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おまけ




 まだ熱の残る布団の中、進弥の隣で腹ばいになった真純が、左手薬指にはまった指輪をしげしげと眺める。そして不思議そうに首を傾げた。
「どうしてこんなにサイズぴったりなの?」
「測ったんだよ」
「え、いつの間に」
 進弥はニヤリと笑って、枕の裏側を探った。ベッドとマットレスの隙間に手を差し込んで探り出したものを引っ張り出す。それを真純に見せた。
「これで」
「テンプレート?」
 進弥が引っ張り出したものは、透明なプラスチックの板に大小様々な大きさの丸や菱形などの形がくり抜かれた、情報処理用のテンプレートだった。
「ずっと機会を窺ってたんだけど、真純ってちょっと動いただけでも起きちゃうから、なかなか測れなくて困ったよ。でもこの間の昼間、よく眠ってたからチャンスって思って」
 情報処理用のテンプレートは本来フローチャートなどを描く時に使用する。けれど実際の業務で紙にフローチャートを描く事はまずない。進弥も学生時代に授業で使用して以来、会社では物差しがわりにしか使っていなかった。
「まさかこんなとこで役立つとは思わなかったよ。ほら、この丸が真純の薬指と同じ大きさなんだよ」
 小さな丸い穴を指差すと、その向こうで真純がクスリと笑った。
「どんな魔法を使ったのかと思った」
「あ、魔法だって言っとけばよかったかな。その方が真純の事なんでもお見通しみたいじゃん」
「充分お見通しだと思うよ」
「え、そんなことないよ。もっともっと見せてもらわないと」
 もう一度、と思って抱きしめると、頭をコツンと叩かれた。
「こら。いい加減にしなさい、朝っぱらから」
「ちぇっ」
 仕方ないので夜まで待つ事にした。真純を離してその横で同じように腹ばいになる。
 すると彼女は少し上向いて、中空を見つめながら尋ねてきた。
「ねぇ、ハルコは元通りになるの?」
「もうなってるんじゃないかな」
「ホント?」
 素早くこちらを向いたその目は、驚きと共に嬉しそうに輝いている。その様子が微笑ましくて、進弥も頬を緩めた。
 一昨日の夕方、進弥は辺奈課長に呼び出されて、ハルコのウィルス検索にかり出された。
 元々他にないウィルスなので、パターンとかで検索する事はできない。そのため感染前のディスクの状態と現在の状態を付き合わせて、相違点を探るしかなかった。
 その時点でダッシュはまだ捕まっていなかった。ダッシュが捕まったのは、夜になってハルコから閉め出されたのを本人が気付いた後だった。
 結局ハルコに付き合わせ処理をさせている途中にダッシュが捕まったので、本人からウィルスのプログラム名を確認し、駆除することができた。
 その後、学習用記憶領域のロックを全て解除したので、ハルコは元の記憶を取り戻したはずだ。
「ただ、最後のコードメッセージを送った事は覚えてないかもしれないね。あの時は多分、記憶を全て封じられる直前だったから」
 自分の行動を記憶している余裕はなかったかもしれない。
「そっか……。でも元通りになったならよかった」
「そうだね。オレの事も忘れちゃったら、なんか寂しいし」
「え?」
 真純がかすかに眉を寄せて、進弥を見つめる。ほんのわずかに漂う嫉妬の色に思わず嬉しくなって、進弥は再び真純を抱きしめた。
「妬かなくても大丈夫だよ」
「妬いてない!」
 照れて暴れる真純を抱きしめて、進弥はしばらく幸せをかみしめた。



 二人が真純のベッドでじゃれ合っている時、進弥の部屋では机の上のノートパソコンが突然起動していた。
 しばらく赤いアクセスランプが点滅した後、画面の隅にあるテキストファイルのアイコンが開く。
 ハルコのメッセージファイルの最後に、新たな行が追加されていた。


 20XX/12/25 10:25 Thank you, and Merry Christmas.



(完)



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