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(6月4日)


 5時40分起床。外は明るい。こんな時間に起きたくはなかったのだが、寝坊が気になり、小心者のボクは落ち着いて眠ることができない。バスの時刻は7時半だ。
 部屋の中でゴソゴソやるのは、他の宿泊客の迷惑にもなるので、廊下に出てパッキングを済ませる。同じような人が他に二人いた。
 きのう食料を買い込んだせいで、ザックの重みは増している。

 7時半。予約しておいたバンは、30席近くあるが乗り込んできたのでは6人程度。ガラガラである。それぞれの荷物は巨大だが、その荷物は牽引車に積むため、バンの中は本当に広々していて、快適な旅を予感させた。
 バンが郊外へ出ると、これぞアラスカ!といった見渡す限りの大地が広がり、ボクは、タイヤがアスファルトを噛む音を心地よく聞いていた。

 デナリに着いたのは午後1時過ぎ。約5時間半の道のりだった。途中、ガソリンスタントなどで何度か休憩をとったが、バスに乗っているという感覚ではなく、家族でふるさとに里帰している途中のようなアットホームな感覚で旅は続いた。道路わきにはタンポポが咲き乱れ、アラスカは春を迎えたばかりのような新鮮さで、ボクの目に映った。
 しかし、残念なことにデナリ・ナショナル・パークのエントランス付近は大規模に工事中。ブルドーザーなどの重機が土を掘り起こしていて、かなり殺風景なのだ。早くウイルダネスに入ってゆきたい、という気持を強くした。

 バンから降りたボクがしなければならないことは、今夜のテントサイトの確保と、あす以降デナリを楽しむためのウイルダネス・パーミットの取得だ。それらを扱っているのが、ビジターセンターだ。

 まずは、テントサイトなのだが、工事中のせいか、ガイドブックと書いてあることが違う。本来、この付近には、車を持たないバックパッカーのための$5程度の安いテントサイトがあるはずだったが、それがない!というのだ。対応してくれた窓口のレンジャーは、かつてのその存在すら知らないようだ。まあ、しかたがない。1泊$12ドルのテントサイトをキープした。次は、バックカントリー・パーミットだ。

 ここでボクは幸運に恵まれた。日本人のレンジャーが対応してくれたからだ。あとから思うと、ボクの英語の会話力ではとても通じなかったようなそこでのコミュニケーションが、その後のウイルダネスでの暮らしの安心感につながった。

 デナリ・ナショナル・パークは、ガイドブックなどにも書いてあるように、ウイルダネスのエリアが、細かく30以上に別れていて、それぞれに番号がふってある。町の番地のようなものだ。そして、そこに入ってゆける人数は、1日につき何人と決まっていて、自然を守るための運営が完璧になされているのだ。
 その状況は、カベに大きく張り出されているので、自分が行きたいところがあいているかどうか、といったことが、一週間ほど先まで確認できる。景色のいいところなど、人気によって混雑状況は一目瞭然で、とてもわかりやすい。

 ボクは、日本人女性レンジャーのアドバイスを聞きながら、景色のよさそうな所や、クマが極端に多くないような所や、テントを張るのに快適そうな所、なおかつ技術的に難しくないような所を結んで、1週間有効のバックカントリー・パーミットを発行してもらった。
 そのパーミットには、テントと、食事をする場所と、食料を保管する場所を、それぞれ三角形の頂点とし、どれからも100ヤード離れるようにと、グリズリーへの対応が示してあった。ヨセミテにも確かに規則はあったが、デナリのほうが厳密で、緊張感が伝わってくる。さらに、ボクらバックパッカーの緊張を高めるものが、ウイルダネスを行く上での注意点がまとめられたビデオだ。
 上映時間は約20分で、日本語の字幕つき。これはには、グリズリーの対応方法から、川の渡り方など、ウイルダネスで出会うであろう困難の対処方法が収められている。

 ここデナリの基本的なスタンスは、
このフィールドの自然は、人間に決して優しくはない。考えられる危険は、こんな種類のもので、それを回避するためには、こんな方法が有効です。それに沿って、アラスカの大自然を満喫して下さい。
というものだ。
 誰もがそこに足を踏み入れることが許されるが、その責任は全て本人にある、という本当の自由が、ここデナリには存在する。パーミットの有効期限が過ぎてフィールドから戻らない人がいるからといって、捜索に動くこともないという。関係者からの要請があって初めて動き出す。そのために、ウエアの色や、テントの色なども申告しておく。
 手続きを進めてゆく段階で、どんどん緊張が高まってゆく。
 ベア・キャニスターをかりて、シャトルバスのチケットを買って、この日、すべきことはすべて完了した。


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