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よく、これだけ眠れたな!というくらいの激しい眠りだった。きのう、まだ日が高い午後4時頃にベットに倒れこみ、きょう目覚めたのが午前4時。札幌の午前4時であれば、もう昼間のように明るいんだろうけど、夏時間のサンフランシスコの午前4時の空は、やっと白みはじめた程度だ。 これだけ激しく眠ったのに、だるさもないし、のどの痛みもない。マスクをして眠ったせいか、のどの調子も順調に良くなっているようだ。 窓を開けると外はかなり冷えているが、天気は良さそう。霧もない。 きのう、ホゼも言っていたが、サンフランシスコは、良すぎるくらいの天気が続いていて、インターネットで予報を見てもず〜っと晴れだ。 ところが、困ったこともあった。これから向かうシエラ・ネバダにはまだ雪がかなり多いらしいのだ。 先月、つまり2003年の4月、サンフランシスコではここ20年で最もたくさんの雨が降り、その雨がハイ・シエラでは雪になり、この時期としては、まだかなりたくさんの雪が残っているという。きのう、ホゼが、ヨセミテのウイルダネス・センターに電話できいてくれた情報だから間違いない。加えて、ヨセミテを貫いている観光道路、タイオガ・パスの除雪も遅れていて、道路の開通は例年の春よりも遅れる、という発表があったとのこと。 今後の晴天が、雪解けを加速させてくれるといいのだが…。期待しよう。 アメリカの朝は遅い。夏時間なので、日本の夏に比べれば日の出そのものが遅いのだが、7時になっても住宅街に人の姿はほとんどない。この家のご主人、ホゼも起き出してくる気配がない。4時から退屈な時間が続いている。この夏の日射しがもったいないな〜、と思うのは、梅雨のある日本に育ったせいだろうか。 きょうは「9時に、ヨセミテむかって出発しよう!」と、ホゼも張り切っていたのに、ちゃんと起きてくるのだろうか。 しかし、本当なら重い荷物を背負って空港からバスか電車でダウンタウンまできて、そのあとバスのチケットを買ったり、乗り継ぎをしたりして…、など、わずらわしいことをしながら移動しなければならないところを、ホゼのおかげでいたれりつくせりだ。本当にありがたい。 さあ!出発だ! 予定の午前9時は少し回ったものの、ボルボのワゴンは、ボクら二人と、ボクのザック、そしてホゼの一泊だけのキャンプ道具をのせて快調に動き出した。いい天気だ。 ベイ・ブリッジからの眺めは最高。青空、ビル群、海の輝き、すがすがしい空気。そして、まだ見ぬ、はるか彼方のヨセミテの春。ヨセミテ・フォールの迫力を想像してしまう。 ヨセミテにつくと、さっそくウイルダネス・センターに行ったのだが、きょう、山に向かうためのウイルダネス・パーミットはほとんどが満杯、おまけにバレー内のキャンプ場は全部「FULL」だ。寝るところがない! ヤバイ! どうしたものか。ホゼは、色々と考えている。 ここで、ウイルダネス・パーミットの簡単な説明。 アメリカの山をハイキングする場合、日本の山のように、いつ、どこからでも、勝手に登ってゆくことができなくて、「ウイルダネス・パーミット」という許可証が必要なのだ。これは、登山口ごとに一日に発行する数が決まっているため、ヨセミテのような観光地のウイルダネス・パーミットは、すぐに満杯になってしまって、当日の昼間に行っても、マイナーな登山口のものが、わずかに残っている程度なのだ、特に、夏や週末などは。 ちなみに、現地で入手できるウイルダネス・パーミットは、当日分と翌日分のみ。それより先のものは、電話かファックスか何かで予約する必要がある。
ヨセミテを「my favorite place」といい、通いなれているホゼのとった作戦は、こうだ。まず、わずかに残っていたインスピレーション・ポイントという所へ向かうウイルダネス・パーミットをゲット。このトレイルは、ヨセミテ・バレーの入り口にトレイルヘッドがあり、数時間でたどりつくことができる。しかし、ここには行かない。どうしたかというと…。 実は、ウイルダネス・パーミットをゲットすると、その入山日の前夜、バックパッカーのための簡素なキャンプ場に一泊だけテントを張る資格がもらえるのだ。つまり「山奥へ入ってゆく前の晩はヨセミテ・バレーに泊まってもいいですよ」という特権が与えられる。もちろんお金は必要だが、わずが5ドルだけ。 キャンピングカーで行くことは出来ず、設備も最小限のものしかないが、夏は大混雑するヨセミテにおいて、これは無計画な貧乏旅行者にとってはかなりの特権といえる。 ボクらは、ウイルダネス・パーミットを持っているとはいえ、入山日は「あす」ではなくて「きょう」なので、ここにテントを張る資格はないのだが、「まあ、それに近いようなもんだろう」ということで、このバックパッカーズ・キャンプグラウンドにテントを張ることにした。 時々、レンジャーが見回りに来るらしい、と、ヨセミテで偶然であったホゼの友人がアドバイスしてくれた。少々、ひやひやもののヨセミテ初日となった。 |