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ロイド一番人気獲得御礼掌編     First Kiss To You




「あ……」
 気が付いて立ち止まった時には、すでに遅かった。結衣のシャツの裾に引っ張られ、ロイドが部屋の隅に積み上げていた、機械部品や本の山が一気に雪崩を起こした。
「もう……」
 結衣はため息をついてしゃがみ込み、崩れた山を拾い集める。
 ふと気配を感じて振り返ると、すぐ後ろでロイドが、腰に手を当て仁王立ちしていた。
「そこを通る時は気をつけろと何度も言ってるだろう。何回崩せば気が済むんだ」
 しゃがんだままでは首が疲れるので、結衣は立ち上がって反論する。
「あなたがちゃんと片付ければ済む事でしょう? どうして積み上げておくのよ」
「おまえが帰った後、また広げるからだ。きっちり片付けたら、何がどこに行ったのか分からなくなる」
 時空移動装置の時間のズレが修正され、ロイドは毎週金曜日の夜に結衣を迎えに来て、日曜日の夕方送って帰る。
 ロイドの部屋に来る度に、部屋の隅の山は高くなっている気がする。
 前の山を全部広げる前に、新たに別の物を広げているのだろう。だから週末に慌てて積み上げて、山がどんどん高くなるのだ。
 結衣は大きくため息をついてロイドを諭す。
「どこに何があるのか分かるように片付ける事を、きっちり片付けるって言うのよ」
 ロイドはムッとした表情で結衣の額を叩くと、腕を掴んで引き寄せた。
「だまれ。屁理屈はそこまでだ」
 結衣を両腕の中に確保して、ロイドはニヤリと笑う。
「口で言っても分からない奴は、身体に教えてやる。お仕置きだ」
”身体に教える”とロイドが言うと、やけにエロく聞こえるのが不思議だ。
 以前のお仕置きは抱きしめられただけだったが、今度はそんなもので済みそうにない気がする。
 結衣は無駄な抵抗を試みながら、尋ねてみた。
「なんでよ! お仕置きって何?」
 必死で逃れようとする結衣の抵抗をものともせずに、ロイドは平然と答える。
「そうだな。キス一回で許してやろう」
「へ?」
 ロイドにしては、あまりに控えめな要求に拍子抜けして、結衣は思わず抵抗を止めた。
「思う存分とかじゃなくていいの?」
「思う存分したければ、それでもいいぞ」
「……普通でいい」
 結衣が脱力すると、ロイドはメガネを外して、再びニヤリと笑った。
「じゃあ、早速お仕置きだ。ただし、おまえからだ」
「えぇ?!」
 目を見開いて固まった結衣の目の前に、ロイドは目を閉じて顔を突き出した。
「いつでもいいぞ」
 結衣はぎこちなく、ロイドの肩に手を乗せる。
 ロイドとは何度もキスを交わしている。だがいつも完全に受け身で、目を閉じて待っていれば、ロイドの方から口づけてきた。自分から口づけた事など、一度もない。
 結衣はしばらく躊躇した後、意を決してゆっくりと顔を近づけた。近付くにつれて、どんどん鼓動が早くなる。
 唇が触れ合った途端、恥ずかしさが極限に達して、結衣は素早く身を引いた。
 逃れようとする結衣の腕を、ロイドが掴んだ。目を開いて、結衣を睨む。
「こら。なんだ、今の子供騙しなキスは」
「だって、自分からなんて、した事ないし……」
「やり直しだ。いつもオレがやってる通りにやればいいんだ」
「……え……」
 いつものロイドのキス。
 何度交わしても、身体の芯から、とろけそうになるような、あの甘いキス。あれを自分にやれと?
 思い出しただけで、結衣は身体中が熱くなってくるのを感じた。
「ダメ! あんなの、絶対無理!」
 思い切り首を振って拒否すると、ロイドは額を叩いた。
「やる前から無理だと決めつけるな」
「だって……」
 結衣は恥ずかしさに、泣きそうな顔になる。するとロイドはフッと笑って、結衣を抱き寄せ頭を撫でた。
「しょうがないな。さっきので許してやる」
「うん……」
 ホッとしたものの、なんだか丸め込まれたような気がする。元々ロイドが、きちんと片付けないのが悪いのではなかっただろうか。
 俯いたまま考えていると、ロイドがあごに手を添え、顔を上向かせた。
「じっくり教えてやるから、しっかり覚えろよ」
 囁くようにそう言って、ロイドは結衣を更に抱き寄せ、ゆっくりと顔を近づけてくる。
 唇が触れ合う間際、ロイドが再び囁いた。
「ユイ、愛してる」
 胸の奥がキュンとなり、結衣は静かに目を閉じる。唇が塞がれ、目眩がしそうになった。
 このキスには抗えない。
 普通でいいと言ったのに、結局ロイドは思う存分、結衣の唇を堪能した。



(完)




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