やはり野におけ
姉妹制度の起源など知らない。開校が明治三十四年だとして、学校の創立とともに生まれたとはかぎらない。自分の学校の沿革に熟知している生徒などまずいないし、公式の制度ではない以上、記述などないだろう。
吉屋信子で中原淳一の時代に成立した可能性も捨てがたい。当時の彼女たちへの熱狂を考えれば、全国のあちこちに擬似的な姉妹がいたとしてもふしぎではないだろう。
ただその擬似姉妹が、私的とはいえ制度として確立し、さらにその制度が平成の現在までも受け継がれている学校となると、多くあるはずもない。
そうあるはずのない学校。そのひとつに自分が通っているという事実に、二条乃梨子はいまだに戸惑いを隠せない。
乃梨子はつい先日、藤堂志摩子というどこに出しても恥ずかしくない姉を得た。「学兄」ということばはあるが、「学姉」ということばはあるだろうか。既存の日本語からはみだした独自の世界。
まあ、志摩子という人を姉とできたのは喜ぶべきなのだけど。
では姉を得てなにが変わるか、なにを変えねばならないかとなると、とんと見当がつかなかった。いっぽうで姉ができてもなにも変わらない、変える必要もない、ということになればわざわざ姉妹になる意味がない。
もちろん姉妹制度には建前がある。『姉が妹を導くように、先輩が後輩を導くこと』。リリアンの大小さまざまな独自の慣習に疎い乃梨子にとって、助けとなる存在がいてくれることは正直ありがたい。
だけどそれは、率直に言ってクラスメートですむことだ。たとえば縦ロール。
そんな実用を越えたなにか、プラスアルファがあるにちがいない。姉妹を名乗る以上、なければならないのではないか。乃梨子はそう、生真面目に信じている。
そこで身近な令姉令妹に目を向けてみることにした。しばし人選する。
選択肢はおどろくほど少なかった。
姉妹たちの自然な姿を見出すべく、気どられないよう、そっと観察する。
「遅いわよ、祐巳」
「すみません! 焼却炉が、混んで、いて……」
「言い訳はいいの」
「――すみま、せん」
「まったく。まず息を整えなさい。走ってきたのでしょう」
「は、は、は、」
「ほら。タイが曲がっていてよ。ふふ、まったく。そういう粗忽なとことろを、はやく直さなくてはね。あなたもいつか、姉にならねばならないのだから」
「は、すみま、せん」
「さ、こっちへいらっしゃい。直してあげるから」
「あ。――ありがとう、ございます」
参考にならなかった。姉にタイを直してもらって、頬を赤くして笑顔する自分を想像してみる。まったく似合いそうにない。
別のふたりはどうだろう。
「由乃、そんなもの私が運ぶからいいよ。重いから」
「平気よ。このくらい」
「平気じゃないでしょ。まだよく熱出すくせに」
「出さないわよ」
「出すじゃない。それで哀れっぽく『いつものことだから』とか言って虚勢張るの」
「そんなことないもん! 令ちゃんのばか!」
「あ! ちょっと待って、由乃。由乃ぉ!」
――由乃さまって、変な人だ。
そう思わざるをえない。
姉を名前でちゃんづけ、しかもばか呼ばわり。ふだんはこんな言葉づかいを見かけないから、きちんと使いわけているのだろうけど。やはりそれは、背後にそれなりの歴史があるから成立するわけで。これはこれで、やはり参考にならなかった。
でもちょっとだけ、その奔放さはうらやましいと思う。
――私ってマニュアル人間だろうか。
批判的に総括してみる。前例がなければなにもできないようでは立派な人間とは言いがたい。でもこれまで一人っ子だった乃梨子にいきなり姉ができたのだから、どうすればいいかわからないのは当然と、言わば言えるし。
だいいち、乃梨子は自分が立派な人間だと考えているわけではないのだ。
迷いだけが残る。
「ねえ――」
――志摩子さん。
そう呼びかけそうになり、乃梨子はあわてて口をつむいだ。
姉妹制度はリリアンの伝統のひとつだ。ほかにも独自の伝統は山ほどある。名前にたいして、上級生にはさまづけ、同級生にはさんづけ、姉にはお姉さま。あいさつは『こんにちは』も『さようなら』も『ごきげんよう』。貞淑と節度と隣人愛、はしたないのは罪。
伝統とはなにか。なんら合理的な理由もなく、それが昔からの伝統であるという理由のみで従わねばならない掟のことだ。
「あの、お姉さま」
その掟に従って言いなおす。違和感。けっして身についていない、どこかから借りてきたことば。自分のものではないことば。
たとえば、ふだん自分が愛用している日用品を失くしてしまい、しかたなく他人のものを借りて使ったときに感じるような。用は足りるけど満足のない、落ちつかない雰囲気。
「志摩子でいいのよ」
志摩子はそう言う。その気もちはありがたい。だけど現実には、それに甘えてしまうわけにはいかなかった。
自分が貶められるだけなら問題ない。好き好んで目立ちたいとは思わないけど、自分だけがこのリリアン独自の雰囲気から締め出されることくらい、乃梨子はそれほど気にしない。すくなくとも、そのふりをしていられる自信がある。
だけど、妹の躾は姉の責任とされる制度にあって、正しい伝統が守られないのはまず姉の落ち度とされるにちがいない。自分の粗相で志摩子が傷つくことだけは、なんとしても避けたかった。
自分が多数派に適応するのが、最善ではなくとも最適である。それが乃梨子の結論だった。
身についていないものならば、身につくよう努力すればいい。忍耐には自信があった。二十年ぶりで公開された玉虫観音を日帰りで見に行って、小雨の降るなか何時間も列に並んだ精神力は伊達じゃない。
頑なな乃梨子に、志摩子はため息をつく。だけどその頑なは、疑いなくかつての志摩子に通じていた。それは正体を隠した犬が狼の巣に身を置くための処世術にほかならない。
群れと距離を置くことに忍耐を使うか、群れに合わせることに忍耐を使うか。それだけのちがいだ。
だから志摩子は、ため息をつく以外に方法を知らない。知っていれば、自分だってもっとうまく立ちまわれたはずなのだから。
「志摩子でいいのよ」
そう繰りかえすしかなかった。
繰りかえすだけ。
同じ主題を繰りかえすだけ。
かつて自分が、自分自身を抑えつけて過ごしてきた一年間。胸にもやもやを抱える毎日のリフレイン。
――私の覆轍を踏ませてはいけない。
そう決意する。だけどそのための方法を知らない。リリアンで育ったのではない、しかし善良な乃梨子の人格が、その個性を阻まれることなくのびやかに生きていくための方法。どうすれば、そんなふうにしてあげられるのか。
考えて。考えて。
けっきょく、志摩子のロールモデルに選択の余地はなかった。
とりあえず姉妹としてのふたりの合意の唯一は、一緒に仏像を見ること、また教会を見ることである。
ところがこれも、すぐには実現しなかった。
熱心なクリスチャンとして志摩子は、日曜日に出歩くことに積極的ではなかった。その日はキリスト教の安息日なのだから。
もちろん志摩子がきっぱり嫌と言うわけがない。事実べつに嫌なわけではなかった。しかし宗教的信条は個人の意思に優越する。できれば避けたいというのが志摩子の本音だった。
土曜日でもいいのだけれど、やっぱり週末にはよんどころない用事が組みこまれがちなものであり。
けっきょくふたりは、姉妹の契りを交わして以来、2回分の週末を見逃している。
たった2回。2回の土曜日に、たまたまそれぞれに用事があっただけ。
でも、長い。
まあデートなんて、その気になれば学校でだってできるものだ。校内の穴場を案内してもらう、そんな新入生の必要を満たす行動は、同級生と一緒だとおっくうなおつきあいになりかねない。たとえば縦ロール。
ところが相手が志摩子だと、それがわくわくする冒険行になってしまう。
「いま、きれいに薔薇が咲いているから」
という文句で温室へ連れていかれたときには嬉しかった。温室までの五分の行程さえ貴重に思えた。
すこし軋んで開く扉。いまは新しい温室に人気を獲られ、出入りする者も管理する者も多くなく、花々はほとんど自力で花をつける。温室の花だけど、自力で育とうとする。
それはリリアンにもっともふさわしい姿かもしれない。
温室のほぼ中央に、すこしの雑草と共存しながら、小さいけれどけっしていじけてはいないしなやかな姿たちに乃梨子は見入ろうとして――
「ヴワラ!」
――志摩子さんの声に行為を中断した。
「ぶわら?」
薔薇のことだろうか。なんの意図があってのことだろう。理解できない。それは志摩子自身から発せられたものではなく、どこか借り物めいた印象で乃梨子の心に響いた。目は薔薇でなく志摩子を見た。真意を探ろうとする。
その反応は志摩子にとって以外だったようだ。驚きを隠そうとする表情。
「――面白くなかった?」
「面白い? なにがですか」
「――おかしいわね。笑ってもらう予定だったのだけど」
乃梨子にはさっぱりわからない。志摩子は目をそらしてなにかをぶつぶつ呟いた。注意をむけたけど聞き取れない。ただ、『案外むずかしいものだわ』ということばだけは明瞭に聞き取れた。
顔を近づけてみれば、もうちょっとほかに聞くことができたかもしれない。だけど、志摩子に必要以上に近づくことは、なにかためらわれた。
「あの、し――お姉さま?」
声をかけてみる。だけど自分の考えに夢中の志摩子はそれに気づかないようだった。頭のなかの反省日記に熱心に書きつけでもしているような、神妙な表情で。
――志摩子さんって、こんなにマイペースな人だったのか。
ひとりで納得する。確固たる自分のペースがある人だとは思っていたけれど。それで他人を置き去りにすることのある人だとは考えていなかった。
――人って、深くつきあってみないとわからないものだわ。
咲いている薔薇を見る。薔薇はそこにあるのみで、なにも語ろうとしない。そんなものかもしれない。
薔薇は薔薇だ。擬人化されねば何も言えない。
志摩子との会話は楽しいし、志摩子といっしょにいれば嬉しいし、言うまでもなく志摩子のことは好きだけど、その後も噛み合わないことが多かった。面白い(と本人は信じていると思しい)冗談を言ったり、気の利いた(と本人は信じていると思しい)軽口をたたいたあと、どう反応していいものか迷う乃梨子のまえで、志摩子は何事か考えながら自分の世界に入ってしまうことが珍しくなかった。『もっとうまくやらなくちゃ』とかつぶやいて。
戸惑う乃梨子を置きっぱなしにして。
――ああ。意思の疎通ってむずかしい。
そんなことを考えて教室でため息をついてしまう乃梨子を、同級生は見逃さなかった。たとえば縦ロール。
「乃梨子さん。悩みごとなら瞳子に話してくだすっていいのよ」
乃梨子はさらにため息をついた。
「あんたに話すことはない」
「あら。冷たいわ」
なにもなかったように。宗教裁判のことなどなかったように。平然と乃梨子に分け隔てなく話しかけられるのは、おそらく彼女の特長だ。
いまの乃梨子にその個性を歓迎できる余裕はないけれど。
「姉妹のことだから。あんたにはまだわからない話よ」
追い払う目的で、つっけんどんに言う。泣きまねでもされるかと思ったけど、相手はあんがい冷静だった。
「いま、いないだけですもの。いつかきっと私にも、すばらしいお姉さまができるにちがいないわ。祥子さまや令さまや志摩子さまのような」
「祐巳さまは?」
縦ロールはそれを黙殺した。乃梨子は肩をすくめて、ひねくれた苦言を呈する。
八田の一本菅は子持たず立ちか荒れなむあたら菅原
言をこそ菅原と言はめあたら清し女
縦ロールはそれに、平然と返した。
八田の一本菅は独り居りとも
大君しよしと聞こさば独り居りとも
ふたりはすこし歪んだ笑顔を交わす。冗談めいたやり取りに的確に答えて乃梨子の隔意を切り捨てた縦ロールは、対照的な余裕の笑顔で「いつでも話、聞きましてよ」と言いのこし、その場を去っていった。
「ねえ、乃梨子さん。いまのはなあに?」
ふたりのやり取りを興味深げに観察していたクラスメート(アツコかミユキの二択)が尋ねてくる。
「『古事記』にある歌でね。『お高くとまってたらいつまでもひとりですよ』って結婚をすすめられて、『あなたにグチャグチャ口出しされるくらいなら、私はひとりで結構です』って言いかえすの」
日本仏教のことを調べていて、日本神話に部分的にたどり着いた乃梨子は、『古事記』と『日本書紀』くらいは読んでいた。縦ロールまで『古事記』を読んでいて、しかも暗記していたことは意外だったけど。さらに言えば、そらんじるほど印象的だった個所がアレと同じだったという事実は乃梨子を複雑な気持ちにしたけれど。
あの縦ロール。宗教裁判のことといい、思っていたほど浅くない人間のようだった。
そう考えて、ふと自分の身に照らし合わせてみる。
――こないだの志摩子さんのことばも、実は何かの冗談で、私が浅いせいで理解できなかっただけじゃないだろうか。
その場で理解できなかったことを、あとでいくら考えてみても理解できる可能性はきわめて低い。論理は直感に先立たない。
志摩子は『面白くなかった?』と言った。ということは、おそらく冗談の類なのだろう。信頼できる人に訊いてみるのがいちばんだ。
知識がなければ笑いもない。
そう考えて、しばし人選する。
選択肢はおどろくほど少なかった。
質問:
「『ぶわら』ということばをご存知ですか。薔薇の冗談らしいのですが」
解答者A:福沢祐巳
「オハラなら知ってるけど。スカーレット。赤い薔薇のことかな」
解答者B:支倉令
「サワラなら知ってるけど。いまが旬だよね。サワラにバラ肉ってあるのかな。むしろスペアリブ?」
解答者C:島津由乃
「ブハラなら知ってるけど。中央アジアにおけるイスラム教の聖地なの」
「……そのブハラとバラがどう関連するんですか」
「ブハラって、漢字で『刺さずの花』と書くんだけどね」
「はあ」
不花刺……
唐書にも名を現すこの古都は、古来その城壁にいばらを密に育成し、そのおかげで外敵からけっして攻略されぬ難攻の城塞都市として名を馳せていた。
ニハーヴァンドの戦いでペルシャ軍を撃破したイスラム教徒の無敵軍がブハラを包囲したとき、勇敢なムスリムの戦士でさえ城壁を守るいばらに怯え、城壁に近づくことができなかった。それに怒った攻略軍司令官アル・ガザーリーが天に向かって「アッラー・アクバル(神は偉大なり)!」と叫ぶと、いばらはその威光に打たれて一斉に枯れてしまい、その棘をすっかり落としたのだった。
その結果、みっしりと生えたいばらはかえって足場となり、容易な占領を許してしまったため、市民たちはいばらを「刺さずの花め、裏切り者!」と呼んで怨嗟の声をあげた。しかしそれを聞いたアル・ガザーリーは「笑止! いばらを他の名前で罵ったところで、いまさら何が変わるものかよ」と笑いとばしたという。
余談であるが、「薔薇は他の名前で呼んでも変わらない」というシェイクスピアの有名な一節は、十字軍などを通してイスラム文化圏との交流が進んだことにより、この話がイングランドまで到達し、ついに16世紀末になって彼の執筆活動に重要な霊感を与えた結果だと考えられている。
――民明書房刊『ムスリム武将伝』より
「ありがとうございました。もうけっこうです。さようなら」
存外、頼りにならない人たちだった(とくに由乃)。
あたりをつけたのはあとひとり。藁にもすがる思いで訊いてみる。
「『ぶわら』ということばをご存知ですか。薔薇の冗談らしいのですが」
「ぶわら? ぶわら、ぶわら……」
さいごのひとり、解答者Dたる小笠原祥子はあごに指をあてて考えた。そんなちょっとしたしながさまになる人だ。人気が高いのも、それと反比例して支持者さえ近寄りがたいと考えているのも、よくうなずける。
祥子はしばらく考えたあと、その考えすべてを放棄して、慎重に確認した。
「だめ。状況がわからないと、なんとも答えられないわ」
それもそうだ。乃梨子はすばやく状況を頭のなかでまとめる。志摩子の名前を省略するだけにして、ありていに告げた。
「知人に温室の薔薇を見せていただいたのですが、そのときに」
「ああ、それでわかったわ。きっとフランス語よ。"Voilà"。『さあどうぞ、ごらんなさい』くらいの意味ではないかしら」
「フランス語……」
それきり絶句。乃梨子にとってそれは彼岸の言語も同然だった。悪い意味で高尚すぎるイメージしかない。
そんな気もちを表情から巧みに読んで、祥子は安心させるための笑顔を撒いた。
「ただの駄洒落よ。むしろオヤジギャグと言ったほうがいいかしら」
(おそらくは)乃梨子にあわせた語彙で解説した。『バラ』と『ヴワラ』。オヤジギャグ。なるほどそのとおりなのだろう。
――志摩子さんが、オヤジギャグ。
どうにもイメージが一致しない。やっぱり自分は、まだまだ志摩子のことをよく知らないのだろうか。
「そんな冗談を言ったのはだれ? 私の知っているところでは、祐巳あたりかしら」
「ええ。まあ」
オヤジと言われては、さすがに志摩子の名前を出す気にはならない。曖昧に答えて、簡潔に感謝と暇を告げて、逃げるように去った。
冗談だったのはよくわかったけど。
では、あの場で志摩子が冗談を言った意図となると、さっぱりわからなかった。
後日、祐巳が祥子から、
「あなたフランス語に興味があるの? もしよかったら、わたくしの先生だったかたを紹介してあげるけど。ああ、祐巳といっしょなら、また習いなおすのも悪くないわね」
と誘われて、身に覚えのないことにひどく戸惑ってしまうのは、まあ別の話。
そして、乃梨子はついに慣れた。
慣れたころには夏休みだった。
「ねえ乃梨子。こんどの土曜日、予定は空いているかしら」
志摩子から声をかけてもらえるのが嬉しくないわけがない。祐巳などが祥子から声をかけられたとき、しっぽをぶんぶん振っている気もちが、不覚にもわかってしまう。乃梨子はあからさまに表情に出したりしないけど。
「はい、お姉さま」
もう乃梨子は間違えない。この件にかけて、乃梨子は立派なマシーンになることに成功していた。
『名前でいいのよ』
と、志摩子が奨めることも、もうない。ただ、複数の感情が入り混じったもつれた笑顔で、やさしく見守った。
「いっしょにお出かけしましょう」
「はい。どちらへ?」
どこだろう。教会。お寺。どこかの資料館。乃梨子のなかで想像がふくらんでゆく。志摩子に特別の提案がないなら、自分のほうから候補を挙げねばならない。脳裏で瞬時に複数の候補をリストアップする。
しかし志摩子は、
「い・い・と・こ・ろ」
男の子だったら鼻血を噴き出しそうなとびきりの笑顔で、意味深な言いまわしをした。これはこれでとってもいいものを見た気がするけど。
だけどやっぱり、それは乃梨子の考える志摩子のやりかたではなかった。
無理に明るくしているような。
理由はやっぱりわからない。
「連込み」ということばを広辞苑で引いてみよう。「(愛人などを)同伴して入りこむこと」とある。「連れ込む」だと「(愛人などを)ひっぱるようにして入りこむ」だ。編者の愛人への妄執がうかがえる迷定義である。
ところでこの日、乃梨子が志摩子に連れこまれたのは、閑静な住宅街だった。
志摩子の家から遠くない。昼過ぎなのに、人の姿をほとんど見かけなかった。上品で、静かで、死んでいるような甍たち。そのなかに、巨大な屋敷にはさまれて、教会がひっそりと建っていた。
両脇に立派な家を従えている。と言えば聞こえはいいが、事実をありていに述べるとすれば、どちらかといえば立派な家と立派な家のあいだにたまたまできた細い隙間に、ちいさな教会がすっぽりとはまりこんでいるとするほうが正しい。
「ここがお姉さまの――」しばし悩む。菩提教会とか手継ぎ教会とは、決して言わないだろうなあ。「――ホーム教会ですか」
ホーム教会という響きのよくない怪しい造語も、しかしよく意味が通るというかぎりにおいて、じゅうぶん詩的表現と評価できる。詩的と美的は別のことだ。
「いいえ。私が通う教会の神父様から紹介されたの」
「そうですか」
コンクリートでできた縦置きプレステ2みたいな、愛想のない建造物だった。その打ちっぱなしの直方体は最近よくある味気ない(しかしお洒落だと設計者は信じている)狭小住宅にそっくりで、てっぺんに十字架がかかっていなければその正体を一見で見破ることは難しいだろう。
いや、もうひとつ手がかりがあった。教会の名前を書いた看板である。こうあった。
極楽ナザレン教会
乃梨子は複雑な表情で看板を見つめた。
――ここは怒るところ? 笑うところ? それともツッこむところ?
抑えきれない志摩子のくすくす笑いが乃梨子の耳に忍んでくる。それだけで乃梨子の気もちは柔らかくなった。
「おかしいでしょう、この名前。極楽って、このあたりの地域名なの。○○町極楽3丁目8番地」
「これを見せるために?」
「まさか。ツカミよ」
「ツカミ……」
なんというか。もう、志摩子の語彙ではない。
乃梨子の微妙な表情に気づいて、志摩子はそっと笑った。なにかを可笑しがる表情じゃなかった。迷い道をさまようときの感情は、迷っているからこそ、あるべき姿とはあべこべの表情をうかべてしまう。
諦めたように、練りに練った計画を放棄するときに残念しているように、やるせない表情でため息をついた。
「やっぱりおかしいかしら」
「おかしかったというか。おじさんが無理に若者ことばを使っているような感じでしょうか」
「ずっと、そんな感じに思っていた?」
「はい」
率直に返事する。たとえふたりがどんな関係であっても、おかしいものをおかしいと言えない空気を共有すべきではなかった。
ずっと、と志摩子は言った。それは彼女が自分でも自分の言動をおかしいものであったと考えていたことの証しであるにちがいない。
「そう」志摩子は天を仰いだ。「やっぱり私は、だめな姉ね」
論理の飛躍。無理のあることば遣いをすることで、なぜ姉の資格が動揺するのか。
その疑問を、乃梨子は口にしなかった。口にしなくても、十分に相手に伝わった。
志摩子は素直に告白した。自分自身でも限界を感じていたからでもあるが、いっぽうで悪意はなくとも偽りは偽りであるにちがいないとする誠実を、高いところの十字架が喚起したのかもしれない。
「あなた、ずっと無理をしているでしょう」
「――そんなふうに見えるでしょうか」
「ええ。無理にリリアンのやりかたにあわせようとしているわ」
乃梨子はなにも答えなかった。答えるまでもなく、そのとおりだったから。
「あなたに、もっと自由になってほしかったの」
「自由?」
「あなた、姉妹になる以前は、私のことを『志摩子さん』と呼んでいてくれたから。『お姉さま』ではなく」
そのとおりだった。リリアンのやりかたに合わせて自制した結果、自然な『志摩子さん』を『お姉さま』に呼びかえることに、何の不都合も感じなくなったけど。
それは、リリアンという温室でない、吹きっさらしの野原で人格と個性をたくましく育んできた乃梨子の、本来のやりかたではなかった。
そんな、自分を抑えねばならないつらさを、志摩子は知っている。
乃梨子は、自分の退学と引きかえにしても守りぬかねばならないと思えるほど大切な相手だ。姉の自分がなんとかしてやらねばならない。その一心だった。
「だけどね。具体的に、姉としてどうしてあげればいいのかは、わからなくって」
むろん志摩子にも姉はいた。しかし、佐藤聖と藤堂志摩子の関係は多くの意味で典型的ではなかったし、あらゆる意味で模範的ではなかった。姉と何を話したという記憶もないし、姉から特別な何かをしてもらった記憶もない。
祐巳などからふしぎな目で見られていることに、志摩子は気づいていた。この関係が、けっして一般的でないことに。
姉が妹にどんなふうに接する存在なのか、志摩子は自身の経験として、まったく知らない。リリアンで大事な何かを敢えて作ろうとせず、ひっそり心の隠れ家で過ごしてきた志摩子は、だからこそ大事なものへの接しかたを知らなかったのだ。
「でも、ひとつだけ、これはというのがあるにはあって」
「これは、といいますと」
「このひとの真似をすればいいのじゃないかと思える、模倣の対象」
乃梨子は首をかしげた。志摩子が模倣しようとするほどの、理想的な姉。だれだろう。心あたりがない。祥子や令でなさそうなのは確かだ。もうしわけないけれど。
「――祐巳さんの相手をするときの聖さま」
「――え」
「祐巳さんの相手をするときの聖さま。私のお姉さまだったかたよ」
軽快なコミュニケーション。過剰なスキンシップ。
そのうしろにある、確かな信頼関係。
事情をなにも知らない人が見れば、聖と姉妹なのは志摩子でなく祐巳のほうだと考えるだろう。それくらい見事な、典型的あるいは理想的と思える関係だった。
すくなくとも志摩子は、そんなふうにふたりの関係を評価している。
「祐巳さんが山百合会に入ってくれたときにね。私にはすごく嬉しかったけど、でもうまくやっていけるかの心配もあったわ」
「そうだったんですか?」
乃梨子は首をかしげる。いまの適応ぶりから見れば、その心配はかえってふしぎだ。その親しみやすさから、祐巳は志摩子や由乃よりも広汎な支持を下級生から得ている。
「だからこそよ。山百合会は、いまでもそうだけど、良くも悪くも特別に見られているから。悪口ではなくて、祐巳さんは、まさしく普通の生徒でしょう。祐巳さんみたいな人こそ、いまの山百合会に必要な人だってわかったのは、ずいぶんあとよ」
でも、その祐巳が山百合会に必要な人材になるのだって、実は平坦な道ではなかった。さまざまの問題がおこったとき、祐巳に助けの手を差しのべたのは、どちらかといえば祥子でなくて聖のほうだった。
祐巳の最たる特長である表情豊かな意外性に気づいたのも聖。いちばんはじめに祥子が祐巳にロザリオを与えそうになったとき、祐巳に異論がありそうなことに気づいたのも聖。実際にそれについて発言したのは志摩子だったけど、それは志摩子の目がずっと聖をおいかけていたからこそできたことだ。
祐巳をここまで導いたのは、疑いなく聖だ。すくなくともつい最近まで、祥子は祐巳の単なる崇拝の対象だったにすぎず、司牧者ではけっしてなかった。
聖は祐巳の個性を壊さず、それまでの山百合会の雰囲気に無理に適応させることなく、祐巳が祐巳として自由にふるまうことを助けたのだ。
その結果、彼女は周りにあわせてその貴重な個性を失うことなく、山百合会でも独自の、確固たる立場を得ることができた。
「それで、その聖さまの真似をされたのですか」
「――スキンシップだけは恥ずかしくてできなかったわ。だって、後ろからとつぜん抱きしめたりするのですもの」
しかしその祐巳への聖の言動だって、志摩子はつぶさに観察していたわけではない。せいぜい横目で眺めていただけである。だから志摩子のイメージは誇張され、歪曲されて、けっきょくひたすら不器用で軽佻なものになってしまったけど。
けっきょく失敗だったけれど。
失敗だったけど、乃梨子にとってはなんでもない失敗だ。むしろ嬉しかった。
乃梨子は志摩子に声をかけた。解放された声は、自分でもおどろくほど伸びやかに響いた。
「ね、けっきょく、私に見せたいものってなんなんですか?」
「え?」
志摩子はとまどう。本来の話題に話が戻されたことに気づくまで、しばらくかかった。
「ええと、実は、この教会には仏様があって――」
「教会に仏像? わかった! 隠れキリシタンのだ」
「いいえ、それがちがうらしいの。大友宗麟が伊東マンショにローマへ持たせたものらしいのだけど」
「えー! なんでそんな特別なものが日本の教会にあるんでしょう」
「戦時中のどさくさって聞いているけれど。この教会の神父様はドイツ人で、当時のローマ法王だったピウス12世聖下のお世話をしてらしたのですって。その関係らしいわ」
「うわ! 早く見たい話を聞きたい!」
乃梨子はひとりで盛り上がる。その姿を、志摩子はすこし寂しい思いで見つめた。
志摩子が悩むのは志摩子の勝手だ。だけど告白の内容をこうもあっさり流されて、欲望のままの会話をされると、やはり虚しい思いがのこる。
ひとりで悩む。他人と共有できない。
志摩子はうつむく。
ひとりぼっち。
「さ、早く行こう。志摩子さん!」
志摩子ははじかれたように顔をあげた。信じられない思いで。
「いま、私を名前で呼んだ?」
そんな確認に、乃梨子は直接には答えなかった。ただ、志摩子の目をまっすぐ見つめる。
「ほんとうはね。『お姉さま』って呼ぶの、あまり好きじゃないんだ」
志摩子のことがだいすきだ。尊敬もしている。だけどやっぱり、『お姉さま』は乃梨子の語彙ではなかった。
「志摩子さんのおかげで『白薔薇のつぼみ』なんて呼んでもらってるけど。私、ほんとは薔薇なんかじゃなく、うん、ただのれんげ草なんです。春になればどこにでもそこらじゅうに咲いているような」
「ええ。そして、あなたの居場所は、きっと温室ではない。風が自由に渡ることのできる野原なのだわ」
「でもやっぱり、いまの私はリリアンの生徒だし。学校では、伝統に則っておくほうが無難だと思う」
「――あなたはそれでいいの?」
「いいの。リリアンという温室にいるときは『お姉さま』。校門を出て、広い野原にいるときは『志摩子さん』。そんな都合のいい使い分けは、かえって志摩子さんの迷惑かな?」
志摩子は笑顔で首をふった。
「いいえ。歓迎するわ。それは由乃さん流ね」
その答えを聞いて、乃梨子はふいに笑い出した。志摩子はわけもわからず、きょとんとした顔で志摩子を見る。乃梨子はなおも笑っていた。
由乃さん流。よりにもよって、あの頼りにならない由乃さん流!
おかしくて。そしてすごく嬉しかった。
「ねえ、志摩子さん」
「なに?」
「私はもう、必要以上の無理をしない。だから志摩子さんも、もう無理はやめてください。だれかの真似はやめてください」
「ええ――そうね。そうするわ」
高校生としての生活なんて、たった三年間。そのうち、だれかと姉妹でいられるのは長くても二年間だけ。
たったそれだけの貴重な時間を、無理をして過ごしたり、他人の真似をしたりして過ごすなんてばかげている! 乃梨子は乃梨子に、志摩子は志摩子に。それぞれのあるべき立場へ。
「さあ、はやく入りましょう。もう待ちきれない!」
そう言って、乃梨子は志摩子の手を握った。志摩子もそれを握りかえす。
いろいろ寄り道してしまったけれど。まだまだこれから、迷い道だってあるだろうけど。
まあ、時間を無駄に使えるのは若者の特権だと思って。
ふたりはやっと、同じ道を歩き始める。そのことにだけはもう迷いはない。薔薇だろうとれんげ草だろうと、等しく花は開くのだから。