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5時40分起床。きのうよりはちょっとゆっくりと朝を迎えた。 けさも汗がひどい。テントに結露がないかわりに、ボク自身が結露しているようだ。シュラフなしでは寒い、あると暑すぎる。そんな夜だった。 1時間あまりで撤収を完了し、7時過ぎにはテントサイトをあとにした。 ハーフ・ドームを往復した時にテントを張ったリトル・ヨセミテ・バレーは、ベア・ボックスが置いてあり、ウイルダネスのテントサイトというには、少々物足りなさがあったが、きょう向かう所には、そういった人工物は一切ない。今度こそ本当のウイルダネスといえる。完全なバックカントリーなのだ。 グリルで、たまご入りクロワッサンとコーヒーで朝食を済ませ、歩いてトレイルヘッドへ向かった。 8時半、2度目のウイルダネスへの旅立ち。とりあえずの目的地は、top of Yosemite Fall。早い話が、ヨセミテ・フォールの頂上で、そこまでの道のりは3.4マイルであると、トレイルヘッドに立つ標識が告げている。すでに日向は汗ばむくらいの暑さである。 はじめのうち、スイッチバックは木漏れ日の森の中を登っていて、数日前に歩いたジョン・ミュア・トレイルやミスト・トレイルとは比較にならないほどの静けさが続く。近くにあるはずのヨセミテ・フォールの轟音もまるで耳に届かない。その音が聞こえ始めたのは、歩き始めてから1時間ほどがたってから。音と同時に、飛沫が心地よくボクの肌に触れた。ミスト・トレイルほどではなく、涼しさを運んでくる適度な飛沫だ。
ここからはしばらくはずっとこのヨセミテ・フォールを見ながらのスイッチバックが続く。順調に高度をあげてゆく。眼下にひらけた展望の素晴らしさもさることながら、行く手に立ちはだかるどこまでも高い花崗岩の絶壁の迫力が、このトレイルの大きな魅力だ。ボクらバックパッカーを、見おろしたまま圧倒している。そんな迫力に押しつぶされるように、3時間余りの登りを終える直前にボクは力尽き、だらしなく白い岩のトレイルに身を投げ出した。このあたりは、ヨセミテ・フォールの滝から少し離れ、その迫力ある音もかすかに聞こえる程度。緑の美しさが印象的だ。ハーフ・ドームに向かうトレイル沿いのそれに比べても、瑞々しさがあって、初夏の印象を強めてくれる緑だ。 ほとんどのハイカーは、ヨセミテ・フォールの流れ落ちるところで、このハイキングを終えるのだが、ボクは、崖に沿ってさらに東のほうに見えるこの付近では最も高いヨセミテ・ポイントでくつろぐことにした。 ヨセミテ・ポイントでは、滝の激しい音はほとんど耳に届かないが、眼下にヨセミテ・バレーがどか〜んと広がり、その対岸の正面にはハーフ・ドームが優雅に正座をしている。そして、その向こうにハイ・シエラがどこまでも広がっていて、その緩やかなうねりのような山並は、まだほとんどが雪をまとったままだ。7月に戻ってくる時までにこの雪は消えてくれるのだろうか…と、それはそれは心配になるほどだ。 ヨセミテ・バレーの辺りには、絶景を堪能できるビュー・ポイントが幾つもあるが、ここヨセミテ・ポイントは、ボクのお気に入りの場所のひとつ。人が少ないのがいい。 昼を回ったばかりの初夏の日射しは文句なく強く、ボクはその日を避けるように岩の陰でくつろいでいた。が、日射しがなければないで、体は冷えていく一方。これこそ山の空気だ。ボクはその感触を思う存分満喫していた。 きょうボクがキャンプをしよう、と目論んでいる場所は、このヨセミテ・ポイントではなく、ここから西のほうへ歩いたイーグル・ピークの近くだ。 ここが、特に有名な場所というわけではないが、ウイルダネスに入ってゆくからには、その醍醐味も味わいたい。しかし、レンジャーが言うには、ハイ・シエラの川のほとんどが増水していてい、徒渉するには危険すぎる。ということで、ここより他に条件を満たす場所がなかったのだ。地図を見ると、かなりの展望が期待できる場所であることは間違いない。 ヨセミテ・フォールを離れ、山の中へ分け入っていくと、途端に残雪が増える。全てが雪の上であれば、それはそれで歩きやすいのだが、途中、雪解け水でトレイルが冠水していて、そんな所では足跡がなくなり、しまいにどこに歩いて行けばいいのかわからなくなり、途方にくれること数知れず…。
おまけに、頼りなく横たわった倒木の上を、雪解け水をさけながら歩いていると、当然、ここから先は水の中を歩くしか選択の余地はない!という所にもつきあたってしまう。そんなときは、当然、あと戻り。ヨセミテ・フォールからイーグル・ピークまでの距離は2.3マイルと標識にあったが、2時間以上も残雪と冠水の森の中をさまよって、ドロドロになって目的地に到着した。
ここまでの2時間、すれ違ったのは、エル・キャピタンのほうから戻ってきた岩登りの道具をジャラジャラさせていた二人のみ。雪の上には、ブラック・ベアの足跡が縦横無尽に行きかっていて、これから迎える夜がかなり怖かった。絶景を眺めながらの晩飯は、言葉ではいい表せないくらいの素晴らしさだったが、クマの存在感に対するプレッシャーも、これまた言葉では表現できない。本当に怖かった。これまでのウイルダネスでは、あまり感じたことのなかった変な獣のような臭いも鼻に届いた。それがクマのものかどうかはわからないが、その実体の見えない恐怖というものが、ボクにとって初めて体験するものだった。果たして、朝を迎えることができるのだろうか…。 その夜は、鈴、ホイッスル、カメラの三脚など、武器になりそうなものを枕元に置いて眠った。 |