日本の歴史でっていうふうに言ったら大げさなんだけど、少なくとも戦後でね、値段によって家を買う、その発想が出来たのって、多分、ニュータウンからでしょ。だからすごく値段で輪切りになってて、何かお金払って買ったっていうものが、すごくあって。そうしないと何か幸せを実感できないのかもしれないし、それがあるから全てがお金に換算されたのかもしれないんだけど。
夫婦の仲がいい、それから親子の仲がいいっていうのが大前提で、これがニュータウン的なる幸せの雛形なんだよね。でも、本田さんの場合は、ニュータウンの街づくりに一から関わってきたお父さんがいらっしゃって、しかし、そのお父さんが一番身近なさ、我が家の幸せってキープ出来なくて、その皮肉な構造の中で育った息子が今ニュータウンを撮るっていうね、ここの部分でものすごく見えてきたものがあったんですよ。
高みからニュータウンを考えるんじゃなくて、ニュータウンの中で、まさに中からの目線を原風景として持っている本田さんが外から入ってきて撮るっていうさあ、そこだと思うんだよね。ニュータウンってなかなかふるさとらしくない街並みなんだけど、明らかにでもふるさととして残ってるところがあるんだなあ、と思って、何かうれしくなっちゃったね。
マスコミのニュータウン報道の基本にあるのも、悪者探しだよね。でも、その悪者探しをするんじゃなくて、一杯矛盾をはらみながら、矛盾や理不尽やさ、不合理なところをはらんだ街だけども、それでもそこで生きてるさ、人の営みっていうのをやっぱり見ていかなきゃいけないと思うし、それをすごくね、丁寧に撮ってくれたことで、何か社会悪を告発するドキュメンタリーじゃなくて、しっかりとした作品としてのね、ドキュメンタリー映画になったなと思ってすごくよかった。
ニュータウンを核にして、ニュータウン世代を通じて、いろんな広がりがあるドキュメンタリー映画だよね。