
首筋、両腕、日焼けでヒリヒリ…。きのう、晴天のもと一日歩いたせいで、ボクのデリケート?な肌は、夏の日射しに屈していたようだ。
8時半、撤収完了。ベア・キャニスターがあると、ザックはさすがにパンパンだ。ベア・キャニスターとは、食料を入れるための強化プラスチック製の黒いケースだ。ヨセミテをはじめ、アメリカのウイルダネスでは、ブラック・ベアがボクらの食料を狙ってくるため、その自衛策として、クマが踏んでも叩いて壊れないケースに入れて置くことがルールで決められている。1.5キロほどの重さで円筒形のそのケースは、重さばかりでなく、その形状から、ザックの中ではとても場所をとるやっかいな存在だ。そのせいか、ベア・キャニスターをザックの外にくくりつけているバックパッカーもいるが、ボクはこの持ち歩き方に少々抵抗を感じる。なぜなら、外見が黒いだけに、直射日光を吸収し、いくら長持ちするフリーズ・ドライなどが入っているとはいえ、中身の食料がかなり傷むのではないか、という心配があるのだ。そのあたり、メーカーに再考願いたい。お願いします。 この他にも、この夏、ジョン・ミュア・トレイルを歩くうえで、いくつか改善しておいたほうがいい、といった点がいくつかあった。 (1)テントマット(サーマ・レスト)は、全身ではなくて、短いのでOK。軽量化のためだが問題は予算。 (2)救急袋は匂いありと、なしに分ける。 匂いのあるものは、全部ベア・キャニスターに入れなければならないので全部一緒にしておくと不便。 (3)フリースの帽子と手袋は不用。これだけ暑けりゃねぇ、当然! (4)本、ガイドブックが多すぎる。厳選すべし。 などだ。 9時半。ネバダ・フォールの上に戻る。さすがにメモリアル・デイの連休中とあって、登る時に立ち寄ったおとといとは比較にならないほどの混雑だ。アメリカの夏は、このメモリアル・デイに始まるといわれているようであるが、それを強く実感する。 すれ違う多くは、ハーフ・ドームまでの日帰りハイキングの客であろうが、みな軽装で、薄着だ。短パンにタンクトップはいいとしても、ビキニの女性までいる。頂上の風は寒いくらいで、日射しも強いのに…。人ごとながら心配だ。 登りにたどったミスト・トレイルではなく、今回は、ジョン・ミュア・トレイルを下った。 ジョン・ミュア・トレイルは、延々と続くスイッチバックの下りで、結構ヒザにこたえる。下りも大変だが、ジョン・ミュア・トレイルを完全踏破する時は、このスイッチバックを最初に登らなければならない。7月の灼熱地獄の谷から延々と続くスイッチバックの登りを、食料をしこたま背負って歩く…、いきなり大きな難関である。 昼前には、トレイルヘッドのハッピー・アイルについた。このあたりのトレイルは大渋滞。キャンプ場は大丈夫だろうか…、と少々心配しながらシャトルバスに乗ったが、まだ時間が早いせいか、バックパッカー用のテントサイトはスカスカだった。 午後は、ヨセミテ・バレーの中で文明に浸ろうと思う。と、同時に、今度はヨセミテ・フォールの上へと続くトレイルのウイルダネス・パーミットをとり、あす以降の旅の準備をしなければならない。そしてメシだ! まずは、ウイルダネス・センター。あすのパーミットはすべて「FULL」。したがって、あす、また早起きをしてここに来る必要がある。
続いて、ビレッジのストアへ。ヨセミテ・フォールが正面に見える大きな木の陰のベンチでコークと巨大ミートボールサンドイッチをほおばった。普段はこの程度ではびくともしないボクの胃袋は、この2泊3日の間に小さくなっていたようで、結構苦しい。でも絶景を眺めながらのランチはいつ食べても美味い! そのあと、ストアに戻り、ジョン・ミュア・トレイルのガイドを買った。
夕方は、ミラー・レイクへの散歩。7時を回ったが見上げるハーフ・ドームはまだ昼間と同じような輝きを見せている。3年前の冬にもここへ来たが、そのときに比べると水量がとても多い。激流がいろんなものを運んできているのだろう。湖面の「ミラー」は、木屑などのゴミで輝きがイマイチであるが、ボクはここミラー・レイクで向かえる夕暮れがとても好きだ。見上げるハーフ・ドームがオレンジ色に染まるその瞬間に安らぎを感じるのだ。こんな感じで穏やかに終わるかに見えた一日ではあったが、最後にハプニングが訪れた。 テントサイトに戻る森の中のトレイルは、すでに真っ暗。その暗闇をヘッドランプ頼りに歩いていると、テントサイトにつく直前になってトレイルが消えた。なんと、水の中に向かって消えていたのだ。 洪水だ! 連日の晴天と暑さでハイ・シエラの雪解けが急速に進み、テナヤ・クリークが溢れていたのだ。短い足をヒザまで浸かって橋にたどりつく頃には、皮膚に感覚がなくなりかけていた。おそるべし雪解け水の冷たさ…。 テントのすぐ脇を流れるその川の音におびえながら眠りについた。 |