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6時20分起床。 サンフランシスコのダウンタウンから程近い丘の斜面にホゼの家はある。厳密に言うと、この家はホゼの姉夫婦の家であるらしいのだが、その4人家族は現在フランスに行っているという。 日本人のボクには、なんだか理解しがたいのだが、彼らは、ここサンフランシスコとフランス南西部の小さな町の二重生活を送っているらしい。二人の子供たちの学校の都合などもあり、夏休みなどの長期休暇になると、フランスに行くという。というわけで、現在、地上3階、地下1階のこの家には、ホゼとボクしかいなくて、ボクに与えられたベットは、小学生の男の子のものだ。 さて、きょうは、サンフランシスコの休日。 ホゼは友人の誕生パーティで、ボクとは別行動になるのだが、そんなボクに気をつかってか、ジャイアンツ戦のチケットをインターネットでとってくれた。 以前から見たいとは思っていたが、まさか実際にスタジアムに行って、メジャーリーグ観戦なんて、山ばかり行っているボクにとっては、別の世界のことと思っていた。 日本の野球場とは違い、エンターテイメント的要素が濃いというイメージはあるが、それ以外のことは何も知らない。ウイルダネスとは違った興奮だ。 ミルクに浸したシリアル、バナナ、コーヒー、オレンジジュース、まだまだ何か食べた覚えはあるが、アメリカの朝食のパワーには圧倒される。これだけ食べていれば、アメリカ人に肥えた人が多いのも頷ける話だ。 そんなわけで、ボクは、食べたぶんはしっかりと消費してしまおうと、電車でのダウンタウンへの行き方を教えてもらったものの、歩いてパシフィック・ベル・パークを目指した。 日曜日の朝の住宅街は静かで、空気も山のそれのようにとても心地よく冷えている。
午前中は、ダウンタウンでブラブラして、スタジアムについたのは昼過ぎ。さすがに、ダウンタウンから、ここパシフィック・ベル・パークに向かう道路は、家族連れを中心に、ジャイアンツカラー一色だ。僅かな間隔で歩道に立つ街灯には、ボンズの豪快なスイングが描かれた旗が海風にはためいていて、否が応でも気分を盛り上げてくれる。いい雰囲気だなぁ。 パソコンからプリントアウトされただけのA4サイズのチケットでゲートをくぐる。案内の若者の支持にしたがって、三塁側内野席最上段の席に座ると、眼下に芝生の緑がまぶしいグランドが広がり、その向こうには、スコアボードを挟んで、サンフランシスコ・ベイが凪いでいた。 そんな風景を見ていると、ここが戦いの場であることは微塵も感じられない。子供達が玉を追いかけて走り回るための公園そのものだ。 「ちゃんと上着を持っていけよ」と言っていたホゼのことばが身にしみる。ゲームセットの午後4時頃になると、日はギラギラしているのに寒いくらいになってきた。 かなり前の日本の新聞で「サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地、キャンドル・スティック・パークのナイトゲームはあまり寒すぎて客が集まらない。フロリダへ身売りか!?」といった記事を見たが、昼間でさえこの寒さなのだから、そういった記事がでるのも納得できる。 ボクは、おおいに満足して、家路についた。 家に戻ると、ホゼも今戻ってきたばかり、といった様子で、車からデイ・キャンプの道具をおろしていた。 尋ねると、ミュア・ウッズの海岸で、カキ三昧のバースディ・パーティだったという。残った超特大の生ガキを、ホゼがドライバーでこじ開けてくれて、思い切り飲み込んだ。 生まれて初めて食べた生ガキ、ほんのりと潮の香りがした。 その夜は、隣に住むスチュワーデスのケイシーと、メイシーズに勤めるローラとボクらふたりの計4人で、ディナーを楽しんだ。ピーカンの夜空の下の宴は、ヨセミテ・バレーよりも強烈に冷えた。久しぶりに酒を飲みすぎたからかもしれない。かくして、ボクのサンフランシスコの最後の夜が更けていった。 |