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6. 王宮内の医務室にたどり着くと、ロイドは乱暴に扉を足で蹴った。 「開けろ、ローザン! いるんだろう?」 「なんなんですか。扉ぐらい自分で開けてくださいよ」 ブツクサ言いながら、小柄な若い医師が扉を開けると、ロイドはずかずかと部屋に入った。 「見ての通りだ。両手がふさがっている」 ロイドは勝手に結衣を診察台の上に降ろすと、ローザンを振り返った。 「さっさと閉めろ。おまえひとりだな?」 「そうですけど。レフォール殿下じゃないですか。どうかなさったんですか?」 ローザンは言われた通り扉を閉めて、ロイドの側までやってきた。 「こいつを診てやってくれ。足にケガをしている」 「こいつって……。え?」 ローザンは困惑した表情で、結衣とロイドを交互に見つめる。 ロイドは凶悪な笑みを浮かべ、ローザンの肩を引き寄せると、耳元で静かに恫喝した。 「いいか、これから話す事は国家の重要機密だ。たとえ相手が上司や同僚でも、口外すれば守秘義務違反で、王宮医師の資格はもとより、医師免許そのものも剥奪されるものと思え。ついでに懲罰付きだ」 「そんな話、聞きたくないです」 ローザンは泣きそうな顔で訴えたが、ロイドは聞く耳持たない。 「もう遅い。黙って聞け」 そう言ってロイドは、ローザンの額をペチッと叩くと、一方的に王子失踪事件と結衣の正体について説明した。 話を聞き終わるとローザンは、諦めたように嘆息した。 「わかりました。ようするにこの方、ユイさんを殿下だと思って接すれば、問題ないわけですね」 「そういう事だ」 ロイドはローザンの背中をバシバシ叩いた後、ふと何かを思い付いたらしく、再びローザンの肩を引き寄せた。 「そうだ、ローザン。おまえヒマだろう。明日からしばらく、オレの助手になれ」 ローザンは驚いてのけぞる。 「えぇ?! ぼくは人間専門で機械の事はわかりませんよ。それに、たとえヒマでも、ここに待機しているのが仕事なんですから」 「機械の事はわからなくていい。データ解析の助手だ。それに忙殺されてて、肝心の装置や基盤の調整に手が回らないんだ。医局長にはオレから話を通しておく。新しい医療機器の開発で外科医の意見を聞きたいという事にしておこう」 「勝手に決めないでくださいよ。ぼくにも都合ってもんが……」 わめくローザンの鼻先に、ロイドは人差し指を突きつけた。 「おまえの都合より殿下の方が、はるかに優先順位が高い。わかりきった事だ」 ロイドはローザンの抗議を一蹴すると、出口へ向かう。 「オレは日が暮れる前に調べる事があるから、そいつは任せた。自力で歩けないようなら呼んでくれ。そいつが通信機を持ってる」 口を挟む隙を与えないロイドに、すっかり諦めモードのローザンは、大きくため息をついて従った。 「わかりました」 部屋を出ようとするロイドに、結衣は声をかけた。 「あの、なんとか自力で帰るようにするから」 ロイドは不機嫌そうに結衣を睨むと、 「おまえは、これ以上勝手な事をするな。ローザンの判断に従え」 と厳しく言い放ち、扉を閉めた。 なんだか、いつにも増して横柄さがパワーアップしているような気がする。 ローザンはロイドを見送った後、ガックリ肩を落として、とぼとぼと結衣の乗った診察台の側に戻って来た。 「相変わらず、強引な人だ……」 ぼやくローザンに結衣は問いかけた。 「いつも、あんな風なの?」 「はい。でも今日は、特に機嫌が悪そうでしたね。あ、ちょっと失礼します」 そう言いながらローザンは結衣の靴を脱がせた。ローザンは血の滲んでいる右足を少し眺めて、結衣に許可を得ると、パンツの裾からひざのあたりまで、ザクザクとハサミで切り開いた。 結衣は一連の作業を、ぼんやりと眺めながらポツリとつぶやいた。 「たぶん、私のせいなの」 「え? 何がですか?」 ローザンは、デジカメのようなもので結衣の足を撮影しながら尋ねる。 「ロイドの機嫌が悪い理由」 「そうなんですか? 骨に異常はないようですね」 結衣の話を聞きながらも、ローザンはてきぱきと治療を進める。先ほどのデジカメはレントゲンのようなものだったらしい。 「ちょっと苛ついてて、ロイドに八つ当たりしちゃったの」 それを聞いて、途端にローザンの手がピタリと止まった。驚愕の表情で結衣を見つめる。 「ロイドさんに八つ当たり? ユイさんって怖いもの知らずっていうか……強者ですね」 「……え? そう?」 ロイドってそんなに恐れられているんだろうか? 結衣が苦笑すると、ローザンは治療を再開しながら、おもしろそうにクスクス笑った。 「ロイドさんって強引で頑固ですけど、陛下に信頼されてて、仕事もできるし、案外社交的で面倒見もいいから、人望も厚いんですよ。科学技術局の人たちも、局にほとんどいない局長なのに信頼してるんです。その分、副局長は大変そうですけどね」 意外だ。エライ人たち以外にも”いい人”呼ばわりされている。結衣は思わず目を丸くした。 「でも、ちょっと子供っぽいとこがあるんですよね。あれって、たぶん……」 そこまで言うと、ローザンは益々おもしろそうにクスクス笑った。 「何?」 結衣は訳がわからず、身を乗り出して尋ねた。しかし、ローザンは答えず、包帯を巻き終わると話をはぐらかした。 「派手に出血してましたが、打撲とすり傷だけですね。歩いてかまいませんよ。夕食後、お部屋にお薬をお持ちします」 ローザンは結衣の疑問に答えるつもりはないらしい。柔和な笑顔に強固な意思を感じられる。結衣は追及するのを止める事にした。 結衣は診察台から降りて靴を履くと、その場で二、三回足踏みをしてみる。ほんの少し傷が疼くけど、歩くのに支障はなさそうだ。 ローザンに礼を述べると、結衣は医務室を出て、自力で王子の部屋に戻った。 部屋に戻り、汚れた服を着替えて、ホッとひと息ついた途端、なんだか小腹が空いてきた。朝、厨房でもらったお菓子を食べようと捜してみたが見つからない。 確かに部屋に持って帰ったと思ったが、どこかに置き忘れたか、あるいはラクロット氏に見つかって処分されてしまったのかもしれない。 置き忘れたとしたら、あの後行ったロイドの研究室のような気もするが、だとしたら甘いものが嫌いだというロイドは、それこそ処分してしまっているだろう。 ガッカリしたら、よけいにお腹が空いてきたが、仕方がないので夕食まで我慢する事にした。 結衣はソファに座り、肩に留まっていた小鳥を手の平に乗せて頭を撫でた。 「ロイド、さっきはありがとう」 それは、両方のロイドに向けた礼の言葉だった。 小鳥は誇らしげにピッと返事をした。結衣にはそんな風に見えて、思わず目を細めた。 |
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