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番外編・未来予想図




 ラフルールの家でユイと暮らし始めて、一ヶ月が過ぎた。一応ブラーヌも一緒に住んでいるが、相変わらず王宮地下の遺跡に入り浸っていて、滅多に家に帰らない。
 実質二人きりの新婚生活を、ロイドは満喫していた。
 とはいえ、王宮にいた頃とは違い、常に側で副局長が目を光らせているので、あまり自分の都合よく早く帰ったりは出来ない。
 今までため込んでいた仕事も、毎日きっちり片付けないと怒られるのだ。
 新婚なんだから早く帰らせてくれてもいいじゃないかと思うが、口に出すと三倍返しに遭いそうなので黙って仕事を片付けるしかない。
 ユイの国ニッポンでは、結婚したら十日くらい、まとめて休みが取れるらしい。その間に結婚式をして、二人で旅行に行ったりするという。
 クランベールには、そういう習慣はない。結婚式と新居への引っ越しで、せいぜい二、三日休むくらいだ。
 十日間も二人きりで甘い時間が過ごせる、ニッポンの新婚旅行制度がたまらなくうらやましい。
 陛下にお願いして、是非クランベールにも導入して頂きたいと思う。
 だが、今さら導入されても、自分はすでに適用対象外かと思うと、途端にどうでもよくなった。
 そんな事を考えて現実逃避をしながら、黙々と仕事をこなし、今日はようやく休みが取れた。今日は早起きしなくてもいい。
 今日を心置きなく休むために、昨日はいつにも増して帰りが遅かった。そのためお預けになっている。
 さっきからユイが何度も呼んでいるが、ロイドはベッドでゴロゴロしていた。それも作戦のうちだ。
 突然、寝室の扉が勢いよく開き、ユイが怒鳴り込んできた。
「ちょっと、ロイド! 休みだからって、いい加減起きてよ!」
 ユイが足音も荒く、ベッドに歩み寄って来た。ロイドは寝たフリをしながら、布団の影から様子を窺う。
 目の前に立ったユイが、身を屈めて手を伸ばしてきた。その手を素早く掴み、ロイドはユイをベッドに引きずり込む。
「ちょっと! ふざけないで」
 空いた腕を突っ張って逃れようとするユイを、ロイドは更に引き寄せ、足先で靴を脱がせて床にバラまいた。
「ふざけてない。ゆうべはお預けだったしな」
「何言ってるの、朝っぱらから!」
「関係ない。今日は休みだ」
 完全にベッドに引きずり込んだユイを、身体の下に押さえ込んで、ロイドは強引に口づけた。
 少しして、ユイは抵抗を止めた。ロイドは唇を離し、耳元で囁く。
「ユイ、愛してる」
 そのまま首筋に唇を滑らせる。
 途端にユイが、自分の口を押さえて顔を背け、ロイドを突き放した。
「どうした?」
 怪訝に思い問いかけると、ユイは顔をしかめて、ロイドの下から這い出そうとする。
「お願い、どいて。気持ち悪いの。お腹を圧迫しないで」
 ロイドは身体を浮かせて、ユイを解放した。
 ユイは背中を向けて横向きに転がり、口と腹を押さえて、そのまま動かなくなった。
 よく見ると顔色が悪い。辛そうに歪められた顔を覗き込みながら、ロイドは背中を撫でる。
「具合が悪いのか? いつからだ?」
「……昨日の夜から。胸がムカムカして、ゆうべも気持ち悪くて晩ご飯が食べられなかったの」
「何か古いものでも食ったのか?」
「そんな事ないわよ。ヒマだから毎日その日に食べるものしか買い物しないし」
「酷く辛いのか?」
 背中を撫でながら問いかけると、ユイはホッと息をついてこちらを向いた。
「ん。もう大丈夫。楽になったから。ありがとう」
「そうか」
 ロイドもホッと息をつく。するとユイは、イタズラっぽい笑顔で、上目遣いにロイドを見つめた。
「ね、もしかして、出来たのかも」
「何が?」
 即座に問い返すと、ユイはムッとしたように睨んだ。
「赤ちゃんに決まってるでしょう?」
「そうなのか?」
 可能性としては、ないとは言えないが、腑に落ちない。
「気のせいじゃないのか?」
 思わず疑わしげに見つめると、ユイは声を荒げた。
「なんでよ! 生理だって遅れてるし、あなた、心当たりあるでしょう?」
 確かに心当たりは、ありすぎるほどある。だが王宮にいた頃は、ずっと避妊していたのだ。
 という事は、ラフルールに来てからの子供だという事になる。初日はブラーヌがいたし、慣れない環境や荷物の片付けでユイが疲れていたので、実際の初夜は五日後くらいだった。
 つまり、その時にヒットしていても、一ヶ月経っていないのだ。
 そんな早い段階で、自覚症状が現れるものなのだろうか。それとも、男の自分には腑に落ちなくても、妊婦特有の第六感か何かで、女には分かるものなのだろうか。
 そんな事を考えながら、ロイドは眉をひそめて黙り込む。
 ロイドを睨んでいたユイが、益々むくれた。
「もう! よくやったって喜んでくれるかと思ったのに!」
「よくやったのは、おまえひとりじゃないだろう。むしろオレの方が、よくやったと褒めてもらいたいくらいだ」
「……え……」
 絶句して顔を引きつらせるユイに、ロイドは諭すように言う。
「いいか。一回の性交で男が消費するエネルギー量は百メートル全力疾走に相当する。それに対して女はミシンかけ十分間程度だ。それを鑑みると、オレの方が頑張ってるだろう」
 ユイは大きくため息をついて、ロイドに背中を向けると、身体を起こした。
「そんなエロ知識どうだっていいわよ」
 すっかり気が削がれたロイドも、仕方なく身体を起こす。
 ユイは靴を履いて立ち上がった。
「さっさとご飯食べて。私はいらないから、あなたの分しかないの」
「あぁ。そういえばケーキがあるって、ゆうべ言ってなかったか?」
 ユイは再び口を押さえて、顔をしかめた。
「ごめん。甘いものの話しないで。想像しただけで気持ち悪いの。戸棚の中にあるから、勝手に食べて」
「ったく。さっさと病院に行って妊娠か食あたりか白黒付けて来い。喜ぶのはそれからだ」
 ロイドが吐き捨てるように言うと、ユイは目を見開いた。
「え? 喜んでくれるの?」
「本当に子供が出来たんならな。当たり前じゃないか」
「うん。病院に行ってくる」
 嬉しそうに笑って、ユイは寝室を出て行った。



 身支度を整えて階下へ下りると、ユイはすでに出かけていた。
 ロイドはいつもより遅い朝食を摂り、続いて戸棚のケーキを食べ始めた。
 この四角くて少し堅めのケーキは、パウンドケーキというらしい。トッピングと混ぜ込むもので色々なバリエーションが楽しめる。
 今日はクルミの入った生地に、蜂蜜のかかったリンゴが乗っていた。
 ユイの作ったお菓子を食べると、自然に頬が緩む。先ほどの嬉しそうな笑顔を思い出した。
 本当に子供が出来たのだとしたら、それはロイドにとっても嬉しい事だ。なにしろロイドにとっては、初めて血の繋がった家族が出来るのだから。
 男だろうか、女だろうか。まだ出来たかどうかも分からない子供を、ロイドは想像してみた。
 色素はユイの方が、色濃く表れるだろう。髪や目は黒っぽくなる。
 男だったら、レフォール殿下に似ているかもしれない。ユイがあれだけ、そっくりだから。
 一緒に機械いじりが出来たら、楽しそうだ。
 ユイによく似た女の子でもいい。おそらく溺愛してしまうだろう。
 いっそ男と女の双子でもいいかもしれない。
 ケーキを食べ終わっても、まだ見ぬ我が子に想像を巡らせて、ロイドかニヤついているところへユイが帰ってきた。
「どうだった?」
 ロイドが問いかけると、ユイははにかんだような笑みを浮かべる。その表情に、もしかして本当に妊娠していたのかと、密かに期待してしまう。
 ユイは言いにくそうに、おずおずと告げた。
「……ごめん。違ってた」
「なんだ、やっぱり食あたりか」
 内心ガッカリしながらロイドが言うと、ユイは尚も言い淀む。
「うーん。それもちょっと……」
「いったい、なんなんだ」
「食べ過ぎだって」
「は? おまえ、ゆうべも朝も食ってないんだろう? いったい何を食ったんだ」
「ケーキ二個」
 二個といっても、丸ごと二個食べたらしい。
 昨日ユイは、ヒマなので朝からケーキを作りまくっていたという。昼食を摂るのも忘れて、三個のケーキが出来上がった時、ロイドから帰りが遅くなると連絡が入った。
 いくらロイドでも、夜中に三個のケーキは食べられないだろうと判断し、比較的軽そうなシフォンケーキとロールケーキをひとりで食べたらしい。
 ユイによると、この二つのケーキは、食感も口当たりも確かに軽いが、かなりな高カロリーケーキだという。
「知っていながら、なんでそんな無茶食いしたんだ」
「お昼抜いてたから、いけると思ったのよ。実際、食べるのはあなたも顔負けな勢いだったし。けど、後でズシーンと来て、もう、気持ち悪くって……」
「ったく!」
 ロイドはユイの額を叩いて、大きくため息をつく。
「まだ具合は悪いのか?」
「もう平気。点滴打ってもらったら、ウソみたいに楽になったから」
「そうか」
 ロイドはニヤリと笑い、ユイを抱き上げた。
「よし。ハズレてたなら、仕込み直すぞ。ゆうべも朝もお預けだったからな」
「何言ってるの、昼間から」
「関係ないと言っただろう。今日は休みだ」
 真っ赤になって抵抗するユイを無視して、ロイドはそのまま二階へ向かう。
 我が子の顔を見るのは先送りになってしまったが、もうしばらくはユイと二人きりの生活を、思う存分満喫するもの悪くないとロイドは思った。



(完)




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