初めて、被告倉田がリッチモンド・オビアット両名の署名を代行した旨を暴露した。報告書を証拠として提出してから1年後、感染研は住民側の告発を受けたため、「署名代行」と釈明してきたのである。しかし、査察を受けた者が査察者に代わって査察報告書を作成するとは考えられないことである。被告倉田は、感染病理部長(当時)として前記訴訟で被告国の指定代理人の地位にいたこと、査察報告書の内容が「感染研は感染症に関する業務の結果として、外部の隣接区域にバイオセーフティに係わる脅威を与えることはない」と断定しており、住民側申請の査察者の報告とは正反対の内容となっていること、報告書を証拠として提出する際、感染研側から署名代行の説明はなされなかったこと、署名代行であれば代行者が自分の署名をして代行であることを明らかにすべきところ、被告倉田はその事実を伏せたばかりか、筆跡を真似て署名しており、あたかもリイチモンド・オビアット両名が真正に署名したかのような装いを凝らしたこと、以上の理由から、被告倉田は査察者の了解を得て署名を代行したものではなく、査察者に代わって報告書を偽造し、訴訟を有利に運ぼうとしたものである。地裁判決はそれでも「格別の不正義は認められない」としたが、正義の実現を追及すべき裁判所において、前代未聞の行為をかばうこのような判断はとうてい承服できるものではない(偽造事件の詳細は甲2の145頁以下を参照)。
(4) 被告は、リッチモンド・オビアット両氏から「電子メールで送られてきた」「両博士の了解を得た」と弁解するが、それではメールが送られてきた時期、両名が了解した時期と了解内容を明らかにされたい。
(5) 偽造問題がマスコミでも取り上げられた後、原告が所属する細菌部のミーティングにおいて、渡辺治雄細菌部長(本件の被告指定代理人)は、倉田氏は部長会で、「本当はそんなことはしたくなかったのだけれども、感染研のために、大所高所から考えると、自分が泥をかぶってもそれをやらなければいけないと決意した」と告白した旨を報告した。原告はその報告を聞いて「研究室で働いている人間として、とうてい信じられないこと」と驚き、出席していた室長は「とんでもない問題だ」と烈火のごとく怒ったのである(甲3の180頁)。
偽造問題は以上の経過を辿ったから、被告倉田が単独で行った行為ではない。したがって、原告が著書のなかで事実関係を明らかにし、研究者としての所見を開陳することは、何ら感染研の信用を失墜させるものではない。逆に、被告倉田の行為こそ感染研の信用を失墜させるものというべきである。


5 オについて
(1) 被告は、感染研と731部隊とのつながりを否定しているが、感染研は1947年、米軍命令で東大伝染病研究所の半分が厚生省に移管されて設立された機関である。その際、731細菌戦部隊に協力した医学者が多数集められ、同研究所の幹部として登用された。そして、長年にわたり、米軍生物兵器研究機関の監督下に置かれてきたが、このことは、同研究所の林滋生所長自身が、「予研は常にGHQの監視を受け、常に査察を受けていた」と認め、また、戦前、戸山庁舎は731部隊の総本部である陸軍軍医学校の防疫研究室が所在していた場所である。
(2) 被告は薬害エイズとの関わりも否定するが、1984年、感染研の北村敬室長は、阿部英と共同研究を行った結果、非加熱製剤の危険を知りながら国家検定証を貼付し、加熱血液製剤認可後も、非加熱血液製剤の国家検定証を回収せず、薬害エイズを拡大させたのである。1996年3月、82年〜84年当時の感染研血液製剤部長の安田純一氏は、薬害エイズにつき、「私は自分の無知と優柔不断の招いた今日の惨状に対する責任を認め、そのために如何様の弾劾も受ける覚悟であります」と言明し、毎日新聞は、同年4月28日に「予研、非加熱577本、検定パス」、4月30日「薬害エイズ非加熱製剤、加熱承認後にパス。ずさん、予研の検定」、5月14日「薬害エイズをもたらした予研の半公共的体質がミドリ十字と同じく731細菌戦部隊に由来」することを指摘した記事を相次いで掲載した。そして、同年6月5日、衆議院厚生委員会において、厚生大臣は、「予研はCDCのような機能を十分に果たしていなかった」と公式に確認したが、これは予研の任務懈怠と薬害エイズ発生のかかわりを認めたものである。
(3) このように、感染研と731部隊や薬害エイズの関わりについては、本件著書が刊行される以前から指摘され、当局も認め、前記差し止め訴訟でも明らかにされていたものである。したがって、被告の批判は的外れというべきである。


6 カについて
そこで引用されている原告の記述が、感染研の組織のあり方について「誹謗中傷」したとの主張は争う。それら記述の内容は事実である。


7 キについて
以上述べたところから、全面的に争うものである。


以上



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