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番外編 時間も距離も |
夕食を終えて床に座り、一緒にテレビを見ながら私はザクロに問いかけた。 「ねぇ、ザクロ。ザクロって、どのくらいなら私と離れていても大丈夫なの?」 「一瞬たりとも離れていたくありません」 真顔できっぱりと言い切るザクロに私は苦笑する。 「いや、あの、時間じゃなくて距離の話」 実は出張で遠出しなければならなくなったのだ。OA機器の新製品発売に伴う技術発表会に招かれて東京まで行かなければならない。 招待という名のさくらなので、行って主催者に挨拶をして、座って発表会を眺めるだけの簡単なお仕事。とはいえ、職場にザクロを連れて行くのはやはりためらわれる。 ザクロが繭から出てきた翌日は社員旅行で、絶対に姿を現さないという条件で仕方なく連れて行ったけど、お気楽な旅行とは勝手が違う。 けれどザクロは私から離れると、生気を補給できなくて生きていけないと聞いた。実家のある故郷の山にもひとりでは帰れないのだ。 電車で一駅の距離にある会社くらいなら平気らしいけど、東京は実家より遙かに遠い。新幹線でも四時間はかかる。 たぶんダメなんだろうなとは思うけど、話を聞いたのは繭から出てすぐのことだった。あの頃よりザクロの能力は格段に上がっている。今でもダメなのかな? 出張の話を聞いたザクロは案の定、心配そうに眉をひそめた。 「東京って江戸ですよね。そんな船で何日もかかるような遠いところに頼子がひとりで行くのは心配です」 いや、今時、東京に船で行く人はめったにいないから。 「今は日帰りできるの。で、結局離れていられるの?」 「……一日くらいなら私の体調に問題はありませんが、気持ちに問題はあります」 うーん。やっぱりそうか。一応離れていることは可能になったらしい。 でも最近特に、ザクロはいう事を聞かなくなった、というか反論するようになったというか。おまけに心配性は相変わらずなので始末が悪い。 私はなだめるように笑いながらザクロの肩をポンポン叩いた。 「そんなに心配しなくても大丈夫よ、ひとりじゃないし。本郷さんも一緒だから」 「本郷さん?」 少しすねたような表情で私を見下ろしていたザクロがピクリと片眉を上げた。 ……目が据わってるよ。え、本郷さんの何がまずかったの? 肩を叩いていた私の手首を掴み、腰に腕を回して引き寄せる。 「彼が一緒ならなおさら心配です」 「え、なんで? 本郷さんならいざという時、私を守ってくれるだろうって、ザクロ言ってたじゃない」 「その点に関しては心配していません。別の意味で心配なんです。だって彼は、頼子に結婚を申し込んだんでしょう?」 あ、そういう意味。ようするにやきもちね。そう気付いて思わず頬が緩む。 そういえばごたついてて、本郷さんの申し込みを断ったこと、ザクロに話すのをすっかり忘れていた。恋人宣言はしたものの、あれから数ヶ月の間ずっと気になってたんじゃないかと思うと少し申し訳ない。 私はザクロの頬に手を当てて、紅い瞳を覗き込んだ。 「話すの忘れててごめんね。本郷さんの話は断ったの。彼も納得してくれたからザクロが心配するようなことは何もないわ。だって私が好きなのはザクロなんだもの」 「頼子……」 嬉しそうに微笑んで、ザクロは私を抱きしめる。私もザクロを抱きしめ返した。 これで心置きなく東京に行けると安堵しかけた時、ザクロが耳元で囁いた。 「やはり一瞬たりとも離れていたくありません。私も一緒に行きます」 「え……」 なんか煽っちゃった? 私が苦笑に顔を引きつらせていると、ザクロは一旦体を離して懇願するように私を覗き込んだ。 「ダメですか?」 「……私が声をかけるまで姿を消していてくれるなら、いいよ」 「はい、かしこまりました」 ザクロは一層嬉しそうに微笑んで、再び私を抱きしめる。そして素早く口づけた。 うー。やっぱりこの笑顔には勝てない。ついつい甘やかしてしまう。でも私もザクロに生活の何もかもを依存して甘やかされているからお互い様だけど。 徐々に激しくなっていくキスに翻弄されながら、出張の日は金曜日だから、どうせなら一泊して翌日ザクロと東京観光もいいな、とか考えが浮かぶ。 故郷の様変わりでさえ驚いていたから、東京の人混みを見たらザクロはびっくりするんじゃないだろうか。それを想像すると今からおかしい。 あぁ、だけど、今はもうそんなことこれ以上考えられない。 私はザクロの首に両腕を回してキスに応える。そして甘いひとときに酔いしれた。 |
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