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番外編 Trick & Treat




 扉をノックすると普通に返事があった。まさかと思ったが、すっかり忘れているようだ。
 結衣は勢いよく扉を開いて怒鳴った。
「ちょっと、ロイド! リビングに散らかしているものを片付けてって何度も言ったでしょ?!」
「あ……」
 部屋の真ん中に座り込んだロイドが、顔を上げて気まずそうに振り向いた。
 彼の周りには機械部品や工具が散らばっている。また機械いじりに没頭していたらしい。
 ロイドは朝からリビングに所狭しと部品を広げて、機械いじりをしていた。自分の部屋でやればいいのにと思ったが、リビングの一角で寸法を測ったりしているので、そこに置くものなのだろう。
 家事をしながらその様子を見ていた結衣は、おやつ時までには片付けるようにと何度か声をかけた。
 声をかけるたびに聞こえていたロイドの生返事が聞こえなくなり、不審に思った結衣はキッチンから顔を覗かせた。
 リビングは散らかったまま、ロイドの姿は消えていた。
 ロイドの部屋には機械部品の入った箱が、いくつも積み重ねて置いてある。片付けるために箱を取りに行ったのだろうと思い、結衣はキッチンに戻った。
 少ししておやつのカボチャパイが焼き上がったので、それを持って再びリビングを覗いた。
 ところがロイドは戻っていないし、片付けた形跡もない。
 結衣はカボチャパイを持ったまま、足音も荒く二階にあるロイドの部屋を目指した。
 大方、何かを取りに来て、ふと目についた機械をいじり始め、そのまま没頭してしまったのだろう。
 結衣も本棚を片付けている時に、ついつい読みふけってしまったりとか、時々そういう事がある。
 けれど朝から何度も言っているのに、すっかり忘れ去られていた事が頭に来た。
「片付けないなら、いらないものと見なして全部捨てちゃうわよ」
「わかった。すぐに片付ける」
 慌てて立ち上がったロイドは、側にあった箱を持って部屋を出て行こうとする。
 しかし出入り口で結衣の持ったカボチャパイを目ざとく見つけて近寄ってきた。
「何だ、それは?」
「カボチャパイよ。いくら言っても片付けない人にはあげない」
 本当はそんなつもりは毛頭ない。だが、あまりにもひとの言う事を聞かないのがシャクに障って意地悪をしてやりたくなった。
 大げさにふくれっ面をして、パイを隠すようにロイドに背中を向ける。するとロイドは、持っていた箱を床に置いて、両腕を結衣の腰に回した。肩の上にあごを乗せて耳元で甘えたように言う。
「おまえひとりで食べきれないだろう?」
「心配無用よ。残ったら明日のおやつにするから」
「強情だな」
 ロイドには結衣が意地悪をしている事は分かっているようだ。耳元でフッと笑いが漏れた。その吐息が耳に触れて、無意識に身体がピクリと跳ねる。
 ロイドは結衣の腰を更に引き寄せながら、チュッと音を立てて首筋に口づけた。
「ひゃっ……!」
 飛び上がりそうになったが、両手でパイを持っているため抵抗も出来ない。
 耳元で意地悪な声がおもしろそうに告げる。
「おまえの弱点は知り尽くしている。それをよこさなければ、もっとイタズラするぞ」
 そう言ってロイドはもう一度首筋に口づけた。
 背筋がゾクゾクとして、結衣はたまらず降参する。
「わかったから! もうやめて」
「よし」
 満足げに勝利の笑みを浮かべて、ロイドは結衣の手からカボチャパイを奪った。
 結局いつも通り、ロイドの思うつぼにはまったような気がする。少しムッとしてロイドを軽く睨む。ロイドは片手でパイを持ちながら、もう片方の手でメガネを外した。そして素早く結衣の腰を引き寄せる。
「ちょっと! イタズラはやめるんじゃなかったの?」
「やめるとは言ってない。だが、それは夜の楽しみに取っておこう。今はおやつの時間だからな。甘いものを頂くとしよう」
 わけの分からない屁理屈を捏ねて、ロイドは結衣に口づけた。
 イタズラもおやつもロイドは手放す気がないらしい。



(完)




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