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2003年11月19日

5. 旭川木版画会と下村保太郎

 旭川に木版画の愛好者を増やし、創作活動の交流の輪を広げたいと従前より漠然とだが思っていた。「旭川木版画会」のようなネーミングで旭川市地域の木版画愛好者の交流や展覧会が開けるといいなと思っている。実現の前にすでに昔から「旭川木版画会」が存在していたことを知っていたので、活動存続の実体を知って、その継承みたいな活動ができるといいなと思っている。     
 積極的に調査をしていたわけではないのに、11月19日北海道詩人クラブ発行「情緒」誌、昭和61年発行の終刊号を開く機会があって、偶然にもその糸口に触れることになった。
 佐竹予二さんの「下村さんと木版画」と題する追悼文の中に、昭和26年4月20日に「旭川木版画会」が発起したことや、第1回版画展は27年2月だったことが記述されていたのだ。文中からはその後の活動はわからないが、私にとっては大きな発見だ。
 下村さんとは、下村保太郎(1909〜1985)のことで、旭川生まれの北海道詩人協会創立会員の詩人であり、1947年に詩誌「情緒」を創刊し主宰(〜1985百号刊行)した。また、戦後の創作版画運動が起きた頃より前川千帆・平塚運一・川上澄生・川西英などの作品を参考に、独学で自ら優れた木版画を創作し「情緒」誌の表紙に版画を使ったり、展覧会に出品などして木版画家や木版画の愛好者と交流して旭川に木版画が育つ基盤を創ってくれた一人だ。             

2003年11月5日

4. 水筆・みず筆
 日本製の画期的な絵の具に、水筆なるものがある。筆ペンでなじみの筆の中に墨入りの毛筆と同じ機能で、水入り絵の具筆のことだ。便利な道具でちょっとしたスケッチなどに活用している。
筆の付け根の奥に残った絵の具と混ざらないので、鮮明で彩度の高い発色が保証されて気分がいい。
この水筆がもっと広く使われると、水彩画は身近かなものになると思う。

2003年11月5日

3. 自分の水彩画
 水彩画を習いたい人に会うと、最初の言葉が「初めて水彩画を描くのですが」なのだ。
自分が思っている「水彩画」という概念を固定化しているからだろう。小・中学校で扱う絵の具は水えのぐだったはずだから、そんなことはない、十分経験済みなはず。
現代においては、どんな絵の具か材料か手法かというより、何を表現したいかが重要なので、ジャンルとしての「水彩画」の表現幅は広い。水彩絵の具の種類で透明か不透明かの違いはあっても、使い方を開発して自由に扱えばいいのだ。
これが水彩画の技法なのだいう伝統的技法はあっても、これが自分の「水彩画」だとすれば、それでいい時代なのだ。

2003年11月5日

2. 制作時間 
 個展会場などで「この版画を仕上げるのには、どのくらい時間かかっているのですか。」と質問をされるが、質問者が制作時間の始まりを、どこに設定しているかがわからないので難しい質問だ。
多分版木を彫っている作業時間を尋ねているのだろうけれど。
「60年以上です。」なんて冗談口調で答えてしまうこともある。
絵で心持ちを表現したいと思い始めた頃から培った感性によるし、原画から下絵に描き換えて、同じ絵を色数と同数の版木に描き写す作業にかける時間のことや、彫りや刷り技術の熟達の蓄積であることなどが心中で交錯して作業時間の算出は困難だ。
作品の良し悪しは作業経過時間と比例していないし、時間の長さとは別問題だと思う。

2003年11月5日

1.ホームページ
 情報伝達の幅が広がって、個展や団体展などでの自作の発表の場から、ついにホームページでも紹介するようになった。この時代にあっては遅きに失した感もあるけれど、兎に角気分がいい。
 息子たちからの大きな贈り物だと思っている。PCの知識や技量の薄弱さを補い絶大の殆どサポートを受けたからだ。
 自作の記録や整理するうえでもいい機会になったし、回顧して反省材料にもなったので、新たな制作意欲にも繋がっている。