「同学年じゃ姉妹になれないのかなぁ」
と、由乃さんが急にそんなことを言い出した……。
「祐巳さんとこ、年子だけど姉と弟でしょ。同学年って言ったって厳密に同い年じゃないんだから、同学年にも上下はつけられると思うのよね」
「由乃さん、誕生日で厳密に区分しろって言いたいの?」
「別に? 姉っぽい方が姉になればいいと思うだけよ。例えば、自分が敵わないなぁと思った相手を『お姉さま』と仰いだっていいじゃない。年齢の話は学年が関係ないって言うために言っただけ」
「……うーん、でも、やっぱり苦しいと思うよ」
「どうしてよ」
「スールってもともと、全ての『上級生』が全ての『下級生』にリリアンの校風を教えて導いていくっていう制度だもん。ロザリオの授受をして特定の誰か一人を作るなんて、ある意味おまけみたいなもんだし」
「――分かってるんだけどねぇ」
由乃さんはペンをくるくるくると連続で回して、凄く不満げな顔をして言った。
「でもさ、いまリリアンでそんな模範的な形の姉妹ってあるの?」
スールと姉妹の違いってなんだろう。
カトリックだから、神に仕えるシスターと混同しないようにというのは分かるけれど、そもそも何故フランス語なのだろう。
試しにドイツ語で引いてみるとシュヴェスター。なるほど、これならスールの方が言いやすい。
本当の姉妹のように教え導くとはいうけれど、実際本当の姉妹なら、妹にどう接するものだろう。
どの姉妹なら、本当の姉妹であってもおかしくないだろうか。
独断と偏見だけど、血の繋がった姉妹という意味なら、言い出した黄薔薇姉妹のところが最も近いと思う。
リリアンの中には、本当の姉妹同士で結んだケースだってあっただろうけれど、従姉妹同士のこの二人ほどそれっぽく見えるとは思えない。
「由乃、そんなに誰かの姉になりたいの? 祐巳ちゃん? それとも志摩子?」
「そんなんじゃありません。ただ、よくも知らない一年生を捕まえるよりは、身近にいてよく分かっている相手を妹にしたほうがいいんじゃないかと思っただけです」
「よく知らないのは、由乃が一年生にちゃんと接してないからじゃない?」
「お生憎様。薔薇の館という敷居の高いところで仕事をしていると、会える一年生なんて乃梨子ちゃんくらいですから」
「ここだけじゃないでしょう。由乃は剣道部だって入ってるじゃない」
「だから剣道部の中じゃダメなの、もう知らないっ、令ちゃんのばか!」
令さまを間に挟んだ江利子さまとの三人姉妹。
本当の三人姉妹も真ん中がこんなに大変なものなのかは、姉妹の成り立ちと同じくらい今だもって謎のままだ。
そこからいくと白薔薇姉妹は……同志。
みんなの持たないハンディを抱えているから、日々を過ごしていくために欲しい仲間。
重さも方向性も違うけれど、先代白薔薇さまの聖さまと志摩子さんの関係もそんな感じだった。
「由乃さんの妹になりたいですか?」
「なってもいいけど……ちょっと大変そうね。――乃梨子は?」
「私もお姉さまと同じです。瞳子とかなんか、由乃さまにはあってると私は思うんですけど」
「そうかしら。それは、ちょっと違う気がするわね」
「どうしてです?」
「何となく、よ。――スールって、他の人が見たときに、似てないと思われる人とのほうがうまくいくと思うの、きっと」
感じだった……だろうか。
ふと、閃いた。
学校が学校だけに、相手が相手だけに許されるのか分からないところだけど。
『はぐれ者たちがつるんでいる』
なんて表現をあてたほうがしっくりこないだろうか。
聖さまや乃梨子ちゃんは納得しそうだけれど、こう言われたら志摩子さんはどんな顔をするだろう?
最後、紅薔薇姉妹は、教師と教え子のよう。
ある意味、一番正しく『スール』の意味を理解し実行している……と思う。
年上の何でも知っているお姉さまが、手取り足取り教えているようで、実は教え子から多くのことを教えられているのだ。
「で、ミルクホールに呼ばれたかと思えば、珍しく長話されて。いったいなんですの、お姉さま?」
「うーん、授業中この話ふと思い出して。今の私と瞳子だったら回りからはどうみえるんだろうかなーって」
「はぁ?」
「ねえねえ、どう思う? 私たち姉妹って、回りからどう思われてるかな?」
「何を期待されてるのか知らないですけど、祐巳さまが祥子お姉さまの妹でなければ、学園の他のスールと何も変わりませんわ」
「そんなむげに言わなくたって……」
「なら、スターの追っかけ同士が、たまたま仲良くなってしまっただけですわ」
「うー、ぜんぜん可愛くない」
「それで結構ですわ。ロマンスを求めるなら、もう少しお姉さまらしく振舞えるようになってからにしてくださいませ」
「ひどい――追っかけっていうなら、今は祥子さまより瞳子の方を追いかけたい気持ちなのに……」
「ちょ、ちょっと祐巳さま?」
「お姉さま、よ……」
「し、知りませんわそんなこと! ね、熱でもあられるのではありませんことでしょうか?」
「ふふー驚いたね〜、やっぱり」
「――そ、それで、か、からかったおつもりなんですか! いい加減にしてくださいっ!!」
一度は妹として、一度は姉として。
スール宣言を片手に私に会いに来た祐巳さんの顔が忘れられない。
姉とも、妹とも、最初は何も共通点を持たないかに見えたひとりの少女が、英雄的行為を成し遂げた。
しばらくの間、人々は食堂やミルクホールでその話題を口にしながら、最良の夢に思いを馳せたのだった。
「……そうか。スールの契りを、『告白』なんて考えなければ抜け出せたのか――」
他人が遠慮するステディな関係、なんて生々しさを嫌がって避けていたというのに。
私の、定まるところを知らない血は。
スールというものになら、もしかしたら安住の地を見つけられたかもしれなかったのだ。
しかし、私はもう引き返せなくなっていた。
紅薔薇姉妹の口論は続いていた。
私はまた、二人に向かってシャッターを切るのだった。