約束

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 私は踏切が怖い。
 どうして怖いのか理由はわからないがひとりで渡る事ができず、いつも誰かの後ろについて急いで渡る。
 さらにどういうわけか3日前の午後の記憶が欠落している。その欠落した記憶の中に絶対に破ってはならない約束が含まれている。欠落している記憶の内容を誰にも話してはならないという約束だ。
 そして、そういう約束をしている事も誰にも話してはならない、という約束。
 誰と約束したのか、約束を破ればどうなるのかは欠落した記憶の中にあるらしい。記憶が戻らない限り内容を誰かに話すことはないだろう。しかし記憶が戻ったとしたら、その時黙っていられるだろうか?



 ある日、記憶は戻らないままだがいつものように人について踏切を渡ろうとしていた。私の前には小さな子供が自転車に乗って踏切をふらふらとしながら渡っていた。
 その時突然警報機が鳴り始めた。私は踏切の手前で立ち止まる。子供は警報機に驚いて踏切の真ん中で自転車ごと横倒しに転んだ。
 怖くて踏切に近付けずにいる私の目の前に遮断機がゆっくりと降りてくる。私は足に根が生えたようにその場から動けないでいた。
 目の前では子供が自転車の下敷きになって泣きながらまだ立ち上がれずにいる。私の周りでは数人の大人がざわついている。
 誰かが非常停止ボタンを押したのだろう。電車の姿は見えないが甲高い金属のブレーキ音が聞こえた。ブレーキ音にオーバーラップするかのようにキーンという耳鳴りがする。
 遮断機を持ち上げて私の横を誰かがすり抜け子供を踏切から連れ出しに行った。警報機は成り続けたまま、踏切の周りには人が集まり騒然としてきた。
 その騒ぎが私にはどこか遠い過去の出来事のように見えていた。
 遠くはないがとても遠いように感じる、欠落した数日前の記憶の中に同じ光景があったのだ。だが私はどうしてここにいるのだろう? あの時私は至近距離に迫ってくる電車を見た。助かってはいないはずだ。
 私は踏切に背を向けて走り始めた。あの時一緒にいた友人に事情を聞かなければならない。
 心のどこかで警鐘が鳴っているのは気付いていた。まだ記憶の全ては取り戻してはいない。全てを取り戻したときには決断しなければならないだろう。
 約束を守るのか、破るのか。
 友人の家にたどり着き事情を聞いた。答えは納得のいかないものだった。私は確かに踏切で遮断機に閉じ込められそこに電車がやってきたという。しかし電車が通り過ぎてよく見ると私は踏切の向こう側に立っていたらしい。
 私は友人の家を後にして考えながら家に帰る。電車が来て通り過ぎるまでのわずかな間に何かがあったばずなのだ。
「思い出さないほうがいいよ」
 耳元で声が聞こえた。
 その声に聞き覚えがあった。そして同時に全てを思い出した。
 あの時、電車に撥ねられた瞬間、まだ死にたくないと思った私は姿の見えないこの声の主にうかつな約束をしてしまったのだ。
 命を助けてもらう代わりに天寿を全うしたら魂を差し出すと。
 魂を差し出せば転生はできない。私はこの一生が終われば二度とこの世にはいなくなるのだ。しかし、誰にも言わないという約束を破れば契約は不成立となり、その瞬間に私のこの一生は終わるが転生はできる。
 私は決断しなければならない。来世をとるか、今生をとるか。



                  (完)

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