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2. 翌日、国王と王子に挨拶を済ませ、蒼太を連れて研究室に行った。 ロイドは蒼太にいろんなマシンを見せて説明をする。二人でなにやら難しい話を始めたので、結衣はいつもの窓辺の椅子に座り、小鳥の頭を撫でていた。 そこへ研究室の扉が開いて、王子がラクロット氏と共に、紙の束を振りながら入ってきた。 「ロイド、お願い事を書いて」 「あぁ、もうそんな時期でしたか」 つぶやきながらロイドは、王子の方に歩いていく。蒼太もその後について、こちらにやってきた。 王子は紙を一枚ロイドに渡し、結衣と蒼太にも差し出した。 「はい。ユイとソータも書いたら? お祭りだし」 「お祭り?」 結衣が首を傾げると、横からロイドが説明した。 「おまえが好きな絵本にちなんだ祭りだ」 クランベールでは遺跡が、神の竜として、古くから信仰の対象となっているらしい。 毎年この時期、考古学者の計算を元にして、遺跡が夜に光る日に竜を慰める祭りが行われる。そのため、遺跡のある地方ごとに、祭りのある日は違う。ラフルールは今夜だという。 そして祭りの行事として、竜が神に許されて天に帰る時、一緒に神の元まで持って帰ってもらえるよう、願い事を書いた紙を遺跡の装置の周りに貼り付ける風習がある。 人口が少なかった頃は実際に貼り付けていたらしいが、今は数が多いので箱に入れて周りに置くそうだ。 みんなで休憩コーナーの机に向かい、王子の渡した紙にそれぞれ願い事を書いた。 「これって効果あるの?」 結衣が尋ねると、ロイドは首をひねった。 「どうだろうな。オレは毎年、副局長に怒られませんように、と書いているが、叶った事はない」 「今年も同じ事書いたの?」 「いや、今年は叶いそうな事を書いた。おまえとずっと一緒にいられるようにって」 「私も一緒」 二人で顔を見合わせて笑っていると、横から蒼太が背中を叩いた。 「はいはい。そういうのは二人きりの時にやって」 「あんたは何書いたの?」 「就職と博士号」 「どっちかにしなさいよ」 結衣は蒼太の背中を叩き返す。 「レフォール殿下は?」 「次期国王としては、これしかないでしょう」 得意げに胸を反らせて、突き出した王子の手には「世界平和」と書かれた紙が握られていた。 「せっかくだから今年は遺跡まで行ってみるか。ソータもいる事だし」 ロイドがそう言うと、王子が尋ねた。 「あ、じゃあ、お願い事は自分で持って行く?」 「はい。そうします。わざわざ来て頂いたのに申し訳ありません」 「いいよ。僕の分まで楽しんできてね」 王子は手を振って、ラクロット氏と共に研究室を出て行った。 企業や団体では、祭りに行かない人のお願い用紙を、まとめて持って行くという。王宮も王や王子の分をはじめ、みんなの分をまとめて持って行く。 ロイドは毎年、ひとりで行ってもつまらないので、行ってなかったらしい。 「いつもは何もない遺跡の周りに出店が並んだりして賑やかだぞ」 ロイドの言葉に、今から夜が待ち遠しくて、結衣はなんだかワクワクしてきた。 王宮から遺跡まではかなり距離があるので、結衣たちは早めに夕食を済ませ、夕方の内に王宮を出た。 日が沈み辺りが薄暗くなってくると、ラフルールの街もお祭りムードが高まってくる。商店街には至るところに色とりどりのランタンや青白い竜の飾りが吊されていた。 商店街を抜け、街を取り囲む古代の外壁が見えてくると、人の数も増えてきた。外壁の向こうに続く白い石畳の道は、緩やかに左にカーブしていて、その先に遺跡がある。 道の両脇には出店が並んでいて、おいしそうな匂いを漂わせていた。 遺跡にたどり着くと、すでに立入禁止の柵の周りを、大勢の人々が取り囲んでいた。 ラフルールの遺跡は祭りのためにライトアップされているものの、周りを大きな木々に取り囲まれていて、かろうじて石造りの入口が見えるだけだ。 絵本の中で竜が地上を見るために身を隠した森を、結衣は思いだした。 柵の内側、遺跡の入口正面に当たる場所に、大きな箱がいくつか用意され、その中に人々が願い事の紙を放り込んでいた。 結衣たちも人混みをかき分けて、箱の側まで行った。 「おや、おまえたちも来たのか」 願い事の紙を放り込んでいると、呑気な声が聞こえた。見ると、実行委員の腕章を付けたブラーヌが、箱の向こうに立っていた。 「なんだ、おまえ今年は当番だったのか?」 ロイドが問いかけると、ブラーヌは頭をかきながら苦笑した。 「毎年上手く逃げていたんだがな。このところずっとラフルールにいるから、たまには当番しろって押しつけられちまった」 遺跡保護と安全確保のため、大勢の人が集まる祭りの時は、考古学者たちが交替で警備要員として駆り出されるらしい。 「あ、そうだ。ユイさんにこれをやろう」 ブラーヌはポケットを探って、古びた紙を結衣に差し出した。 「何ですか?」 結衣は折りたたまれた紙を広げながら問いかける。そこには、たどたどしい子供の字で、お願い事が書かれていた。 「ロイドに言われて、このところ家を片付けてるんだが、二階のタンスの隅から出てきた」 それを聞いて、結衣はクスリと笑う。どうやら書いたのは、子供の頃のロイドらしい。 ロイドもそれに気付いたのだろう。素早く結衣の手から紙をひったくって、目の前の箱に投げ込んだ。 「妙なものを発掘してくるな」 ロイドが睨むと、ブラーヌはイタズラっぽく笑う。 「発掘はオレの得意分野だからな。おまえたちが来なけりゃ、箱に放り込もうと思ってたのに」 少しの間二人は睨み合っていたが、ブラーヌの元に他のスタッフがやって来て声をかけた。 「おっと、そろそろ時間らしい。じゃあな。願いが叶うように祈ってろ」 そう言ってブラーヌは、他のスタッフと共に、箱を抱えて遺跡の中に姿を消した。 「どうして昔のお願い事が家にあったの?」 結衣が尋ねると、ロイドは気まずそうに顔を背けた。 「祭りの日にブラーヌがいなかったんだろう。昔はひとりで遺跡に行くのが怖かったんだ」 ロイドは記憶にない幼い頃、遺跡で心細い思いをしている。それで遺跡が怖かったのだろう。 「あ、始まるみたいだよ」 蒼太の声で遺跡に目を向けると、遺跡の中から箱を設置したスタッフたちが、ぞろぞろと出てきた。入口から少し離れた場所で、スタッフの一人がマイクを手にカウントダウンを始める。 周りに集まった人々も、それに合わせてカウントを刻み始めた。 「……五……四……三……二……一……ゼロ」 ゼロの声と同時に、遺跡の天辺から青白い光が放たれ、周りから拍手と歓声が沸き起こる。 活動期の同期の時とは違い、光は一瞬で消えたが、しばらくの間周りの人々は、興奮したようにざわめいていた。 やがて遺跡の周りの人垣が散り始めると、結衣たちもブラーヌに挨拶をして遺跡を離れた。 メインイベントは終了したが、祭りの夜はこれからが本番なのだろう。遺跡の周りにいた人々が出店や街になだれ込み、一層賑わいを見せていた。 結衣たちも出店を覗きながら、街をそぞろ歩く。 出店で買ったソーセージをかじりながら、蒼太がポツリとつぶやいた。 「願い事、叶うといいなぁ」 三人の中では蒼太の願いが一番切実なので、分からなくもない。 「あんたのは日本語で書いてあるから、ここの神様にはわからないかもよ」 「神様に言葉は関係なくね?」 「そうだといいわね」 結衣は笑ってロイドに向き直った。 「小さいあなたのお願いも叶うといいわね」 「うるさい」 ロイドは顔をしかめて、結衣の額を叩いた。 小さいロイドのお願いが微笑ましくて、結衣は思わず頬を緩める。 たどたどしい文字で、一生懸命書かれたお願い。 ”かみさまへ りゅうをゆるしてあげてください” でも、このお願いが叶って、竜が天に帰ってしまったら、遺跡は二度と光らないのかもしれない。 それはちょっと寂しいなと、結衣は思った。 (完) |
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