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経緯

2000年、「週刊文春」(2000年11月2日号、10月25日発売。)に、新井秀雄氏のインタビューが掲載されました。このインタビューは、同時期に発売された、新井秀雄著「科学者として」(幻冬舎刊)の内容も紹介するものでした。新井秀雄氏の発言内容や、著書の内容も、予研=感染研裁判で明らかにされたことや、ご自身が見聞きしてきたことに基づくものでした。
ところが、新井氏は2000年11月末頃、所長・副所長・総務部長などが居並ぶ場へ呼び出され、査問を受けました。
年が明けて、2001年1月4日、新井氏に対して、「厳重注意書」なるものが、国立感染症研究所長 竹田美文名で手渡され、総務部長から口頭によって、手当のカットが言い渡されました。以下が、「厳重注意書」の全文です。
「厳重注意書」

国立感染症研究所細菌部主任研究官
厚生技官          新井秀雄 
あなたは、「週刊文春」平成12年11月2日号(平成12年10月25日発売)で掲載されたあなたの発言及びあなたの著書である「科学者として」(平成12年11月10日幻冬社(ママ)より発行)において、当研究所の研究内容や運営実態を歪曲し、幹部職員を事実に反して誹謗中傷する内容を発表したことは、当研究所の信用を著しく傷つけ、公務の円滑な遂行に支障を来たすものであり、誠に遺憾である。
 よって、今後かかることのないよう厳重に注意する。
平成13年1月4日
国立感染症研究所長 竹田美文 印
今回の処分は、前厚生大臣津島氏の「辞めさせろ」という、強い意向によるものだそうです。(感染研総務部長談)しかし、国家公務員法に何ら違反しているわけではないので、「厳重注意」という処分になったようです。
新井氏は当然納得出来るわけがありません。新井氏は次のように述べています。「このような処分がまかりとおるなら、今後国の考え方に批判的な人間は発言出来なくなってしまう。私個人のことだけではなく、こんな先例は作りたくない。」
また、今回の処分は国家公務員法での処分ではない(そのため人事院にも不服申し立てもできません。)にも関わらず、2000年11月24日に出されている、厚生省大臣官房人事課長通達によって、「厳重注意」を受けた者は自動的に、2001年6月の勤勉手当(民間でいうところのボーナスの一部)が、通常100分の60のところが100分の55にカットされる“実害”も生んでいます。
また、今回の事態は、研究者の表現の自由・言論の自由を侵害するものであり、取材者の取材の自由の侵害でもあります。ですから、私達は、「言論弾圧事件」であると考えます。さらに、懲罰的な「能力査定」がまかりとおるなら、政府の考えに批判的な国家公務員は発言の自由も奪われていく、深刻な事態だと思います。
新井秀雄さんの著作「科学者として」のあとがきに、新井さんは「公僕」という言葉を使っておられます。国民に目を向けていないのは、はたして誰なのでしょうか。





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