決戦の前

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 遠くで雷鳴が聞こえる。日没にはまだ間があるのにあたりは薄暗い。
 見渡す限りの大平原に私はいた。空には重い雲が垂れこめ、風が徐々に強まってくる。雨が近づいていた。
 私はこれから戦場へ向かおうとしていた。時代が違うのか随分ローテクな戦争である。飛び道具に銃や大砲など火薬系なものはなく、せいぜい弓矢か投石機で当然メインは白兵戦。刃物で人間同士が斬り合うのだ。
 私は初めて戦場へ出る。人の肉を断つ感触が私にはわからない。
 はたして出会ったばかりの初対面の人を何も考えずに斬る事ができるのだろうか?
 そんな事を考えていると自分の命がないことはわかっているのだが……。
 当面の問題は私の背後にあった。
 ジャーナリストだという彼女はどこで聞きつけてきたのか戦場の取材のために私について来たいというのだ。
 命の保障ができないのでついて来られても困ると断ったのだがそれでもついて来る。こんな隠れるところもない大平原では撒く事もできず困っていた。
 もうすぐ宿営地にたどりついてしまう。部外者を連れて行ったら怒られるだろう。
 とうとう雨が降り始めた。
 私は彼女を振り返った。
「雨降り始めたよ。帰ったら?」
「邪魔にならないようにしますから同行を許してください」
 あいかわらずしつこい。
「……すでに邪魔なんだけどね」
 私は彼女に背を向けて再び歩き始めた。あいかわらず彼女の付いてくる足音が聞こえていた。
 雨足が強くなる。突然、近くで閃光が閃き大音響で雷鳴が轟いた。
「きゃっ」
 背後で小さな悲鳴が聞こえた。立ち止まって振り返ると彼女が頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
「雷なんかが怖い人が戦場に行くのはやっぱりやめた方がいいと思うけど」
「違います。ちょっと躓いただけで……」
 見え透いたことを言う。
 彼女はしゃがんだまま立ち上がろうともしない。私は歩み寄って彼女に手を貸した。私の手を握ってようやく立ち上がった彼女は小刻みに震えていた。
「やっぱり怖いんじゃないか。そんなに震えて」
「いえ、少し寒いから……」
 まだ言うか。この強情女。
 しかしよく見ると雨にぬれた薄手のブラウスが身体にはりついて肌が透けて見えている。
 なるほど少し寒そうだ。
 私は上着を脱ぐと彼女の肩にかけた。
「あなたは……?」
「私は寒くないから」
 そして彼女の元から急いで走り去る。
「それ、預かっといて。終わったらとりに来るから。そこで待ってて」
 そう言うと全力で走った。彼女の追ってくる足音は聞こえなくなった。
 どしゃぶりの雨が身体を叩きつける。私はひとつ身震いする。別に寒くはない。怖いのは私の方だった。
 きっと上着を取りに来ることはできないだろう。たぶん私には人を殺すことなんてできそうにないから。



                (完)

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