ついに見てしまった、というのがこの映画にたいする最初の感情である。それは避 けてとおれるものなら避けてとおりたい気持ちと、いや、知っておかなければならな い問題だから見なければいけないという気持ちとがわたしのなかで葛藤していたから である。 というのもこの映画、住宅密集地に大量の病原菌を扱う国立感染症研究所(略称・ 感染研=旧国立予防衛生研究所)が、住民の同意なしに強行移転し、研究・実験をつ づけていること、それによって人々は、バイオハザード(生物災害)や発がんの危険 と隣り合わせの生活をしいられるようになったこと、その移転反対の裁判がいまも継 続中であることを追求したもの。そしてそこは新宿区戸山(注1)で、その一角にわ たしも住んでいるからである。 この建物は、早稲田大学文学部の真裏にあって、十余年前、大学門前に危険を訴え る立て看板があって、それをみてわたしは漠然と不安を抱いていたが傍観していた。 そして看板が消えるといつしか忘れていった。また、完成した建物の前を通ることが あっても、建物自体はモダンで瀟洒で、見た目には少しも不安を抱かせるものではな かった。そんなわたしに、この映画は自分の無知さかげんを思い知らせてくれるもの となった。それもきわめて身近な問題として。 一つは画面上の見慣れた風景。たとえば映画のトップシーンは、感染研で働きなが らその危険を訴える新井秀雄細菌学者(注2)のインタビューからはじまるが、そこ がわたしの住む団地の公園のベンチなのだ。また、新井が自転車で行き帰りする道 は、わたしも日ごろ通っている道で、もしかしてかれとはすれ違ったことがあったか もしれない。 いってみれば、これはそんな身近な地域の環境問題が問われているのだ。それなの にわたしを含めて周辺の人々の無関心が、この問題の解決を困難にしている。なぜ か。新井も語っているように、どんなに怖い病原菌でも目には見えないこと、感染し てもすぐ発症しないこと、しかも放射能もれのように検知できないから監視も不可能 であること−−などで、人々が危機感をもちにくいためである。 しかし、この映画はこういった無知・無関心を問題として、科学記録映画的要素も 盛りこんで絵入りで解明している。それがわかりやすくていい。同時に、感染研側が 裁判所に提出したアメリカ人査察官の報告書は、実は倉田毅副所長の偽造署名による もので、科学者にあるまじき犯罪行為であることも明らかにする。 もっとも、映画の本当の魅力は「科学者として」の新井の誠実な生き方に照明をあ てているところにある。かれは自ら細菌研究に熱中する一方で、それが住民に危険を 及ぼすジレンマに陥りながらも、それをよしとしないで静かなたたかいの日々を送っ ている。そんなかれは、かつて厚生省前で水俣病患者の集会に参加し、直接にはかか わりのない立場のもどかしさを体験するが、それがこんどは自分の足元に火がついた わけで、ここから逃げるわけにいかないと、内部からの告発にふみきる。そのときの 悩みを語りつつ新井は、感染研の人々にとって「のどに刺さった魚の骨のようなも の」と自分を分析する。その生き方やよし。 また、建物の裏に住んでいる芝田進午広島大学名誉教授は、反対運動の先頭にたっ てたたかっているが、映画はそのインタビューばかりでなく、かれがチラシ配達や会 報を発送する姿などもとらえている。ハンドマイクをにぎって少数の老人たちと一緒 に建物の門前で叫んでいる姿は印象ぶかい。 さらにもう一人、感染研の名誉所員である本庄重男愛知大学教授。かれは裁判で原 告側の証人に立つが、周囲からの反対が多く「しんどい」と逡巡しつつも「自分の信 じることを人々に表明する事は必要」と決意した話をする。その姿勢にひかれる。 かれらは悩みながらも、くたばるまで自らの規範に従って行動していく−−生きる とはこういうことなんだ。地味な表題の映画だが、わたしにはずしりと重かった。 (注1)この地区はぶっそうな歴史を秘めている。例えば星徹「新宿に眠る人骨と七 三一部隊」(本誌233号[98年9月4日])を参照されたし。 (注2)ここに登場する三人の方々の参考文献を左に掲げる。 新井秀雄「予研の何が危険なのか」(『科学朝日』1989年4月号) 芝田進午「病原体実験施設の跡地汚染」(本誌254号[99年2月12日]) 本庄重男「バイオ実験の『予研』に国際査察」(本誌180号[97年7月25日])その他本誌 等に数多くあり。 (週刊金曜日No.318、2000・6・16発売号より) 木下昌明(本郷文化フォーラム) |