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番外編・ランシュ改造計画




「とりあえず、全部脱げ」
「え? ここで?」
 少し眉をひそめてロイドを一瞥した後、ランシュは視線を巡らせた。
 午後の日射しが、リビングの室内を明るく照らしている。室内中央では、ソファに座って身を乗り出すようにしながら、メモを取り、料理番組を見ているユイがいた。
 当然のようにブラーヌは遺跡の調査に出かけたままだったが、他の面々は珍しく全員休みで家にいた。
 ロイドはビデオカメラを片手に、ランシュの今の状態を撮影するため、リビングに呼び出したのだ。
 ランシュの身体の改造は大がかりになるので、一度に全部は難しい。そもそも内蔵プログラムの改造以外は、科学技術局の研究室でしか行うのは困難なのだ。
 研究室をあまり長時間立入禁止にすると、特に副局長からクレームが付きかねない。
 設計図と仕様は、ランシュの記憶の中にしかない。免職になった時、強制的に処分させられたからだ。
 そのデータ量も膨大なので、一度に取り出すのは時間がかかる。小出しにしてもらっているため、ロイドも全ての機能を把握していなかった。
 今のところ、視力、聴力、筋力のデチューンと寿命の設定は終わっている。後は、皮膚の老化メンテのために、シミュレーションデータを作らなければならない。
 一気に老けたらマズイので、緻密なデータ処理が必要になってくる。そのためには今の状態も、できるだけ細密でなければならないのだ。服を着たままでは、正確なデータが取得できない。
「この部屋が、うちの中じゃ一番明るいんだ」
「だって、ユイがいるのに……」
「ロボットが恥ずかしがるな」
「都合のいい時だけロボット扱いしないでください」
 仕方なくロイドは、ユイに声をかけた。
「ユイ、その番組は録画して後で見てくれないか?」
 ユイはこちらに目もくれず拒否する。
「やぁよ。もうすぐ終わるのに、邪魔しないで」
 にべもなく断られ、ロイドは嘆息した。
 ユイは元々気が強い奴だったが、腹に子を宿してから、輪をかけてたくましくなったような気がする。頑固にも拍車がかかって、余計にいう事を聞かなくなった。これはおそらく、てこでも動かない。
 ユイを動かす事は諦めて、ロイドはランシュを説得する事にした。
「見ての通り、ユイはこちらに目もくれてない。気兼ねなく脱げ」
「気兼ねします。だいたい撮影するだけなら、局の研究室の方が、照明とかも都合がいいじゃないですか」
「人に見られたら困るだろう」
「そうですけど、別にオレの正体がバレる心配はないし……」
 ユイに負けず劣らず、いう事を聞かないランシュは、しつこく食い下がる。
 見られて困るのは、ランシュではなくロイドの方なのだ。
「裸のおまえを撮影してるんだぞ。オレに変な趣味があると思われたら困るじゃないか」
「あぁ、なるほど」
 やっと理解したランシュは大きく頷いた。そして、おもしろそうに笑いながら言う。
「確かに。ヘタすりゃ局長職の進退に関わりますよね」
「納得したなら、さっさと脱げ」
 ロイドがそう言うと、ランシュは真顔に戻り、キッパリと言い切った。
「今、ここではイヤです」
「命令だ」
「オレにその言葉は通用しません」
 こんな時、ランシュに絶対命令がインプットされていない事を厄介だと思う。
 通常、人工知能搭載のロボットは、人に”命令”されれば、絶対命令が働いて、人に危害を加える事と、法に反する事以外は、従う事になっている。
 しばらく睨み合った後、ロイドは苛々したようにランシュに尋ねた。
「どこでなら脱ぐんだ?」
 ランシュは無邪気な笑みを、満面に湛えて答えた。
「女性と二人きりのベッドルームでなら」
 ロイドは顔をしかめて、すかさず額を叩く。
「ふざけるな。女を抱いた事もないくせに」
 額を押さえながらランシュは、ムッとしたように反論する。
「決めつけないでください」
「じゃあ、あるというのか?」
「ナイショです」
 ほとんど局内に引きこもっていた上に、人に興味を示していなかったランシュに、そんな経験があるとは思えない。
「見栄を張るな」
「だから決めつけないでください。オレにはあなたの知らない二年間があるんですよ」
 言われてみれば、ベル=グラーヴと暮らしていた二年間の事を、ロイドはほとんど知らない。
 だがその時、ランシュの身体は、すでにロボットだった。
 素朴な疑問が湧いてきて、ロイドは尋ねた。
「おまえ、男としての機能はあるのか?」
 ランシュは当然とばかりに、しれっと答える。
「ありますよ。生殖能力はありませんけどね」
 生殖能力を追加する事は可能だったが、ランシュの遺伝子には欠陥がある。かといって他人の生殖細胞をもらっても虚しいので、断念したらしい。
 機能的には可能だという事は分かった。だが、身を隠していたランシュに、そこまで深い付き合いのあった女がいたとは信じ難い。
 とりあえず機能を確認したくて、咄嗟に股間に手を伸ばし、わしづかみにする。ランシュは声を上げてロイドの手を払い除け、飛び退いた。
「何するんですか、いきなり!」
「ふーん。そんなとこにもダメージセンサは働くのか」
「当たり前です。男の急所ですから」
 という事は、感じるという事か。
 腕を組み、むくれた表情で見上げながら、ランシュはロイドを警戒している。
「そのサイズじゃ、ものの役に立たないだろう」
「サイズは変わりますよ。普段からフルサイズだったら恥ずかしいじゃないですか」
「ほぉ、よくできてるな。脱いだついでに見せてみろ」
 目を見張りながら一歩踏み出すと、ランシュはものすごい勢いで射程圏内から遠ざかった。
「絶対イヤです。それってセクハラですよ」
「なんだって?」
 耳慣れない言葉に問い返す。ランシュは更に下がって説明した。
「セクハラです。ユイから聞きました。性的嫌がらせの事です。あなたはセクハラエロ学者だと言ってました」
「ユイ! 妙な事を吹き込むな。こいつは一度覚えた事は忘れないんだぞ!」
 ロイドは思わず声を荒げて抗議する。すると料理番組は終わっていたらしく、いつの間にかこちらの様子を窺っていたユイが、平然として答えた。
「だって事実じゃない。でも今のは、どっちかっていうとパワハラね」
「なんだそれは?」
「上司や目上の人が権力を背景にして、部下や目下の人に無理難題を突きつけたりする嫌がらせの事よ」
「オレは嫌がらせをしているわけじゃない。メンテをする上で、こいつの機能を知っておく必要があるんだ」
「そんなの書類で確認する事だって出来るでしょ? ランシュが嫌がってるんだから、立派な嫌がらせよ」
 ユイは分かっていない。書類だけではなく、実物を見て触って、確認したいと思うのは、科学者なら当然の事なのだ。
 なにしろランシュの身体は、おそらく現在最高水準のヒューマノイド・ロボットだ。機械工学の科学者である自分が、その性能を全て知りたいと思うのは当たり前じゃないかと思う。
 思うが、ランシュを完全に人間扱いしているユイには、分かってもらえそうにない。
 ロイドにしても、中身がランシュである事は認めている。だが器がロボットである事を、決して忘れてはならないのだ。
 言い訳するのを諦めて、ロイドは軽く息をついた。
 中途半端に話を聞いていたユイは、ニコニコ笑いながら、とんちんかんな事を言う。
「でもランシュって、ホント人間と変わらないのね。子供も作れるなんて」
 それを聞いてロイドは益々ため息を漏らし、ランシュは顔を引きつらせながら否定した。
「い、いや……子供は作れないから。男性機能があるってだけで……」
 ロイドはここぞとばかりに反撃する。自分だけエロ学者呼ばわりされるのは不愉快だ。
「そうだ。子供も作れないのに、そんな機能だけ付けたこいつも、充分エロ学者だぞ」
「オレは男の生理機能を忠実に再現して、実装しただけです。この身体は男なんだから当然です」
 ロイドを睨みながら即座に反論したランシュは、一呼吸置いて顔を背けた。そして言いにくそうに小声で漏らす。
「それに、いつか恋人が出来た時、彼女の想いに応えられないとしたら辛いじゃないですか。そりゃあ、それだけが愛情表現じゃないとは思いますけど……」
 やはりそうかと納得し、ロイドは不敵の笑みを浮かべた。
「語るに落ちたな。”いつか”って事は、おまえその機能を使った事がないだろう」
「え、そ、それは……」
 いつもは、ああ言えばこう言うランシュが、珍しく言い淀む。激しい心の動揺が、人工知能に混乱を引き起こし、言葉が出て来ないようだ。
 その、うろたえぶりから確信を得たロイドは、笑いながらランシュの頭をクシャクシャと撫でた。
「そうかそうか。まぁ、おまえの人生はこれからの方が長いんだ。”いつか”おまえの事を理解して受け入れてくれる、いい女が現れるさ」
「勝手に納得して完結しないでください」
 ロイドの手を払い除け、乱れた髪を整えながら、ランシュは不愉快そうに顔を歪める。向こうからユイが、ニコニコしながら嬉しそうに声をかけた。
「ランシュ、初めての恋人は、私にも紹介してね」
「……うん」
 ユイにまで断言され、ランシュは力なく肩を落とした。
 少ししてランシュは、ロイドに問いかけた。
「そういえば聞いてませんでしたけど、オレの寿命って何年あるんですか?」
「わからない」
「へ?」
 ロイドの答えに、ランシュは目を丸くする。
「三日後に尽きるかもしれないし、五十年後かもしれない」
「どういう事ですか?」
 訝しげに眉を寄せるランシュに、ロイドは説明した。
 ランシュの寿命は、ロイドの生体反応に連携する形に設定してある。つまり、ロイドの寿命が尽きれば、その三日後にランシュも機能を停止するのだ。
 同時に死亡したら、ユイが残されていた場合、事後処理等が大変になる。ロイドが死亡した後、ランシュのメンテナンスを行う人間もいなくなるので、その方が都合がいいのだ。
 話を聞いてランシュが、不満そうに訴えた。
「どうせなら、ユイと一緒の方がよかったな」
「ユイにおまえのメンテは出来ないぞ。それに、おまえとユイを二人きりにしてオレが先に死んだら、死んでも死にきれない」
「なるほど、そういう裏があったんですか」
「そのために、おまえに殺されたら、たまらないしな」
「あぁ! その手があったか」
 突然ランシュは、名案を思い付いたように手を打った。そして、ニッコリ笑いながら物語を語る。
「夫に先立たれて悲しみに暮れる未亡人を、密かに想い続けていた青年が親身になって慰める。その優しさにいつしか未亡人の悲しみは和らぎ、次第に青年に心を開いていく。やがて二人は悲しみを乗り越えて、堅い愛情で結ばれハッピーエンド。ってよくあるラブロマンスですよね」
「実は横恋慕していた青年が、未亡人を手に入れるために、夫を死に追いやった張本人だったというオチか?」
「サスペンスホラーにしないでください」
 そう言った後ランシュは、意味ありげに目を細めて続けた。
「オレにはせっかく絶対命令がないんだから、寿命を設定する前に気付けばよかったな」
 背筋に冷たいものを感じて、ロイドは息を飲む。
「本気か?」
 短く尋ねると、ランシュは邪気のない笑顔で答えた。
「冗談に決まってるじゃないですか」
 ロボットの言う冗談など、冗談に聞こえない。
 話を逸らすために、ロイドは精一杯明るい声でランシュを誘った。
「よし。おまえ、とりあえずセクサロイドで筆おろししとけ」
「はぁ?」
 呆気にとられて目を見開くランシュの肩を抱いて、ロイドは玄関に誘導する。
「いや、オレは別に……」
「心配するな。相手は百戦錬磨だ。手取り足取り教えてくれる」
 ユイの前を素通りし、玄関の扉に手をかけた時、背後で険しい声が響いた。
「ちょっと、そこのエロ学者たち!」
「え? オレも?」
 情けない声を漏らすランシュと共に振り返ると、両手を腰に当てて仁王立ちしたユイが、こちらを睨んでいた。
 眉をつり上げて口元に笑みを浮かべ、低い声で静かにユイが問いかける。
「どこへ行くつもり?」
 ロイドは瞬きも忘れて、ランシュと互いに身を寄せ合い、二人して硬直した。
 背筋どころか、全身が凍り付いたような気がした。



(完)




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