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4.



 結衣は続けて自分の仮説を披露する。
 携帯電話やロイドは遺跡に現れたのに、遺跡から遠く離れた王宮で、人や物が消えたり現れたりするのは不自然だ。だが、王宮に遺跡があるなら、説明が付く。
 そして、自然エネルギーによる稼働スイッチがあるなら、過去一度も周期が狂っていないわけがない。第一、全世界規模の気候変動や天変地異がないなら、一斉に全遺跡の周期が狂う事自体おかしい。ということは、全遺跡を制御している装置がどこかにあるはずだ。
 現存する遺跡にカウンタも操作パネルもないとすると、未知の遺跡がその機能を持っている可能性が高い。王宮に遺跡があるなら、それがメイン制御装置なのだ。
「オレはここに住んで、かなりになるが、そんなものは見た事も聞いた事もないぞ」
 結衣の途方もない仮説に、ロイドはまだ半信半疑の様子だ。
「地下にあると思うの」
「地下には霊廟があるだけだ」
「だから、もっと地下。東屋の下に古い穴が空いてるって言ってたじゃない」
「あぁ、なるほど!」
 ロイドがやっと納得した。
「私、あの石段は王子様が壊したんじゃないかと思うの」
 東屋によく行っていた王子は、たまたま石段を踏み抜き、地下の遺跡を見つけたのではないだろうか。そして、穴が見つからないように元通りに戻しておいたのだ。今回、遺跡の活動期が早まったのは、王子が遺跡の操作パネルを触ってしまったためだろう。そして本人はそのまま異世界に飛ばされたのかもしれない。
「殿下は好奇心旺盛だからな。充分あり得る話だ」
「あの穴、もう塞いじゃったの?」
「いや、おまえを巡って物騒な事件が続いたから、王宮の出入りが厳しく制限されている。信頼の置ける業者が、今手が取れないとかで、立ち入り禁止で放置されたままだ。さっそく、明日調べてみよう」
「私も行っていい?」
 危険だと反対されるかと思いながら、恐る恐る尋ねると、意外にもロイドは微笑んで、結衣の頭を撫でた。
「あぁ。おまえの仮説だ。自分で立証して見せろ。それに、遺跡が見たいと言ってたじゃないか」
「うん。楽しみ」
 結衣は嬉しくなって微笑み返した。
 長い説明を終えてホッとしたからか、急に酔いが回ってきた。目の焦点が合わず、すぐそこにいるはずのロイドが近付いたり遠退いたりしているように見える。
 幻を見ているような気がして、結衣は手を伸ばした。手の平がロイドの頬に触れ、ホッとした。
 この頬に触れるのは二度目だ。朝、思い切り、ひっぱたいてしまった。
「痛かった?」
 問いかけるとロイドは少し笑って、結衣の手に自分の手を重ねた。
「あぁ。おまえに嫌われるのが、あんなに痛いとは思わなかった」
「ごめんね」
「いい。自業自得だ」
 囁くようにそう言うと、ロイドはメガネを外した。合図を受けて、結衣は静かに目を閉じる。
 視界が塞がれ一瞬クラッとした直後、抱き寄せられ唇も塞がれた。優しく甘く小刻みに繰り返されるキスに、結衣の鼓動は次第に早くなり、益々頭がクラクラする。
 身体が傾き始め、結衣はロイドの背中に腕を回してしがみついた。
 結衣を抱きしめたまま口づけながら、ロイドはソファに倒れ込んだ。急に体勢が変わり、更に酔いが回って、結衣の頭の中はぐるぐる回り始める。
 結衣の頬を両手で包み込み、ロイドのキスは徐々に激しく変わっていく。
 アルコールの酔いとロイドのぬくもりの相乗効果で、ふわふわと気持ちよくなってきた結衣は、急速に微睡み(まどろみ)の淵に滑り落ちていった。
 突然、額に衝撃を感じ、結衣はぱっちりと目を開いた。
 ソファに横たわる自分の両脇に手をついて、少し怒ったような顔をしたロイドが見下ろしていた。
「起きろ」
 そう言って、もう一度結衣の額を叩くと、ロイドは身体を起こし、ソファの背にもたれ腕を組んだ。
「私、寝ちゃったの?」
 結衣が、のろのろと起き上がり尋ねると、ロイドはふてくされたような表情で、吐き捨てるように言う。
「ったく。急に力が抜けたと思ったら……。寝るか? 普通、このシチュエーションで」
 ロイドが何を怒っているのかよく分からないが、一応言い訳してみる。
「私、お酒飲んだら眠くなるのよ」
「だから一気に飲むなと言ったんだ。もう、おまえには酒は飲ませない」
「ごめん……」
 俯いて、ふとベストのボタンが二つはずれている事に気がついた。結衣は目を細くすると、探るようにロイドを見つめる。
「何しようとしてたの?」
「訊くな」
「触ったの?」
 結衣が問い詰めると、ロイドはチラリと結衣を一瞥し、白状した。
「……肋の数を数えているような錯覚に陥った。かなり手強いな。たとえ、ひと月で三倍になったとしても、成果が目に見えないかもしれない。せめて、さらに倍くらいにはならないと……」
「断りもなく触ったのね?!」
 叫ぶように非難する結衣に、ロイドは驚いて反論する。
「って、気付いてなかったのか? その方が問題だろう。ったく、緊張感のない奴だな」
「もう! 油断も隙もあったもんじゃないんだから、このエロ学者!」
 ブツクサ言いながらベストのボタンを留める結衣に、組んだ足のひざで頬杖をつきながらロイドが言い返す。
「油断も隙もありすぎる奴が何を言う」
「だいたい、王子様が見つかったらって約束でしょ? あなたが自分で言ったんじゃない」
「ちっ! そういえば、そんな事言ったっけな。仕方ない。おあずけにしといてやる」
 結衣がホッとひと息つくと、強引に身体を引き寄せられた。
「そのかわり、毎日思う存分キスしてやるからな」
「思う存分って、どのくらい?」
「オレの気が済むまでだ」
「……え……」
 ようするに時間無制限。想像すると、再び頭がクラクラした。
 ロイドは結衣から手を離すと、背中を軽く叩いた。
「目が覚めたなら、さっさと部屋に戻って寝ろ。でなきゃ、約束無視して真剣に襲うぞ」
「うん。帰る」
 結衣は立ち上がると、まだ少しフラつく頭をコツンと叩いて、テラスへ向かった。ガラス戸を開き、振り返って尋ねる。
「明日、いつ探検に行くの?」
「十四時に同期が来るから、その後だ。勝手にひとりで行くなよ」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
 ロイドの挨拶を聞いて、結衣はガラス戸を閉め、テラスから王子の部屋に向かう。途中立ち止まり俯いた。
 明日は自分の仮説を立証するため、地下の遺跡を探しに行く。
 本当はそんな事を気にかけている場合ではないのに、自分の胸を見つめて思わずため息が漏れた。
「あと、ほんの少しでいいから、胸が大きかったらなぁ……」
 仰臥(ぎょうが)すると、真っ平らになってしまう自分の胸が恨めしかった。




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