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2004年11月13日

10. 二つの版画展

 小林敬生さんと渡邊慶子さんの版画展が、旭川市の「ギャラリーシーズ」で開かれている。(11月24日まで)
 ギャラリーを拡張して、入り口正面にオレンジ色の壁面で新しく展示スペースができ、従来のスペースと同時に、お二人の作品がそれぞれにゆったりと鑑賞できる。
 12日のオープニングパーティーに参加した。予想とは違って知った顔が少数なのに戸惑っていた私は、突然にも乾杯の音頭役をギャラリーオーナーの久木佐知子さんに指名され、不意を突かれてうろたえた。
 以前から魅力的な木口木版画に心惹かれ興味深く注目していた小林敬生さんとは初対面であった。プロフィールには所属団体の会員ではなく「多摩美術大学教授」の肩書きとなっていた。ワイングラスを片手にした国際的にも評価の高い教授と快く会話が成立したのはうれしかった。
 渡邊慶子さんは、北海道版画協会の会員なので顔見知りであり、以前は札幌の芸術の森美術館の版画工房の指導員としてお世話になった新進気鋭の版画家であり、会うのは久しぶりの機会だった。謙遜しながらも熱い思いが込められた自作についての話が聞けた。
 お二人の個性的な想像力や探求心が強く感じられる作品は、版を媒体とした独自の確かな技法に裏付けされたみごとな表現であり、その迫力ある作品から改めて強い衝撃を受け刺激を受けた。
 肩書き・学歴・受賞歴は別にして、現に目の前にある作品が作者の底力を物語っている。

2004年11月8日

9. 版木の生産者

 作品を発表展示している東川町のギャラリー「まるめろの木」に、私が木版画に使っている版木を生産しているベニヤ板工場長の佐々木さんが、奥さんや息子さんたちと連れだって見に来られた。
 このベニヤ板工場は、ギャラリー「まるめろの木」から旭川方面約1kmにある「滝沢ベニヤ旭川工場」で、先代の工場長の時代から版画用ベニヤを買っているところである。旭川市内より車で約30分の位置にあって、東川町内なのに旭川工場となっている。
 版木の生産工場が身近に存在することを知る前は、工場から直接東京方面に出荷し、旭川に逆輸入のように入荷する版画ベニヤを買っていた。
 忙しくない時期に3種類くらいの好みのサイズに分けて版木を注文し、車に入るだけ多量に買い貯めしていたので、工場長とは久しぶりの対面であった。 毎度個展の案内はがきを送ってはいるものの、一度も見てもらう機会がなかったから顔も忘れるくらいであった。 
 佐々木工場長は、初めて見る私の多色刷り木版画の版木が自社製であることもあるのか、ご家族共々非常に興味深く見てくださった。
 そしてまた、びっくりといった感じで、仕上がりを褒める言葉に加えて、制作上でベニヤの接合や合板の質の話に及んでは「気合いを入れてつくりますよ」とか「好みの注文を付けてください」などと、制作活動に協力してくださる好意的な話もあってうれしかった。
 ギャラリー「まるめろの木」での個展は、東川町の方々や旭岳・天人峡温泉を訪れる観光客に喜んでもらい無事終了した。   

2004年4月10日

8. 「日本近代洋画への道」展 オープン

 日本に西洋の水彩画・油絵・版画が普及することに深い関わりがある黎明期の絵が展示されているので興味深く鑑賞した。
 模写などによって技法を追求し、ヨーロッパの絵を独自の作風に定着させる先駆者の努力の跡を垣間見る思いがした。なぜ分類が「洋画」とされるに至ったかのかも感じ取れた。
 イギリス人やイタリア人から洋画の指導を受けオランダの油彩画に刺激を受けたと言われる高橋由一の展示作品には、その影響が強く感じられる。
 その「鮭図」は教科書でお馴染みの重要文化財指定のものとは違う、板目に半身を切り落としたものだが本物の作品に出会って感動した。十分見応えがある。
 別の展示作品「鯛図」の魚体のくねりの表現に苦労がにじみ出ていて面白い。
 合田清の模写による小口木版画「晩帰」に注目した。当時すでにこれまでの技術が日本にあったことや、木口版の大きさにも、技術や精度の高さにも驚いた。これで日本の書物の挿絵が飛躍的に発展したことが想像できる。
 印象深くじっくり観たい作品が多いので、今日のように短時間ではなく、再度の機会をつくりたい。 

 案内はなかったが、初日のセレモニーにいつもながらの代理で参加した。挨拶の中では「旭川市民に観てもらいたい・・・」だったが、市民に限らず道内各地から来場してほしい価値高い展覧会だと思う。
 印象画の巨匠のように名が知られていないので、司馬江漢をババコウカンと言ってしまいそうな馴染み薄い作者が多いので、マニアックな研究者向きの展覧会であるかのような印象はあるが、教育美術関係者必見は勿論、洋画を志す方や愛好家の多くの入場者のあることを願っている。

2004年3月16日

7. 「日本近代洋画への道」展 旭川市民実行委員会

 どんな経緯なのか知らないが、私に標記の実行委員の就任依頼があったので、設立総会なる会に出席してみた。これまでに長年旭川市の美術文化に関わりがあったが、1度も声が掛からなかった実行委員だけに、興味が湧いたからだ。
 4月10日から始まるのに1か月を切っている寸前の会合であることら、形式上の実行委員会だと推察できる。時期が時期だけにポスターなどの印刷物も出来ているし、もうすっかり準備は進んでいるのは、主催が旭川美術館であり、産経新聞社や北海道新聞社が併記されているので当然であろう。早い話が「前売り券販売促進係り」を仰せつかったのである。
 実行委員会の設立総会(会の規約は1か月以上前)が今頃なのには深い理由があるのだろうが、この種の市民実行委員会による旭川美術館での展覧会は30回以上催されているのだから、これまでもこんな調子だったのかもしれないと想像すると、寒気がする。
 どんな人々が委員になっているのか、実行委員会の構成員の名簿が公表されなかったのでわからないが、経済人や文化人などそうそうたる知識人の面々のご出席の中、今日の新人にとっては、不思議がいっぱいでも沈黙のまま「前売り券販売促進係り」に徹することが大人なのだろう。

「日本近代洋画への道」展  会期 2004年4月10日から5月30日
会場 北海道立旭川美術館
観覧料 大人¥1,000(前売り\600)
 学校の教科書にあった高橋由一・浅井 忠・黒田清輝・青木 繁など江戸末期から昭和に至る日本近代洋画の黎明期の68作家の作品172点が公開される。

2004年1月20日

6. 木原康行展

 現在パリに在住して国際的に活躍を続ける銅版画家の木原康行氏は、北海道名寄市出身である。名寄市はかって私が3年間教職に就いていた厳寒深雪の地である。
「始源のかたち 木原康行展」が昨年11月に北海道立旭川美術館で催された。
 饒舌な奥さんの長いスピーチのあった初日のオープニングセレモニーの後、銅版画に熱中していた頃を思い出しながら興味深くじっくりと鑑賞した。卓越したビュラン彫りによる銅版画の職人技に驚くと同時に、独特な造形スタイルの抽象作品に込められた沈黙のメッセージを感じながら、純粋な造形の世界に魅了された。
 私の知人で、木原氏の名寄高校時代以来の親友であり、現在も彼の世話で奔走する画家の道斉茂樹氏の誘いで、ご夫婦を囲んだ懇親の場に同席した。聴覚を失っていた木原氏と少しばかりだが筆談のもどかしい対話ができた。彼の文章の中にある「直感」とか「独創」などに対する心の中に迄迫るには無理で筆談では限界があった。
 奥さんが「散歩もせず一日中机の上を見ているだけの人だ」などと語っていたことから、あの繊細緻密な線や有機体ともとれる幾何学的表現に向かう執念の製作態度が想像できた。初日から初対面だという気がしなかったのは、45年前の同時代に、純生美術協会所属で油絵を描いていた同じ会友の頃があったので、その頃に会っていたためだったのかもしれない。
 もう一度「木原康行展」鑑賞に出かけた時には、土曜日にもかかわらず入場者は私の他に一人のみだった。椅子に掛ける眠そうな監視?嬢は「日曜はもう少し入りますよ。」と小さな声で答えていた。