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3.



 昼食後、すぐに研究室に行ってみると、ロイドはすでに作業を始めていた。忙しくしているので結局昼休みに話しかける事ができず、三時のお茶の時間はいつも慌ただしいので、結衣は夜、彼が部屋に戻るのを待つ事にした。
 十時から一時間おきに、テラスに出ては隣の部屋の灯りを確かめる。やっと灯りが点いたのは、午前一時を過ぎた頃だった。
 結衣はさっそく部屋の側まで行くと、外からガラス戸を叩いた。カーテンが開き、ロイドが驚いたような表情をしてガラス戸を開いた。
「まだ起きていたのか」
 早く話が聞きたくて、ロイドの帰りを待ちわびていた結衣は、思い詰めたような表情をしていたのかもしれない。ガラス戸に縋って笑みを浮かべると、ロイドがいつものように冗談か本気か分からない事をいう。
「覚悟ができたのか? こんな時間にオレの部屋に来るとは」
「違うわよ。訊きたい事があるの」
「あぁ、今朝考えると言ってた事か」
「うん」
 なんだか少し、ロイドが落胆したように見えたのは、気のせいだろうか。
「入るか?」
「え……いいの?」
「ちょっと、散らかってるけどな」
 ロイドが脇に避けて、結衣を部屋に招き入れる。結衣は少しドキドキしながら部屋に入ると、ガラス戸を閉め、カーテンを引き、振り返って目が点になった。
 ちょっとどころではない、その散らかりように思わず苦笑する。
 王子の部屋のそれと同じくらいの広さがあるリビングの床には、何だか分からない作りかけと思われる機械や、その部品、工具のたぐいが無造作に並べられ、足の踏み場もない状態になっている。
 所々にぽっかりと穴が空いたように、何も置いてない空間がある。おそらくロイドが座り込んでいた場所なのだろう。
「……ここ、研究室よりすごいんじゃない?」
 結衣が呆れたように尋ねると、ロイドは床に散らばった部品や工具を次々に拾い集めながら、壁際のソファまで通路を作った。
「むこうは仕事で、こっちは趣味だ」
 そう言って、ソファの上に広げられていた設計図を折りたたみ、ローテーブルの上に置く。
 結衣はロイドが作った通路を通って、ソファの側までたどり着いた。
 ローテーブルの上も部品やネジがゴロゴロしている。
「そこで待ってろ。おまえ、酒は飲めるか?」
「うん。少しなら」
「じゃあ、少し付き合え。机の上の物は端に避けておいてくれ」
 ロイドは白衣を脱いでソファの背もたれに引っかけると、床に散らばった部品類を器用に避けながら、リビングから出て行った。
 結衣は言われた通り、机の上に転がった物を拾い集め、先ほどロイドが置いた設計図の上にまとめて置いた。
 少ししてロイドが二つのグラスを持って戻って来た。片方を結衣に差し出し、彼は結衣の隣に腰を下ろした。
 結衣は受け取ったグラスの中を覗き込む。甘い香りのする赤い酒が入っていた。口に含むとジュースのように甘酸っぱい果実酒だった。
「あ、これ、おいしい」
 結衣が続けてもう一口飲むと、横からロイドが忠告した。
「アルコール度数は結構あるぞ。一気に飲むなよ」
 ロイドはお酒も甘い物が好きなのだろうか、と思い、ふと見るとロイドのグラスには琥珀色の酒が入っていた。多分ウイスキーとかブランデーとかのようなものだろう。
「で? 何が聞きたいんだ? 酔っぱらう前に話しとけよ」
「うん」
 結衣はグラスを机の上に置くと、朝疑問に思った事を順番に尋ねた。
 まずは東屋の石段を壊した犯人。これは予想通り分かっていないという。
 先日の誘拐未遂犯の青年も、知らないと言ったらしい。元々彼は王子を連れて行く事だけを、セギュール侯爵の使いの者から頼まれていたという。何のために連れて行くのかさえ、聞かされていなかったらしい。
 彼の記憶から映像化されたセギュール侯爵の使いは、侯爵の関係者の中にはいなかった。もっとも、脳の記憶している映像そのものが不確かなので、似顔絵を描かせたり、風体を口で語らせるよりは、分かりやすいという程度の信頼性しかないのだが。
 次に物体消失や出現の怪現象。王宮以外にラフルールの街でも何か起きているのか。
 ロイドは何も聞いていないという。ただ、小さな物が一つや二つなくなったくらいでは、騒ぎにならないだろうから、全く起きてないかどうかはわからない。
 この件については、王宮内に住んでいるロイドより、街から通っている使用人たちの方が、確かな情報を持っているだろう。
 そして一番聞きたかった遺跡の事。ロイドは何度か遺跡の調査に同行し、実際に遺跡の装置を間近で見て、詳しく調べている。これについては他の事より、かなり有益な情報が得られそうだ。
 まずは遺跡の装置にカウンタが付いているのかどうか尋ねてみた。そんなものはないとロイドは言う。操作パネルも何もないので、どうやって作動や停止をさせるのかもわからないらしい。
 結衣は心中で密かに、ほくそ笑む。自分の仮説が少し信憑性を帯びてきた。
 次に過去、活動期の間隔三十年が狂った事があるのか訊いた。暦の関係で、多少ずれた事はあるが、記録に残っている限りで、狂った事は一度もないらしい。
 前回の活動期が二十七年前だというので、今回は三年早まった事になる。
 それを聞いて、結衣はふと思い出した。
「二十七年前って確か、あなたが遺跡で拾われた時じゃなかったっけ?」
「あぁ」
 その時、散々捜したがロイドの両親は見つからなかったと聞いた。
「もしかしてあなた、どこか異世界から来たんじゃないの?!」
 結衣が興奮して尋ねると、ロイドは他人事のように平然と言う。
「そうかもしれないって、この間ブラーヌが言ってたな」
「なんで、そんな平然としてるのよ」
 結衣が苛々して言うと、ロイドは相変わらず平然と返す。
「元の世界も親も記憶にないんだ。どうだっていい」
「よくないわよ。ご両親はきっと捜してるはずよ」
「二十七年も経ってるんだぞ。きっと、もう死んだと思って忘れてるさ」
「忘れるわけないじゃない、自分の子供の事を! 親なんだもの!」
 結衣がロイドのひざを叩いて強く言うと、彼が少しひるんだ。
「そうか?」
 そして、少し俯いて自嘲気味に笑う。
「そういうもんなのか。オレは親と暮らした事がないから、親の気持ちはわからない」
「ブラーヌさんは?」
 途端にロイドは顔をしかめる。
「あいつは一般的な親とは、かけ離れているからな。寝床と食べ物と学問を与えてくれた事には感謝しているが、お互い共同生活者のようなもんだ。共同生活すら稀だけどな」
「抱きしめられた事ないの?」
「記憶にない」
 どうやらブラーヌも相当な変わり者のようだ。なぜロイドを引き取ったのか、直接聞いてみたい。
「あんな変わり者に幼児期を育てられて、よくも真っ直ぐに育ったものだと自分でも感心する」
「……え……」
 確かに、ひねたり、ダークサイドに墜ちたりしてはいないが、あなたも充分変わり者だから、とは言わずにおいた。
「案外、オレもニッポンから来たのかもな」
 楽しそうに問いかけるロイドに、結衣は軽くため息をつく。
「それはないと思うわ。あなたはどう見たって日本人じゃないもの」
 厳密に言えば、日本から来た可能性はなくもないが、日本人である可能性は極めて低い。
 結衣は自分の髪をつまんで、ロイドに見せた。
「日本人は私みたいに、黒い髪で黒い目なの。あなたの容姿は地球上だと、ヨーロッパあたりじゃないかしら」
「ふーん。国ごとに髪や目の色が決まってるとは、変わってるな」
 そういうわけではないが、説明すると長くなりそうなので、止めておいた。いつか機会があれば説明しよう。
 ロイドがもしも、地球上のどこかからクランベールにやって来たのなら、二十七年前の事件記事に記録が残っているかもしれない。日本に帰ったら調べてみよう。
 いつかまた、クランベールに来ることがあるなら、その時に教えてあげたい。
 結衣はひと息つくと、気持ちを切り替えて最後の質問をぶつけた。
「じゃあ、これで最後。私がクランベールに来た日に、世界規模の気候変動や天変地異があった?」
「ない」
 ロイドの答えを聞いて、結衣の口元は思わず緩んだ。自分の立てた仮説がいよいよ正しいものに思えて仕方ない。
 結衣はうかれて、机の上のグラスを取ると、果実酒をグビグビあおった。
 横からロイドが慌ててグラスを取り上げる。
「おい、一気に飲むなと言っただろう。何か分かったのか?」
 ロイドの問いかけに結衣は、待ってましたとばかりに彼を見据えて言う。
「結論から言うわ。王宮にもう一つ遺跡があるのよ」
「はぁ?」
 ロイドは面食らって目を見開いた。




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